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群青の竜騎士 ~ 鈍色の巨人 ~  作者: ぬこげんさん


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猟犬と竜の目

「今宵は城に泊まってゆくが良いぞ」


 興奮冷めやらぬ顔で、あれこれ楽しげに語るスカーレットに請われるまま、城に残った文洋達が開放されたのは、夜半も過ぎた頃だった。


「これで、公女殿下が力を貸してくれれば良いんだがな」

「それで、中尉は何をお願いする気なのさ?」


 先を歩く案内役のメイドのスカートの裾の下でピョコピョコ動く尻尾と、耳の上に生えた髪飾りのような小さな角を見ながら、文洋はラディアに肩をすくめる。


「今日は疲れたからな、夢の中で『巨人』が動きたくなる理由を考えてみるさ」

「あきれた、よくそれで今までやってこられたもんさね」

「俺もそう思う」


 ラディアと隣同士の部屋に案内され、文洋が部屋に入る。振り向いて案内の礼を言う文洋に、茶色の髪メイドが笑顔で口を開いた。


「他に御用はございませんか?」

「ああ、ありがとう」

「何かあれば、そこの呼び鈴を」


 うなずく文洋に一礼して、きびすを返しかけたメイドが、耳の上の角に手をやって小首をかしげる。


「あの、これ、気になりますか?」

「あ……いや、すまない、気にならないと言えば嘘になる」

「正直な方ですね」


 銅色にも銀色にも見える角を、指でついっと撫で、メイドがそう言って微笑んだ。


「私、魔法が下手で、どうしてもこうなっちゃうんです」

「君も空を飛べるのかい?」

「ええ、青銅竜ブロンズドラゴンですから」


 文洋は昼間の空中戦で青竜『フルメン』が見せた、大きな体躯に似合わない戦闘機動を思い浮かべる。


「そうか、羨ましいよ」

「え……? う、羨ましいですか?」

「ああ、人間は飛行機がなきゃ空を飛べないからさ。自由に飛べる君たちが羨ましい」


 変な人だ、という顔をするメイドに文洋はポリポリと頭を掻く。


「あ、あの」

「ん?」

「あんなに楽しそうな殿下を見るの、私、はじめてで……」


 そんな文洋の顔を、メイドが茶色の瞳でじっと見つめて言葉を継いだ。


「だから、空を飛ぶために人間が作った機械も、きっと、素敵なんだと思います」

「そうか……うん、そうだね……。ありがとう」


 素敵か……違いない。例えそれが血塗られた戦闘機械であっても、自由への翼には違いない。そう気を取り直し、文洋はメイドに笑顔を向けて右手を差し出した。


「フミヒロ、フミヒロ・ユウキ、テルミア空軍のパイロット、よろしく。えーと」

「エ、エレーナです、あ、あの」


 差し出した手をおずおずと握り返し、エレーナが俯いたまま、小さな声で言う。


「ユウキ様、時々、殿下はイタズラが過ぎることがあって……」

「ああ、知ってる、だけど、悪気はなさそうだ」

「ええ、そうなんですが」

「大丈夫、心配しないで」


 文洋の言葉に、パタンと尻尾が床を叩く音を残し、エレーナがクルリと身を翻す。


「おやすみなさいませ、ユウキ様」

「おやすみ、エレーナ」


 重い音を立てドアが閉じる、ふと、文洋は何も載っていないサイドテーブルに目をやって、水差しを頼めば良かったなとため息をついた。


     §


 酔いと疲れで眠りの淵に落ちかけ、喉の乾きに寝返りを打つ。やはり水を頼めばよかったな……と頭の片隅で思いながら、文洋は浅い眠りの中にいた。


 カチャリ


 何度目かの寝返りを打ち上を向いたその時、金属音がして扉が開いた。忍び足で誰かが近づいてくる。

 王城の客間で、さして重要人物ともいえない自分に害を及ぼそうという者がいるとは思えない。ましてやここは古代竜の巣なのだ。呼吸をなだらかに整え、文洋は狸寝入りを決めこんだ。


「ふむ」


 と、枕元で小さな声がする、スカーレットだ。殿下はイタズラが過ぎる……か……。文洋は目を閉じたまま身じろぎ一つせず、様子をみることにした。

 消し忘れたルームランプの光がまぶた越しに入ってくる、自分の左側から伸びてきた気配に、光が遮られ暗くなる。左目の前に手をかざしているらしい。


「………」


 聞こえないほどの小さなつぶやきが文洋の耳に入る。

 ピリリ、と首の後ろに小さな痛みが走った。

 途端、文洋は、目の前にかざされた手を掴み、クルリと身体を回した。


「ゔにゃあ!」


 驚いた猫のような声を上げ、何が起こったのかわからない、という顔をしたスカーレットをベッドの上に組み敷く。


「ま、まて、まつのじゃ」


 紅玉の瞳を見開いて、スカーレットが逃げようとする。


「待ちません。あと、何をしようとしたか、言うまで許しません」

「だから、ちがうのじゃ、ひっ!」


 イタズラだとエレーナは言ったが、黙って魔法をかけられるというのは、面白くない。するりと両手をスカーレットの脇腹に差し込んで、文洋は両手で掴めるほどの小さな脇腹をくすぐり始める。


「ひ、ちょ、やめ、やめるの、ひゃ、わ、わら、ひっつ」


 身をよじらせ逃れようとするスカーレットを組み敷いて、文洋は執拗に脇腹をくすぐり続けた。


「ひっ、ひっ、ひゃ、ひゃめて、ひう、ひうから」


 人形のような白磁の頬を紅潮させ、絹のような金髪を振り乱した童女が、泣きべそをかき懇願する。頬に涙が伝うまでくすぐって、文洋はようやく手を緩めた。


「さあ、話してください」

「ひゃ……ひっ……わ、わかった、その前に水を……水を一杯」


     §


 結局、呼び鈴でエレーナを呼び出すことになってしまったが、深夜にしては妙にシャキっとしていたのをみると、公女殿下のイタズラとやらを彼女も知っていたのだろう。

 グラスと水差しを置いて、そそくさと立ち去るエレーナが、自分だけに判るようにウィンクして去っていくのを見て、文洋はそう確信した。


「あのな、フミヒロ。空を飛んだじゃろ?」

「ええ」

「凄く楽しかったのじゃ、あのように飛んだのは、翼を失って以来じゃったからの」

「誰かの背に乗せてもらった事はないのですか?」


 メイドのエレーナでも空を飛ぶくらいだ、親しい者の背に乗せてもらうくらいは許されるだろう。


「祖父がの、よく乗せてくれた。優しい方じゃった。父は翼を失ったのは、わらわの軽率さゆえと、自戒の為にと乗せてはくれなんだ」


 メイドが薪を入れなおしていった暖炉の前で、膝を抱えたスカーレットが遠い目をしていう。


わらわが国を治めるようになってからは、弱みを見せぬために泰然とせねばならん……と、一度も飛んだことはなかった」


 懐かしげで悲しげな小さな背中に、文句をいう気も失せた文洋は、ベッドに腰掛けて小さな背を見つめる。


「それで、私に何をしようとしてたのです?」


 文洋の声に立ち上がり、グラスをテーブルにもどしたスカーレットが、ベッドに座った文洋の膝の上に、当然だという顔をして腰掛ける。


「女神テルミアが暗黒神ソブラと戦って以来、『ドラゴンネスト』は定命の者の戦には参加しておらぬ。我々が肩入れすれば、必ずそちらが勝利するからの、それは二柱の神と結んだ太古いにしえの契約でもある」


 胸にもたれかかり、ときおり文洋を見上げながら話すスカーレットの話に、文洋は黙って耳を傾ける。


「ゆえに、わらわは外の世界を知らぬ、わらわたちを殺せるのはお互いの権力闘争と、神々くらいのものじゃったからな」


 そういいながら、スカーレットは文洋の右手をひょいと掴むと自分の身体に巻きつけた。そのしぐさに、妹のようにかわいがっていた乳母の娘を思い出し、文洋は、乱れた髪を左手で梳いてやる。


「じゃが、今日、定命の者の作った飛行機に乗って思ったのじゃ。爺に負けぬほどに飛ぶ機械は、百年もすれば、我等を殺すに至るのではないか……と」

「それで?」

「それで、お主の目をな、借りようと思った。これから、お主は戦場へく。ローラはお主が空を飛ぶ鋼鉄の船と戦うと言う。わらわは外の世界を知らねばならぬ、国の民の未来の為に」


 この見かけ小さな公女様は、やはり一国の主なのだと文洋は思った。


「ですが、その鋼鉄の船は、戦の天秤が大きく傾く時にしか現れません」

「それを引きずり出して欲しいのじゃろ?」

「そうですね」


 紅玉の瞳がまっすぐに文洋を見つめ、小さく頷いた。


「お主の片目に竜の目を授ける。遠目も夜目も利く。じゃが、そなたが見たものはわらわにも見える。なに、むつみごとの時は片方塞いでおれば良い。妾もそこまで悪趣味ではない」

「そして、その目で私は戦場を、戦場を退いたら世界を殿下に見せ続けろと?」


 くるりと、膝の上で身体を回し、文洋の右腕に背中を預けて紅玉の瞳でスカーレットが見上げる。


「爺がの、怒り狂っておる」

「雷の竜、フルメンですか?」

「うむ、あやつは女神テルミアにベタぼれじゃからの」

 

 外国でパイロットをしていたはずが、いつの間にか、お伽話に紛れ込んでいる。そんな妙な気分に文洋はため息をつく。


「故に、少々、八つ当たりをさせてやろうと思うのじゃ」

「八つ当たりですか?」

「お主らが石炭を取り合っている小島へ向かう同盟の軍艦や、島に荷揚げされた大砲あたりを少々壊せば気もすむじゃろう。むろん戦争が終わるほどの肩入れはせん」


 その程度で奴が出てくるだろうか? そもそも、『フルメン』と戦うリスクを彼らが取るだろうか?

 そんな気持ちを見透かしたように、スカーレットが八重歯をみせてニヤリと笑った。


「その後、テルミアの南端、なんといったかな、百年ほど前に行った時は帆船が沢山いて賑わう港町じゃったが」

「レブログですか? 私の部隊の基地もそこに」

「おお、そうじゃ、そこにの、わらわ自ら物見遊山に出かけようかの、テルミアの巫女殿も一緒に」


 そこまで聞いて、文洋は考えるのを諦めた。これで無理なら自身の力で何とかなる問題ではない。目玉一つでそれが叶うというのなら、破格だと言えるだろう。しかも見えなくなるわけでは無い。


「判りました、では殿下には私の左目を差し上げますよ」

「色がな、わらわの瞳と同じになる」

「綺麗な紅玉ですね」

「少々目立つがの」


 黒い瞳の片側が紅となれば、少々目立つではすまないだろうが、この国で暮らすにあたり、もともと扶桑人など珍獣のようなものだ。


「まあ、仕方ないでしょう」

「剛気じゃの、そういう男はわらわは好きじゃ」


 そういって、ピョコンと膝の上から飛び降りると、スカーレットがごそごそと文洋のベッドに潜り込む。


「冷えてしもうた、委細はあすじゃ。今宵はここで寝るぞ」


 ばさり、と布団をはいで、スカーレットが自分のとなりをペシペシと叩く。灰をかけ、暖炉の火を小さくして、文洋も乾いた喉に水を流し込み、ベッドに潜り込んだ。


「夜伽はしませんよ」

「それは残念じゃの、だが一人寝よりは暖かくて良い」


 二人してクスリと笑うと、冷えてしまったスカーレットの身体を抱きしめてやる。腕の中で安らかな寝息を立て始める童女に、ほんとうにこの子が「フルメン」ほどの大きさの竜なのか? と疑いながら文洋もその寝息につられるように再び眠りについた。

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