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飴玉の君と揚げパンの君

「よう、フミ、聞いたか」

「ああ、海軍は空軍が出張るのが気に入らないようだな」


 『巨人アルビオン』の設計図を受け取った翌日、ラダル炭鉱北端に空軍基地を設けるという作戦案が、海軍の強い反対で却下されたという記事がテルミア・タイムズ紙にすっぱぬかれた。

 基地建設が現実となれば、異動となるのは恐らく、テルミア空軍でも最大の機数を保有するハウンドドッグ隊だ。そんな訳でレブログ空軍基地の中でもちょっとした話題となっていた。


「前回、『竜翼メリュ淑女ジーヌ』をエサにつり出した時に、『巨人アルビオン』が出てきたのが効いてんだろうな」

「ああ、俺達が出て行くと、『巨人』が出てくるかもしれない、そうなると足の遅い海軍が的になる、そういう判断だろう」

「だが、『巨人』を叩かなきゃ、戦争は終わらない……か?」


 ブライアンがそう言って胸ポケットからシガレットケースを出し火を着ける。差し出されたシガレットケースから一本貰い、文洋も大きく吸い込んだ。


「なあ、ブライアン、俺の兄貴の話しだと、相手は重巡の主砲すら跳ね返したそうだ」

「俺達の機銃じゃ、豆鉄砲もいいとこだな」

「おまけに空まで飛べるんじゃ、海軍では手に負えない」

「海軍の連中に後始末を任せるにしても、とりあえず奴を空から落とさないとな」

「ああ」


 それにはまず、前に出てきてもらわないことには、どうにもならない……、文洋はもう一口大きく吸い込んで考えこむ。ローラは『巨人アルビオン』を引きずり出せると言った。戦況を左右するだけの大きな力は、まだあるのだと……。

 

「ユウキ中尉、お電話が入っています、三番です」


 少年兵の声に文洋は手を上げて立ち上がり、部屋の奥の電話口へと向う。


「ユウキだ」

「やあ、『飴玉の君』、ごきげんはいかがかの?」


 取り上げた受話器の向こうから、どこかで聞いた妙に古風なテルミア語が響いた。


「あまり良くはない……ですね……、スカーレット公女殿下?」

「うむ、よう覚えておったの、殊勝なこころがけじゃ」


 長距離回線なのだろうか、雑音の向こうでカラカラと笑うスカーレットに、文洋は嫌な予感がする。こちらに来てからというもの、行動力のありすぎる女性ばかりだ。今度は何か? と疑りたくもなる。


「今、どこに?」

「ああ、わらわか、『赤竜城塞ドラゴン・ネスト』の執務室じゃよ、仕事仕事と爺がうるそうてかなわん」


 その解答に、受話器から老人の大声が漏れ聞こえ、文洋は吹き出した。


「それで、公女殿下が、私に何のご用です」


 受話器の向こうで言い合う二人の声が収まるのを待って、文洋は改めてスカーレットに問いかける。


「ああ、それなんじゃがな、お主の奥方から今朝がた手紙が来ての、なんでも、『サイクロプス』だか『ギガント』だかを、お前さんが狩るとか……、あやつら大陸ではとうに滅びたと思っておったが」

「ああ、『巨人アルビオン』の事ですか?」

「おお、そうじゃそれじゃな……そ、それくらいは、知っておったぞ?」

「それで、ローラはなんと?」


 受話器の向こうでクククと童女が笑う声を聞いて、文洋はこめかみを抑えた。これは……厄介事の種の予感だ……。


「ふむ、お主が困っているので助けてやってはくれまいか、と」

「それで、公女殿下が私を助けてくれるのですか?」


 テルミアの北方、『赤竜城塞ドラゴン・ネスト』は北方の山岳地帯にある小さな公国だ。むしろ城塞都市と言ったほうがしっくり来るだろう。

 だが、元首の一存で動くほどの小国家とはいえ、一国が肩入れしたとあっては三国同盟に宣戦布告したのと同じ事になってしまう。


「そうじゃな、わらわの願いをいくつか聞いてくれたら、助けてやってもよいかの」

「お願いですか?」

「ああ、そうじゃ。ラティーシャにはわらわが話を通してやる、とりあえずお主はわらわのもとへ来るがよいぞ」


 言うだけ言って、ガチャリと電話が切れた。


「だれからだ?」


 席に戻った文洋に、ブライアンがそう言ってコーヒーカップを差し出す。


「知り合いのお姫様からだよ」

「なんだよそれ、可愛い子なら紹介しろよ?」


 ストン、と椅子に腰をおろして、文洋はコーヒーを受け取り一口すする。まあ、なんにしろ、この調子では断ることはできなさそうだ。そう思いながら。 


     §


 何をどうやったのかはともかく、スカーレットから電話があった翌日、文洋の元には一通の命令書が届いた。『黒兎隊ブラックラビッツ』は練習機一機と『スコル』一機を『赤竜城塞ドラゴン・ネスト』へ移送フユーリーせよ、一名はユウキ中尉が、残りの人選は任せるという内容だ。


「それで、中尉、あたしはなんで整備屋バーニーを載せて、練習機ドンガメを運んでるのか、教えてくれないかね?」

「命令だからだよ、そもそもラディアは志願したんだ、文句は聞かないからな」


 安定性重視の練習機が退屈なのだろう、『ウィンドウィスプき』でぼやくラディアに言って、文洋は『スコル』の燃調を絞った。機体の大きな練習機と違い、燃料タンクが小さい分次の着陸地点まで節約する必要がある。


「ユウキ中尉、おやっさんから、しばらく帰れないから覚悟しとけって言われたんですが、俺は何処に連れてかれるんですか?」


 ラディアが中継したのだろう、バーニー伍長の情けない声が文洋の左隣、コックピットの縁に捕まるようにして飛ぶシルフから聞こえてくる。


「何だ、聞いてないのか?」

「今朝、基地についたら、おやっさんに、『試運転でちょくちょく飛んでるから、おめえにするか』って、言われて、何がなんだかわからないまま、連れて来られたんっすよ? なんにも知りませんよ」


 まあ、整備ができてテスト飛行とはいえ、操縦もこなせるとなれば、今回の任務にはうってつけだとは言える。


「着いてからのお楽しみにしとけ」

「ひどいっすよ、中尉、ひどいっすー」


 そう言いながらも、なんだか少し楽しそうなバーニーと、ラディアの笑い声を聞いて、文洋もつられて笑う。機嫌よく回り続けるエンジンの声に耳を傾け、文洋は地図を開いて中継地点として指定された国境の町を目指した。


     §


 途中、テルミア王国と宗教と代々の血縁を通じて一体化してしまった、エルフの統べる国、セレディア共和国領内を飛行し、グリフォンにまたがった飛行騎士の誘導を受けて飛ぶという稀有な経験をして、飛び続けること四日半、文洋達は無事『赤竜城塞』の数少ない平地部分に作られた民間の飛行場にたどり着いた。


 文洋達は、大陸最高峰の山々を背に、竜たちが魔法で岩山を削りだした伝説の城塞都市のほど近く、民間飛行船用の八十ヤード四方ほどの芝生の広場に機体を下ろした。


「中尉、ここは?」

赤竜城塞ドラゴン・ネスト

「まじっすか? 同盟国ですらないじゃないっすか」

「まあ、そうなるな」


 物珍しさに、物売りの少年から飛行船を待つ乗客と、大勢の野次馬達に囲まれた文洋は、それでも管理棟らしき建物から黒塗りの大型車がやってくるのを見逃さなかった。


「ほら、お迎えだ、ラディア、バーニー、しゃんとしろ」


 飛行帽を脱いで髪をなでつける。慌てて文洋の後ろに横並びに整列するラディアの額についたオイルを、スカーフの端で拭ってやる。


「ちょっと、くすぐったいよ中尉」

「我慢しろ、バーニー、帽子」

「あ、すんません中尉」


 翼を広げた竜の紋章がドアに描かれた大型車が文洋たちの前に止まると、運転手が後部ドアを開く。開くやいなや、中から真紅の旋風が駆け出してきた。


「おお、これか、二機とはラティーシャも気が利くの」

「殿下だ!」


 飛行機を見に集まっていた野次馬の最前列にいた、物売りの子供が声をあげた。


「おお、フェルミの孫か、みな、元気にしておるかの?」

「うん、おばあちゃんが、殿下が揚げパン食べにこないって、寂しがってたよ」

「爺がうるそうてな、また近いうちにゆくと伝えておくがよいぞ」

「殿下?」

「ええい、うるさい、民草の様子を知るのも領主のつとめじゃ!」


 先日、夜会で手を引いていった老紳士が、目を白黒させて怒る様子に、周りを囲む市民たちから笑い声が巻き起こる。


「フミヒロ・ユウキ中尉、以下二名、ラティーシャ王女殿下の命により、お伺いいたしました」


 ようやくこちらへ注意を向けたスカーレットに、文洋はそう言って敬礼する。


「なあに、そうかしこまることもあるまいよ、あのエルフのじゃじゃ馬娘が、わらわに頼み込んでくるくらいに、惚れたというのじゃから、お主はなかなか大したものじゃ」


 そう言って、スカーレットがニカリと笑うと右手を差し出した。


「光栄です、殿下」


 ローラと見た芝居の真似をして、差し出された手を取り、文洋はくちづけようとぎこちなく膝を折る。途端、そのままグイと手を握られ、スカーレットが一歩前にでると、文洋の頬にキスをした。


「殿下!」


 声をあげる老紳士をからかうように、ペロリと舌をだし、スカーレットが文洋の耳元で小さく囁く。


「この間の飴玉の礼じゃ、奥方には内緒にしておくがよいぞ」


 そんな文洋の背後で、むう、とラディアの声がして、後ろから耳を引っ張られた。


「いてて、こら、やめろラディア」

「くくく、なんじゃ、中尉殿はモテモテじゃの」


 真紅のドレスの裾をはためかせクルリと回ると、スカーレットが野次馬達に向き直る。


「そこな若者は、扶桑という、地球テールスの果ての国から来ておってな、今はテルミア王女の近衛だそうじゃ」


 おお、と感嘆の声を群衆があげるのをみて、満足そうにスカーレットが頷いた。


「今日はわざわざ、わらわの為にこの、空飛ぶ機械を届けてくれた、覚えておくが良いぞ、この良き男子おのこの名は、フミヒロ・ユウキ、わらわがこの者に恵賜けいしたる名は『飴玉の君』じゃ」

「殿下!?」

「なんじゃ、爺、よいではないか、シルヴェリアの『揚げパンの君』、英雄王ロスェンバルト以来、わらわに何の欲もなく菓子をくれたのはこの男くらいじゃぞ? 騎士の位をくれてやっても良いくらいのお人好しじゃ」


 どうにも、褒められている気がしないのだが、当のスカーレットには全く悪気がないのは明らかだ。


「とにかく、ようきた。とりあえずは休むが良い」


 招かれるまま、黒塗りの豪奢な車に乗せられて、文洋達は城塞都市の圧倒されるような石壁へと向かう。

 文洋やバーニー、ラディアにちょっかいを出しては、老紳士に叱られるスカーレットを見ながら、文洋は考える。


 五百年以上前に、英雄王に『揚げパンの君』と名づけたこの、見た目無邪気なこの公女殿下は、どれだけの物を見聞きしてきたのだろう……そのうえで、自分に何を求めるのだろうと。

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