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ふくろうと巨人《アルビオン》

「哨戒飛行船より入電、敵艦見ゆ! レシチア諸島西方四〇マイル、フェニル岩礁上空!」


 通信兵の上ずった声がブリッジに響いた。


「艦長、この場で旋回待機をお願いします、直衛に四機残しますので」


 ロバルトはそう言って立ち上がると、どよめきの上がるブリッジを後に、航空甲板へと向かった。


「諸君、仕事の時間だ」


 鹵獲した『九頭蛇ヒュードラ』改め、『竜翼メリュ淑女ジーヌ』と名付けられた白亜の飛行空母が、ラダル炭鉱を目指して飛び立ってから三日、ロバルトの予想通り、敵はレシチア諸島手前で現れた。


「我々の目的は、敵飛行戦艦の情報収集だ、無駄死には許さん」


 扶桑艦隊が壊滅的な打撃を受けてから一ヶ月、『巨人アルビオン』と名付けられた敵の飛行戦艦は、気まぐれのように、前線へ向かう輸送船団を襲うものの、頻繁に姿をあらわすことはなく、襲われた船団も半壊することはあっても、全滅することは無かった。


「ドラグーン隊、全機出撃」

 

 わざと見逃しているようにすら見える敵の意図が何処にあるにしろ、参謀本部は『巨人アルビオン』と名づけた空中戦艦についての情報を求めていた。

 ならば、最精鋭の我々が一あてしてみればいい、そう主張してロバルトは賭けに出た。テルミア空軍の最精鋭が前線へと向かうという情報と航路を、敵方に漏洩するよう仕向けたのだ。


「偵察機は無理をするな、敵の護衛機の有無は確認されていない」

「了解しました」


 ロバルトの言葉に小気味よく敬礼して、ダークエルフのパイロットが複座の偵察機に乗り込んだ、慌てて後を追うように、後部座席に人間のカメラマンが乗り込む。

 王女殿下直属のダークエルフの飛行隊、黒兎隊ブラックラビッツの名声のおかげで、人間と亜人に連帯感が生まれ始めたことは、亜人の占める割合が他国より多いテルミアにとっては幸運なことだと言えた。


「私も出るぞ」


 クルーにそう言って、ロバルトはフックで吊り下げられた『レイフ』に乗り込むとゴーグルを下ろす。一機、また一機と母艦を離れ、カラフルな機体が秋空を一路東に向かった。


     §


「中佐、敵艦発見。二時の方向、高度、約二〇〇〇フィート」


 ウィンドウィスプきで、偵察機に乗るダークエルフの准尉から連絡が入る。ロバルトも目を凝らし、哨戒飛行船を追う敵の艦を見つけた。


「良い眼だ、准尉」

「ありがとうございます」

「えらく……低いな」

「バラストを捨てる様子も見られません、あの高さまでしか上がれないのでは?」

「かもしれん、油断はするな」


 高射砲だろう、時折砲煙が上がり哨戒飛行船の周りに、パッと黒煙の花が咲く。高度差はざっと一五〇〇フィートといったところか……徐々に引き離しているとは言え、迂闊に近寄り過ぎだ。


「写真屋を頼むぞ、准尉、無茶はするな」

「了解」

 

 准尉の声を中継しているシルフに言うと、ロバルトは座席横から信号拳銃を抜いた。打ち上げられた信号弾が緑の煙を引き、青空を切り裂く。

 それを合図に、六機のワイバーン隊と二機の偵察機が、鈍色に輝く巨人アルビオンに向けて降下を開始した。


「大きいな、重巡くらいか」


 ロバルトはひとりごちた。先行する偵察機が巨人アルビオンを挟むように別れ、二〇〇ヤード程離れてフライパスする。

 後を追うように、甲板上の機銃座が一斉に火を吹いた。扶桑艦隊との交戦で撮られた写真では判らなかったが、上甲板には木製の滑走路らしき物が見て取れる。


「さてと、どう出る?」


 ロバルトが翼を振ると六機のドラグーン隊が散開、牛を追い立てる群狼のように巨人アルビオンを取り囲み、一斉に急降下した。

 例の防御魔法の有効距離は測っておくべきだろう。一度追い抜いてから旋回し、ロバルトは三〇〇ヤードあたりからトリガーを引きっぱなしにして艦橋へ機銃弾を叩き込む。


「……」


 艦橋へ吸い込まれる機銃弾の前に、直径五十フィートほどの緑の魔法陣が現れ、機銃弾が火花をあげて弾かれる。タイミングを図っていた僚機が、艦橋の横を狙って機銃を発射、やはり一三〇ヤード程手前で同じように魔法陣に弾かれた。


「なるほど」


 ……ならば、とロバルトは垂直上昇から宙返りして、一旦離れると艦の後部へと向かった。艦の下部に潜り込み推進器めがけ急上昇をかける。装甲で覆われた推進器の『レイフ』の翼長ほどある大きなプロペラに狙いをつける。


「イヤキント・ハスタム、イヤキント・ハスタム、紫電の槍来たりて……」


 呪文を唱えながら、距離を図る。


 二〇〇ヤード、、一八〇ヤード……。


 スロットルを戻し、トリガーを引く。ブゥンと音がして緑の魔法陣が展開された。連装機銃から放たれた弾丸が、緑の飛沫を散らして跳ね返される。弾丸を喰った魔法陣が、そこから解けるように消えて行く。


 防御が薄い……油断したな?、ニヤリとロバルトは笑った。


 息を止め、意識を集中させる。右手を操縦桿から離すと、まっすぐに伸ばしプロペラの中心を射抜くように指さした。


蒼雷飛槍ライトニング・ジャベリン


 機銃が穿った魔法陣のほつれ目をくぐり、雷の槍がまっすぐに伸びる。

 ゴウという破裂音と、あたりを照らす稲光。

 確かな手応えを感じ、ロバルトは操縦桿を握り直した。


 失速してフラットスピンに入った愛機の機首を下げ、スピンと反対方向にラダーを蹴飛ばす。木の葉のように舞った機体が、速度を取り戻し、ゆっくりと立ち直る。


「いい子だ、頼むぞ」


 そっと操縦桿を引き、機首を上げた。

 海面から二六○フィート、なんとか立てなおし、機首を巡らせる。


「火は吹かんか……」


 推進器が一基止まったものの、悠然と頭上を行く巨人アルビオンの威容を見て、ロバルトは肩をすくめる。そう何度も出来るような芸当ではない。自分でもよくわかっている。だが次につながる一手ではあった。


「中佐! 大丈夫ですか? 中佐?」


 ダークエルフの准尉の声がコックピットの左側から響き、ロバルトは振り向いた。コックピットの縁に捕まるようにして、シルフがこちらを覗きこんでいる。ウィンドウィスプか……上手く使えば戦術的に優位にたてるな……。


「ああ、大丈夫だ、写真は?」

「多分、撮れたと思います」

「そうか、上等だ」


 椅子の横から信号拳銃を抜くと、ロバルトは弾をつめ替えて上空に放った。赤い尾を引いて信号弾が秋空に上がり、ドラグーン隊が各々回頭すると東へと向った。


「いずれにせよ、機銃で何とかなる相手ではないな……」


 扶桑海軍から聞き取りした内容と、今日の戦闘結果を考えると、あの防御魔法をなんとかしない限り、空軍力だけでは歯が立たないだろう。


     §


 『竜翼メリュ淑女ジーヌ』と合流したロバルト達は、四機ずつの編隊を組むと、クルリクルリと母艦の上を舞い続けた。

 コックピットに備え付けられたウィンチを巻き上げると、複葉機の上翼にとりつけた着艦金具が持ち上がる。それを母艦側のフックに引っ掛けることで、一機づつ収容されるという段取りだ。


 残り六機という段になって、偵察機が軸線を合わせてアプローチを始める。ロバルトを含め、ワイバーン隊最古参の四機が、上空を警戒しつつ、母艦の上空で輪を描いた。


「少し上だ准尉、落ち着きたまえ」

「了解です中佐」


 偵察機の斜め後ろについて、ロバルトはコクピット横にしがみついているシルフを通して、指示を出す。訓練したとは言え、上翼のフックで着艦するのは、針の穴を通すような芸当だ。

 シルフを使いながらも、操縦が乱れないダークエルフの技量に舌を巻きながら、ロバルトの目は上下左右を見張り続ける。


「よし、そのまま直進」


 チラリと時計を見る、午後二時、とりあえず今日はこれで終わりになりそうだ……と一息ついたその時、目の端で何かが動いた。


ブレイクけろ!」


 叫び声を上げ、ロバルトは操縦桿を左に倒し、左のペダルを踏み込む。

 ひねりこむように急降下、上空から降ってきた二機の機体をやりすごす。

 火線が左主翼に穴を開け、グラリと機体がバランスを崩した。

 二機の黄色い戦闘機が、ロバルトの横を駆け抜けてゆく。

 一機の胴に、白い狐のマークが描かれているのが目に焼きついた。


「くそっ」


 声を上げた両脇を、味方の機体が追いかけてゆく。


「准尉!」


 コックピット横のシルフを探し、ロバルトは振り向いた。半透明の風の精霊が掻き消え、澄み切った秋の空を、煙を吹いて偵察機が落ちてゆくのが目に入る。


「つっ……」


 煙と炎の尾を引いて海に落ちてゆく翼を、ロバルトは言葉もなく見送った。


     §


「艦長、巴山はやま大使がいらっしゃいました」


 折れた腕はまだ自由にはならないものの、それ以外は普段の生活に困らない程度回復していた照文は、山中少尉の声に身体を起こした。


「いやいや、気にせずそのままで」


 コートと帽子を少尉に手渡し、巴山大使がベッドサイドの椅子に腰掛ける。


「少尉、席を外してくれ」


 カツン、と敬礼する山中少尉に答礼して、照文は身体を起こすとベッドに腰掛けた。


「身体はどうですか、少佐」

「はっ、とりあえず病院から出していただければ、軍務に戻れる程度には」

「そうですか、それは良かった」


 ニコニコと読めない笑顔で巴山大使が答えるのを見て、照文は心の奥底からイラだちが湧き上がるのを抑えられなかった。


「それで、なんの御用でしょうか? 大使閣下」


 尋ねつつ、照文は覚悟を決めていた。生き残った佐官が自分しか居ない以上、今回の責任は恐らく自分一人に回ってくることは判っていたからだ。


「ふむ、そう怖い顔をするもんじゃないですよ」


 丸メガネを外して、ハンカチで拭き、巴山大使がそういった。


「今回の戦闘について、テルミア王国から、亡くなられた山形司令、『青葉』の伊藤艦長、『瑞雨』の竹中艦長を叙勲、全将兵に報奨を出すと連絡がありました」

「そうですか」

「もっとも……」


 そこで言葉を切って、メガネをかけ直すと、大使が照文をまっすぐに見据える。


「海軍府では、だれかに責任を……という話は……」

「でしょうね」


 誰かが責任を負う、それは仕方がないことだ。目を閉じて照文は首を振った。まあいいさ、どんな罰でもあえて受けよう。銃殺以外ならカレンのヒモになってでも、必ず死んだ部下たちの仇を討ってやる。


「ですが、生憎と石頭の海軍府も、テルミア王国が叙勲した英雄を、処分する訳にもいきません、相手国に恥をかかせてしまっては、今後の外交の汚点になる」


 そういって、巴山大使が一通の手紙を取り出した。大仰な羊皮紙に、赤色の封蝋が押されている。どうぞ、と差し出され。照文は封を切る。


「結城照文、扶桑国海軍少佐。テルミア王国、第一王女の名において、海軍十字章を授与する、ラティーシャ・リア・ユーラス」


 読み上げて、照文はあっけにとられた。 


「おめでとう、結城少佐、我が国の生存者で初めて他国から叙勲された英雄になりましたな」

「しかし、大使閣下、それでは海軍は部下にしめしがつかないのではないですか?」


 小さくため息をついて、巴山大使が首を振った。


「山形少将は私の義父でしてね、彼が命をもって責任を取った、それで良いではないですか」

「閣下……しかし……」


 口ごもる照文にドン、とテーブルを叩いて巴山大使が照文を睨みつける。


「少佐、今君がするべき事は、生きている者の為に再び戦うことではないですか? 違いますか?」

「そうですが……いや、確かに……」


 生真面目過ぎると笑う文洋の顔が、脳裏に浮かぶ。組織の一員としての立場と、一個人としての立場、照文はは拳を握りしめてうなだれた。

 そんな照文の肩をポンと叩くと、巴山大使はもう一通、和紙で出来た封書を取り出し、立ち上がると背筋を伸ばした。


「勅命である」


 その一言に、照文は跳ね上がるように直立不動の姿勢を取った。


「帝国海軍中佐、結城照文。レブログ造船所にて建造中の軽巡洋艦『相楽さがら』を受領、派遣艦隊の生存者と共に引き続きテルミア海軍の作戦に協力せよ、遠い友邦での諸君らの奮闘を期待する」


 和紙の封書を綺麗にくるみなおすと、敬礼する照文に巴山大使が勅書を手渡す。一国を統べる二人の人物からの直筆の手紙を手に、照文は頭の中が真っ白になったまま立ち尽くした。


「昇進おめでとう、結城中佐、海軍十字章の授与式は明後日だ、新しい礼装は後で届けさせよう」


 そのままカバンを持つと、巴山大使が踵を返す。


「山中少尉、巴山大使がお帰りだ」


 我に返った照文が、山中少尉に声を掛ける。コートと帽子を受け取り、巴山大使が小さく礼をして病室から出て行った。


「艦長?どうされました?」


 呆けたように立ち尽くす照文に、不思議そうに山中少尉が声を掛けてきた。


「いや、何でも無い、少尉、すまないコーヒーを頼めるか」


 トスン、とベッドに腰を下ろし、照文は両手の中に有る二通の手紙をぼんやりと見つめていた。

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