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艦長と小悪魔《リリス》

「ユウキ中尉、ロバルト中佐がお呼びです」


 レブログ基地に黒兎隊ブラックラビッツを率いて戻った文洋が駐機場に機体を寄せると、待っていたかのように少年兵が伝令に駆け寄ってきた。


「了解した」


 新型機を見ようと集まってくるパイロット達の中に、ブライアンを見つけて、文洋は片手を上げると親指で背後の愛機を指し示した。嬉々としてブライアンが駆け寄ってくる。すれ違いざまハイタッチして、文洋は司令官室へと向かった。


「ユウキ中尉をお連れしました」

「入りたまえ、中尉」

「失礼します」


 重い扉の向こうで、真剣な顔をしたロバルト中佐が文洋に席を勧める。


「今回の働き見事だった。第一航空隊にも王女から感状がとどいている」

「は、ありがとうございます」


 テーブルの上をウィスキーの入ったグラスが滑ってくる。受け取って文洋は一口飲んだ。


「それで……だ」

「なんでしょうか?」


 言い辛そうにしながら、中佐が茶色の封筒を引き出しから取り出す。


「三日前、テルミア海軍と扶桑海軍の共同作戦が実施された」

「初耳です」

「テルミア海軍主力部隊がレシチア島、南西部へ進出、敵主力艦隊と交戦、同時に北西部に扶桑艦隊の護衛を受けた陸軍の増援部隊が突入、島内戦力の増強を図る……」

「少ない戦力の扶桑艦隊を使うには、順当な作戦ですね」


 文洋の言葉にロバルト中佐が、バサリ、と封筒を投げ出して文洋によこした。


「見てもよろしいのですか?」

「ああ」


 ロバルト中佐が右手でこめかみを抑え、返事をする。


「これは……」

「扶桑艦隊が護衛した商船乗組員が撮影した写真だ」


 距離があったのだろう、トリミングされた上に大きく引き伸ばされた不鮮明な写真に、飛行船が写っている。手前で煙を上げているのは『双葉』だった。


「巡洋艦『双葉』撃沈、駆逐艦『瑞雨』轟沈、駆逐艦『樹雨』大破」

「飛行船一隻で、軍艦三隻ですか?」


 不自然なほど大きな損害に、文洋は聞き直す。照文は無事だろうか?


「ああ、そうだ二枚目を見たまえ」


 今度の写真は飛行船が鮮明に写っていた。白黒の写真を通してすら、その船体が鈍色にびいろに光る鋼鉄で覆われているのがわかる。何より、恐ろしいことに船体中央部に三連装の砲塔が一基写っていた。

 もはや、これは、飛行船などというものではなく、飛行戦艦といった方が正しいだろう……と文洋は息を呑む。


「これは」

「双葉に乗り組んだ従軍記者の撮影したものだ」

「こんなものが何故飛べるんです?」

「判らん、すくなくとも現代の科学力ではありえん」


 目で促されて、文洋は三枚目の写真を手に取り、その場で固まった。


「これは……」


 上空を覆わんばかりの飛行戦艦の船腹に、砲弾が当たったのか炎と煙が見える。だが、その煙の向こうには、見慣れた魔法陣が展開されていた。


「魔法陣にと術式に関しては、君の娘のと全く同じものだ」

「しかしレオナは……」

「君の娘を疑ってはいない、ただ、一つ間違いないのは、今回もアリシアが関与しているだろうという事だけだ」


 レオナと共に三国同盟の飛行船で戦ったという西の騎士はすでに亡く、レオナを除けば、騎士は残りは二人のはずだ、そのうちのどちらかが、これをやったというのだろうか?


「ちなみに扶桑の生存者によると、この飛行船は高角砲の直撃どころか、巡洋艦の主砲の直撃に耐えたということだ」

「巡洋艦の? 九インチ砲をですか?」

「ああ、商船の船長も目撃している」

 

 文洋は天井を見上げた。


「ユウキ中尉」

「はっ」

「この件について、私は情報部を使う気はない」


 情報部の名が出た途端、文洋は眉をひそめた。レオナをあの情報部に関わらせるなど、考えただけでも吐き気がする。

 よほど酷い顔をしていたのだろう、ロバルト中佐が文洋のグラスにウィスキーを注ぎ足した。グイと飲み干して息をついた文洋に、中佐が言葉を継ぐ。

 

「ただし、どうあってもアレと戦闘になる可能性がある以上、情報を集める必要がある」

「判ります」


 文洋が封筒にしまった写真を、ロバルト中佐が受け取り、アタッシュケースに投げ入れる。


「君の兄上がレブログ海軍病院に入院中だ、意識不明との事だが回復次第、連絡がくるよう手配してある。それは君に預ける、訪問して、情報を収集し給え」


 バチン、音を立ててアタッシュケースを閉めると中佐が文洋の方に滑らせてよこした。


「了解しました」


 アタッシュケースを受け取り、文洋が立ち上がる。


「アリシア王国の関与については、魔術師協会を通じてあたってみよう」

「お願いします」


 できれば、レオナをあまり関わらせたくないものだ……そう思いながら、文洋はアタッシュケースを手に司令官室を後にした。


     §


「ほら、しっかりして」


 俺は眠いんだ……もうすこし眠らせてくれ……。


 自分を呼ぶ声に、照文は腫れぼったい目蓋を開いた。真っ白い光が目に飛び込み、もう一度目蓋を閉じる。

 ああ、そうだ、戦闘中だ……俺は何をしてるんだ……艦はどうなったんだ……。静かだ……何も聞こえない。


「掌帆長、 状況報告」


 照文はかすれた声を上げた、声と共に体中から力が抜け、落ちてゆく感覚……。


「だめ、しっかりして」


 女の声がして唇が柔らかいものに塞がれた……温かい力が照文の体に流れ込み、一気に意識が戻ってくる。


「……カレン……?」

「よかった、目がさめた?」


 やたらと真っ白な部屋で目を覚ました照文を、『ラダー・アンド・ハッチ』の女主人が覆いかぶさるようにして覗きこんでいた。燃えるような赤い髪に手をのばそうとして、左手がガッチリと包帯で巻かれていることに気がつく。


「っつ」


 体を起こそうとすると、左わき腹に激痛が走った。


「ほら、だめよ、寝てないと」

「ここは?」

「レブログの海軍病院」

「今日は何日だ?」

「砂の月の十七日」


 交戦があった日は確か、十二日だったはずだ。五日も眠っていたことになる。


「俺の艦は?」


 目を閉じて照文は状況を思い出す。『瑞雨』が轟沈、巡洋艦『双葉』炎上。反撃をあざ笑うように上空を旋回した敵の空中戦艦は、炎上する『双葉』に爆撃を加え、海面近くまで高度を落として、至近距離から照文の艦に一斉射した。火を吹く砲口を睨みつけ、対抗射撃と面舵を命じたところまでは覚えている。


「戻った商船乗りから聞いたわ、戦場で浮いてたのは、あなたの艦だけ……、あなたの艦も浮かぶ鉄クズだったそうよ」

「……商船は?」

「レシチアに向かった二隻は三国同盟の駆逐艦に拿捕されたけれど、他はみんな無事に戻ってきたわ」


 船乗りの集まる酒場の主人だけあって、さすがに耳が早い……、酷い戦闘だったが、商船が無事なのがせめてもの救いか……。安堵して照文は息を吐く。ぽそり、と枕に身を任せ、ベッドの端に腰掛けたカレンの赤い髪を見つめる。


「すまない、当面、ツケは返せそうにない」


 派遣された艦艇全てを失い、扶桑海軍は面子を失った。

 生き残った上級士官が自分だけなら、おそらく全ての責任は自分に振りかかるだろう……。

 それでも……、どんな生き恥をさらしてでも、部下は守ってやらなければなるまい。


「クビになったら、うちにいらっしゃいな、わたしが養ってあげるから」

「……それもいいかもな」


 そういって目蓋をとじた照文の脳裏に、苦々しげな父の顔がよぎる。また気を失うと勘違いしたのか、慌てて覆いかぶさったカレンがもう一度唇を重ねてきた、温かい力が体の芯に染み渡る。


「これは?」

生命力マナを直接流し込んだの」

「呪術のたぐいか」

「失礼ね、いままで少しずつ貰ってたのを、返してあげただけ」


 赤い髪をゆらして、悪戯っぽい笑顔を浮かべるカレンを照文は右手を伸ばして抱きしめる。


「だめよ、甘えっ子さん、元気になったらまたお店にいらっしゃい」

 

 耳元でカレンがそうささやいて笑った。 


「ああ、そうだな、そうしよう」

 

 魔物に魅入られた……か。抱きしめた腕を解いて、照文はそっとカレンの頬をなでた。緊張の糸が切れ涙が出そうになる。カレンが優しく微笑むと照文の頬に、そっと手を伸ばした。


「うわ、少尉おさないでください」

「ちょ……え、あ」


 バターン、カランカラン。


 その時、入り口のほうで声がして、ドアが開き、従卒の二等兵と山中少尉が転がり込んできた。右足をギプスで固めた山中少尉の松葉杖が派手な音を立てて床に転がる。


「あら、覗き見なんて、いけない子たちね」

「ししし、失礼しました」


 従卒の肩を借りて松葉杖にすがって立ち上がり、山中少尉が慌てて敬礼する。


「艦長のご無事、みなに知らせてきます」


 真っ白の水兵服を翻し、従卒の兵士が慌てて駆け出してゆく。


「あ、貴様ズルイぞ、またんか、って痛ってえ」


 後を追おうとして、ギブスを椅子にぶつけ、山中少尉がうずくまった。


「少尉、無事でよかった、そこへかけろ」


 笑いながら、照文は涙目の少尉にベッドサイドの椅子を勧める。


「邪魔がはいっちゃった、また来るわ、艦長さん」

「ああ、ありがとうカレン」

「うちの子が心配してたわよ、少尉さん」

「ひゃ? ハイ!」


 手を振って出てゆくカレンを見送って、照文は山中少尉に向き直った。


「俺の艦はどうなった?」

「缶が半分やられましたが、なんとか動けます。上層構造物の後半分は全滅、魚雷が誘爆しなかったのは奇跡です」

「乗組員は?」

「戦死一〇、重傷者二十八、行方不明者二名です」


 三分のニが戦死傷か、酷いものだ。ため息を一つついて、照文は真っ白な天井を見つめた。


「他の艦は?」

「瑞雨は轟沈、生存者はありません、双葉は大破、自沈処分、戦死九十六、重軽傷者二〇八、伊藤大佐は戦死、山形少将は……最後まで指揮を取られた後、艦と運命を共にされました」


 大皇陛下から預かった艦と共に……か……、あの人らしいといえば、あの人らしい。呵々と笑う好々爺とした山形少将を思い出して、照文は目を閉じた。


「艦長」

「どうした、少尉」

「昨日、病院で亡くなった航海長の……最期の言葉です」

「聞かせてくれ」

「艦長を死なせるな、腹を切るなんて言ったら、ぶん殴ってでも止めろ」

「そうか」


 カタン、と音がして山中少尉が立ち上がる。


「艦長、皆の仇を取って下さい」


 脇の下に挟んだ松葉杖で、体を支え、山中少尉が敬礼する。


「ああ、俺は死なん、任せておけ」


 横になったまま、照文は答礼した、白いカーテンを揺らして、風が病室を吹き抜ける。

 俺には判る、奴はわざと樹雨を見逃した。

 だから死なん、皆のために一矢報いずして死んでたまるものか……。

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