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艦長と巨人《アルビオン》

 『九頭蛇ヒュードラ』改め、『竜翼メリュ淑女ジーヌ』と名付けられた白亜の飛行空母のお披露目が終わり、文洋達は王都東部の民間飛行場へと戻ってきた。

 盛大に花火が打ち上がる中、ペンキの匂いのする真新しい機体で、大観衆の上を飛んだ興奮と熱気にあてられ、ダークエルフのパイロットたちが、肩を叩き合い祝盃をあげている。


「飲み過ぎるなよ、フェアリード少尉」

「了解しました、ユウキ中尉殿」


 おどけて敬礼をしながら、ラディアが応える。皆に囲まれジョッキを傾けているラディアを置いて、文洋は機体を整備しているバーニー伍長に近づいた。


「バーニー!」

「ああ、ユウキ少尉、あ、ちがった中尉」


 翼桁のワイヤーを締め直していたレンチをポケットに放り込み、バーニー伍長が慌てて敬礼する。


「すまんな、無理を言って」

「大丈夫っすよ、どうせヒマですし。それにしても、良い機体っすねコレ」

「ああ、エンジンもだが、ロール性能が『スコル』とは段違いだ』


 群青色と白のチェック模様に塗られた胴体をポンと叩いて文洋は笑った。


「ドラグーン隊のも、ハウンドドッグ隊のも、順番に置き換えるそうですよ」

「そうか。ああ、そう言えば、スレイプニールを直してくれたんだって?」

「おやっさんから、聞いたんすか? 塗装なんて、どこが新しくなったかわかんないくらいにバッチリっすよ」


 どうだとばかりに、バーニー伍長が胸を張った。


「レオナが喜ぶよ」

「カワイイ娘さんがいて、羨ましいっす」

「かかった代金、言ってくれよ、出来る限りは俺が払うから。」

「冗談にもなんないっすよ、最初はレオナちゃんの為にとか言ってたのに、あんまり凄い機体なもんだから、みんなで取り合いで修理してたんっすから」


 ニコニコと笑う伍長に、文洋は『スレイプニール』を引取にゆく時は何か、お礼を持っていこうと思いながら、右手をあげて、あたりを見回した。

 文洋の群青色の機体から順番に、白と黒で塗られたダークエルフ達の機体が並んでいる。祝盃を上げる連中に混ざること無く、フェデロ准尉が見覚えのある整備兵と話しながら、方向舵ラダーを調整してもらっていた。


「フェデロ、皆と飲まないのか?」

「ああ、中尉失礼しました」


 フェデロの声に振り返り、敬礼しようとする整備兵に、文洋はそのまま続けろと身振りで指示して、目前で綺麗な敬礼するフェデロに答礼した。


「いい機体だ、そう思わないか、フェデロ准尉」

「ええ、夢のようです、中尉、以前、中尉のスコルに乗りましたが、段違いに素晴らしい」

「レブログに運んでくれたんだっけか?」

「ええ、レイフのエンジンに積み替えたあたりで、姐さんにとられてしまいましたが」


 言いながら、クロスした双剣にちょっぴり目つきの悪い黒兎、隣にはエルフ数字で『2』と書き入れられた自分の機体を、フェデロがうっとりした顔で眺めている。


「明後日、こいつでレブログまで飛ぶ、第一航空隊麾下になるが、少なくとも君たちダークエルフの部隊だ」

「中尉」

「ん?」

「あなたの部隊ですよ、隊長」

「そうか……そうだな、扶桑の馬の骨が隊長で、自治区のダークエルフが隊員か、なかなかの取り合わせじゃないか」

「違いないですね」


 フェデロが相好を崩した。


「ハメを外し過ぎるなと、ラディアに伝えてくれ」

「中尉は?」

「家に帰る、嫁が怖いんでな」


 そう言って肩をすくめる文洋に、フェデロが声をあげて笑う。傾いた日差しに、オイルの匂いのする涼しい風が滑走路を吹き抜けた。

 


     §


「艦長、まもなく夜明けです」


 艦長室で仮眠をとっていた結城照文は、山中少尉の声に起こされた。


「わかった、すぐにいく」


 レブログを出港してから五日、輸送船に合わせて八ノットで巡航する船団は、ウィリデ湾沖二〇〇マイルを東南東に進んでいた。

 このまま順調に行けば、ラダル炭鉱のあるレシチア諸島には、二日でつく計算だ。巡洋艦『双葉』を先頭に、

単縦陣を組み、輸送船七隻を扶桑海軍の三隻が護衛している。


「おはよう御座います、艦長」

「航海長、引き継ぐ、休んでくれ」

「了解しました、進路、一三五、速度八ノット、全て異常なしです」


 無精髭を生やした航海長が、敬礼してブリッジを後にする。荒れた扶桑の海と違い、凪いだエメラルドグリーンの海がどこまでも広がっている。

 退屈な任務だが、こう風景が綺麗だと、コレも良いかもしれない。露天艦橋で空を見上げ、照文は微笑んだ。


 そんな平穏な航海は、照文が目を覚ましてたった二十分で終わりを告げた。○六二○時、見張り員が声を張りあげる。


「艦長! 水平線上になにかいます、飛行船のようです」


 晴れ渡った空にきらめく陽光、鏡のように凪いだ海を進む『樹雨』のブリッジでコーヒーを飲んでいた照文は、カップを従卒に渡すと、首から下げた双眼鏡を手に取った。


「どこだ?」

「方位、一七五、水平線近くです」


 事前の調査で、民間航路は全て地図に書き込まれているが、ここは中立国アリシアからの航路からは大きく外れていた。つまり……南から来る飛行船は、味方でなければ全て敵だと言うことだ。


「戦闘配置、砲戦用意」

「了解、戦闘配置、砲戦用意」


 戦闘配置のラッパが鳴り響き、船内が一気に慌ただしくなった。


「両舷、前進、強速」

「了解、両舷、前進、強速」

「双葉のみぎ舷にでる、発光信号、『敵見ユ、方位一七五』」


 先頭をゆく巡洋艦『双葉』に並ぶべく、照文が命令を出す。蒸気レシプロエンジンが雄叫びをあげ、小さな船をまたたく間に加速させた。


「双葉より返信、『瑞雨ト供ニ迎撃セヨ』」


 飛行船にいくら爆弾を詰んだ所で、動いている目標に当てるのは至難の業だ、ならば、小回りの利く駆逐艦で挑発して、爆弾を捨てさせるのは、良い手だと照文も思う。


「了解を返信、面舵四〇、方位一七五、対空戦闘用意」


 幸か不幸か、扶桑初の国産駆逐艦『瑞雨』と『樹雨』の主砲は、建艦当時にテルミアから輸入された十三ポンド高射砲そのものだ。

 見学に来たテルミア海軍の船乗りから、この艦は飛行機と戦うつもりかと笑われたが、今日の所は行幸といったところだろう。


「航海長、両舷、ニ戦速、距離千八百メートルで面舵百八十、同航戦を挑む」

「了解」

「砲雷長、旋回中に、片舷斉射、当たらんでもいい、目立ってこっちに爆弾をひきつけろ」

「わかりました!」


 対空戦闘、しかもあんな大きな飛行物体との砲戦など、どこの国も行ったことがない。諸元がわからない以上、距離も今ひとつ読みきれない。だが、少なくとも敵に高度がある分、近づいた方が弾はあたるだろう。

 そう考えた照文は、相手が三都同盟の飛行船と同じ大きさと仮定して測距するように指示、双眼鏡の中で大きくなる灰色の飛行船を睨み続けた。


「!?」


 距離が五千メートルを切ったあたりで、敵の飛行船の下部が炎と煙に包まれた。一瞬、敵が爆発したかと思ったが、次の瞬間、巨大な飛行船が、黒煙を押しのけ現れる。


 ズシン! ズシン! ズシン!


 二呼吸おいて、腹に響く着弾音と供に、『樹雨』と『瑞雨』の間に水柱が上がった。


「挟差!」

「くそっ! 砲撃だと!! 面舵十五、回避!」

 

 照文が驚嘆の声を上げる。三連装砲塔の一斉射、水柱の上がり方から見て、巡洋艦クラスの砲撃だ。あんな重いものを抱えて空を飛べるなど、驚く他にない。


「瑞雨! 被弾!」


 水柱が消えた左舷に目をやると、至近弾を食らったのか、瑞雨の側面装甲がめくれ上がっている。普通の艦は上空から撃たれることなど想定していない。まともにくらえば自分たちを守るのは、薄い木製の甲板だけだ。


 照文はほぞを噛んだ。『飛行船は砲撃しない』そういう愚かな思い込みで完全に先手を取られた。


「航海長、最大戦速、蛇行して近づけ、転舵のタイミングは田植え歌でも歌え!」

「了解」

「砲雷長、各個射撃! 撃ち方はじめ!」


 相対距離五千メートル、人類が初めて遭遇する飛行戦艦に対して、扶桑海軍二等駆逐艦『樹雨』と『瑞雨』は、その総力を持って戦いの火蓋を切った。


「撃ちまくれ!」


 相対距離千二百メートルで照文は百八十度転舵を命令する。相手のほうが速度が速い。こちらの武器は、大仰角が取れる高射砲だけだ。

 ならばと、敵の死角、腹の下に潜り込んだ二隻の駆逐艦が、砲も焼けよと撃ち続ける。だが、直撃弾を放つたび、魔法陣が緑の燐光をあげ、決死の覚悟で撃ち放つ砲弾を阻んだ。


「敵艦、直上!」


 『樹雨』と『瑞雨』の最大戦速を、敵の飛行船は十ノットほど上回る。追いつかれた二隻の上空で、銀色の巨鯨の腹が開き、爆弾の雨が降り注ぐ。


「逆進、取舵一杯!」


 並走する『瑞雨』が左に舵を切る。合わせて取舵を切りながら、照文は逆進をかけ、爆撃のタイミングをずらした。上空を飛ぶ飛行戦艦が航路を微調整、爆弾の雨が海面を叩きつける。


 ズズズズズズ、ズムズムズム、ズズズズズン!


 右舷をゆく『瑞雨』が水柱に包まれた。


 ズムン!


 腹に響く大音響と供に、『樹雨きさめ』のマストよりはるか上空まで水柱が上がる。


瑞雨ずいう、轟沈!」

「撃ち続けろ!」


 報告を無視して、照文は上空を睨んでそう命令する。『樹雨』の頭上を追い抜いて船団へと向かう巨大な飛行戦艦に『樹雨』の十三ポンド高角砲が火を吐き、緑の燐光を放つ魔法陣に阻まれる。


「双葉、発砲!」


 その時、護衛していた商船を逃すべく、飛行戦艦の前に巡洋艦『双葉』が立ちはだかった。『瑞雨』が波間に姿を消し、『樹雨』が射線からズレたのを見計らい、最大仰角で二〇サンチ砲が火を吹く。

 ……二連装二〇サンチ砲、列強諸国から学んだ技術を惜しみなく注ぎ込み、はじめて国内で建造された最新鋭艦の主砲が雄叫びを上げ、鍛えぬかれた益荒男ますらお達の放った渾身の一撃が飛行戦艦に直撃する。


 グワン! っと、空気が揺れ、敵が緑の燐光と黒煙に包まれた。


「直撃!」


 樹雨の艦橋で歓声があがる。バラバラと破片が海面に落ち、水柱を上げた。


 ドゥン!


 そんな彼らをあざ笑うように頭上で砲声が鳴り響き、空気が揺れる。砲撃の衝撃波でまとわりつく黒煙を振り払って、敵の飛行戦艦が応射しつつ姿をあらわした。


「くそっ! 面舵十五! 両舷、前進、最大戦速!」


 右斜め上方を行く飛行戦艦に喰らいつくように、再び『樹雨』が同航戦を挑む。練度に物を言わせ、直撃弾を次々と繰り出す『樹雨』の十三ポンド砲を、ことごとく緑の魔法陣が阻む。

 数瞬後、飛行戦艦の下面に備えられた三連装砲が再度火を吹いた。


「双葉、被弾! 炎上!」


 上空から放たれる砲弾は阻むすべがない。そもそも、軍艦はこんなものと戦うようにできていない。それでも、輸送船団との間に立ちふさがったくろがねの城は、炎上しながらも堂々と、一歩も引くこと無く、再度雄叫びを上げる。


 最大仰角でなお足りず、『双葉』の主砲弾が敵飛行戦艦の下方をかすめて飛び去ってゆく。かなわぬとしってなお、『双葉』の甲板に据えられた四門の高角砲が敵艦目掛けて猛然と反攻を開始した。


「輸送船団は?」


 ……勝てない、照文は冷静に分析してそう思う。


「北西に向かって、それぞれバラバラのコースで退避しています」

「わかった」


 ならば、彼らの盾となるまでだ。照文は肚をくくって命令を出す。


 「撃ち続けろ、双葉から奴をひきはがせ!」


 最大戦速の二十八ノットを大幅に越え、三十一ノットで老朽艦が疾走はしる。

 銀色に光る巨大な飛行戦艦を睨みつけ、照文は砕け散れとばかりに奥歯を噛み締めた。



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