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猟犬と王女

「王女直属の近衛旅団、敵空中母艦を拿捕……だとさ、あたしらはいつから、そんなに偉くなったんだい?」


 白地に紺の縁取りがされた、近衛旅団の制服を着たラディアが、テルミア・タイムズ紙を食堂の机に放り出す。

 民間飛行船で王都テルミアに送り届けられてから七日、原隊復帰の命令が出ないまま、文洋たちは近衛旅団の預りにされてしまっていた。

 

「ボヤくなよ、極東から来た馬の骨と、ダークエルフの一団が敵の空中母艦を拿捕って、書かれて、新聞記者に囲まれたいか?」


 『ヒュードラ』の士官室から失敬してきた敵の戦闘機、あの白狐が乗っていたのと同型機の整備マニュアルを読んでいた文洋は、そう言いながらパタリと表紙を閉じる。


「こんなヒラヒラのお人形みたいな服を来て、ヒマを持て余すよりは、そっちの方がよほどマシさね」


 男物の上着に、ローブを縫い直し裾に贅沢にレースを奢ったスカート、女官たちが腕を奮ってラディアにのために仕立てた制服風の衣装と、顔が映るほど磨き上げられたひざ上まであるブーツを履いたラディアは、異国のお姫様といった体だ。

 多少はすっぱなところが、むしろ人気で、時折、若い女官達に囲まれて困惑しているのを文洋は見かけていた。


「ユウキ少尉」

「ん?」

「十時だよ、昼食まで外で遊ぼう、外で」

「遊びってのは、もう少し楽しいもんだと思うが」

「あたしは楽しいよ? 少なくとも、こんな穴蔵で腐ってるよりは。お前ら、少尉が訓練付けてくれるって、行くよ!」


 ことのほか、扶桑の体術が気に入ったしく、ダークエルフ達はヒマを見つけては文洋から体術を習いたがった。

 双剣の使い手で、やたらと短いリーチでの戦いを習熟しているダークエルフ達だけあって、教える文洋も舌を巻く勢いで体術を習得してゆき、三本勝負だと毎回一本取られるほどの勢いで、彼らは熟達していった。


     §


「ちがう、そうじゃない、力で持って行こうとするな」

 

 ダークエルフ達に、文洋は扶桑の体術を、出来る限りの形で教授する。この手の体術の基本は、ほぼ歩法と力の流し方で出来ていると言っていい。

 ダークエルフ達はまたたく間にそれを理解し、実家で数年鍛えられた文洋の技を、当たり前のように吸収してゆく。


「精が出ますね」


 後ろから声をかけられて文洋は振り返った。白地に銀糸の縁取り、蔦の刺繍の入った神官服を着たラティーシャ王女が護衛の女官と共にそこに立っている。


「整列、気をつけ」


 文洋より先に、王女に気がついたフェデロ軍曹が号令をかける。ダークエルフ達が小走りに文洋の後ろに駆けより整列した。

 ……全く、生真面目な男だと、文洋は当たり前のように隣に並ぶラディアと苦笑する。


「皆さん、にお話があります」


 蜂蜜色ショートカットの髪をゆらし、ラティーシャ王女がそう言って兵士一人ひとりの顔を見つめる。


「今回の功績について、王国は……いえ、私は皆さんを非常に高く評価しています」


 ザワリ、と兵士たちがどよめいた。百五十年前に恭順するまでテルミア王国と戦い続け、恭順してなお自治を勝ち取るため、数度にわたって反乱を起こしてきた彼らは、疎まれることはあっても、評価されることなどなかったからだ。


「私個人としては、皆さんを叙勲して、近衛旅団に迎えたいとすら思っていますが、残念ながら、王国の中には皆さんをよく思っていない者達も数多くいます」


 頭を振って、ラティーシャ王女が悲しそうな顔をする。


「それで、私は考えました、せめてものお礼として、勇敢な兵士たちには、優れたつるぎを……と」


 何が言いたいのだろう? そんな顔をして文洋を見上げるラディアに文洋はウィンクして見せた。


「ラティーシャ・リア・ユーラスの名において、ナイトホーク偵察飛行隊を解散し、私直属の遊撃隊として再編成します」


 おおっ、と兵士たちにどよめきが走る。


「それで王女殿下、私達は何をすればよろしいのですか?」

「私は、勇敢な兵士に優れた剣を与えると言ったはずですよ、フェアリード少尉・・

「はっ……あの……少尉?」

「王国の最新鋭機、『ハティ』をあなた達に預けます、その剣をもって、テルミアの空を守護なさい。期待していますよフェアリード少尉・・、みなさんも、一階級ずつ昇進です」


 ダークエルフ達が歓声を上げた。ラディアがぽかんとした顔で、王女と文洋の顔を交互に見つめる。


「良かったな、ラディア、これで君たちも戦闘機乗りだ」

「え……?」


 感極まった顔で、ラディアが文洋を見上げる。泣き出さんばかりに琥珀色の瞳が潤んでいた。空を飛ぶのが好きな文洋にとって、そんなラディアの気持ちは手に取るようによく判る。


「ユウキ少尉は?」

「俺は古巣に帰るさ」


 その一言で、歓声がシンと静まる。同盟国から来た義勇兵という触れ込みで、この一件を機に文洋を近衛旅団に配属しようという動きはあった。

 だが、あらゆる手を使って、近衛旅団への異動の話を文洋は固辞していた。話題になればなるほど、ローラや、レオナとの繋がりを深く探られる。それはどう考えても得策ではない。


「何を言ってるんですか?ユウキ中尉・・

「え?」

「あなたを遊撃隊の隊長に任命します、あなたのお仕事は、人間ヒューマンとダークエルフ、二つの種族の間を取り持つことです」


 ヤラれた……とんだ王女殿下だ。文洋は中庭にある練兵場の四角く切り取られた空を見上げてため息をついた。


「ユウキ中尉、必要な人員と物品は司祭長に報告して下さい」

「了解しました」

「四日後、、鹵獲した九頭蛇ヒュードラが到着します、遊撃隊の初飛行は王都での『ヒュードラ』のお披露目です」

「機体の受領後、訓練に入ります」


 敬礼する文洋に、にこりと笑って、王女が踵を返した。


「殿下! 殿下!」


 王女が数歩進んだ所で、思い出したようにラディアがそう言いながら駈け出す。ラディアと王女の間に、護衛の女官がツイと割り込んだ。


「なんですか、フェアリード少尉」


 片手を上げて、護衛の女官を止めると、ラティーシャ王女が子供のようにはしゃぐラディアを見上げる。


「頂いた飛行機は、好きな色に塗っても?」


 その問いに、ラティーシャ王女が不思議そうな顔をして、文洋を見つめた。


「第一航空隊では、みな尾翼と主翼の識別マーク以外は、好きな色に機体を」

「ああ、そういうことですか……、それでフェアリード少尉は何色にしたいのです?」


 微笑んで王女がラディアにそう尋ねた。


「翼を黒に、胴体を白と黒のチェック模様に……ユウキ中尉がライオンを書いてる所には、黒ウサギを」

「黒ウサギ……ですか?」


 人間がダークエルフを揶揄する時に使う、黒ウサギをどうしてワザワザ? 当て付けだろうか? そう思ったに違いない。眉をひそめる王女に、ラディアは笑ってこう答えた。


「我々は殿下の剣となり、盾となり、不敗を誇るよう努力します、そうすればいつか、黒ウサギは、ダークエルフに対する褒め言葉になるでしょう」

「ユウキ中尉? あなたの隊です、隊長としてどう思いますか?」

「扶桑では武名を轟かせる名家に兎の紋章を使う家が御座います、それで彼らの士気が上がるなら、よろしいかと」


 文洋に見えるように、ぴょこり、と耳を動かすラディアに、笑い出しそうになるのをこらえ、文洋はしかめつらしくそう答えた。


「わかりました、ではこうしましょう、フェアリード少尉」

「なんなりと、殿下」

「遊撃隊名は『黒兎隊ブラックラビッツ』とします、初志、忘れないように励んで下さい」


 猟犬ハウンドドッグから黒兎ブラックラビッツか……まあ、空を飛べるならどこでもいいし、新しい機体がもらえるなら大歓迎だ。

 ダークエルフ達の歓声を背に、文洋は先ほど読んでいた敵機のマニュアルを思い浮かべていた。新しい機体が『レイフ』より余分な馬力と、高いロールレートを持っているなら、今度こそあの白狐を仕留めてやれる……と。

 

     §


「まわーせー」

 

 急遽レブログから連れて来られた整備部隊に、宮廷画家まで動員して突貫で仕上げられた黒兎隊ブラックラビッツの機体が、王都東方十マイルの郊外にある民間飛行場で唸りをあげていた。


「おやっさん、すまないな、無理いって」

「まったくだ、しかしコイツはじゃじゃ馬だぞ」

「上がっちまえばそうでもないんだがな」


 文洋の新しい機体は、ベースの群青色は以前のままに、胴体はダークエルフたちとデザインを合わせ、チェック模様になっている。

 コックピット下には、狛犬など見たこともないテルミアの宮廷画家が、精一杯、腕を奮った結果、おすわりをしたライオンが描かれていた。


 ラディア達の機体はと言えば、黒い翼にチェック模様の胴体、クロスした双剣を背景に、微妙に目つきの悪い黒ウサギが描かれている。識別用にウサギの隣には、エルフ文字で数字が書き込まれていた。


「しかし、いいエンジンだ、お前らにはもったいない」


 相変わらずの大声で、フリント整備中尉がそう言って笑う。


「ああ、マイナスGをかけると咳き込むが、それ以外は完璧だ」


 フルチューンでも一五〇馬力だった空冷の星形エンジンは、二〇八馬力の水冷八気筒エンジンに改められ、美しい曲線を描く機体は、水平速度で一〇五ノット、急降下中なら一二五ノットを叩き出す。

 なにより、プロペラ同調装置のついた二丁の機銃が頼もしい。そんな新しい機体を、点検しながら文洋とフリントが軽口を叩いて笑っていると、急に飛行場を影が覆った。


「……来たか」

「おいおい、でけえな、あんなの相手にしたのか、おめえら」


 飛行場上空に、拿捕した『九頭蛇ヒュードラ』が姿をあらわす。馬鹿げた大きさの飛行船が、滑走路に降り注ぐ陽光を遮り、その威容を誇っていた。

 塗り替えたのだとしたら、大した手間がかかった事だろう、銀色だった船体は真っ白に塗られ、胴体の横には、テルミアの紋章、真紅のワイバーンが描かれている。


「あれを分捕ったご褒美がコイツなら、わるくないだろ」


 ポン、と操縦桿を叩いて文洋はフリント中尉に笑った。


「まったく、無茶しやがって。ああ、そうだ、『スレイプニール』な、あれ、キッチリ直しといてやったぞ」


 空を覆う巨鯨を見上げたまま、フリント中尉もそう言って笑う。

 

「ありがとう、レオナが喜ぶよ」

「とはいっても、誰も飛ばせなくてな、試験飛行ができんのだ」

「これが終わったら、レオナを連れて取りに行くよ」

「そんときゃ、後ろに乗せてくれ、あれがなんで飛ぶのかさっぱり判らんが、一度乗ってみたい」

「ああ、約束だ」


 文洋が親指を上げると、フリント中尉がポンと飛び降りた。整備兵が車止めを外す。


 少しだけ秋の匂いのする風を受けて、群青色の機体が滑走路を疾走はしる。滑走路上空をフライパスしてゆく巨鯨を追って、文洋の後に白と黒の機体が次々と続く。


「ユウキ中尉」

「どうした、ラディア」


 さすがに慣れっこになったウィンドボイスに、文洋はトリムを調整しながら返事をした。


「あんたは、あたしたちに翼をくれた」

「俺はなんにもしてないさ、自分たちで勝ち取ったんだろ」

「それでも……」


 文洋の右側で、ラディアが綺麗な四点フォーポイントロールを決める。


「それでも、ありがとう、中尉」

「ああ、わかった、だから今日はとりあえず、いい子にしててくれ、ラディア」

「わかった、いい子にしてる」


 すねたような声に苦笑しながら、文洋は片手を上げ、ラディアを後ろに下がらせ、飛行空母の上空にでた。澄んだ空気に王都中心の『銀の塔』が輝いて見える。


 銀の塔の向こうに、『テルミアの涙』と呼ばれる巨大な湖が見え始める。


 ……兄はどうしているだろう。


 陽光に輝く湖を見て、文洋はふとそう思った。

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新型機のイメージは S.XIII

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― 新着の感想 ―
[一言] 続けてこういう描写が来ると、兄ちゃんの死亡フラグが建ってないかと身構えてしまうな。
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