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魔術師と執事

 怪我したクラウスを王都で見つけた、そんな連絡を文洋からもらったレオナは、翌朝、一番の汽車で王都へと向かっていた。


「クラウスが生きてた……生きてた……」


 コンパートメントの窓に流れる麦畑を見ながら、レオナが小さくつぶやく。向かいに座ったローラが、そんなレオナをみてニコリと笑う。


「良かったわね、レオナ」

「ええ……あの……あのね、ローラ」

「ん?」


 レオナはそこで言葉を切ってローラを見つめた。人狼ウェアウルフ吸血鬼ヴァンパイア、この二つの種族は驚異的な力と、あまりに人に近い外見を持つがゆえに、他の種族より人一倍忌み嫌われている。

 神話の時代に狼の子孫と謳われたアリシアの国柄ゆえ、狼に慣れ親しみ、上流階級の家庭では、犬の代わりに狼を飼うことすらあるアリシアですら、人狼を快く思う人間はそう多くはない。


「どうしたの?レオナ」

「セプテントリオンの執事は、代々、人狼ウェアウルフなの」

「そう」

「ローラは家に人狼ウェアウルフがいても嫌じゃない?」

「どうして? アパートメントにはまだお部屋は沢山残っているし、レオナの家族なんでしょう?」


 そうだった……ローラはこういう人だった……気負った分、なんだか拍子抜けして、レオナはまた、窓の外に視線を戻した。


「でも、困ったわね」

「あ、あの、迷惑だったら言ってね、わたし……」

「ほら……、私、お肉のお料理、あまり得意じゃないでしょ? 時々、鹿を使うくらいでエルフのお料理はお肉使わないから」

「えと……え?」

「やっぱり、クラウスさん? 狼さんなんだから、お肉、好きなんでしょ?」

「……」


 本当に困った……という顔をするローラにレオナはクスリと笑う。釣られて、レオナの隣に座ったシェラーナも小さく吹き出した。


「レオナ、ここに来て」


 ポンポンと自分の隣を叩いて、ローラが言う。レオナは立ち上がると、ローラの左隣、怪我をしていない足の方に腰を掛けた。コンパートメントのビロード張りの長椅子が、ぽふりと音をたてる。


「どうしたの、ローラ?」

「ねえ、レオナ、私は人間より、長い長い時間を生きて来たし、これからも生きてゆくわ」

「うん」

「あなたのお祖父様が、レオナくらいの年齢としだった頃、私はそうね、シェラーナ位の年齢としだった」


 少し遠い目をして、ローラが窓の外に視線を投げた。


「あなたも、いつか私を追い抜いて、大人になって、そして私を置いていってしまうの」


 そう言って、少し悲しそうな顔をした後、レオナはローラにぎゅっと抱きしめられる。


「だから、私の家族で居る間は、出て行くなんて寂しいことは言わないで」

「……ごめんなさい」


 背中に手を回しレオナはローラをぎゅっと抱きしめる。頬にかかるプラチナ・ブロンドの髪から薔薇油の香りがした。


「ごめんなさい」


 もう一度謝ってから、レオナはローラの胸に顔をうずめる。自分の髪を撫でる優しい指に目を閉じて身を任せた……。ゴトン、ゴトン、ゴトン、鉄路の音が静かなコンパートメントに響き渡る。


     §


「ただいま! クラウス? クラウスどこなの?」


 テルミア中央駅からタクシーを飛ばし、アパートメントに戻ったレオナは、ローラが扉の鍵を開けるなり、家のなかに駆け込んだ。


「クラウス?」


 階段を駆け上がり、客間のドアを開く。ベッドメイクまでされた部屋は、そこに人など最初から居なかったかのように片付いていた。


「……」


 キッチン、屋上と階段を駆け上り、レオナはクラウスの姿を探し求めた。大きな背中、好々爺とした笑顔。だが、洗濯されたシーツが屋上にはためいていた以外、そこに誰かがいた気配はどこにもない。


「クラウス!」


 名前を呼んで階段を降りる。

 ……私をおいて、どこかに行ってしまうなんて、許さないんだから。

 階段を駆け下り、中庭への扉を開く。


「まあ、どうしたのレオナ」


 扉の向こうで、ローラが驚いた顔でこちらを見ている。隣に立つ、見慣れた大きな人影。


「クラウス!」

「ああ、お嬢様!」


 大きさの合う服がなかったのだろう、だらしなく前を開けて、なのにキッチリと前掛けをつけたクラウスが、ポカンとした顔をして、じょうろとスコップを手に、中庭に立っている。


 心配したのに……居なくなったかと思ったのに! なんで中庭の手入れなんてしてるの! 怪我人のくせに! やり場のない感情の渦がこみ上げる。


「バカ、クラウスのバカ! どうして横になってないの! この大馬鹿!」


 罵りながら駈け出して、レオナは泣きながらクラウスの胸に飛び込んだ。


「お召し物が汚れます、お嬢様」


 ……ほんと、バカ、このバカ狼……。


「そんなの、いいわよ、バカ、このバカ執事! なによもう、だらしない格好をして」


 片腕でヒョイと抱き上げられ、包帯が巻かれた肩に顔をうずめる。困った顔をして、頭を掻くクラウスを見て、レオナの中で何かがプツンと切れ、声を上げて泣きじゃくった。


     §


 呆れたことに、三日もするとクラウスの傷はあらかた塞がってしまい、庭仕事に掃除洗濯と、シェラーナと二人で難なくこなすようになっていた。

 王都に戻ってから五日、何事もない平和な日が過ぎてゆき、ここ毎日の日課になっている皆揃ってのティータイムを楽しんでいたレオナは、外でガチャガチャと自転車を止める音に気がついた。


「少々お待ちを、シェラーナさん、ここを頼みます」


 給仕をしていたクラウスがそう言って、玄関へ向かう。セプテントリオンの家はとうに無く、自由にして良いとレオナが断ったのだが、頑なに彼女に仕えることに拘ったクラウスは、結局、ローラに雇われる形で、掃除から給仕、レオナの家庭教師に中庭の手入れまで、なんでもこなしていた。


「シェラーナ、ほら、あなたも掛けて、お茶になさい」

「いえ、私、メイドですので」


 メイド兼、護衛として付けられているシェラーナも、クラウスにあてられたのか、レオナが強引に誘って部屋で二人でお茶を飲む時以外は、すっかり畏まってしまっている。


「二人とも、困ったものね」


 ローラが苦笑いして、カモミールティーを一口飲んだところで、クラウスを従えて、中庭に文洋が入ってくるのが目に入った。


「「フミ!」」


 ローラと二人、なんだか少し日焼けした文洋に声をあげる。立ち上がって文洋に駆け寄ると、レオナは文洋の腕に抱きついた。


「レオナ、ほらおみやげだ」

「なに?」


 ひょいと差し出された籐の籠を、レオナは覗き込む。グレーの毛玉がもそもそと動いたかと思うと、ひょこり、と顔を上げ、緑の目がレオナを見つめて、にゃーと鳴いた。


「わぁ!」

「まあ、可愛らしい」


 差し出した指に顔をこすりつけ、ゴロゴロと喉を鳴らす子猫をレオナは抱き上げる。


「どうしたんです、この猫ちゃん」


 車椅子のローラがレオナの腕の中の猫を覗きこむと、フンフンと鼻を鳴らして、子猫がローラの頬に子猫が頭を擦りつけた。


「こら、くすぐったいです」

「ああ、詳しくはまだ話せないが、ちょっと仕事で行った先の宿でな、引き取り手を探してて貰ってきた。ローラには、これ」

「まあ? なんです?」


 紙袋を受け取り、ローラが膝の上で袋を開く。ガラスの小瓶にいれられたハーブが次から次へと姿を表した。


「戦争が始まってからこっち、南大陸のハーブが手に入らなくなってたろ?」

「ええ、でもこんなに沢山どうしたんです?」

「泊まった宿の裏に、ハーブを作ってる農家があって、分けてもらってきたんだ、北大陸でも作れるものなんだな」


 そんなやりとりの中、人間の都合などさておいて、一心不乱に胸元のリボンで遊ぶ子猫を撫でながら、レオナは中庭を見回した。

 小さな中庭に、フミがいて、ローラがいて、クラウスがいる、シェラーナに、それにこの小さな新しい家族。ここに、弟がいれば、もうなにも言うことはないのに……。


「クラウスも元気そうでなによりだ」

「かたじけない」


 皆でテーブルへ戻ると、シェラーナの作った羊羹を摘んだ文洋が、クラウスの腕をポンと叩く。差し出されたハーブティーを一口、文洋が飲んだところで、クラウスが思い出したように口を開いた。


「そう言えば文洋様」

「文洋でいいよ、クラウス、なんならフミでいい」

「いや、そういう訳にも、なにせ私、ここに雇われましたので」

「まあ、好きに呼べばいいさ」


 肩をすくめ、文洋が諦めたように言う。


「ああ、それで文洋様」

「ん?」

「先般の夜、助けて頂いた、あのダークエルフのお嬢さんにも、何かお礼をしたいのですが」

「ああ、ラディアな、伝えておくよ」


 ピクリ、とローラのとがった耳が動いたのを、レオナは見逃さなかった。


「フミ、おうちに女の子をご招待したのですか?」

「ちょ、ちょっとまてローラ」

「フ・ミ・?」

「クラウス!」

「ああ、奥様、なにもやましいことなど無いと……思います多分」

「……」


 ローラに問い詰められ、しどろもどろになる文洋を見ながら、レオナはクスリと笑う。モソリと子猫が腕のなかで動くと、緑色の目でレオナを見上げて、「にゃー」とひと声、鳴き声をあげた。


書籍の第一巻の収録部分はここまでとなっています。


なろうというサイトでの書き方を試行錯誤しながら削りに削ることで軽くした本作ですが

紙の本はやっぱり紙の本の書き方に戻していたりして、このあたりの加減は難しいところ

です。

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