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不死鳥《シームルグ》と九頭蛇《ヒュードラ》(後編)

 高度三千フィート、冷たい風が吹きすさぶキャットウォークを、文洋は一息に走り抜けた。まだ晴れぬ硝煙の中に飛び込み、敵の姿を探す。

 柔らかいものにつまづいて、見下ろした文洋の目に、武器を放り出して座り込んだ兵士が目に入る。迷うこと無くその顎をけり上げ、次の敵兵を探す。


「おらぁ!」


 途端、怒号ともに文洋の左側から銃剣が突き出された。キン!と高い音たて、受け流した短刀が火花を散らす。そのまま左手の力を抜くと、敵兵を巻き込むよう誘い込み、右手の三十八口径のリボルバーを至近距離から撃ち放つ。


 腿を撃ちぬかれた敵兵が、小銃を放り出し崩折れた。駆け込んできたダークエルフの双剣が、敵兵の首に一太刀を浴びせ、銀色の壁が血の色で染まる。


「降伏しろ」


 出来る限りの大音声で文洋が叫ぶ。


「クソッタレ!」


 叫び返し、小銃を構えた兵士の胸板に、文洋は無言で三十八口径を二発撃ち込んだ。反動で壁に打ち付けられるように、もんどりうった兵士を目にして、まだ意識のある二名が、両手をあげる。


 ハッチを守っていた七名から武器を取り上げ、外に投げ捨てると、文洋は気を失った兵士を、履いているズボンのベルトで縛り上げた。


 両足をそろえ左右の靴紐を片結びにする。縛り上げた敵兵の見張りと怪我人の手当に一名残し、文洋はブリッジ目指して再び走りだした。


     §


「遅いよ、ユウキ少尉」


 ブリッジの扉の前で、文字通り返り血で紅に染まったラディアとフェデロが待っていた。床には喉を切り裂かれた敵の死体が三つ転がっている。


「准尉、状況は?」

「右舷のエンジン室は全部抑えてエンジン止めといた。左舷は手が足りないからキャットウォークを全部、サラマンダーで焼き落とした」

「それで、さっきから船がずっと左に回ってんのか」

「飛行甲板に行った時には三機しか残ってなくてね、残った機体が出られないように、機材を全部ぶっ壊しといた」


 ほめろと胸を張るラディアに、そうか、と頷いて文洋はブリッジの扉へ向き直る。五ヤードほどの細い廊下の先、白兵戦など想定していない薄い扉。

 ……だが、少なくともブリッジ要員はこの扉の向こうで手ぐすね引いて待ち構えているに違いない。


「ドアを開けたら蜂の巣だろうなあ」

「そりゃそうさね、それに鍵がかかってるだろうし」


 残念なことに、入り口は一つしかない。どうしてもここを通らなければ、向こうへは行けないというわけだ。


「サラマンダーで焼き切れないか?」

「この通路幅じゃ呼び出せないねえ」

「扉の向こうに呼び出すのは?」

「見えてなきゃ無理」


 そうだったな、文洋は一つ思案してから、足元に転がったライフルを拾い上げた。


「じゃあ、あのドアに覗き穴を開けるとしよう」


 文洋は足元に転がる死体からライフルを拾うと、フェデロと連れてきた兵士にも同じようにさせ、予備弾薬を死体の弾薬入れから引っ張りだした。


「扉の上から一フィート、真ん中あたりを、弾がなくなるまで撃ちまくれ」


 ダークエルフ二人が扉の上半分、ほぼ同じ位置を目掛けて撃ちまくる。派手な火花を上げて、顔ほどの高さに蜂の巣のように穴が開いてゆく。文洋は反撃が無いのを確認して床に寝そべると、床から十インチほどの高さに穴を一つ開けた。


「ラディア」

「まかせな」


 文洋も立射に戻り、三人で扉を撃ち続ける。

 弾が切れたところで、手を上げて射撃を止めた。


「右舷は制圧した、諸君、降伏したまえ」


 あれだけドアが穴だらけなら聞こえるだろうと、大声で文洋が降伏勧告する。どことなくロバルト中佐風になったのは意識してのことだ。


「断る、かかって来……うぎゃあああ」


 拒絶の言葉を最後まで言わせることなく、扉の向こうから断末魔の悲鳴が上がった。銃声、怒号、金属音、それとあまり聞きたくない、骨のひしゃげる音。


「砲雷長がやられた!」「うわあ、逃げろ!」


 ドアの向こうで恐慌の波が広がる。悲鳴と喧騒。


「艦長だ、降伏する、降伏する!! 全員武器を捨てろ、もう沢山だやめてくれ!!」


 悲痛な叫びがブリッジから上がった。覗き穴から目を放し、返り血と硝煙で汚れた顔をこちらに向けたラディアが、頬を上気させ愉悦の表情を浮かべている。隣で額に手をあてるフェデロの表情を見て文洋はため息をついた。


「准尉、良くやった、もういい」


 頬についた血を指でぬぐってやると、文洋はラディアの頭をポンポンと叩いて、立ち上がらせる。

 中から鍵が開かれると、文洋は蜂の巣になったドアを用心しながら開き、ブリッジに足を踏み入れた。全員が血の気の引いた顔をして両手を上げて立っている。


「武装解除を全乗組員に通達して下さい」

「わかった、わかったからそいつを近づけないでくれ」


 金色のモールをぶら下げた艦長と参謀らしい男が、ラディアを見て震え上がる。彼らが何を見たのかは、知らない方が良さそうだ。


「いいでしょう、准尉、無線室を抑えろ。軍曹、ブリッジの武装解除を確認しろ、抵抗すれば殺して構わん」

「まて、待ってくれ、今すぐアナウンスを流す、抵抗はしない!」


 そこから先は呆気ないほどにあっさりと事は進んだ、戦闘機に追われて逃げ出した『シームルグ』と午後の早い時間に合流すると、『ヒュードラ』はウィリデ湾北方の民間飛行船係留所に係留され、乗組員は全員捕虜となった。


 敵の戦死者は二十八名、負傷者は三十八名、味方の損害は『シームルグ』で戦闘機の機銃掃射による死者が一名、負傷者二名。護衛飛行船二隻の乗組員二十八名が全員死亡。


 ただし、捕虜の中に敵のパイロットは数名しかおらず、白狐のマーキングの黄色い戦闘機に乗ったパイロットは含まれて居なかった事を聞かされ、文洋は落胆すると共に安堵した。


     §


「冷たいねえ、帰りは乗せて行ってくれないなんてさ」


 地上に下ろすと、バカバカしいほど大きな『九頭蛇ヒュードラ』が巨大な影を飛行場に落としている。

 文洋達を置き去りにして、敵の艦長他、貴族階級の捕虜を乗せ、『シームルグ』は王都へと飛び立っていった。


「まあ、いいじゃないか、おかげで少しばかり、休憩できる」


 迎えの民間飛行船が来るまで二泊三日、文洋たちはウィリデ湾に面したこの小さな港町に逗留することになった。連れてきた整備兵の指揮のもと、サラマンダーが焼ききったキャットウォークが修理され、敵の負傷者と水兵達は近くの陸軍基地へと移送されてゆく。


「そうさね、ゆっくり休むとしよう。ああ、そうだユウキ少尉、全員に奢りだからね、高い飲み会になるよ?」


 血まみれの革鎧を脱いでシャワーを浴び、地元の土産物屋で買ってきたらしい、生成りのワンピースに、同じ色のボレロ、大きな帽子を被ったラディアが、文洋の背中を叩いて、カラカラと笑う。


「ここじゃ、ツケは効かないだろうなあ」

「まあ、ウィリデ基地の司令が置いてった、全員分の滞在費とやらで飲んじまえばいいさね」

「いや、それじゃ俺のおごりにならんだろ、滞在費は等分するんだから」


 それを聞いたラディアがキョトンとした顔をして、となりのフェデロ軍曹の顔をマジマジと見つめた。


「フェデロ、この隊長さん、ピンハネしないそうだよ?」

「そのようですね」

「いや、普通しないだろ? 三日分の滞在費、一人、一六〇クナール、綺麗に分けてもカツカツじゃないか」

「保証してもいいけど、その金、ここへ届くまでにウィリデ基地の司令はピンハネしてると思うけどねえ」

「してるでしょうね」


 ラディアが混ぜっ返すと、フェデロが頷いた。わかったわかったと手を上げて、文洋は二人の会話を遮って、宣言する。


「ともかく、酒場には俺が話をしよう、滞在費は等分だ」


     §


 三都同盟の紋章が入った空中空母拿捕という、あまりに飛行船自体が大きすぎて隠し切れないニュースは、またたく間に小さな町にひろがった。

 係留所勤務の市民から漏れたうわさは、たちまち尾ひれがついて、外国人の空軍士官とダークエルフの一団が、敵の飛行船に切り込んだ挙句に皆殺しにしたという話になっていた。


「いや、とんでもない、王国の英雄じゃないですか! お代なんていただけませんよ!」


 その日の夕刻、町で一番、大きな宿屋に押しかけた文洋たちの前で、宿の亭主がそう言って首を振る。


「いや、それは困る。 市民にたかったとあっては、問題になる」

「ああ、もう! イライラするねえ、このトンチキは。ほら、お前ら、有り金全部だしな」


 後ろに居並ぶ部下たちにそう言って、ラディアは帽子を脱ぐと、自分の財布の中身を取り出して帽子に放り込んだ。文洋の財布も上着からヒョイと抜き取り、札を抜いて帽子の中に、放り込む。


「まじかよ、姐御、傑作だなそれ!」

「違いねえ、大体、軍から預かった金を等分とか、少尉もめでたすぎるよな」

「生きて帰れただけ見つけもんだしな、使っちまえ使っちまえ」


 差し出された帽子に、ダークエルフ達が、次々に財布の中身をぶちまけた。


「ほんと、少尉はバカ正直でクソ真面目だからな」


 整備兵も、仕方がないとばかりに財布をひっくり返し、中身を全部ラディアの帽子に突っ込む。


「はい、少尉! これで二日間、飲み放題、食べ放題!」


 小さな子供がするように、両手で帽子を持って差し出すラディアから、文洋は苦笑いして帽子を受け取って店の主人を振り返る。


「それでいいかね、ご亭主」


 コクコクと首を縦に亭主が振るのを見て、全員が大笑いする。亭主にラディアが小さく耳打ちしているのが気になったが、みなに押されるようにして、文洋は一階のホールへと足を向けた。


 何にしろ、生きて帰った。今日は何も考えずに、へべれけに酔っ払おう。


「まずは冷たいエールで乾杯だ」

「おうっ!」


 雄叫びをあげる男たちを引き連れて、文洋は真ん中の大テーブルへと足をすすめる。うわさを聞きいて駆けつけた地元の人々から歓声があがり、拍手の渦につつまれた。

 運ばれてきたエールのマグジョッキを高々と掲げ、乾杯する。冷たいエールが喉を潤し、ホップの香りが鼻に抜けてゆく。


 生きてる。


 今日くらいは、その実感に酔ったところで神様だって許してくれるだろう。


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