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魔術師と艦長《コマンダー》

「フミ!起きて!」


 そう言って、レオナは深夜に帰ってきてグッタリと眠る文洋をゆさぶった。 ここは、レブログのエルフ居住区。港を見下ろす高台に建てられた石造りのアパートメントの五階。 

 危ないから王都に帰るように諭す文洋を、ローラと二人で泣き落とした結果の仮の住処だ。


「んー?」


 うめき声とも返事ともつかない声を上げる文洋に、レオナは幼いころ祖父が飼っていた大きなアリシア狼にしたように、バサリと覆いかぶさって、ゆさゆさと揺さぶりながら、もう一度、声をかける。


「フミ!扶桑の船を見に行きたいの!」

「んー」


 ほんとに……、お祖父様の飼ってた狼みたい……。面倒臭そうに片目を半分開けて返事をする文洋が何だか可笑しくて、レオナはつい笑ってしまう。


「もう!」


 笑いながら、レオナは文洋が潜ったブランケットをぱしぱしと叩いた。


「んー」


 部屋を見回すと、脱いだ軍服の上着が椅子の背もたれにかけてある。ズボンは皺がつきそうで付かない程度に、デスクの上に畳んで投げてあった。


「フミの寝坊助」


 いくら起こそうとしても、そしらぬ顔で眠っていた老狼にしたように、レオナはブランケットを引っ剥がし、文洋の頭を胸に抱えると髪をわしゃわしゃとかき混ぜる。


「判った、おきるよ、おきるから」

「ホントに?」

「ああ、シャワー浴びたらダイニングに行くから」

「約束!」


 文洋が一度約束すると、絶対に反故にしないのを知っていて、レオナはそう口にする。


「わかった、約束だ」


 やっぱり面倒くさそうに片目を開けて返事をする文洋をぎゅっと抱きしめてから、レオナは寝室を後にした。


     §


「あら、フミ、今日は早いんですね?」

「ローラ、フミが扶桑の船を見に連れて行ってくれるって」


 卵と夏野菜のソテーをパンに挟んで、モソモソと口にする文洋を横目に、レオナは車椅子に座ったローラにそう言った。


「あらあら、それは楽しそう」

「ローラも一緒よ?」  


 少し寂しそうな顔をするローラにそう言って、レオナは文洋に目をやる。


「ああ、ローラも一緒だ」

「でも、フミ、この足では邪魔になってしまいます」

「大丈夫、いざとなったらフミが抱っこしてくれるわ、ね、フミ?」  


 ローラが文洋の事を好きなのは、レオナも知っていた。それを考えると、何故か自分の胸の奥にモヤリと何かが横切る。  

 だから、レオナはなるべくその事を考えないようにていた。そうしないと、なんだか今の生活が壊れてしまいそうで怖かった。


「車いすは私が押すわ、いいでしょ? ね? ローラ、お願い」

「そうね、じゃあ支度しましょう。レオナ、着替えを手伝ってもらえるかしら?」


 大使館が護衛をかねて付けてくれたエルフのメイドのシェラーナが、まるで珍しい動物でも見るかのように、不思議そうな顔で文洋に給仕しているのを見て、やっぱりなんだが、祖父の飼っていたアリシア狼のようだと、レオナはクスリと笑う。


「どうしたの?」

「ひみつ」

「まあ、レオナの意地悪」  


 子供のようにすねるローラに、ニコリと笑うとレオナは車いすを押して、ダイニングを後にした。


 ローラの着替えを手伝って、自分も少しオシャレをしたレオナは、車いすを押してエレベーターを降りた。

 アプローチに回された馬車から、スラリとした青年の御者が降りてくる。その青年が、男物のスーツを着た先ほどのエルフのメイドのなのに気づいてレオナは目を丸くした。


「シェラーナさん、どうしたの、その格好」

「シェラーナでいいですよ、レオナ様。私、ローラお嬢様と、レオナ様の護衛ですので」


「でも、そんな男の子みたいな格好で……」

「この方が動きやすいですから」


 何か問題でも?と首をかしげる男装のシェラーナは、おとぎ話の王子様のようだ。


「さあ、どうぞ」

「あ、ありがとう……」


 お姫様のようにエスコートされ、レオナは顔を赤くして二頭立ての馬車に乗り込む。


「フミ?」

「ん?」

「抱っこ」

「足は?」

「痛いけれど、少しだけなら大丈夫」


 その後ろで、甘えるローラを文洋がお姫様のように抱きかかえ馬車に乗せた。いいなあ……とレオナは少しヤキモチを妬いた。自分もああやって、腕を伸ばしたら抱き上げてもらえるのだろうか……。

 ブンブンと頭を横に振って、そんな考えを追い出したレオナは、馬丁とシェラーナが手伝おうとするのを断り、車いすを馬車の後ろに器用に結わえ付ける文洋を見てローラと顔を見合わせて笑いあう。


「ねえ、ローラ」

「なあに、レオナ」

「あんな伯爵家の息子なんて、わたし見たことがないわ」

「そうね、フミは不器用で、貴族っぽくないもの」


 ……扶桑の人はみんなああなのかしら?


「これでよし、さあ、行きましょう」

「え? えーと、結城少尉?」

「なんです?」


 馬車の中ではなく、御者台に当たり前のように座る文洋に、シェラーナが困惑するのをみて、レオナはふたたびローラと二人、顔を見合わせて吹き出した。


「フミ、フミ、あれはなんて書いてあるの?」


 初めて食べる露天のクレープを手に、レオナは波止場に係留してある灰色の軍艦のへさきを指さす。船の名前だろうか、そこには何か丸い文字が書かれていた。


「ふたば、ずいう、きさめ」


 手前に係留された大きな船から順番に、文洋が指さして答える。


「文洋の国の言葉?」

「ああ、扶桑の軍艦は山や川、雨や風の名前がついてるんだ」


 言いながら、文洋がレオナの顔に文洋が手を伸ばしてきた。


「?」


 見上げたレオナの口の端についたクリームを指で拭い、その指をペロリとなめると文洋が手前の大きな軍艦を指さす。


「あの大きなのは双葉」


 かあっと、耳が熱くなる。それをごまかそうと、レオナは文洋に矢つぎばやに質問した。


「どんな意味?」

「巡洋艦、双葉ふたば、扶桑の山の名前だ」

「ずいう、と、きさめは?」

瑞雨ずいう樹雨きさめは、雨の呼び方だ、瑞雨は作物を育てる恵みの雨、樹雨は朝露や霧が木の葉に溜まって落ちてくるしずくの事だ」

「フミの国には雨に名前がたくさんあるのね」

「ああ、雨がたくさん降る国だからな」


 車いすを押す文洋の袖をつかんで、レオナは雨がたくさん降る異国に思いをはせた。いつか行ってみたいな……。そう思いながら。


 一般公開されている三隻の軍艦のうち、一番の人気はやはり大きな巡洋艦だった。ラッタルの前には長蛇の列ができるほどの盛況だ。

 だが、レオナは大きな鉄の城のような巡洋艦の奥で、ちんまりと控えている駆逐艦に目を奪われた。薄いグレーと黒色でしましま模様に塗り分けられた小さな船は、弟の持っていたブリキの玩具のようで、他の二隻と比べて愛らしく見えた。


「フミ、あの小さな船に乗ってみたい」

「じゃあ行こうか」


 コトコトと波止場の石畳を音を立てて、文洋に押された車いすが走る。車いすに乗るローラと手をつないで、レオナは波止場を歩き出した。


「近くでみると、大きいのね」

「ざっとみて、二〇〇フィートくらいだな」


 地球テールスの裏側から来たというのに、ピカピカに磨き上げられた真鍮の飾り金具と縞模様に塗り分けられた船体。まるで、昨日、出来上がったばかりのようだ。

 この船なら低いからローラの足でも……と思ったのだが、この小さな船のラッタルは車いすを持って上がるのも難しそうだ。


「フミ……?」

「シェラーナさんと行っておいで」


 見上げたレオナに文洋がいった。


「あの、ローラお嬢様?」

「ついていってあげて、フミはこう見えても貴方より強いから」


 ローラの言葉に、シェラーナが懐から短剣を出して渡そうとするのを片手で制し、文洋が空軍の制服の腋の下をポンポンと叩く。

 いつもは武器を持ち歩かない文洋が、腰の後ろに下げている短刀のほかに、今日は銃まで持ってきたという事実にレオナは自分の愚かさを反省した。皆はやっぱり大人なのだ……。

 そんな空気を読んだかのように、シェラーナがにっこりとわらうと、レオナに手を差しだす。


「じゃあ、行きましょうかレオナ様?」

「あの……わたし……」

「大丈夫よ、ほら、行ってらっしゃい」


 シェラーナに手を取られてラッタルを上がる。あまりの見物人の少なさに手持無沙汰にしていた水兵が、ブリキの兵隊のように捧げ筒で迎えてくれた。


「ピカピカで綺麗ね」

「ええ、本当に手入れの行き届いた船ですね」


 木製の甲板は磨き上げられ、真鍮の手すりの部品は顔が映るほどだ。日に焼けた男たちは、年若い水兵まで、真っ白でノリの利いた服を着ている。 

 レオナが舷側越しに波止場にいる文洋とローラに目をやると、こちらを見ながらローラが手を振っていた。笑顔で手を振りかえしながら、狭い艦橋横の通路を通り抜けたとき、角から出てきた誰かにぶつかってひっくり返った。


「危ない!」


 後ろを歩くシェラーナが抱き止めてくれる。


「申し訳ない。お怪我はありませんか? お嬢さん?」


 レオナが謝罪の言葉を言う前に、真っ白な軍服に金モールの士官が帽子を取ってそういいながら、片膝をついて、レオナの顔を覗き込む。


「あ、あの、ごめんなさい、わたしが悪いんです……」


 綺麗なテルミア語を話す士官に、慌ててレオナも詫びの言葉を口にする。そんなレオナにニコリと笑って、口髭をはやした若い士官が右手を差し出した。


「私の名前は、テルフミ。テルフミ・ユウキ、駆逐艦キサメの艦長です。」

「わ、わたしはレオナ、あの、ごめんなさい艦長さん」

「お詫びに、御嬢さん達に扶桑のお菓子を御馳走しましょう」


 立ち上がりながら、テルフミと名乗った背の高い艦長は、日焼けした顔をほころばせた。


「あ、あの……でも……」


 口ごもりながらレオナは波止場の二人に目をやった。その視線を追って合点がいったという顔をして、艦長がもう一度レオナの前にかがんで視線を合わせると、ニコリと笑う。


「大丈夫、お二人もご招待しましょう」

「でも、足にけがをしたばかりで、あの細い階段では」

「大丈夫ですよ」


 ポン、とレオナの頭に大きな手を置いて、艦長はレオナがびっくりするような大きな声を張り上げた。


『ヤマナカ少尉! あそこにいらっしゃる方々を艦にお招きしろ! テルミア語の勉強が実戦で役立つかやってこい!』

『了解しました』


 艦長の後ろに控えていた、線の細い士官が、小さな敬礼をして駆けてゆく。


『甲板長、短艇を降ろせ、足の悪いご婦人をお招きするぞ!』

『了解』


 異国の言葉で飛び交う受け答えに、あっけにとられるレオナ達をしり目に、小さな船がたちまち活気づいた。


「みな、この小さな古い船を見に来てくれたのが嬉しいのですよ」


 部下に次々に指示を飛ばしながら、笑顔を向ける艦長に、レオナもつられて笑う。


 地球テールスの裏側からきた小さな船の甲板で、着々と小さなお茶会の準備が整えられてゆく。なんだか少し、行ったこともない文洋の生まれた国の事をレオナは好きになった。


 青い夏空に、入道雲が湧きあがる。


 この空の向こうにも、自分の知らない国が沢山あるのだと、レオナは遠い異国に思いを馳せた。


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