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花束と猟犬

 威徳の白百合


「ん……」


 目を覚ましたローラを覗きこんでいたのは、文洋でもレオナでもなく、金髪の人間の女性だった。

 身体を起こそうとしたところを、優しくだが力強く抑えられ、再び薬臭い枕に頭をもどす。


「ここは?」


 問いかける言葉に、ローラの肩を抑えた女性がローラの瞳を覗き込む。


「ここはレブログ基地の医務室、私は医者のエレイン。ローラさん、この指は何本に見えますか?」

「二本です」

「そう、頭痛や吐き気は?」

「ありません……あの、レオナとフミは?」


 シーっと指を唇に当てて、エレインが指さした方向を見ると、レオナが毛布をかけられ眠っていた。


「レオナ……よかった……、フミは?」


 カルテを書く手を止めてエレインが困った顔をしてローラを見つめる。


「もしかして……」


 エレインがベッドの横にかがみこみ、ローラの耳元で囁いた。


「彼は無事、今のところは。ただ……立場は厄介ね」

「フミはなにも間違ったことはしていません」

「そうね、そういう人だとは私も思うけれど……」


 苦笑する気配に、少しムッとしてローラはエレインに向き直る。


「なにも処罰されるようなことはしていません、娘の家族を取り戻しに行っただけなのですから」 

「そう……これ、ユウキ少尉からの伝言」


 エレインが胸ポケット小さく畳まれた紙片を取り出す。渡された紙片を受け取ってローラは丁寧に開いた。綺麗な筆記体で一行、文洋からのメッセージ。


『ローラへ、セレディア大使館へ連絡しておいた。私は大丈夫だ、レオナを頼む』


「……うそつき」


 つぶやいて、クシャリと紙を握りしめ、ローラはエレインへと向き直った。


「エレイン先生?」

「はい?」

「フミもレオナも私の大事な家族です」


 それで? と小首をかしげ、エレインがローラを見つめる。


「エルフは家族を大事にします、一度家族と決めたなら、それが他の種族だとしても」


 亜人類の多くが人間社会に同化する中、部族社会を評議会の元にまとめ、巨大な家族として、国家の体をなしているエルフたちの矜持。


「何かお手伝いできることは?」


 優しく微笑んでエレインがうなずく。


「電話をお借りできますか?」

「なんとかしましょう、でも折角傷をふさいだのですから、医者の言うことは聞いて頂きます」

「……わかりました」

「では、ここで大人しく寝ていていること、いいですね?」


 頷いたローラに背を向けて、エレインが部屋から出てゆく。

 十五分後、背中に野戦電話の電線リールを背負った兵士が、大きな電話機を文字通り小脇に抱えて医務室にやってきた。


「エレイン先生、まじ勘弁してください、おやっさんに怒られちまいます」

「しっ!声が大きい!」


 エレインの指差す先で眠るレオナを見て、兵士があわてて声を潜める。


「すいません」

「野戦電話の敷設訓練だとでも言っときなさい、バーニー伍長」

「整備長室の外線電話を外すわ、民間の電話線に割り込みかけるわ……ほんと無茶苦茶っす、営倉入りで済まないっすよ」

「男が泣き言いわないの!」


 目を丸くしたローラの前に、伍長が電話を抱えてくる。涙目の伍長にローラはぺこりと頭を下げた。


「主人がいつもお世話になっております、フミヒロ・ユウキの妻です」

「バ、バーニー伍長であります、しょ、少尉殿の奥様でありますか」


 腕に電話機を抱えてバーニー伍長があわてて敬礼する。ブリキの玩具のような伍長の様子に笑いながら、エレインが受話器を差し出した。


「どうぞローラさん」


 ローラに優しく微笑んでから、エレインが伍長に向き直ると指先を突き付ける。


「バーニー伍長、市内の交換手につないであげて。あと、ここで聞いたことを喋ったら殺すわよ?」

「しゃべりません、しゃべりません。私はなんにも知りません」


 直立不動で脂汗を流す伍長に、ローラはクスリと笑って、横たわったまま受話器を受け取った。交換手にセレディア大使館へ繋ぐよう言いながら、ローラは開けられた窓を見上げる。雲一つない夏空を、一羽のミサゴが輪を描いている。


 ……今日も暑くなりそう……。大使が電話に出るまでの束の間、ローラは輪を描いて飛ぶミサゴを見つめていた。


     §


 巡らす紅薔薇


「奥様、屋敷からメッセージが届いております」


 アリシア滞在の最終日、この国随一の高級ホテル、『銀の牝鹿』のロイヤルスイートで遅い朝を迎えたローズは、執事の声に眠い目をこすった。


「ブライアン……今、何時?」


 となりで眠る金髪の青年の耳を引っ張る。


「いてて、勘弁してくださいよ……〇九三○時ですよ」

「そう……、ほら、起きるわよダメ子爵様」

「えー、もう少し……いてっ!」


 甘えるように腕を伸ばしてくるブライアンにデコピンをくらわせると、ローズはベッドから降りてガウンを羽織った。


「いま行くわジェームス、メッセージはテーブルに、あとメイドを一人よこして頂戴」

「かしこまりました」


 返答を聞きながら、ローズはカーテンを開く、暴力的な日差しが、遠慮無く寝室へとなだれこんでくる。


「うぉ、まぶしっ」


 長い金髪をクシャクシャとかき混ぜながら、ブライアンが身体をおこすのを見て、ローズはクスリと笑った。


「ほら、メイドが来る前に服を着て! 荷物をまとめたら戻っていらっしゃい」

「へいへい」


 ゴソゴソと服を着ると、シャツを出したまま自室へ戻るブライアンを横目で見送り、ローズはバスルームへと向った。

 長いブルネットの髪をまとめ、シャワーを浴びる。熱い湯が、二日続けての豪華な夜会と、官能的な夜の甘い記憶を洗い流してゆく。


「さてと、こんな朝から届くメッセージなんて、ロクなのが無いのだけれど……」


 着替えをメイドに手伝わせながら、電報で屋敷から届いたメッセージに目を通す。


 ―― ムスコ イガイ ブジニ カエル シエン コウ F.Y.


「ほら、やっぱりロクでもない」


 息子ムスコは執政官に連れてゆかれたというレオナの弟のことだろう。それ以外が無事に帰ったなら、まあテルミアまではたどり着いたところまでは想像は想像がつく。

 その上で支援を……というのなら、ユウキが困難な状況に追い込まれたということだ。袖のボタンを止め終わったメイドが、自分の険しい表情を、困った顔で見上げているのに気づき、ローズはニコリと笑った。


「ありがとうメアリ、もういいわ。ブライアンとジェームスを呼んでくれるかしら?」

「わかりました奥様」


 ホッとした顔で部屋をでてゆくメイドに苦笑いして、ローズはテーブルに用意された紅茶を一口飲んでから、頭の中でパラパラと名簿をめくった。


「奥様、およびでしょうか?」

「スティーブン、屋敷に連絡して、アビエル少将を夕食にお招きして……そうねなるべく早いほうがいいわ」

「わかりました」

「あと、この間、結婚のお相手探しを頼まれていたサンデル子爵のお嬢さん、えーと」

「ミランダ嬢でございますか?」

「そうそう、あの綺麗なお嬢さん、あの子もご招待しましょう」


 禿げ上がった頭に整った口ひげ、片眼鏡の執事が他に御用は? という表情でローズを見る。


「あと、屋敷に戻ったら、ユウキ少尉についての情報を集めてちょうだい、奥さんと娘さんの事も不自由がないように取り計らって」

「了解いたしました」


 一礼して扉を締める執事を見送り、ローズは窓の外の夏空を見上げる。

 

 ……まったく、男というのは……。


 ローズがため息を一つついた、レースのカーテンを揺らして、海風が吹き抜けてゆく。


     §


 怒れる薫衣草ラベンダー


「なんだってユウキ少尉が情報部コウモリの連中に捕まってんのさ?」


 二人で『ヒュードラ』を撃退してから三日、来客棟に入ったきり全く音沙汰のない文洋に、ラディアはいら立ちを募らせていた。

 挙句、今日の午後に司令部に到着したのは、情報部の連中だ。情報部が出張ってくるということは、クラーケンに頭から齧られる程度には面倒事だということだ。


「姐さん、おさえてください」

日和ひよんじゃないよ、フェデロ、あの夜、少尉の娘さんに助けられてなきゃ、今頃あんたは魚のエサだったろ!」


 ダン! とカップを叩きつけ、ラディアがフェデロにまくしたてる。


「そりゃそうですが、ここで姐さんが暴れても、仕方ないでしょう」

「だいたいなんだい、意気地のない、仲間が理不尽な目にあってるってのに、ダンマリ決め込んで?」


 立ち上がって、ラディアが待機所兼サロンで、暇つぶしに興じる男たちを睨み付ける。一気に冷え込む空気に、ラディアは鼻を鳴らした。


「あたしがデカブツに火をつけてる間に、ユウキ少尉が落としたのは二機、追っかけてきた奴までスパンと落として、三機だ、おまけに年端もいかない娘さんまで、あたしの可愛い部下を助けてくれたときた」


 そこで一度言葉を切って、ラディアがあたりを見回す。先日、ラディアに食って掛かった候補生が憎々しげな眼でこちらを見ているのに気が付く。


「そこの、坊や、あたしゃ人間の男なんて、あんたみたいなタマナシばっかだと思ってたがね」


 その視線を見据えてラディアは腰にてをあて、豊かな胸を張る。


「胆の据わったのが居て安心したよ、もっとも、あたしらと同じ、アンタの大嫌いな色つきの人間だが、アレになら抱かれてもいいね」


 しなを作って、襟足をかきあげ、ラディアが扇情的なポーズでウィンクすると、そこかしこから口笛と喝采があがる。居心地悪そうに、候補生が立ち上がり部屋から出ようとしたその時、待機所の入り口が開き、よく通るバリトンが響いた。


「諸君! 君たちは紳士だということを忘れるな」


 片腕をギプスで吊り下げ、革のフライトジャケットを羽織ったロバルト中佐の姿に、部屋にいた全員が一斉に立ち上がり敬礼する。


「誰だい?」


 反射的に敬礼しながら、ラディアは隣のフェデロに小声で尋ねた。


「ロバルト・E・バーリング中佐、敵の飛行船に体当たりして落としたっていう、ドラグーン隊の隊長ですよ、退院してきたんでしょう」

「なんだい、キンタマぶらさげてそうなのが、他にもいるじゃないか」


 小声でつぶやいたラディアの方にツカツカとバーリング中佐が近寄ってくる。


「フェアリード准尉」

「なんでしょうか、中佐殿」


 中佐が目の前に立ち止まり、ラディアをしげしげと見つめる。また何か言いがかりでもつけられるのかと、ラディアと後ろに控えるダークエルフ達に緊張が走る。


「私がいる限り、我が隊では以後、種族、民族に関しての差別はさせない。一切の例外なくだ」

「わかりました、中佐殿」

「だから、君も、我が隊に居る間は、キンタマをぶら下げたレディとして振る舞うように」

「努力します、中佐殿」


 吹き出しそうになるのをこらえ、ラディアが目を白黒させて答える。


「よろしい、なおユウキ少尉と君が敵母艦を撃退したという件について、詳しく話を聞きたい、二十分後に司令官室へ出頭せよ」

「了解いたしました」


 司令室への階段を上る中佐を見ながら、ラディアはどうすればユウキ少尉の力になれるか考えていた。

 当たって砕けろだ、うちの連中を国に引き上げるくらいの事は言ってやってもいい。なんといっても中佐公認の『キンタマをぶら下げた』レディなのだから。


 ニヤリと笑ったラディアの隣で、フェデロが小さくため息をついたのには、気が付かないふりをしておいた。

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