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猟犬と復讐の女神

 ラディアを伴って離陸した文洋は、城塞都市上空で旋回しながら高度を稼いだ。上をとられては首都攻防戦の二の舞いだ、奴らの戦い方はよくわかっている。


「どうするんです少尉?」


 左後ろのすぐ耳のそばで、ラディアの声が聞こえて文洋がビクリと飛び上がる。振り返った文洋のとなりで、シルフが舞っていた。


「俺の声も聞こえるのか?」


 翼を重ねんばかりに近づいたラディアが頷くのが見える。


ウィンドウィスプきです、戦闘中は難しいですが」


 ローラといい、レオナといい、まったく驚かされる。


「いいか、フェアリード准尉、敵機は小回りが効かないがこちらより速い」

「それで?」

「上空から一撃離脱で襲ってくる」

「だから相手より上を取ると?」

「そうだ、今日こそは奴らに一矢報いてやる」


 ゴーグルを上げて文洋はラディアを見た。


「復讐ですか?」


 ラディアもゴーグルを上げ、文洋を見つめ返す。その視線を受け止めて文洋は返答した。


「半分はな」

「残りはなんです?」

「男の意地だ」


 文洋の答えに、ラディアが微笑んだ。


「お手伝いします、ユウキ少尉」


 白み始めた空の下、南へと針路を取りながら、二機はなお高度を上げ続ける。南に向かってから十五分、ラディアの緊張した声が響いた。


「一時方向、低空、空戦! 敵六、味方……八!」

「高度を上げ続けろ、針路そのまま」


 視力には相当自信のある文洋だが、薄暮ではせいぜい昼間の七割といったところだ。よくまあ敵味方まで識別できるものだ。思いながら、そう指示して文洋は高度を上げ続けた。

 数はこちらが多くても、高度を取って待ち構えていた向こうが有利だ。普段の文洋なら真っ先に助けにゆくだろう。

 だが、あの白い狐はあそこには居ない。そんな確信が文洋にはあった。奴は味方が不利になるまで出てこない、なら自分の敵はあそこには居ない。


「少尉!?」

「針路そのまま!」


 ラディアの声に指示を繰り返し、文洋は南の空を睨みつける。


「十一時方向、下方、敵機二!、さらに後方、飛行船!」


 ……居た。


「准尉は飛行母艦デカブツをおどかしてやれ、戦闘機は任せろ」

「でも、相手は二機です!」

「行け!」

「っつ、了解!」


 不承不承という返事をして、ラディアが飛行船に向かう。ザワリと冷たい風を残してシルフが掻き消えた。

 ラディアが増速、先行するのを見て、反航戦ヘッドオンに持ち込もうとしていた二機のうち一機が、慌ててラディアの機体を追って上昇反転する。

 残りの一機は、そのまま機首をこちらに向けて上昇してきた。


「……」


 文洋は妙に醒めた頭で、反転した機体の宙返ループりの頂点を予測。ラダーを蹴って機体を少しずつ左に滑らせ、スロットルを全開にした。

 文洋に機首を向けた敵機が発砲、曳光弾の雨が右翼のすぐ脇を通り過ぎる。すれ違いざま、文洋は敵の胴体に描かれた白狐のマークを目にして笑う。


 奴だ、見つけた。

 

 そう思いながらも、目前の宙返ループりで速度の落ちた敵機に、殺意を込めた一連射を浴びせかける。

 背面飛行の敵機のコックピット周辺に火花が散った。

 なおも、母艦を守ろうと水平飛行に戻そうとする敵に合わせ、文洋は機体をひねり背面飛行。至近距離から長い一連射を叩き込んだ。


 カキン、と弾切れの機銃が音を立てて止まる。

 バッと血の花を咲かせて、敵機が傾き……空から落ちていく。

 

 後ろを振り向いて、残りの一機がまだ遠いのを確かめてから、文洋は空のマガジンを外して放り投げた。座席の横から新しいマガジンを取り出して取り付ける。


「さあ……! 来い!」


 自分が笑っているのを不思議に思いながら、文洋は操縦桿を左に倒すと水平旋回。

 白狐めがけてひと息に距離を縮めた。

 飛行騎士ナイトオブザスカイの名の通り、馬上試合よろしく蒼と黄色、二機の機体が発砲炎を閃かせて交差する。

 天かける駿馬が相対速度二五〇ノットですれ違い、お互いの翼に機銃弾が突き刺さる。

 帆布の主翼に穴があき、ビュウと音を立てた。

 黄色い機体が速度を保ったままロールして降下、スプリット機動で機首をかえす。

 文洋は左斜め上にゆるくループを描いて上昇した。


「こらえろ」


 換装したエンジンが唸り声を上げ、馬力まかせに軽い機体を薄暮の空へ押し上げる。

 背後で黄色い機体が発砲するのを無視して、なおも上昇、背後からの発砲がピタリとやんだ。


 チリチリと首の後ろに電気が走る。文洋は目を見開いた。


 スロットルを閉じる。

 ぐいと操縦桿を右後ろに引きつけ、右のペダルを蹴り飛ばす。

 グルリと天地が回る。

 タイミングをずらされた火球が、ボン!と音をたて背後で破裂する。


「これでっ!」


 スロットルを全開、ブレる機首を全神経を集中して押さえつける。

 再度ヘッドオン、長い長い一連射。

 尖った機首に銃弾が吸い込まれ、火花が上がる。黄色い機体が白煙を吹いた。


 二機が垂直にすれ違う。

 コックピットを睨みつけた文洋の目に、茶色の髪に無精髭の男が自分を睨みつけているのが入った。

 降下して距離を取る。空になったマガジンを放り投げ最後の予備を取り付ける。

 水平旋回で反転、飛行母艦を目指して逃走する黄色い機体を追いかけた。


「速く、もっとだ」


 全開にしたスロットルを叩くようにして、文洋は歯噛みする。

 その時、視界の奥にある飛行母艦から煙が上がるのが見えた。


 ラディアか、なにをやったんだ?


 ジリジリと間合いをつめながら白狐を追う文洋の視界に、こちらに逃げてくる紅い機体スコルが目に入った。敵に背後をとられている。

 文洋の機体の下をくぐるようにして、紅い機体がバレルロールで行き過ぎる。ひと息おいて敵機が発砲しながら通りすぎてゆく。


 クソッ……。


 白煙を引いて前を行く黄色い機体を睨みつけ、文洋は上昇、反転。ラディアを追う敵機に向かった。

 救援を期待してか、急減速したラディアが、クルリ、クルリと横の旋回戦に持ち込む。

 旋回戦に持ち込まれた敵は後ろをとられまいと、馬力とロール速度を活かして大きく上昇、大回りしてラディアの後ろを狙う。

 旋回戦が得意な機体でも、相手の技術が一枚上手ならジリジリと追い詰められる。

 文洋が距離を詰める。ラディアに向けて一撃を放った敵が再度ゆるく上昇する。教本通りのハイスピード・ヨー・ヨー。

 その上昇してくる鼻先に文洋はありったけの銃弾を叩き込んだ。

 火花が散りエンジンが黒煙を上げる。

 飛び散ったオイルが黄色い機体に黒い筋を付けてゆく。

 しばらく水平飛行していた敵機だが、不意にカクンと機首を落とすと、夜明けの海めがけて降下していった。


 後ろを振り返ると、派手に煙を噴き上げる飛行船から赤色の発光弾が大量にばら撒かれるのが見えた。

 敵も引き潮というわけだ。

 来た時と同じように翼を並べ、文洋達は基地へと機首を向ける。

 途中、母艦に引き返す敵機と翼を振ってすれ違う。

 文洋は自分の中でどす黒い感情が溶けてゆくのを感じた。

 

 俺の殺したパイロットにも家族はいるだろう……。


 朝日にきらめく海に黙祷して、文洋は北へと針路を取る。


     §


「ユウキ少尉、助かりました」


 またしても突然、耳のそばでラディアの声がして文洋はビクリとなった。戦闘機に乗っている時に、間近で話しかけられるのはどうも慣れない。


「フェアリード准尉こそ、単騎で敵の母艦を撃退するなんて、大したもんだ」

「ラディアで良いですよ、少尉。でも、飛行戦闘中に魔法はダメですね、隙ができる」

「俺もそれで助かった」


 あの場面、相手が魔法でなく機銃の撃ちあいを選んでいれば、良くて引き分けだっただろう。


「それで、ラディア、どうやったんだ、敵の母艦から煙が見えたが?」

「ああ、あれですか?ちょいと銃撃してやったら、ハッチを開けっ放しにして逃げ出したバカな見張がいたんで」

「それで?」

「サラマンダーを召喚して、ハッチから一匹放り込んでやりました」

「……っく」


 ミスリル装甲に防護符、ドラグーン隊の魔法攻撃すら凌ぎきる魔法防護も、艦内にサラマンダーを放り込まれては型なしというわけだ。


「もう少し時間があれば、中からこんがり焼いてやれたのに残念です」

「そいつはいい、今度は切り込んで白兵戦でもしてみるか」

「いいですね少尉! それ! ウチの連中なら戦艦一隻でも沈めてみせますよ」


 こらえきれず、文洋は声を出して笑った。ラディアも声を上げて笑う。ひとしきり笑いあった後、ラディアの真剣な声が文洋の名を呼んだ。


「フミヒロ・ユウキ……少尉」

「どうした?かしこまって」

「復讐の女神に魅入られると、命を縮めます」

「ありがとう、気に留めておくよ、ラディア」


 翼を振ってラディアが定位置に戻る。フワリと温かい風を残してシルフが掻き消えた。


 レブログ基地に着陸した文洋は、機体を整備兵に任せると真っ先に医務室へと向かった。薬臭い医務室で、額に包帯をまかれたローラが眠っている。


「来たわね、色男」


 隣の部屋から、肉感的な美女がやってくる。


「エレイン先生、ロー……」

「シッ」


 唇に人差し指を押し付けられ、文洋はそこで言葉を飲み込んだ。


「その子は眠ったばかりなの、寝かせてあげなさい」


 白衣のポケットからシガレットを取り出して咥えると、アップにした金髪をほどいてエレインがベッドを指さした。

 ローラの隣のベッドで、毛布にくるまったレオナが、猫のように丸くなって眠っている。エレインに肩を叩かれ、文洋は後に従った。


「火、持ってる?」


 ポケットからオイルライターを出すと、文洋はエレインのシガレットに火をつける。


「それで先生、ローラは?」

「そうね、二ヶ月ほどは歩くのに苦労するでしょう、額の方は腕のいい治癒術士ヒーラーに任せたほうがいいわね、傷が残ってはかわいそうだから」

「よかった、ありがとう」

「それで、あの子達はあなたの何なのかしら?」


 軽く握った拳で左の鎖骨をトン、と叩かれる。


「つっ、妻と娘……だと言ったら信じてもらえますかね?」

「どうかしらね、あと、あの飛行艇、アリシア貴族の紋章が入ってるって噂になってるわよ?」

「そうですか……」


 ポケットからシガリロを取り出して、文洋は火をつける。一口吸って、天井を見上げた。


「エレイン先生、とりあえずお願いがあるんですが」

「なあに? 高いわよ?」

「身体で払いますよ」


 文洋の軽口に笑みを浮かべて、エレインが小首をかしげた。


「セレディア=エレフ共和国の大使館に手紙を届けてもらえませんか?」

「エルフのお嬢さんの保護を?」

「ええ、娘もセレディア国民なので……、あとソールベル伯爵家に電報をお願いします」

「ソールベル伯爵夫人?」


 軽くうなずいて、文洋はシガリロを吸い込んだ。 


 開け放たれた窓から、夏草の香りのする風が吹き込み、吐き出した紫の煙をかき消していった。 

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