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猟犬と軽騎兵《ケンタウロス》

「フミ、あれ!」


 背後のローラを気遣いながらも、言われたとおりに前を見すえていたレオナが、水平線に浮かび上がる陸地を指さした。


「右手に小島がみえないか!?」


 計器盤の灯で、かろうじて読める地図に目を落としたまま、文洋が問いかける。


「見える、小さいのが三つ!」

「わかった」


 おおよその位置を地図で掴むと、文洋は方位を合わせた。飛行場は城塞都市の北側だ。緑の光の尾を引いて、時速一七〇ノットで飛ぶ『スレイプニル』だが、ローラの容態がわからない現状では、それすらもどかしい。


「街の灯! 正面少し右」

「いい目だ」


 文洋の焦りを感じ取るように、レオナも目を皿のようにして目的地を探し続ける。テルミア最南端の街レブログは、海運の要として発展し、海賊や他国との争いを経て、今や街そのものが六マイル四方の壁で守られた巨大な城塞であった。

 華麗で優雅な首都とは違い、舳先を並べる海軍の艦艇、ベトンの城壁に据えられた巨大な要塞砲、その後ろに広がる青い瓦の都市は、全てが冷たい雰囲気に包まれている。

 そんな見知らぬ街で、深夜に医者を探して時間を食うより、胴体着陸してでも、街の北側にある空軍基地に降ろして軍医に見せたほうがいい。文洋はそう判断して飛び続けた。


「あれ?」

「ああ、あれだ」


 北端の城壁を超えて街を背にする。首都南方の第一航空隊の基地、それより一回り大きな滑走路が見えてくる。

 自分の存在を知らせるべく、見張り台の上を低空飛行。

 慌てた見張り員がサイレンを鳴らし、歩哨たちが走り回るのが見える。文洋はスロットルを閉じると、基地上空を緩旋回しながら速度をおとした。


「レオナ、水辺を探してくれ」


 旋回しながら、文洋があたりを見回す。堀でも池でもいい、水面に降りられるなら、地面よりはマシだ。


「フミ! この子は壊していいから早くおろして!」


 そんな気持ちを見透かしたように、グイと振り向いてそう言うと、レオナが文洋をまっすぐに見つめる。


「レオナ、魔法でゆっくりおろせないか?」

「ルネなら魔法で下ろせたかもしれない、でも私にはこんなに大きくて重たいものは無理」

「わかった、ありがとう」

「フミ! いいから早く!」


 レオナの悲痛な声に覚悟を決めて、文洋は一旦基地から離れると着陸態勢に入る。

 速度計が壊れているので、機体の挙動だけを頼りに速度をギリギリまで殺す。

 二度ほど着水した感じだと、素直な機体だ、難しくはない。


「レオナ! スロットルは放していい、しっかりつかまってろ」


 ぎゅっと抱きつくレオナを、左手一本で抱きかかえ、文洋は操縦桿を操った。

 滑空する、地面が近づく。一瞬、浮き上がり空気の上を滑るような感覚。

 軽く操縦桿を引いて速度を落とす。

 

 ドスン! ザザザザザ!

 

 機体の底を土が削る音がする、左右の翼に付けられたフロートが小石を巻き上げ機体を叩く。

 

 ザザザザ! ガキン!


 止まりかけた所で右のフロートが外れて飛んでゆく、支えを失った翼の先端が地面を擦る。傾いたまま円を描くように半回転、滑走路脇の草むらに突っ込んで止まる。


「レオナ?」

「わたしは……平気……」


 抱きしめていた腕を放し、レオナが立ち上がろうとしたところで、文洋はロープで二人がつながっていた事に気づいた。


 ブーツからナイフを引き抜き、ロープを切り離す。


「ローラ!、ローラ!!」


 ローラの名を呼びながら、レオナがコックピットから飛び降りた。

 文洋も立ち上がり、ローラの元に駆けよる。

 首筋に指をあて脈をみる。幸い、脈はしっかりしているようだ。

 ベルトを外してコックピットから引っ張り出す。ブライアンの荷物から拝借してきたゴーグルは縁が歪みヒビが入っていた。

 抱き上げると手にヌルリとした感触、ローラの右の腿に機体の破片が刺さっているのが目に入る。


「触るな」


 破片に手を伸ばしたレオナを叱りつけ、文洋はそっとローラを地面におろした。ローラの飛行服からベルトを引き抜くと、腿の付け根をきつく縛る。

 フライトジャケットを脱ぎ、飛行服をはだけるとシャツの袖を引きちぎって、破片が抜けないように巻きつける。


 必死に手当をしている背後から駆け寄る蹄の音がする。警備兵か?思いながらも文洋は止血の手を止めない。


「両手を上げろ、何者だ!?」


 誰何すいかするたくましい声と、遊底の引かれる金属音。


「テルミア空軍、第一航空隊所属、フミヒロ・ユウキ少尉。傷病休暇中だ」


 足の手当を終えた文洋は、ローラの額の止血をレオナに任せ、両手を上げて振り返る。

 そこには、堂々とした体躯を紺の軍服に押し込んだ騎兵曹長が立っていた。紺色の軍服に赤い襟と袖、着剣した騎兵銃。だが曹長は馬に乗っているわけではなかった。下半身が馬そのものなのだ……。


「そちらのご婦人は?」


 横たわるローラと、涙にくれるレオナを、ケンタウロスの騎兵曹長が銃の筒先で示す。


「妻と娘だ、詳細は後で話す。妻が同盟の戦闘機に撃たれた、一刻を争う。軍医か衛生兵を頼む」

「お医者様を、早く……」


 レオナのすがるような目に、曹長が銃を担ぎ直す。


「鞍のない馬に乗れるか?」

「ああ、大丈夫だ」

「では、奥さんは私が、娘さんとあなたは後ろに」

「私を信用していいのか?」


 あっさり警戒を解いた曹長に、文洋は逆に驚く。


「信用したわけではない、だが必要なときに女と子供を守れないなら兵士など必要ない」

「感謝する」


 文洋がローラを抱き上げて曹長に手渡す。膝を折ってくれた曹長の背に文洋とレオナがまたがると、だく足で滑走路を走りだした。


     §


 騎兵曹長の背に運ばれて司令部棟についた文洋達は、突然の闖入者に興味津々といった体の野次馬に囲まれた。十重二十重の人だかりの中、目ざとく文洋を見つけたラディアが声をかけてくる。


「ユウキ少尉!」

「フェアリード准尉、医務室は? 衛生兵でもいい」


 レオナをおろして、曹長の腕からローラを受け取る。集まった男たちがざわつく中、ラディアの判断は実に素早かった。


「フェデロ! エレイン先生叩き起こしてきな、そこのボンクラは、ぼけっと突っ立ってないで担架持ってくる!」


 オレ? と自分を指さしたバーニー伍長の尻をブーツで蹴飛ばして走らせると、ラディアがランタンを持ってローラのそばに座り込んだ。

 気を失ったローラのまぶたを開いて、光を当てながら瞳を片方ずつ覗き込み、手首で脈を図る。隣で泣き続けるレオナを見つめると、ラディアはレオナの髪をくしゃくしゃとかき混ぜてにっこり笑った。


「大丈夫、あたいらダークエルフは昔から殺しが生業なりわいだが、この程度のケガじゃ人は死なないもんさ」

「ほんと?」

「ああ、嘘だったらこの尖った耳を片方あげるから、髪飾りでも作るといい」


 ラディアの笑えない冗談に、レオナが泣き笑いの表情を浮かべた。


「伝令!」

「ハッ!」  


 文洋が声を上げると寝起きなのだろう、着崩れたシャツにグレーの半ズボンの少年兵があたふたと駆けよってきた。


「基地司令に伝令、レブログ沖南南東、一五〇マイル付近で同盟の空中母艦、警戒されたし」

「復唱します、レブログ沖南南東、一五〇マイルに同盟の空中母艦、警戒されたし」


 文洋の言葉に、集まっていた野次馬たちが我に帰り、蜘蛛の子を散らすように持ち場に駆けてゆく。再度サイレンが響き、サーチライトに灯がともる。

 高射砲陣地のカモフラージュネットが取り払われ、鋼鉄の牙が天空に向けられる。当直らしい四機の『スコル』が、十分とかからず払暁の空に舞い上がっていった。


「フミ?」

「ローラについてやっててくれ」


 レオナにそう言って文洋は立ち上がる。ふつふつと腹の底から湧き上がるのは、怒りというには余りにドス黒い感情だった。偶然にしろ、必然にしろ、二度相まみえ、二度敗北した。


 奴らの目的がレオナにしろ、テルミアにしろこのツケは必ず払わせてやる。


「准尉、俺の機体を知らないか?」


 ダークエルフの偵察機隊に、指示を飛ばすラディアに文洋が声を掛ける。薄い紫の入った銀髪を揺らしてラディアが振り返り、琥珀色の瞳でじっと文洋を見つめた。


「では私を連れて行って下さい、目が効きます」

「機体は?」

「ブライアン少尉のものがあります」

「許可を取る時間がない」

「非常時です、司令部も目をつぶってくれます」

「だが……」


 そこまで言って文洋は言葉を切った。エルフの元老院議長の三女の嫁に身元不詳の養女、アリシアの四大騎士の紋章が入った盗難飛行艇。ここまでくれば営倉入りが追加されてもたかが知れている。

 やれやれ……とため息をついて文洋はラディアにうなづいて見せた。


「わかった、行こう、俺が責任を取る」


 払暁の薄明かりの中、カラフルな複葉機達が次々に舞い上がる。ラディアの後を追ってハンガーに駆け込んだ文洋は、棚に積まれたドラムマガジンを三つ、小脇に抱えて機体に走る。


「准尉、予備弾薬!」


 先を走るラディアが苦笑いして、棚に取って返すとクッキー缶ほどのドラムマガジンを三つ抱えて赤い機体へと走った。


「よう坊主、ケガはどうした!」

「ああ、問題ない」


 フリント整備中尉の大きな声に答えて、文洋は愛機に走った。はたと思い当たり、文洋は取って返すとフリントに駆け寄った。


「おやっさん、頼みがある」

「なんでえ」

「滑走路脇の機体な、計器盤の裏に大きな水晶が入ってるんだ」

「なんだ、あれお前が乗ってきたのか、水上機を地べたに降ろしやがって」

「外して、俺の娘に返してやってくれ、彼女の最後の宝物なんだ、頼む……」


 面倒臭そうな顔をした後、大きくうなずき、フリントが手にしたレンチで機体を指した。


「お前の機体な、あれ、エンジンがダメだったんで『レイフ』の予備をとっつけてある」

「ちゃんと飛べるのか?」

「ダークエルフのお嬢ちゃんに乗れて、おめえが乗れねえってこたねえだろ」


 フェアリード准尉は俺が居ない間に随分楽しんだらしい……。

 ブライアンの紅い機体を点検するラディアが、こっちを見て小さく敬礼する。


「わかった、後は頼むおやっさん」


 文洋が整備兵と一緒になって、ハンガーから機体を押し出す。隣で整備兵達に押される紅い機体には、既にラディアがチャッカリと乗り込んでいた。


 ……女の子の特権かと、文洋は苦笑いする。


 整備兵の肩を踏み台にして、文洋が乗り込む。下から投げ渡されたドラムマガジンをキャッチして、一つを機銃に取り付ける。残りを座席横のネットに押し込んで文洋は操縦系を軽くチェックした。


「まわーせー」


 聞き慣れたエンジンとは違った重い音と共にプロペラが回り出す。滑走路を蒼い機体が加速する。

 視界の端に傾いて止まるスレイプニールが入った。モヤリと黒いものが心に浮かぶ。

 

 ……今度こそ……。


 そんな心を受け止めるかのように、群青の機体が力強く雄叫びを上げ、夜明けの空へ駆け上った。

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