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子爵と黒エルフ

「以上、第一航空隊は前回の戦闘を鑑みて、二〇〇マイル南東の要塞都市レブロクの基地へ移動する」


 長々と続いたブリーフィングにアクビを噛み殺しながら、ブライアンは斜め前に座る薄紫色の髪をした、ダークエルフの肩をつつく。


「……?」


 怪訝な顔をして振り返えったラディア准尉に、耳打ちする。


「このあと、昼飯とか一緒にどう?」


 ニコリと笑って小さく手招きをして、耳を貸せというラディアに、ワクワクしながら身を乗り出したブライアンの耳元で、ラディアがセクシーな声でクスッと小さく笑ってからささやいた。


「……おととい出直しあそばせ、このクソ少尉殿」


 ラディアが転属になってきてから、手をかえ品をかえ口説いているものの、冷たくあしらわれているブライアンは、ブリーフィングルームを出ると、今日もダメだったなあと、背伸びをする。


「ブライアン・エル・ウォルズ少尉!」


 ご丁寧に前置詞まで付けて自分の名前を呼びながら駆け寄ってくる少年兵に右手をあげて応える。


「フミヒロ・ユウキ少尉からお電話が入っております少尉、二番につないであります」

「ごくろうさん、あと、ブライアン少尉でいいぞ少年」

「はっ! ウォル……いえ、ブライアン少尉」


 あたふたしながら、きびすを返して戻ろうとする少年兵が、後から出てきたラディア准尉にぶつかって尻餅をついた。


「し……失礼しました、准尉どのっ!」

「大丈夫かい?慌ててるとケガするよ」


 手を伸ばして立ち上がらせ、少年兵の襟元を直してやるラディアと、されるがままに顔を真っ赤にして直立不動の姿勢を取る少年を見て、ありゃ坊主は今夜ベッドの中でイチモツが直立不動だなとバカな事を考えながら、ブライアンは電話機へと向かった。


「どうした、フミ? 休暇三日目で電話とか、寂しくなったか?」


 手回し式の電話機に向かって軽口を叩く


「ああ、ブライアン……相談があってな、何日か休めないか?」


 文洋の声に、何かあったと直感してブライアンは声のトーンを下げる。


「新聞に出てる通り、ドラゴンの一件で、天罰が下るのをビビっちまったのか、テルミアの星誕祭が終わるまで休戦になったからな、適当に仮病もまぜりゃ一週間くらいは何とかなると思うぞ?」

「相変わらずいい加減な子爵様だな、まあいい、わかった、よく聞いてくれ」

「さっさと言えよフミ」


 せっつくブライアンに電話の向こうで文洋が深呼吸して切り出した。


「嫁ができた」

「はぁ? なんの冗談だそりゃ」

「いや、真剣な話だ、嫁と子供ができたんだ」


 真面目な文洋にしてはおかしな冗談を言うものだと思ったが、手の込んだ冗談をいう奴でも無いと思い直す。


「とりあえず、面白そうな話だから、今から医務室行ってくるわ」

「すまん、恩に着る」

「まあ、いいってことよ、あとお前の機体な、昨日バーニー達が引き上げに行ったぞ。」

「そうか!」


 途端、声を明るくする文洋に、ほんとコイツは飛行機バカだなと苦笑いした。


「また連絡するからな」


    §


 受話器を置いて、ブライアンは待機所に降りると、片隅に集まってコーヒーを飲んでいるダークエルフの集団に歩み寄った。


「ラディア准尉、二つ頼みがあるが聞いてくれるか?」

「昼食のお誘いならお断りします」


 にこやかにきっぱりと断るラディアに周囲から失笑が漏れる。小さく肩をすくめ、片方の眉をひょいと上げてブライアンは言葉を継いだ。


「明日から休暇に入るので、俺の『スコル』をレブロク基地まで頼みたかったんだがな」


 ザワリと、顔を見合わせるダークエルフ達に、ブライアンは笑顔で言葉を続ける。


「俺の相棒のと合わせて二機なんだが、ダメかな?」


 コトン、とコーヒーカップを置いて、ラディアが立ち上がる。すっと背筋を伸ばして敬礼、褐色の肌に皮のジャケットがよく映える。


「よろしいでしょうか?」

「聞こう、准尉」


 ブライアンも真顔に戻って、答礼する。

「何故我々を指名されるのでしょうか?飛ばすだけなら候補生でも十分かと思われますが」


 琥珀色のラディアの瞳がブライアンをまっすぐに見つめる


「准尉、俺もフミ……っとユウキ少尉も、自分の愛機をとても気に入ってるし大事にしている」

「はっ」

「それが理由では不満かい?」


 その返答に、ラディア准尉のラベンダー色のルージュから白い歯がこぼれる。


「一機は私が、もう一機も腕利きに操縦させて、必ずレブロク基地までお届けします」 


 差し出されたラディアの手を握って、ブライアンはニコリと笑った。


「もう一つは何でしょうか?」

「ああ、それだがな……」


 先ほどラディアがしたように、チョイチョイと小さく手招きをすると、耳元でブライアンは小さく囁いた。


「……」


 目を丸くしてラディアが吹き出すと、ブライアンの腕をバンバンと叩く。


「了解しました、少尉、確かに二点、承りました」


 おどけて敬礼するラディアに、自分から手を差し出して再度、握手するとブライアンは医務室に向かった。


     §


「まあ、ブライアン、久しぶり!」


 領地の小さなワイナリーで作ったワインと、中央駅の広場で買ってきたチーズケーキを手土産に、アパートメントを訪れたブライアンを、いつものように笑顔のローラが迎える。


「やあ、ローラ、今日も綺麗だね」

「ありがとう、ブライアン」


 ローラとデート出来るなら今の恋人は全部なくしてもいいな、いやまて、居酒屋のドロシーは捨てがたい。そんなことを思いながら、ブライアンはいつもどおり軽口をたたいた。


「こんどデートしようぜ?」


 そう言って、ブライアンはローラにウィンクする。


「んー、ダメよ」

「なんでさ、いいじゃん」

「だって、私、フミの奥さんになったんだもの、旦那様に怒られちゃう」

「へ?」


 ポカンと口を開けて、ブライアンは頬を染めてうつむくローラを見つめた。

 こころなし垂れた耳が可愛い。いや、そこじゃない。


「お客様?」


 声に視線を移すと、大階段の上からフリルの利いたブラウスに、レースの利いた黒のジャンパースカートを着た美少女がトテトテと降りてくる。


「ブライアン・エル・ウォルズ子爵様、フミの……いいえ、お父様のご学友で、お友達」


 ん? お父様? 聞き間違いだろうと軽く流して、ブライアンはローラの後ろに隠れるようにして立つ少女を見つめた。亜麻色の髪に紫の瞳。少し気は強そうだが、なかなかの美少女だ


「こんにちは、ウォルズ子爵様、レオナと申します、以後お見知りおきを」


 ローラに肩を抱かれて前に出された少女が、スカートの裾を摘んで、チョコンと可愛らしく膝を曲げ挨拶した。


「あ、ああ、こちらこそよろしく、えーとレオナ」


 何がなんだか判らないまま、レオナの右手を取ると軽くキスをする。


「それでね、ブライアン、この子、私の娘なの」

「へ?」


 もう訳が判らなかった。フミとローラが結婚して、娘が居るとか……なんだそりゃ。

 見上げる少女に、優しく微笑むローラ。年の離れた姉妹になら見えなくもない。

 ローラがエルフなのを考えると実は子供の可能性も……いや、どうみてもレオナは人間にしか見えないしな……。


「フミは?」

「自分の部屋にいますよ」


 とりあえず、アイツに全部説明させよう、そう思ってブライアンはアパートメントの階段を駆け上った。


「フミ! とりあえず、どういうことだ、どういうことだ?」


 ノックもせずにドアを開けると、ブライアンは文洋に詰め寄って襟元を掴むと冗談半分に揺さぶった。


「ちょっ、まて、ブライアン落ち着け」

「落ち着いていられるか、いつからだ、いつローラに手を出した、抜け駆けしやがって、このロクデナシ」

「だから、落ち着けブライアン、っつか痛い」


 シャツの隙間から、肩にまかれた包帯が見えてブライアンは慌てて手を放した。


「おっと、すまん」

「とりあえず、俺もどうしてこうなったか混乱してるが、説明できるところから話すから、聞いてくれ」


     §


「で、とりあえずだ」


 ダイニングで美味しそうにケーキを食べながら、会話を弾ませるローラとレオナ横目に、ブライアンは文洋のグラスにワインを注いだ。


「ローラがかくまったレオナを養女にするために、お前とローラが結婚して、お嬢ちゃんにセレディアの国籍を取ってやったと?」

「戦災孤児の扱いにしちまえば、戸籍はどうでもごまかせるからな、ましてや後見人が元老院議員の娘だ」


 ワインを煽り、文洋がテーブルに置かれた鳩のパテに手を伸ばす。


「しかしよくセレディアの国籍がとれたな」

「エルフはあくまで家系単位の戸籍簿らしい、役所の戸籍上はレオナはローラの家に入った形になってる。俺の国では結婚すると、夫婦のどっちかを籍に入れないとまずいが、まあそこは黙ってりゃいい、地球の裏側だからな」


 ならば、まあ旅券自体はソコソコの信頼性が担保されてるということかとブライアンは思った。極東の新興国の扶桑の旅券と、北大陸最古の国セレディアの旅券では信頼性に格段の差が有る。


「一歩間違うと重罪だ、断ってくれてもいいんだぞ、ブライアン?」


 グイとワインを飲み干して、文洋が言う。


 ……セプテントリオン家と執政の顛末、弟の救出作戦の概要、全部話しといて、断ってもいいは無いだろ。こんな楽しそうな話。


 思いながらブライアンは、固唾を飲んで見守るローラとレオナにニヤリと笑った。


飛行機野郎ナイトオブザスカイが、お姫様と子供たちを護らないで、何を護るってんだよ、任せとけ」


 レオナを抱き寄せて喜ぶローラと、彼女の腕の中でなんだか少し拗ねた表情のレオナにグラスを掲げて、ブライアンはワインを飲み干した。


「で、ブライアン、何日休めるんだ?」


 文洋がグラスにワインを注いで問いかける。


「医務室のエレイン先生いんだろ」

「ああ、あの金髪美人な」

「お願いして、ちょいと十日ほど病気になってきた」

「お願いしてなあ……」


 キョトンとするレオナと、半眼で呆れるローラをよそに、ブライアンはグイとグラスを飲み干す。


 まあ、何はともあれ、楽しそうなことになってきたなと思いながら。

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