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前世の思い

私の心の中を読んだかの様に、精霊が

「その通り……」 口を開いた。

「遠い昔、そなたの前世、名をコノハ

と言ったかの。 その娘さんも、今の

そなたと同じ心持ちであったのじゃよ」


前世の私と、現世の私。同じ境遇に

あった。

にわかに信じ難い話だけれど、不思議と

私の心は素直になっていた。

「人の運命とは、何とも言えぬ。

その娘さん、コノハは、母を思い、一生懸命

に生きた。 二人だけの生活じゃて、余計に

自分を追いつめてしまったのであろう」


何となく、精霊の目から光る物が

見えた気がした。


私は「私の前世、コノハさんは、お母さん

と二人暮らしだったのですか?」

確かめる様に尋ねた。

「そうじゃよ。幼くして、父を失い、

母一人、子一人、暮らしておった。 今より

ずっと貧しい時代であったからの、生きる

だけでも、言葉にできぬくらい、辛かった

はず。 それでも母の為働き、母の為に

神に祈った。 コノハはとにかく気立ての

良い娘じゃった。 しかし、申した通り、

人間は善ばかりでは生きてはおれぬ。

悪しき物がコノハの心を支配し始めたの

じゃよ」


……段々私は、精霊の言わんとする事が

分かってきた様に思えた。

私の心と、前世の自分だと言う人物の、

心が重なるかの様で、私は身震いした。


風がガタガタと窓を揺らす。

私の心も揺らされている……。


「結局、どうなったのですか?

あの、コノハさん……」

うつむく私。これ以上、話など聞きたく

なかった。

今の私と同じ思いだったのか。

つらく、苦しかったのか。

そう思うと、もう聞きたくなかったが、

やはり聞きたくもある……。


「母を自分の手で、見送ってしまった」

ぽつりと呟く。


私は(ああ、やはりそうか……)

予想通りの言葉。

違って欲しかった。何故そんな事をして

しまったのか。

しかし、正直なところ、どちらにせよ、

明るい未来などなかった……。


「結局、コノハは母を失った。 しかし、

神への祈りはやめなかった。 毎日毎日

神に祈る。 その顔が、何かを覚悟して

おった様で、本来、陰陽師たる者、頼まれ

ぬ限りは人との縁をむすぶものでは

ないのだが……。 我が主、陰陽師は

コノハに声をかけたのじゃ。 余りに

思いつめていた様子、放ってはおかれぬ

と思ったのかの……」

少し声に力が戻った様に、精霊が

続けた。


「ある日の事、神社でいつもの様に

お参りをするコノハに、我が主が声を

かけた。 『失礼ですが……』 突然声を

かけられ、コノハは驚いた。 理由が

あった。 突然声をかけられた事、相手が

陰陽師のなりをしていた。 どこぞの

高貴な公達とは違う、独得の出で立ち。

その様な者に声をかけられ、目を丸く

しておった」


その光景を、懐かしむ精霊。


「『あまり、無理をなさっては、御身に

障ります』 優しい言葉をかけられ、コノハは

下を向き、頷いた。 我が主はそんな

コノハに『そなたのお心に、安らぎが

ない故、お声をかけさせて頂きました。

何か思いつめているのでは……』 その

言葉にはっとし、コノハが顔を上げた

のじゃ。 全てを見透かされている。 そう

悟ったのか、コノハの頬を涙がつたい、

そして、コノハはすがる様に、しかし、

遠慮がちに、自分の思いを語り始めた

のじゃよ」


精霊が言うには、陰陽師の言葉に、我に

返ったコノハは、自らの手で母を見送って

しまった事、罪を犯してしまった自分は、

神に祈る事で、母も許してくれる。 祈りを

続ければ、罪の償う事ができる。 そう

思った。 けれど、結局は自分の矛盾に

心の行き場を失い、神への最期の祈りを

し、祈り終えたのち、自分も母の元へ

いこう。 そう考えた。 その矢先、陰陽師に

声をかけられた。


「所詮は人間。 間違いを犯すもの。 いかに

間違いを償おうとも、罪は罪。 消えぬ

罪……。 神に祈ろうとて、拭えぬ。 忘れる

事もできぬ。 許されるものでもない。 一時の悪しき思いが、取り返しのつかね結果を

招くものよ。 一生懸命積み上げてきた

ものを、一瞬で自ら壊してしまう。 何とも

言えぬ儚さよ。 余り思いつめて悩んだ

とて、決して良い結果が生まれるとは

限らぬ。 そなたも、前世の繰り返しに

ならぬ様に……」


優しく、寂し気な精霊の眼差し。

私は頷く事も、何もできない。


「我はイチョウの精霊。 毎日神社に

通うコノハの姿をずっと見ておった。 我が主

に、コノハの様子を伝えた。 コノハの母の

事は、致し方ない運命。 しかし、コノハは

もう一度生まれ変わらねばならぬ。 自然の

命尽きるまで生きて、そして生まれ変り

修行をせねばならぬ。 その運命に置かれる

事になっておる。 病の母の為、祈りを

捧げ、結果、消せぬ罪を作った。 命尽きて

生まれ変り、前世の運命に従い修行を

する……」 精霊は静かに語る。

私は今までの話を頭の中で整理した。


自分はコノハという娘の生まれ変わり。

罪を作り、現世で修行をする為に、

生まれ変わった。私として。

罪を償う為に……。


頭がごちゃごちゃ。意味が分からない。

こんな事が現実としてあるのか。

私は夢を見ている。そんな感覚に落ちて

いく……。


自分の前世というものを、普段考えた事は

ない。

突然目の前に現れた、精霊と名乗る人物。

その人物の語る事など信じられない。

しかし、今現在、私が直面している運命と、

私の前世であるコノハという娘の運命

が、重なる。

私も母の事で思い悩み、疲れている。


「罪つくりをした者が、現世で同じ

あやまちを繰り返してはならぬ。 コノハの

犯した罪を、そなたが償う。 我が主は、氏神に頼み、コノハを再びこの世に生を受け

させた。 同じ境遇の中で、もう一度

母の為に祈りを捧げよと……」


前世の罪償いの為、私は生まれた。

病におかされた母の為に祈りを捧げよと。

同じあやまちを犯さぬ様に。

繰り返される罪を断ち切る役目を、私に

託した。


「ちいと、荷が重すぎるがの。 これも

さだめと受け止めて、どうかコノハの

罪を償って頂きたい。 コノハの生まれ

変わりのそなたが……」


そう言うと、イチョウの精霊の姿が、

ゆっくり薄くなり、そして、スーッと

見えなくなった。


何とも言えない思いを残し……。


私は呆然と座ったまま、あるかなしかの

思いを巡らす。


秋の夜、外から虫の鳴く声がする。



その夜、私は夢か現か、分からない状況

の中にいた。

辺りはもやに包まれている。

夜なのか、周りは暗い。

私は何処かの神社の前にいた。


長い参道、朱色の鳥居。

参道を歩いていくと、見覚えのある様な

拝殿があった。

私が知る拝殿より新しい。しかし、

見覚えがある。

周りの木々も若く、私くらいの高さの

木々が多い。


拝殿の右側に、低いイチョウの木が

一本植えらている。

私の知るイチョウの木は、天まで届く

かの様に高いが、その木は違った。


ここは何処なのか。

私がキョロキョロしていると、参道を

向こうから誰かがヒタヒタと歩いてくる

足音が聞こえた。

私はとっさに、イチョウの木の陰に

隠れた。


桜色のボロボロの着物、裸足の女の人が、

うつろな目をしながら、けれど、しっかり

とした足取りで歩いてくる。

年のころは、私とさして変わらぬようだ。


女の人は、拝殿まで来ると、その場に

座り、両手を合わせた。

口元が動いている。何かを呟いている。

そして、地面にひれ伏した。

しばらくして顔を上げ、拝殿を見つめる。


私はイチョウの木の陰から、その様子を

息をなるべく潜め、見ていた。

もやがかかっている。空にはうっすら

月が浮かぶ。


月明かりだけでは、女の人の様子は

見えにくいはず。

けれど、私にははっきり見えている。


女の人の目から、光るものが見えた。

硬く両手を合わせて、はらはらと

涙を流している。


私にはそれがはっきり見え、じっと

彼女を見つめた。


何をそんなに……。

そう思い、はっとした。コノハさん?

とっさにその名前が浮かぶ。


イチョウの精霊が話した光景が、そこに

ある。

ここは、遥か昔の世界……。

目の前にいるのは、私の前世と言われた

人……?


現実とは思えない、不思議な感覚を

覚えた。


夜風が私の頬にあたる。冷たい風。


夢ではない。

私は考えられないけれど、遠い昔の

時代、私の前世の時代に来てしまった

らしい。

現実的にはおき得ない、物語の中でしか

あり得ない世界……。


しかし、夢ではない。


……と、私の後ろから、誰かがそっと

私の肩に触れた。

暖かく、大きな手。

私はそっと振り返る。


立烏帽子を被った、上品な顔立ち。

平安絵巻から出てきたような男の人が

立っていた。

平安装束に身を包んだ、優しそうな男の人。

思わず声を上げそうになる私に、

その人が、自分の口元に人差し指を

立てた。


声を飲み込んだ。

静かにしろとの事か……。


その人は、にっこり笑い、静かに

「異界の方をお呼びして、申し訳

ありません」 そう言った。


私は、何か言おうとしたが、声に

ならない。


すると、その人が「こちらへ……」

私をいざなった。



イチョウの木の向こう、拝殿の後ろを

ゆっくり歩く。

地面の木々の葉が踏まれて音がする。

風が時折冷たく吹く。

季節はいつなのか、前を歩く平安装束の

男の人の背中を見ながら考える。

夜の闇で、よくは見えないが、地面の

葉の色からしても、周りの木々を見ても、

暖かな季節ではないだろう。

秋くらいなのか。


そうこう思いながら歩いていくと、

とある一軒の邸に着いた。

立派とは言えないが、やや大きめの邸。

綺麗な木の門の前で、私達は止まった。


「どうぞこちらへ」 ゆっくりと門が

開かれる。キィーと音をたて、一人でに

門が開く。

私は、驚きながらも、門の中に入った。

疑問を抱いても仕方ない。

後で頭の整理をしよう。


邸の中はこ綺麗に掃除をされている

様で、整然としていた。


開け放たれた部屋に、風が通る。

部屋から庭を見る。

様々な植物、花々。池があり、月明かりが

池の水面を照らしている。


部屋の中は、棚がいくつもあり、巻物らしき

物がきちんと並べられていた。

隅に机らしき台がある。


私はどうしたら良いか分からず、

立ちすくんでいた。


「先ほどは失礼しました」 後ろで声が

した。

「こちらへ」 言われるまま、部屋の

真ん中辺りに敷かれたわら座の上に

座った。

その人も、私の正面のわら座の上に

座る。

音もなく、静かに……。


「急にかような場所へお呼びして

しまい、申し訳ありません。 お分かりかと

思いますが、ここは、あなたの時代とは

異なる時代です。 異界と申しました

通り、あなたの時代より千年前の世界と

ご理解下さい。

前世の時代と申しましょうか」


厳かな声が、静かな部屋に響く。


言葉は何故通じるのか。

この人は……。


私の考えが分かったのか、微笑みながら

「あなたのお考えの通り、私は陰陽師

と言っておきましょう。

先だって、あなたな所にお邪魔しました

イチョウの主。≪あるじ≫

言葉が通じるのは、心が通じているからと……。 難しいでしょうが……。

そして、あなたをお呼びしたのは

私です。 故あってお呼び致しました」


陰陽師と名乗る人の話に、嘘はない。

自然とこの状況を受け入れた。

不思議続きのせいなのか。


私の前に、いつの間にか白湯の入った

器が置かれていた。

自然に手が伸び、温かな白湯をゆっくり

飲んだ。

少しだけ、ほっとした。

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