その先に
確かに私は何かを急いでいたのかも
知れない。
早く、何とかしなければ。何とは分からないけれど、いつもそう思っていたのか。
母の事も、病気と分かった時から、病人
の言う事だから。真っ直ぐに向き合おうと
せず、いつもイライラ……。
この先の不安も、確かにあるけれど、
急いだところで、答えなど見つかる訳
などない。
病人だからと言う理由で、心を閉ざして
いた。母の勝手な振るまいに、腹を立て。
確かに病気は進行している。しかし、母も
苦しんでいたのか。
正気ではない自分に……。
「コノハも、あなたの様に懸命に自分の
母の事を案じ、精一杯の事をやっていました。 けれど、自分の器以上の物を注ぎ過ぎて
しまったのでしょう。 そして、自らの
理性を失ってしまった。 もっとゆっくり
己を、周りを見つめれば、罪など作らず
いられたでしょう。
限界を知っていれば、止められたはず。 悲しみを招かずにいられたのに」
重たい空気が部屋に立ち込める。
自分の限界を知っていれば……。
「私は、あなたにその限界を見極めて
頂きたいと思っております。 先ほど、
神に祈るコノハの姿を見られたでしょう。
自らの罪を犯した手で、神に祈る己の
矛盾した行いは辛いものです。 あなたには
その様な心持ちで神に祈りを捧げて
頂きたくはないのです。」
思いつめた顔、溢れる涙を止めず、
神に祈るコノハさん。
思わず涙が頬をつたう。
涙を拭う私に、優しい微笑みを注ぐ
陰陽師の顔が揺らいで見えた。
真っ直ぐに母と向き合い、例え通じ合わない
事があるとしても、きちんと母の言葉に
耳を傾けよう。難しい事かも知れない。
本音は納得などできない。
ぶつかり合う。けれど、向き合わなければ
私は母に何かしらの感情を抱く。
素直に、そんな思いが頭をよぎる。
「あなたは、気付かれた様ですね。 己が
何をすべきか」
静かな部屋に、響く声。
目の前が一瞬暗くなった。
……気が付いたら、私は最初にいた、あの神社のイチョウの木の裏側にいた。
拝殿が見えた。その前に、正座をし、
胸に両手を合わせ、一心に神に祈る女の人
の姿がある。
コノハさん……。
空に浮かぶ月明りが彼女を照らす。
涙を流し、祈りを捧げる。
私の肩に、陰陽師がそっと手を添えた。
「悔いのない様に……」
そう言い終えた瞬間、サーっと風が吹き、
木の葉を巻き上げた。
私は目を閉じた。
そっと目を開くと、私は自分の部屋の
ベッドの上に、上半身だけ乗せた状態
でいた。
「夢……」 一人呟いた。
いいや、夢などではない。私は、部屋の
電気をつけ、部屋を見回した。
一枚のイチョウの葉が、部屋の中央に
落ちていた。
それを指で拾い、クルクル回した。
「夢じゃなかったか」
今までの事を、ぼんやり思い出し、何故か
可笑しくなった。
自分の置かれている現実は、確かに
悲しくもあり、嫌気もさす。
けれど、取り返しのつかない事をして
しまったら、新たな悲しみを生む。
自分のできる事を、自分なりにやれば
いい。
何故だか、前向きな気持ちになれた。
母は、相変わらずの状態。良くはならない。
自分の事すら分からなくなる。
けれど、ふいに見せる母の笑った顔は、
何も変わらない。
父と妹と三人で、母の面倒を看ている。
将来の事など分からない。
あの時見た、コノハさんの涙、一心に
祈る姿は忘れない。
因果は巡らせてはならない。
母のワガママは、頭にくる。自分勝手な
言動も。
でも、今を投げ捨ててしまったら、未来
などない。
ある日、私は母に「私、やりたい事が
あるの。 だから、結婚とかまだしない」
そう告げた。
母は「そう……」 ひとこと言った。
始めの一歩。母と向き合う一歩。
着地点など分からない。けれど、自分を
見失わなければ、それでいい。
冬の訪れ。その後に、春がくる。




