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平和の崩壊

とある小さな神社。夕暮れがせまり、

普段から、何処か物悲しさを感じる場所。

特に今日は、一層寂しく感じる……。


大きな木が沢山立ち並び、上下左右に

枝が伸び、他の枝とひしめき合い、空を

覆い隠す。

風が吹く度に、枝の葉がこすれ合い、

サワサワと音をたてる。

木々の枝の葉の隙間から、傾きかけた太陽の

光が漏れ、地上に光が降り注ぐ。


そびえ立つ銀杏の木が、まるで天まで

伸びている様で、見上げてもその先が

見えない。


力強い木々に囲まれている小さな神社は

静かで、人影もなく、一人お参りを終え、

私は風で揺れる枝の葉を、暫く見つめて

いた。 ひんやりとした秋の空気が心地よく

私の頬をなでる。

風が吹き、枝の葉がヒラヒラと舞いながら

地面にひとつ、またひとつ降り立つ。

「今年の秋は短いのかな」 茶色く色付いた

落ち葉を見下ろし、葉に話しかける

様に呟いた。

今年は秋が短く感じられ、時折冷たい

風が吹く。


私がお参りをした神社は、私がお宮参りを

した神社で、言わば産土神であり、

事あるごとに手を合わせさせて頂いている。


何処か異空間さを漂わせる神社は、

私が生まれるずっと前からあり、古い

佇まいをしていて、歴史を感じる。

祭神は、スサノオノミコトであるらしい。

私は参道の左側、拝殿を背に向け、

歩き出した。


……と、「熱心にお祈りされてました

なあ」

私の背後から、男の人の声がした。

私ははっと振り向き、声をかけてきたで

あろう人物を、眉をひそめ見つめた。


白い着物、水色の袴、白髪頭に長い

白ひげ。

その人物は、背筋をピンとし、私の方を

向き、立っていた。


今まで私一人だと思っていたし、人の

気配すらなかったのに……。

そう思いながらも、その人物が怪しい

と感じられなかったので、「ちょっと、

色々ありまして……」 言葉を濁す様に、

しかし、はっきり相手に聞こえる様に

答えた。


私とその人物の距離を考えても、

はっきりとした声で答えるべきだと

思った。

「そうですか。お若いのに……」

私の方へ歩みを進め、にっこり笑い、

その人物は、私のすぐ前で立ち止まった。

よく見ると、目尻のシワが目立つ。

顎から生えた白い髭を見ても、初老

とは言えない。


その人物は、木々の枝で覆われている

空を見上げ、「ここの木々も、ずいぶん

年を取っているけれど、まだまだ元気で

生き生きしとります」


何が言いたいのか。

私は、「そうですね……」 と言った。

私の方へ向き直り、にこにこしている。

(何の用だろう) そう思い、私は声を

かけた。「あの……、すいません。私はこれで

失礼します」 頭を下げ、その人物に

背を向け、私は歩き出した。

「あまり、悩むのも良くないですぞ」

後ろで小さく声がした。


私は立ち止まり、声の方に振り向き

ながら、言葉をかけようとした。


「いない……」


ザワザワっと風が、木々の葉を揺らす。

私の見つめる先には、拝殿があるだけ。

先程の人物はおろか、人影もない。


怖くなり、私は駆け足で神社を後に

し、家に帰った。

帰る途中、ふと私は考えた。

(さっきの人は、郡司さん?なのだろう

か……)

しかし、いつも私がお会いして、

話をする郡司さんではない。

では、先程の人物は……?


家に着き、自分の部屋のベッドの上に

寝転び、神社での事を思い出していた。


不思議な出来事。


元々、そういう事は嫌いな方ではない。

確かに驚いたし、怖かったが、

平安時代に出てくる、陰陽師の本など、

好んで読んでいる。

思わぬ出来事に遭遇したのか。


一種の憧れ、陰陽師と言われる人物に、

会ってみたい……。

空想ばかり描いている。

先程の出来事も、憧れに重ねてみたい。

ぼんやり思った。 陰陽師。平安時代に活躍したといわれる。

占いをしたり、物の怪と言われる

妖物を退治したり、病を患った人に

病気平癒の祈りを捧げたりする……。


私は「神仏に祈れば、不思議な体験

できるのかな」


全くの非現実的な考え。

しかし、そうとは言え、今日の事を

思えば、自然とそういう考えをして

しまう。


先程、神社で出会ったあの人物も、

私をそういう考えにさせる。


私はあの人物の言葉を思い出して、

「何で、悩みがあると分かったの

かな……」

ポツリと言った。 確かに私は悩んでいた。

あの人物の言った通り……。


私は今、大学の四年生で、卒業を間近かに

控えている。

就職の内定も決まり、将来の夢もある。

悩む事など、あまりないのだが、

突然、大きな壁が私の前に立ちはだかり、

私の順調な人生の邪魔をし始めた。



私の家族は四人家族で、父、母、高校三年生の妹が、いる。

父は仕事人間で、出張が多く、あまり

家にいないのだが、私達家族を大切に

思ってくれている。


母も、父の不在中でも、そうでない時も、

私達の為に母としての役目をきちんと

こなし、いつも笑顔で接してくれる。 母は、料理が上手く、色々な物を

食べさせてくれ、私達の洋服も、

よく作ってくれた。

家族は仲が良く、旅行に行ったり、

家族の行事をしたり、私はそんな

家庭環境に有り難さを感じていた。

しかし、それが当たり前に思ってしまい、

甘えに甘えていた。


そんな当たり前に甘えられていた

日々は、何の前触れもなく、崩れ

始めた……。


事の始まりは、夏の終わりの頃。

ある日の夕飯時、いつもの様に、母は

キッチンに立ち、夕食の準備を始めた。


まだまだ蒸し暑く、私と妹は、リビングで

ソファに座り、クーラーを付け、テレビ

を観ながら夕飯が出来上がるのを待って

いた。 「あら?」 キッチンから、母の声が

した。

しかし、私達はその声を気に留めず、

テレビを観ていた。

「おかしいわねぇ……」

今度は何か、様子が違う。

私達は、キッチンに向かい、母に

「どうしたの?」 そう尋ねた。

「今日の夕飯に使おうと思っていた、

とり肉が見当たらないの」

……そんな事か。

私は、ため息まじりに、「冷蔵庫、

よく見たの?今日、買い物の時、確かに

買ったんでしょ?」 母に言った。


私のその言葉に、母は突然顔色を

変え、今まで見たことのない様な目で

私を睨み、「私はちゃんと買ったわよ!

冷蔵庫にもしまったわ!」 大声を

あげた。「とり肉を買って、きちんと

冷蔵庫にもしまったわ!」



本当に、母は別人の顔つきになった。

ほんの些細な私の言葉で、こんな風に

別人になるなんて……。


私は驚いた。この状況をのみこめない。

母の顔、私に言い放った言葉。

信じられない。

妹がすかさず、「ねえ、落ち着いて

よく探そう」

そう言うと、冷蔵庫を開け、とり肉を

探し始めた。

私も、気を取り直し、キッチンの

テーブルの上、周りを探した。 母は、少し肩を震わせながら、

どこか一点を見つめ、動こうとしない。


暫くして、「ないね……」 妹が私に

そっと囁いた。

と……、家の電話が鳴った。

私は、「助かった……」 小声で言い、

リビングに戻り、電話を取った。


「もしもし」私が出ると、電話の向こう

から、年配の男の人の声で、『あの、

わたくし、いつもご利用頂いております

スーパーの店長の、おおもりと申し

ます。』 落ち着いた口調で話を始めた。

『失礼ですが、娘さんで?』

私が「そうですが……」と答えると、

『実はですね、今日昼頃、お宅の

お母様が、うちのスーパーにいらして、

とり肉などをお買いにらなられ

まして……』 一方的に話す、スーパーの店長。

一体何の用なのだろうか。

私はそう思いながらも、話を聞いた。


下町風情の残る、私の住む町は、

昔ながらのお店も多く、知り合いも

多いい。

地域密着のスーパーの店長さんが、

母の顔や、うちの電話を知っていても、

余り気にならない。

私もスーパーに、よく買い物に行く。


しかし、スーパーの店長さんが、何故

うちに電話をかけてきたのだろう。

そう思いながら、話を聴く。

店長さんは、『お母様がお買いをした

際、お会計後、とり肉をお忘れに

なられまして。お声をかけたのですが、

気付かずに帰られてしまって……』 スーパーの店長さんの話だと、

母はスーパーでとり肉を買い、忘れて

そのまま帰宅してしまった。と言う

事らしい。

母に従業員さんが声をかけたが、

気付かなかったと言う。

そして、わざわざうちに電話をかけて

くれたのだ。


私は「すいません、わざわざお電話

頂きまして……。あの、今から取りに

伺っても、宜しいでしょうか?」


店長さんにそう言い、電話を切って、

妹に電話の内容を話し、スーパーに

向かった。


スーパーに着くと、店長さんが

レジ袋に入ったとり肉を渡してくれた


「いやぁ、わざわざすいません。

お届けすれば良かったのですが、

なにぶん人手が……」

申し訳なさそうにそう言った。

私は、「こちらこそ、すいません……」

丁寧にお礼をした。

しかし、母が、忘れるなんて。

きちんと物事を確認する母なのに。


私はスーパーからの帰り道、母の

事を色々考えた。


家に着き、キッチンに向かった。

母に、「とり肉、スーパーに忘れていた

みたいよ」

とり肉の入ったレジ袋を、母に手渡し

した。


さっきまでの、私を睨み付けていた

顔ではなく、いつもの穏やかな

母の顔に戻っていた。

「あら、やーねー。忘れてたの?」

まるで他人事みたいにそう言うと、

私からレジ袋を受け取り、夕飯を

作り始めた。

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