プレイバック2.樋口遊菜
遊人の母親(クローン的な意味)である樋口遊菜が登場したのは、前作でここと第2部ラストのみ。
この話に出て来る花の塔とは実際に岡崎市で行われているお祭りである。
(出典:『番外 花の塔』)
データ
樋口遊菜
30歳 女
職業:小児科医、国境無き医師団メンバー
特技:子供の心を開く。マイノリティの言語を多数喋れる。
趣味:フィギュア集め(この回がきっかけ)。治療して治した子供の写真を撮ること。
5月13日 岡崎市 旧国道
国道一号線の隣に、昔の国道がある。はなのとうとは、そこで行われる地域のお祭りである。
「人が来ないな」
「人が来ないね」
遊人と夏恋はその祭で、ゲーム研究部としてあるコーナーを出店していた。ただ、部員が客とゲームで遊ぶだけのコーナーだが、遊人が強すぎて誰も近寄らないのだ。
「そもそも悪タイプ6匹って何?」
「いや、俺読み合い得意だし」
ポケモンバトルのコーナーもあったが、遊人が悪タイプのポケモンだけで相手を完封するので子供達が勝てない。本気過ぎである。悪タイプというのは相手の動きを読んで放つ技が多いのだ。
「他のポケモンは?」
「おいおい。俺にガブリアスやサザンドラといった奴ら使えと? 尚更強いぞ」
相変わらず客が来ない。せめて遊人の強さが中途半端なら、自称上級者様がたくさん釣れただろう。だが、遊人のプレイを近くで見ていた自称上級者様であろう奴らは、敵わないと踏んで逃げた。
「カードゲームなら弱いぞ。カードあまり持ってないし、金はゲームに使っちまうからな」
「全国大会準優勝の人を有り合わせのカードで倒した人の台詞か」
遊人はカードゲームなら弱いと言うが、夏恋はその遊人が全国大会を準優勝した部長を倒したとこを見ている。コンボの鍵となるカードが手札に来たとこを的確に手札破壊にくるから厄介だ。
相手の手を読みコンボを徹底的に崩すだけで、決定打がなくても勝てるのが遊人だ。
「そういえば、遊人の戸籍ってどうなってるの?」
夏恋はゲームの話ではらちがあかないので、別の話をしてみた。遊人は保護者の愛花と暮らしているが、二人は血の繋がった兄弟でも親子でもない。
「姉ちゃん家の養子になってる。戸籍上の両親は姉ちゃんの親だけど、本当の親は知らんな」
「そうなの」
遊人は複雑な家庭で育ってるようだ。まあ、夏恋には廃人の家庭環境などどうでもよいのだが。
暇をしていた二人に、クラスメイトが近寄る。何故か赤い浴衣を着た佐奈だ。絶対記憶を持つという触れ込みだが、それ以外は一般人だ。
「お客さんいないね」
「白髪が本気出し過ぎなのよ」
佐奈はガラガラなブースを見て言った。遊人の強さがハンパないので誰も来ない。一応景品として箱に入ったフィギュアがあるのだが、取らせるつもりはないらしい。
「しかしこの部はドラゴンプラネット推すね。このフィギュアもドラゴンプラネットのキャラクターだろ?」
遊人は『氷霧』とキャラクター名が書かれた箱を手に取って言う。どうやら稼動式、つまりアクションフィギュアのようだ。この手のグッズを作るのもインフェルノの仕事だが、プレイヤーのアバターが使われる時はプレイヤーの投票で誰を使うか決まる。
「インフェルノの社長が長篠出身だから、くれるのよ」
「なるほど迷惑な社長だ」
遊人は率直な感想を述べて、箱を置いた。
@
そんな花の塔の賑わいの中、キョロキョロと周りを見渡す怪しげな女性がいた。年齢は20代前半だろうか。まるで医者みたいな格好だが、彼女は国境なき医師団のメンバーだ。
「直江遊人。特徴は白髪……と」
メモには遊人の特徴が書いてある。探し人は間違いなく直江遊人。
彼女は樋口遊菜。実質、遊人と順の母親となる人物である。遊人と順は60年以上前に活躍した軍人、新田遊馬の体細胞クローンだ。だが、クローンを作るためには遊馬の細胞核だけではなく、ベースとなる卵細胞が必要だ。
それを提供したのが遊菜だ。彼女が14歳の頃、提供者として熱地学院大学に抜擢されたのだ。理由は『綺麗だから』。そんないい加減な理由で、顔立ちがいいだけの少女が選ばれたのだ。
彼女はクローンとして生まれた子供を、自分の子供の様に育てるつもりだった。しかし、遊菜は子供を抱いてないどころか、姿すら見ていない。熱地によってこの親子は引き離された。
その後、遊菜は勉強して小児科医になった。そして、国境なき医師団に志願した。あの時、引き離された子供のことが忘れられないのだ。そこから、せめて多くの子供達を救いたいと思うようになった。
「遊人は……」
情報を寄越したのは松永順という人物。何故表五家の人間がこんなことをするのか、順が自分の子供であることに気付かない遊菜にはわからなかった。
「あ、いた!」
遊菜は情報通り、白髪の遊人を見つけた。ゲーム研究部のブースで客を待っていた。
「あ、あの……」
「あ、お客さんだ」
近づいた遊菜に夏恋が気付いた。遊人はDSとみられる機械をいじっていた。
「遊人、今度は手加減しなさいよ!」
「了解」
DSを閉じた遊人の声を聞いて、遊菜はゾッとした。まるで感情が篭ってない。棒読みになりがちな国語の音読すら一定の感情が篭められているのに、遊人の声はただの音の集合体だ。
医者という、人の声を人一倍聞く仕事だけにそれを感じた。
「では、どのゲームをしようか」
「え? ゲーム?」
遊菜はゲームをしたことがなかった。だがトランプやウノくらいはしたことがある。
「遊人、これなら」
「トランプ?」
遊人は不思議そうにトランプを見た。もしかしてトランプを知らないのか。
「えっと、じゃあばばぬきでもしようか……」
遊菜の提案でばばぬきをすることにした。長机を挟んで、遊菜の向かいに遊人と夏恋が座る。
「どうなったら勝ちだ?」
「同じ数字のカードを捨ててくの」
「最後にジョーカーが残ったら負けだよ」
ルールを知らない遊人に、夏恋と遊菜が教える。そして、ばばぬきが始まった。
@
「なん……だと……?」
終了時、ジョーカーを手にしたのは夏恋だった。それもそのはず、遊人が隣にいたからだ。最初にジョーカーを持っていたのは遊人で、夏恋のカードを取る傾向を見抜いた遊人は、上手い具合に押し付けたのだ。
それに加え、遊菜も夏恋の微妙な表情の変化でジョーカーが何処にあるのか判断した。
これでは勝てない。遊人は夏恋の惨状を見て呟いた。
「これが賭けなら、1500年地下行きだな」
「むしろ焼き土下座です……。あ、これって景品どうなるの?」
夏恋は景品について言及した。一応、遊菜は部員に勝っている。
「あげよう。店畳みたいし」
遊人は遊菜に、フィギュアを渡す。遊菜の頭にはクエスチョンマークが浮かぶ様な品だが、遊菜はそれでも受けとった。
もうすぐ母の日。始めて息子から受け取る、プレゼントなのだから。
7月1日 遊菜宅
「どうしてるかな、遊人」
遊菜は自宅マンションの机に、あの時貰ったフィギュアを飾って眺めた。遊人のアバターだと順から教えられた墨炎の稼動フィギュアも並べてみた。順は自分も彼女の子供だと、結局伝えてないらしい。
今、机の上に新しく買ったフィギュアを2つ置いてみる。稼動フィギュアなのでポーズも考え、一人はハンドガン、もう一人は槍を持たせてみた。
新しく置かれたフィギュアはクインとラディリス。二人じゃ寂しいだろうという、女の子理論全開で買ったフィギュアだ。偶然であるが、墨炎の仲間が揃った。
「っと、そろそろご飯作らなきゃ」
遊菜は忙しくキッチンに向かった。いつか、遊人にもご飯を作ってあげたいと思いながら。
以上が樋口遊菜の初にしてラストの登場回。ドラゴンプラネット2では彼女の活躍がもっと見られるぞ!