2.呪われた鎧
剣士リスト
カレン
プレイヤー:上杉夏恋
武器:レイピア『スカイレッド』
特徴:可憐な紅いドレスを纏う。現実の姿に準じた外見をしている。
シャーロット
プレイヤー:稲積あかり
武器:大剣『インペリアルクロス』
特徴:銀髪に緑の目。黒基調に赤いラインが入ったシスター服はスカートの両側にスリットが入って、衣服そのものがセパレートに。腹が見えるデザインでスカートはゴツいベルトで固定。
職員室
来客があるってので、職員室に俺は行ったんだ。そこで待っていたのは、白衣を着た女性だった。知り合いに解剖医がいるが、そいつじゃない。
黒髪の女性は若いが物腰に一種の風格を感じる。多分、若く見えるだけで年齢はそれなりなんだろう。俺はこの女性に見覚えがある。
「花の塔で会った人?」
「そうです」
以前、学校の行事で知り合った人だ。見覚えがある。そう、そこに出店を出した俺と夏恋はこの人物とばば抜きをして、遊人がジョーカーを夏恋に押し付けることで勝利した経歴がある。
「樋口遊菜です」
「で、結局用事は何です?」
早く部活に戻りたい俺はさっさと話を進める。今や墨炎の肉体は重傷を負って冷たい床に倒れているのだ。早く回収せねば。樋口と名乗る女性は単刀直入に切り出した。
「実は、私はあなたの母親なんです」
「さあ帰ろう」
話が面倒な方向に進みそうな予感がしたため、スルーした。自分の出生に関わる話はややこしくなることを俺は知っている。
この前だって生き別れた弟に『実は僕達は新田遊馬という人のクローンなんだ』と言われ、その証拠を敵の本拠地で見つけた。あまりに嘘臭いので自分では『両親共に不明』とか『コウノトリとヨッシーに運ばれた』とか『キャベツ畑で拾われた』として処理していた。
それが嘘という証明になればいいが、樋口は俺の母親として見るとあまりに若い。嫌な予感しかしない。樋口を美魔女と仮定しても、細かく確認すれば若作りではなく『若い』と断定出来る材料が彼女の顔など大量に転がってるので、その希望ははかなく潰えた。『若作り』と『若い』は違う。
「あ、母親っていってもクローン制作の卵細胞を提供しただけで」
「OK、この話は無しだ。いつまでエイプリルフールだと思ってるんだナンセンス」
現実は非情である。むしろ俺がクローンだという証明が強くなったじゃねぇか!
そもそもなんで俺がクローンなのかって話だ。うん。あまりにぶっ飛んでて俺も無かったことにしたい話だ。お偉い科学者が人類に眠る『ある能力』を研究するために、第二次世界大戦の頃にいた新田遊馬って軍人をオリジナルに制作したとかなんとか。
その『ある能力』がわざわざクローンなんざ用意しなくても俺の周りにポンポン使える奴がいるってのも問題だ。こうして無能な科学者に生み出された俺と生き別れた弟の松永順は、生みの親を滅ぼすことになる。
自分がクローンでアイデンティティがどうのこうのって話じゃない。ゲームの邪魔をしたから潰したまでだ。
「でも、生まれた瞬間抱くことも許されなく……」
「もうやめろ! 俺というキャラクターをどうしたいんだお前は!」
気付いたら俺は叫んでいた。俺のキャラクター性が迷走しない内に話を切り上げたい。ただでさえ白髪眼鏡で目立つのに、全身傷だらけで世紀末救世主みたいなのに、これ以上突飛なキャラ付けされてたまるか。
「私が産んだんじゃないけど、私は貴方のお母さんなの!」
「いい加減にしろ! もう限界だ! 俺は普通に高校生したいんだ! 誰が中学生の書いた痛い小説の主人公になんかなるか!」
「信じて! 私は……」
「この話は無しだ! 俺は『事件の参考人になって、刑事である今の姉のところに養子に入った』。この前提を忘れんじゃねぇ!」
俺は無理矢理話を切る。キリが無い。別に俺がクローンでもゲーム出来る身体があればいいんだが、話が妙に嘘臭いのでスルーしたい。これを納得いくよう当事者以外に話すのは心底面倒臭い。
「全く、互いに頑固なのはさすが親子だな」
「佐原先輩」
そこに、我らが生徒会長の佐原凪先輩が現れた。女子高生と思えない大人っぽさを持つ彼女は、俺と同じ『ある能力』を持つ。
「私からも頼む。遊人くんはそんな痛いキャラ付けは嫌なんだ。もっと生き別れの母親とかマシなキャラ付けで現れてくれ」
「じゃあそれでいいです」
佐原先輩が何とか話を収める。樋口も樋口だ。始めからクローンなんて拗れる話を出さなきゃいいのに。俺は某学園都市の住人でも無ければ、スターウォーズの登場人物でも無い。クローンの人権を求めて戦争する気なんざ、オリジナルが死んだ今じゃサラサラ無い。
「そうだ。ゲームの最中だったよ」
俺は迷わずブレイドクロニクルにログイン。墨炎だけでも回収しよう。俺が言うのもなんだが、墨炎はそれはもう可愛い。偏向した性癖の持ち主が彼女の死体で『見抜き』する可能性があり、自分の娘にして本性である彼女がそんな風に使われるのは耐えられない。
ウェーブリーダーを付けてログイン。なんと、立ったままダイブしてもオートバランサーで姿勢制御してくれるから危険は無い。ここが新しいよブレイドクロニクル。
「ここは……何処だ?」
墨炎がいたのは真っ暗な空間。なんか蒸し暑くて息苦しい。ネチョネチョしてて気持ち悪い。
「もしかして、胃袋?」
そう、俺は敵キャラに飲み込まれていた。死体を食う生き物か? とにかく危機的状況だ。命の意味でも貞操的な意味でも。
「ふはっ!」
「話を聞いて下さい!」
そこを樋口がウェーブリーダー引っこ抜きで離脱させてくれた。こればかりはGJ。
「あ、ゲームといえば最近それ絡みの自殺者が増えてるんですよ」
「なんだと?」
樋口がゲーム絡みの自殺者という話を持ち出す。俺はまんまと話に乗ってしまった。
「ええ。ほら、ゲームって死ぬと普通より早く元の場所に戻れますよね?」
「デスルーラだな」
樋口が言ってるのは死に戻り、デスルーラのことだ。死んでもペナルティが少ない場合やタイムアタックの移動手段として使われる方法だ。洞窟の奥深くまで行ってから普通の方法で町に戻るより、そこで死んで町に強制送還された方が復路分まるまるカット出来て早い。
「フルダイブゲームでそれをし過ぎて、現実でもそれを実行しようとしたのではって話です。最近、長篠高校の生徒が転落死する事件が増えまして」
「それは違うよ!」
樋口の話には矛盾がある。それを論破させてもらう。使うコトダマは『ゲームシステム』。
「フルダイブゲームではそもそも、転落によるデスルーラは不可能だ! ドラゴンプラネットオンラインも、ブレイドクロニクルも落下ダメージが実装されてない!」
落下ダメージ。1番単純なデスルーラ手段である。マリオはいくら高いとこから落ちても平気だが、スペランカーは高いとこから落ちると死ぬ。高いとこから落ちて着地した時に生じるのが落下ダメージで、日本のゲームにはあまり無い。
ドラゴンプラネットオンラインもブレイドクロニクルも高所から飛び降りてHPが削れることは無い。
「いや、君は長篠高校の生徒が転落って話は無視か」
「え?」
佐原先輩は俺と違うところに注目していた。長篠の生徒が転落? だったらもっと騒ぎになってないか?
「樋口さん。その長篠の生徒とやら、本当は長篠と無関係なんでしょ?」
「はい。だから調べに来ました。なんでそんなことになったのか」
つまり、長篠の制服を着た無関係の人物が飛び降り自殺ってことか。何の為に?
「あー、全くユナの奴は。お、佐原先輩に遊人じゃん」
職員室に新たな人物が現れた。男子の制服を着ているが、見た目や声は女子。でもちゃんと男。俺達の学級長、三好雅。
「雅くん。最近長篠の制服着た奴らが飛び降り自殺してるみたいだが、何か知らないか?」
「何ですかそれ? ヒッピーの集会?」
佐原先輩は雅に意見を聞く。ヒッピーって、お前何歳だ。凄い昔じゃないか?
「あんな自堕落な集団が最大限の恐怖と痛みが伴う真似するか?」
「それより、なんでわざわざ長篠高校の制服なんか着て……」
俺達は完全にどん詰まりだった。そんな不可解な事件、前に巻き込まれた切り裂き魔事件やサイバーガールズ事件以上に厄介だ。
「よし、こうなったら姉ちゃんに相談だ。まだ結婚前だから寿退社してないよな?」
「君のお姉さんは刑事だったな」
俺の姉ちゃん、直江愛花は佐原先輩の言う通り確かに刑事だ。今はデカイ山終えて家にいるだろう。帰って相談するか。
「フルダイブゲームを規制したい団体は山ほどいるからな。そいつらが裏で糸引いてても特定が難しい」
「ですよねー。各学校のPTAのみならず小児科の医師会とかも規制に賛成してますから」
「何故付いて来る」
俺はすぐ家に帰ったが、何故か樋口が自宅マンションの前までついて来るではないか。俺の家は普通のマンション。ここに姉と妹と住んでいる。
「そりゃあ、母親ですから」
「クローンの話は家族に漏れなく発覚してるけど喋んな面倒臭い」
樋口は階段を上る俺について来る。わざと疲れてお帰りいただくために階段を使ったが、さすがは医者。体力あるんだな。
「ただいマンムー」
「昨日までマンタインだっただろ」
些細なギャグで日常に潤いを提供してみた。姉ちゃんはやっぱり家にいて、ツッコミを入れてくれた。しかし、俺は姉の格好を見て仰天する。
「姉ちゃん、近年はフェミニスト団体が五月蝿いから『女らしく』なんて言わねーよ。夏で暑いから動きまわりがちな姉ちゃんがシャワーで汗流すくらいはあるだろう。だがな、これだけ言わせてくれ。シャワーから上がったらちゃんと服を着替えなさい!」
俺の姉ちゃん、直江愛花は帰ってきた俺をバスタオルを巻いただけの姿で出迎えた。長い髪は普段ポニーテールにしてるが、今は下ろしている。
「俺じゃなかったらどうする!」
「宅配便の可能性は無い。私は通販使わないし、真夏は通販が番組すら見ないくらい嫌いだ。お前も使わない。父さんや母さんが何か送ってくる可能性は、最近野菜送って来たから低い。宅配があったとしたら代引き利用の詐欺だ。来客は、あたしの友人は今忙しいから無い。この時間に来客があれば、お前しかいないということになる」
「ほほう」
さすが刑事。推理させたら凄いな。だが、その推理には穴がある。姉ちゃんが心底惚れてるあの人がな。
「真田総一郎氏の来訪が計算に入って無いなど、ナンセンスだな!」
「総一郎さんは些細なことでもアポとる人だから」
「ぐぬぬ……」
そうだ。記者の真田総一郎はアポ取るのが癖だったんだ。姉ちゃんには勝てないのか? 抜けてるようで抜け目の無い推理を破れるのか?
「あのー……」
推理バトルに入り込んでいた俺達を止めたのは、樋口だった。
@
麦茶とは、本来お茶ではない。チャノキと呼ばれる種類の植物を用いてないため、広義のお茶を指す『茶外茶』に分類される。原料は大麦だ。
お茶の中では珍しくカフェインを含まないため、乳幼児にも安心して飲ませられる。しかしメーカーによっては色を出すために他の茶葉を入れたりしてるため注意が必要だ。また、煮出して一晩経ったものも注意が必要である。
@
「あったな、そんな事件。奇妙な点があったけど、警察は自殺で処理したがるからなー」
俺達はダイニングのテーブルに座って、麦茶でも飲みながら話すことにした。姉ちゃんと樋口が隣同士、机を挟んで向かい合わせに俺と妹と真夏が座ってる。とりあえず、姉ちゃんに事情を説明した。
姉ちゃんはさすがに、俺が中学時代に使っていた緑の芋ジャーに着替えていた。
『どうも、うちの母と兄がお見苦しいところをお見せしました』
真夏は小学5年生なのだが、喋れないのでホワイトボードを利用した筆談。可愛らしい丸文字ではなく、見事な達筆だ。
「俺込みかよ」
「そりゃそうじゃ」
「ともかく、この奇妙な現象を食い止めれば自殺者も減るはずです」
樋口はこれを止めれば自殺者がいなくなると思ってるらしい。確かにこれだけ妙な現象だと、誰かが裏で糸引いてそうだもんな。
「犯人がいるなら、それはフルダイブゲームと長篠高校に恨みがある人間だ。ゲーム会社はとりあえず除外しよう、長篠に関係が無い」
「いや、フルダイブゲームの関係は疑問だな。飛び降りとデスルーラの関係性がわからん」
姉ちゃんの言う通り、フルダイブゲームに落下ダメージが実装されてないなら関係性は疑問視される。飛び降りによるデスルーラは不可能なわけだし。つまり、犯人が長篠に仕掛けたことをフルダイブゲームに反対する連中が誇大解釈したということか。
『飛び降りた人達に不審な点は?』
「長篠の制服以外無かった。着こなしも遊人と違うし、案の定長篠の生徒じゃなかったよ。飛び降り自体は本人の意思だが、制服は着せられたんじゃないか?」
着こなし、長篠の制服は特殊なんだよな。特に夏服は。夏服って大体シャツをズボンに入れるだろ? でも長篠じゃ出すんだよ。男女問わず。これが着こなしのルールとなってる。
「つまり、自殺寸前に制服に着替える様に仕向けたか、死んだ後に着替えさせたか。後者は血とか死後硬直とかで難しいし、都合よく飛び降りる奴らに、長篠の制服持って会うなんて確率も低い。つまり、最初から指示してたんだな」
俺が大体の予測をまとめると、樋口は立ち上がる。そろそろ帰る気になったのか。
「その線で調査します。子供の自殺を知りながら止めずに推奨することは捨て置けません。あ、あと、もし私を母親として暮らしたいなら連絡してね」
樋口は最後にとんでもないものを残していった。名刺を机に置く。連絡先が書かれていた。
「なるほど、あの人がお前の……」
「……」
「俺は誰が何と言おうが、姉ちゃんの弟だよ」
姉ちゃんは大体事情を理解している。真夏もだ。よくあんな嘘臭い話を信じられるよな。いくら他人事とはいえ。
「よし、あたしも遺族を当たるよ」
「なら、俺はユナに聞いてみるか。自殺者集めるならネットが早いだろうし、あいつはネット詳しいからな」
姉ちゃんと俺も動き出す。あかりの友人である木島ユナはガジェットやインターネットに造形が深い。
「この時間はブレイドクロニクルにいそうだし、探しに行くか」
『私も、手分けして探す』
俺と真夏はブレイドクロニクルでユナを探すことにした。あ、俺のアバターって丸呑みされてたんだよな。
「気は乗らねぇが、アバターを助け出してからだ」
俺と真夏はウェーブリーダーを耳に付け、フルダイブを始める。ウェーブリーダーにはバイタルチェッカーがついており、身体の異常はすぐに知らせてくれるから脱水の危険など無い。
俺の意識はあっという間に墨炎へ落ちる。どうやら、今の墨炎は布団で寝てるらしい。エネミーの体内からは助け出された模様。天井は真っ暗だ。ここはどこなんだ?
「やあ、気が付いたかね」
「ここは?」
なんか銀河鉄道にいる車掌みたいな奴が俺を助けてくれたらしい。ベットの傍にパイプ椅子を出して座っていた。サイズの合わない車掌服は松本的車掌デザインだ。服は着替えさせられたのかな?
身体を起こすと、包帯で治療がしてある。しかし、衣服は着て無い。端的に言えば全裸だ。俺は慌てて、掛け布団になっていた毛布で身体を隠す。顔が火照る。
「ここは地下鉄の仮眠室だよ。まだ地下鉄が走ってた頃は我々車掌の休憩室だったのさ。仲間が狩ってきた食料の中にあんたがいてな。非常食に持ち帰ったんだよ」
「おいお前、性的な意味だったら今すぐ去勢して……剣は?」
不幸なことに、このゲームの防具は現実の衣服と同じ仕組み。メニュー画面で瞬時に着れるが、現実と同じ手段で脱げる。もっとも、NPCと本人しか脱がせれないのだが。怒りのまま、車掌を今すぐぶった斬ろうと剣を探す。しかし、衣服はそのままなのに剣だけ見当たらない。
「ほれ、あそこ」
「よーし、覚悟しとけや偽銀河鉄道」
車掌は剣を壁に立てかけていた。骨で出来た2本の剣は確かに俺のボーンスプラッシュ。車掌斬ったら出てこう。
「胃液でベトベトだったからな、洗わせてもらったよ。あー、役得役得」
「くっ、夜道に気をつけるんだ貴様! 俺の処女を奪ったら全国一万強の処女厨が騒ぎ出すぞ!」
俺自身に処女信仰は無いが、とりあえず騒ぐ奴らがいるので警告しておく。まあ、経験の有無で人が変わるとは思いませんがなぁ。
「そうか。ならさっさと服を着なさい。着てたやつは洗濯してるからな」
車掌に言われ、俺は涙目でメニュー画面を探る。墨炎の間はどうも、俺は完全に女の子らしい。メニュー画面の手持ちアイテム欄を全てスクロールし、俺は絶望した。
「なんっ!」
「どうしたのかね?」
「他に防具がありません!」
「言っておくが、ここに着替えは無いぞ。私もかれこれ10年着替えてない」
そう、アイテムに予備の防具が無いのだ。ただの鎧とかじゃダメだ。服みたいな防具が必要なんだ。
「そうだ! インナーはどうした? セパレートのボディスーツみたいなやつ!」
「洗濯した」
「うわああああぁぁん!」
マジ泣きである。車掌をポカポカ殴るくらいしか抵抗の手段が無い。現在の防具は『ボロい毛布』一枚。防御力的にも、衣服的にも心許ない。
「洗濯が終わったら生乾きでも着てやる!」
湿った服すら着込む覚悟。とにかく、見知らぬ男……かはハッキリしないが知らん奴にこんな姿は見られたくない。
「おや、警告。敵が来ておるぞ。迎撃は任せ……」
「この姿で戦えと?」
車掌は毛布だけを纏う少女に向かって戦闘を命じる。こいつ、絶対薄い本のネタを作りにきてる!
「ヤダよお前戦えよそれか車掌服の上着よこせ!」
「えー?」
言い争ってる内に、敵は傍まで来ていた。仮眠室の扉をバタバタ叩く音が聞こえる。これは大変マズイ。
「着替えは無いが、防具くらいなら遺失物取り扱い所にあるだろう」
「それを先にいえ! どこにある?」
「その扉」
「よっしゃ!」
車掌は遺失物を使う様に指示した。なんかマシなの来い! 幸い、遺失物取り扱い所は仮眠室に隣接してる。
遺失物取り扱い所にある品々を見定める。すると、ある鎧が目に付く。不気味な雰囲気を醸しているが、デザインそのものは可憐な鎧だ。ご丁寧に、鎧の下に着るインナー類や篭手などもセットになってる。
「使うぞ!」
俺はこの鎧をメニュー画面に放り込む。既にオブジェクト化されてるアイテムはこうしてアイテム欄に入れる。そして、アイテム欄から装備した。
「鎧は『パフューム・アルマデューラ』か。装備っと……」
墨炎の身体が光り、巻いてた毛布が足元に滑り落ちる。鎧が身体の大きさに合わせられ、装備された。
丈の短いワンピースの上から、チェストプレートとベルトに付けられた腰布を装着。腰布は丈が膝下まである。全体的に黒基調で赤いラインが入ったデザインだ。篭手もある。ワンピースがノースリーブなので、腕の露出が1番多い。足元はブーツに黒いタイツだからワンピースの短さにしてはさほど露出がない。
「なんだ、妙に吸い付く様な感覚が」
鎧は身体に吸い付く様な着心地だった。だが、着心地など気にしてる暇など無い!
「とにかくやったらぁ!」
俺はボーンスプラッシュを手に、仮眠室の扉を叩く敵を扉ごと叩き切る。
「何っ?」
扉を叩いていたのは、なんとパーフェクトブレイン。これはマズイ。さて、どうする?
「とりあえず、【ライジングスラッシュ】!」
俺は技名を叫び、水平斬りを放つ。このゲームにはHPゲージの他に、『必殺技ゲージ』なるものが存在する。これを消費して放つのが必殺技。これは秘伝書を手に入れるか、自分で修業すれば出来るようになる。技名を叫べば発動が可能だ。
「よし!」
俺はパーフェクトブレインの肥大した脳に一撃加える。これで死なないから厄介なんだけど。
(弱いな)
「なんだ?」
(私の技を使え)
「お前は誰だ!」
ふと、頭の中に少女の声が響く。今までこんなものは聴こえたことがない。鎧の効果か? そういえば鎧のステータスなんて見てなかったな。呪われていたのか?
(【宵闇装束】から【苦悶撃】だ。やってみろ)
「チッ、あいつを倒すにはそれしかねぇな! 【宵闇装束】!」
頭の声が言う通りにしてみる。パーフェクトブレインは厄介な相手。どの道、倒すには俺の技じゃ不十分だ。
足元から湧き出る闇が身体を伝い、全身に纏わり付く。暗黒が身体を撫でる感覚は非常に気分が悪いが、我慢しよう。
「【苦悶撃】!」
右手の剣を振るうと、全身の闇が一部剣に集まる。剣を振り下ろすと、暗黒の弾がパーフェクトブレインへ飛んで行く。パーフェクトブレインは仮眠室の外、地下鉄の駅構内に叩き出された。
パーフェクトブレインはしばらく悶絶して息絶えた。青いウインドウが浮かんでるから間違いない。まだ俺の身体の闇は残ってる。
「スリップダメージ付きか。強いな」
(トドメを刺せ。HPが少ないな。【吸魂】だ。それで回復しろ)
頭の声に言われて初めて気付いた。腕時計を見るとHPゲージがわかるのだが、レッドゾーンのままだ。
「【吸魂】」
回復技があるなら御の字と、早速試す。ウインドウがバラバラに壊れ、闇の霧へ姿を変える。それが墨炎の唇へ啜られていく。
「ん……ぐっ、うぅ、んぅ?」
それを飲み込むわけだが、物凄く苦しい。痛みが無い分、鮮明に身体へ得体の知れない何かが入り込む感覚がわかる。
(苦しいか? いずれ癖になる)
「はあっ、はあっ、アイテムを取るかHPを取るか、か」
この技は得られるはずのアイテムを犠牲にHPを回復する。つまり、本来得られるアイテムがレアであればあるほど回復量も多いはずだ。アイテムをケチって雑魚ばかり喰らってたら、さっきの苦しみをたくさん味わわないと回復し切らない。
(あと、闇はなるべく使い切れ)
「ぐぅっ! 先に、……言え…」
闇の纏わり付き方がさっきよりねちっこくなる。思わず身体を抱きしめて悶える。気分が悪い。
「【苦…悶撃】ぃ!」
何とか闇を振り払う。なんか変だ。身体が暑くて堪らない。息が苦しい。その時、メールの着信があった。メニュー画面から、仲間にメールできるのだ。
「真夏からメールか。ユナを見つけたみたいだ……な」
俺は真夏からのメールを受けて、倒れてしまう。なんとか、用件は真夏が伝えたみたいだ。
事件が終わった頃に思えば、俺が何も知らずに装備した『呪われた鎧』。これがあの自殺事件とブレイドクロニクルを結ぶ、契機だったんだ。
呪われた装備
ブレイドクロニクルには呪われた装備が存在する。これを装備すると、能力的なペナルティは無いが気分を害したりする。
装備を外すのは教会で可能。気分を害する効果さえ我慢出来れば強い効果を得られ……るとは限らない。装備の強さ次第である。
基本的にはただの装備なので、いくらフルダイブゲーとはいえ某災禍の鎧みたいにはならない。