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8.鉄海老の急襲

 剣士リスト

 サイファー

 プレイヤー:西波涙

 武器:片手剣『ボーンソード』

 岡崎市内 癒野優の家


 『岡崎署の聖母』と名高い解剖医の癒野優。彼女はカウンセラーの資格も持ち、犯罪被害者や遺族のケアも同時に行う。また、気立てがよく愚痴も聞いてくれる癒野は同僚はもとより上司や部下は『聖母』と呼ぶ。

 これは聖母というよりスナックのママさんじゃないか?

 とにかく、それ以上に家出少女を引き取って一緒に住んだりといった活動もしているからこその称号だろう。

 俺と妹の真夏と後輩の理架は学校帰りに癒野の家を訪れた。さすがは解剖医、ちょっと高級な駅前のマンションに住んでいる。

 「そういえば理架と真夏は癒野の家始めてだよな」

 「そうですね。ちょっと緊張します」

 《今回は商談などではありません。最低限のマナーに気を配れば大丈夫です》

 俺以外は癒野宅への上陸が始めてだ。反応の違いに人格の差が現れるな。ここまで落ち着いた小学生はなかなかいない。理架の反応が正常だ。

 「たのもー!」

 「挨拶間違えてます」

 今日、ここに来たのには意味がある。現在癒野が引き取っている家出少女に用があるのだ。

 「はーい」

 扉を開けて出て来たのは西波涙。そう、先週の体験入学で自殺を図った奴だ。俺と同い年の西波は高校受験に失敗し、それで自殺しようとしたのだ。

 「今は癒野さんいませんけど」

 「それを承知で来た」

 癒野から西波に会ってくれと言われたから今日来たのだ。今、彼女は両親とも離れて暮らし、学校も行ってない。落ち着くまではしばらく癒野の家で暮らすらしい。

 「お邪魔します」

 《お邪魔します》

 真夏は元の育ちがいいのが見て取れる様に、ホワイトボードに挨拶を書いていた。真夏は俺とも姉ちゃんとも血の繋がりは無い。表五家の凍空財閥を潰した時、身寄りが無いから引き取ったのだ。

 「どうぞ。上がって」

 部屋に入るとさすがに癒野の部屋だけあって綺麗だ。掃除が行き届いている。本人曰く、『普段からチマチマ掃除していれば大掃除の必要は無い』のだとか。

 《これ、お土産です》

 「あ、ありがとう」

 真夏はスッとお土産の入った紙袋を西波に渡す。中身は何だったかな? 忘れた。お土産を持ってくのも育ちの良さを感じさせるな。

 「何読んでたの?」

 「いつもの癖で勉強。でも、あまり進まなくて」

 西波は本を読んでいた。同じ高校1年生である俺も見たことないような難しい数学の参考書だ。比較的数学が得意な俺でも難しいと感じるレベルで、よく見たら『数学2』とか書いてあるから2年生の内容じゃないか。理架が食いつくのも納得だ。

 「もう1年生の教科書終わったのか」

 「今頃、学校じゃこれも終わってる。私だけ置いていかれてるはずなのに、焦る気持ちにならない」

 「いやそれで焦ったらナンセンスだな!」

 他の学校を知ったことで、西波は自分の学校の進行スピードが異常であることに気付いたのか。普通に生きていく限り、それでいい。

 「ねぇ、コサインとかやった? あれ楽しいよね!」

 「へ? 楽しい」

 遂に理架が我慢出来なくなったか。数学及び勉強全般を語れる可能性がある同年代なんてレアモノ、こいつが逃がすかよ。勉強が趣味だなんて、PTAが聞いたら泣き叫んで狂喜乱舞する様な、稀有な人材だからな。むしろPTAの頭から出て来たんじゃないかってくらいだ。

 「私はあまり楽しいとは思ってないな……。周りを蹴落とすのに必死だった」

 「え? そうなの?」

 結局、勉強を『やらされていた』か『好きでしていたか』なのだ。西波は親からやらされていただろうし、理架は父親の総一郎が『勉強より健康が大事』って人だったからな。総一郎氏にとって、理架は亡き妻との間に生まれた唯一の子供だ。多少出来が悪くても生きてることの方が大事だったんだ。

 で、早速用件を伝える。勉強談議なんか聞いたら眠くなる。俺が数学得意なのは、ゲームでのダメージ計算とかに使うからだ。暗算で4桁までは軽い。

 「今日来たのは他でも無い。君にブレイドクロニクルをしてもらうためだ」

 「へ?」

 癒野からの依頼は『西波にブレイドクロニクルをさせること』と『その様子を生中継で動画サイトに上げること』。何のつもりかわからんが癒野のことだから考えがあるに違いない。癒野の指示なら従って間違いない。

 「よし、早速初めよう。これが君のだ」

 西波に3DSとウェーブリーダーを渡して俺達もログインの準備をする。俺達は全員がプレイヤーだ。真夏はその中でも強さが別格なのだ。

 「あの、名前を入力して下さいって出ましたが?」

 「それがプレイヤーとしてゲーム中に使う名前になる。ログインしたらポータルを使って『訓練街』へ行くんだ。俺と理架のアバターはわかるよな? 墨炎、リスティ、ティアっていうアバターを見たらそれが俺達だ」

 大枠を説明して、俺達はさっさとログインした。もう超高速で集合場所に向かった。


 向かう場所はもちろん訓練街。ここは初心者用チュートリアルステージであるが、不慣れな武器の練習に訪れるプレイヤーも少なくない。石畳に石造りの建物が並ぶ、異国情緒溢れる町だ。

 「懐かしいな、ここ」

 「そうですか? 武器の強化や進化はここが便利なんでしょっちゅう来ますよ」

 俺はここの風景を懐かしく感じたが、真夏はそうでもなかったみたいだ。喋れない真夏も、ここならアバターの機能で喋ることが出来る。ドラゴンプラネットからコンバートしてきたアバターは背中までの黒髪に赤い瞳が特徴で、まるで墨炎の姉みたいだ。

 姉といったのはアバターの背丈が俺より高いため。リアルの真夏よりサイズは大きい。ドラゴンプラネット時代に愛用していた防具と武器に似たものがないため、防具は初期装備全開の白いワンピース。気に入る防具があるといいな。武器はある程度強化した片手剣。全体が赤いところからどうも火属性みたいだ。真夏がゲーム内で使用する名前はティアだ。

 俺達は訓練街にあるポータルの前で待った。初めは訓練街にしか行けないので、西波が迷うことはあるまい。ポータルの中から一人の女性アバターが現れ、俺達に話し掛ける。インフィニティ能力の『観察眼アナライズ』で確認したら、微細な仕草からどうやら西波らしいとわかった。

 西波のアバターはまだ初期装備なせいで特徴が薄い。革で出来た軽い鎧を着た新米兵士の様な服装であり、短い髪の色は濃紺か。武器は骨の片手剣。革の盾も持っている。焦げ茶色の長髪は比較的地味だ。

 「あ、もしかして直江さんですか?」

 「そうだよ」

 俺と理架のアバターは以前の対戦から変わってないので、すぐに気付いてくれた。

 「よっ、と」

 「何ですこれ?」

 俺が放った奇妙な生き物に西波が戸惑う。確かに奇妙だろう。羽の生えたビデオカメラだなんて。

 「生中継用のカメラだ。この訓練はニコニコ動画の生放送にて配信されている」

 「なるほど……」

 西波はよくわかっていないみたいだ。若いにも関わらず著名な動画サイトのニコニコ動画すら知らないだなんて、どんな生き方をしてきたのか。

 「ここはどこです?」

 「その説明は私が。ここは訓練街。新米プレイヤーが初めに訪れる場所です」

 説明は真夏がした。訓練街には初心者がゲームに慣れる為の訓練がたくさん用意されている。

 「まずは剣に慣れましょう。こっちです」

 真夏が案内したのはたくさんの丸太が植えられた場所。ここは剣を当てる訓練をする場所だ。初めから動く的は厳しかろう。

 「まずは見本。剣を丸太に振り下ろす」

 真夏が丸太に剣を振り始めた。的確だ。西波も挑戦するが、やはり始めてでは動かない的に当てるのも一苦労だ。

 水平斬りは当たるけど、なかなか縦斬りが当たらないみたいだ。丸太は縦に植えられていて、当然縦の面積が少ないからな

 「別に縦斬りしなくても、当たればダメージになる。当てることが最優先だ」

 このゲームでは攻撃する方向で威力が上がるわけではない。当てればダメージになるから当てることを第一に考えるのがベストだ。

 「じゃあ次は動く的だな」

 俺達は次の訓練に向かう。訓練街には闘技場があり、そこなら敵と戦える。

 「まずはスタンダードコース、やってみよう!」

 俺が昨日、梅面名誉教授と戦ったコロシアムみたいな場所が闘技場だ。闘技場には5匹ほどの敵モンスターが放たれていた。こいつらは標準的な雑魚敵『ラージラット』だ。言ってしまえば、立ち上がると人間サイズにもなるでかいネズミだ。

 「なんですかこれ?」

 「見ての通り、雑魚だ。切ってみたまえ」

 西波は戸惑いながらネズミに攻撃を加える。数発斬るとラージラットは倒れ、死体の上に青白いウインドウが現れる。

 「それに触れるとアイテム入手だ」

 「ラージの皮が貰えました」

 西波はラージの皮を手に入れた。ラージラットからは『ラージの皮』、『ラージの牙』が手に入る。初心者のうちはお世話になる素材だ。

 その後、西波は苦戦しつつラージラットを5匹倒した。とりあえず基本は完璧だ。

 「報酬でこんなの貰いました」

 「なら進化出来るな」

 西波は訓練クリアの報酬として『鉄鉱石』を貰っていた。これで西波の持つ剣『ボーンソード』が進化して『ボーンソード改』にできる。早速、鍛冶屋に持っていこう。

 訓練街には一通りの施設が揃っていた。鍛冶屋で武器や防具の生産や強化が可能なのだ。

 「まずは強化からだな。ラットの素材を使うんだ」

 「はい」

 ラージラットの素材は優秀な強化素材とは言い難いが、強化素材にこだわるのはまだいいだろう。これにこだわり始めるとレア度の高い素材を集めるために廃人になってしまう。いい強化素材は経験値が少なく補正値が多いもの、そしてそれはすべからくレアだ。故にいい強化素材だけでレベル上限に辿り着くには必然的にレア度の高い素材が大量に必要だ。

 西波は鍛冶屋の前に浮かぶウインドウで、理架に習いながら素材を選ぶ。鍛冶屋のカウンターに置いた剣にウインドウが吸い込まれ、強化完了。武器のステータスを確認した西波は驚いた。

 「もうレベル上限なんですか?」

 「ボーンソードの上限はレベル5だからね。私の槍は35だけど」

 西波の剣はラットから手に入れた素材と報酬で入手したラット素材でレベル上限になった。ラット素材は、皮は『正確さ+1』、牙は『攻撃力+1』と初心者に最適な補正が入る。初心者向けという意味ではいい素材だ。

 「次は進化だな」

 「やってみます」

 お次は進化か。先程と同じ要領で西波はウインドウを操作し、進化を選択。ボーンソードをボーンソード改にするのだ。

 「お願いします」

 鍛冶屋に武器と素材を手渡し、進化の過程を見守る。素材と武器が光となって一つになり、それを鍛冶屋がハンマーで叩く。ボーンソードは進化してボーンソード改になる。両刃に削り出された片方が鉄製の刃になり、柄に革の滑り止めが付いた。

 「凄い!」

 西波はその武器を手に取り、初心者らしく素直に喜んだ。自分専用の武器を作るのもこのゲームの魅力だ。

 『緊急警報発令! 訓練街にモンスターが侵入、直ちに迎撃せよ! これは訓練ではない、繰り返す、これは訓練ではない!』

 「なんだと?」

 「何ですか、これ?」

 突然けたたましいサイレンが鳴り響く。何故こんなタイミングでイベントが発生する。

 「たまに訓練街はモンスターに襲われるの。ポータルで専用フィールドにワープすれば戦えるよ」

 「サラっと恐ろしいことを言うな」

 初心者にとって安全地帯が襲撃されるのは恐怖でしかないだろう。今もドカンとはバコンとか町が壊れる音が響いている。

 「なんか自信が湧きた! みんなが嫌がる勉強をあれだけ出来た私が、みんなが好きでやってるゲームで不可能など!」

 「ま、待て! 考え無しに突っ込むと死ぬぞ!」

 西波はいきなりハッスルしてポータルへ走り出した。ゲームはトライ&エラーが基本だからそれで間違いは無い。そう、間違いは無いんだよ。

 「待って、少なくともアイテムは準備して下さい」

 「あ、そうだよね」

 真夏にアイテムのことを言及されて西波は立ち止まる。店で真夏と同じアイテムを見繕い、西波の準備は完了した。武器が同じだからか、彼女は真夏を手本にしてるな。


 西波と俺達はポータルで防衛用フィールドに飛んだ。人っ子一人いない町に、より激しい破壊音が響いた。店が並ぶ通りを抜けると、壁に囲まれた広場に着く。そこで暴れていたのはデカイ伊勢海老だ。

 巨大な鋏を持ち、鉄の仮面に一本の伸びた角。イセイエビだ。鉄の様な灰色の甲殻で覆われたその海老が町を襲っていた。そいつは鋏を地面に突き立て、まるでロッククライミングでもするかのような形でこちらへ突進して来た。サイズからも、1両程度だが地下鉄がこちらに迫っているのと同じ迫力だ。

 「逃げろ!」

 イセイエビの突進を回避。すると、エビは角が壁に刺さって抜けなくなる。これはチャンス。

 「これを!」

 真夏が鋏に張り付け始めたのは粘土の様な塊。真夏はイセイエビが出現していることを見越し、プラスチック爆弾を用意していたのだ。プラスチック爆弾は何かに張り付けて信菅を刺してスイッチオンすると一定時間後に爆発する。そして、炎属性攻撃や爆風で誘爆する。

 信菅も値段が高いものなら任意のタイミングで起爆できるものがあるが、真夏は必要最低限のアイテムしか買わないから持ってないだろう。ドケチなのではなく、必要なアイテムだけ的確に持っていく。そうすれば持ち歩けるアイテムに限界があるこのゲームで、多くの素材を入手できる。アイテムを使い切れば、それだけスペースも空く。

 俺達は全員で爆弾を右の鋏に張り付けて逃走。真夏が信菅をセットした。イセイエビは壁から脱出したが、すぐに鋏が爆発して倒れる。

 「かかれー!」

 全員でひたすら倒れたイセイエビに殴り掛かる。イセイエビは鉄が主食なので、町に至るレールを追っていたら侵入してしまったのだろう。鉄が主食ということもあり、非常に固い。甲殻は鉄そのものだ。

 「【インパクト】!」

 だが、弱点を突いて殴ればさほどでもない。理架は無属性の武器を持つが、槍の秘伝書技で頭に打撃を加える。イセイエビは刀剣による斬撃には強いが、ハンマーなどの打撃に弱い。必殺技には、理架の槍みたいな斬撃武器でも打撃攻撃ができる技がある。

 「せい!」

 そして、イセイエビは炎属性が弱点。真夏はイセイエビの襲撃を見越して炎属性の剣を持ち込んだのか。真夏はかつて、ドラゴンプラネットにおいて最強クラスの剣士だった。銃がある世界での話だぞ。それは彼女の技量オンリーによるもので敵モンスター、ドラゴンプラネットではエネミーって呼んでた、そいつらの弱点属性とかは突いてなかった。

 そこに技量不足をゲームセンスで補う俺と出会った。弱点を付いたりアイテムを有効活用する戦法を真夏は取り入れた。東京オリンピックの頃活躍したバレー女子日本代表、通称『東洋の魔女』は海外勢との身長差を埋める為に起き上がりレシーブなどを開発したが、それが元々高身長の海外勢に真似されて結果的に奴らのレベルアップを招いた。そんな、いつの日か体育教師がしていた話を思い出す。

 元々強い奴が、弱い奴が差を埋める為に開発した技量を手にすると化け物になる。バレーの様にその技量が自分達を脅かさない限り注目しないだろうが、上手い奴ばかり見るより効果的なレベルアップに繋がると俺は真夏を見て思う。

 「固い!」

 「尻尾だ、尻尾を狙え!」

 そして悲しいかな。打撃攻撃も弱点属性も持ち合わせない俺と西波は何とか攻撃の通る尻尾を必死に斬るしかない。切れ味がある程度あれば切れるのだがね。本日の武器、ボーンスプラッシュは名前を見てご存知の通り、バリバリの初期装備。呪われた鎧を手にする前に着ていた防具に金と素材は費やした。

 「爪破壊!」

 倒れていたイセイエビが立ち上がったところを、猛攻してからしばらく待機していた真夏が右鋏を破壊して再び倒す。どの程度攻撃すれば怯むか、部位破壊するかを計算に入れて攻撃しているのだ。大きなモンスターは部位ごとに怯ませるに必要なダメージなどが設定されている。

 「なんか来た!」

 「でけえウサギだ!」

 西波が広場に姿を現した何かを見つける。このイセイエビより一回り小さいだけの巨大な白ウサギはラグーラパン。それぞれ、ラグーがウサギの肉、ラパンがウサギの毛皮を示す言葉だ。首元の黒いファーが特徴でもあり、爪も鋭い。

 「ラグーラパンか!」

 「そんな……生きてる間から肉と毛皮だなんてご無体な!」

 西波らしい台詞だな。知識はあるけど普通の女の子って感じが特に。こう言っちゃなんだが、子供を受験戦争に駆り出す親はかなりの確率で新自由主義的な西洋かぶれっぽいとこあるからウサギの肉だの毛皮だの、そうした知識は与えられたんだな。絵本のピーターラビットなんかだと、西洋の農家とウサギの関係がよく描かれている。ピーターラビットの母親が放った『あなたのお父さんはパイにされて食べられたのよ』って台詞とか。

 「なあ西波。最近ニュース番組かなんかでタイツ穿いたウサギが『僕たちラパンラパン』って歌ってるコーナーあるんだが、あれって『僕たちは毛皮』ですって……」

 「もうやめて!」

 ふと思ったことを口にしたら怒られた。あれは『ゆるキャラ作って、ニュース番組だけど』って言われた美術さん辺りが『ニュース番組にゆるキャラだとぉっ?』とかキレてわざとやったに違いない。じゃなきゃ鶏のキャラに『チキン』を通り越してそのままな『鶏肉』って名前を付けてるのと同じ様な真似しねえ。

 「あいつらが狩りでここに追い詰めたのか」

 ラグーラパンと共に現れたのは白い犬の顔を持つ、防寒具を着込んだ奴ら。これがブレイドクロニクルで対プレイヤー戦の練習相手になってくれる敵、『亜人』だ。我々人類とはどうしても相容れず、対立してるって設定。モンスターと亜人を合わせてプレイヤーに敵対する存在を総じてエネミーと呼ぶ。

 殆どラグーラパンにダメージを与えられてないみたいだし、どんだけ下手くそな狩りなんだ。

 「よし、乱入したならあいつを倒す必要があるな」

 「モンスターなら仕方ない!」

 俺達はウサギと犬人間を狩りに出た。そこまで切れ味が無くても、こいつらなら倒せる。

 「愚かな人間め! 我々の狩りを邪魔した報いばああ!」

 「【ライジングスラッシュ】!」

 対人戦の練習用に作られたこいつら『山犬族』は慢心していて隙が多い。初心者でもこいつら数十人に囲まれたとしても捌ける。

 「てい!」

 西波も山犬族を倒してみせた。まず対人戦の基礎『モンスターより小さい的に当てる』を学ぶ相手だから、言ってみれば小さい的でしかない。

 「あとは、ウサたんだな」

 暴れ回るラグーラパンを俺達は倒しに行く。これが真夏達の視界外から突進したりしたら、避けることは出来ないだろう。ここは俺達が止める。

 「【宵闇装束】! 【奈落斬】!」

 まずはその隙だらけの頭を斬りにいく。こいつも炎属性が弱点だが、残念ながら今は炎武器の持ち合わせが無い。ひたすらラッシュだ。

 「うへぇ」

 攻撃を欲張り過ぎて張り倒されてしまった。西波は背後から攻撃してるな。それならまず安全だ。

 (この気配……)

 「お、久しぶり」

 久々に鎧の意識が話掛けてきた。非常にムラがあるみたいだな、この意識は。梅面の奴と戦ってる時は出てこなかったのに。

 (サキュバスの時と同じだ。気をつけろ)

 「つまりエネミーが拾ってしまったのか、また」

 鎧の一部をエネミーが拾ったらしいな。つまり回収しなければならない。それを持っていたのは、遅れてやって来た山犬族の奴だ。

 山犬族の奴は槍を手にしている。様々な武器を手にする山犬族が槍を持つのは珍しいことではない。しかしその槍がやたら強そうなのはどうしたことか。

 山犬族の槍は骨の刃を木の棒に付けた貧弱なもののはずだ。それが黒くてディテールの凝ったものを持ってるとは。

 「フハハハハ! ワガヤマイヌゾクノオソロシサヲミルガイイ!」

 完全に闇に支配されていた。サキュバスだって制御できたもんをまさか制御不能だなんて。

 しかし槍は厄介だ。槍装備の山犬族が、その棒立ち隙だらけから初心者の壁と呼ばれることはないが、対戦の世界では槍が強い傾向にある。それは槍が長いからだ。オマケに剣より扱い易いときたもんだ。話によると、槍に勝つには相手の3倍強くないとダメなんだとか。

 「【スワローテイル】」

 「ギニャアアアアアッ!」

 だがこいつは槍の範囲外からスワローテイルで終了。必殺技とはいえ、スワローテイルは範囲的な意味で必殺なのであり、攻撃力そのものは通常攻撃を下回る。苦悶撃などの遠距離技は基本的に通常攻撃より弱いのだ。だが山犬族は弱いので問題無し。

 「これか」

 俺は山犬族が残した槍を拾い上げる。漆黒の槍だが、何と無く物足りない感じがする。名前は『ネクロフィアサイス』か。って、名前が槍じゃねーじゃん。

 (これは元々大鎌だった。足りないのは刃だな)

 「なるほどね」

 鎧の意識によると、こいつは鎌だったらしい。死神が持つ様な巨大な鎌だっただろう。『サイス』という分類の武器はこのゲームにある。ただ、槍みたいなポールウエポンだけど使いにくいのが難点とされていた。刺すのも斬るのも難しいからな。

 「きゃあああっ!」

 しばらく槍を見ていたら西波の悲鳴が聞こえた。やられたのか? 俺が西波とラグーラパンの方を見ると、彼女は無事だった。しかし、ラグーラパンの右耳がスッパリ切り落とされていた。

 「なんだよ、部位破壊じゃないか」

 「み、耳が! ウサギさんの耳が!」

 地面に落ちた耳の上には青白く光るウインドウが浮かぶ。ラグーラパンの耳はグレンシシの尻尾みたいに切り落として素材を回収できる。

 『ラパンの耳を手に入れました』

 「ほら、回収しとけ」

 せっかく切り落としたのだから、素材を手に入れよう。ラグーラパンの装備を作るなら必要なものだ。西波は上手く立ち回ったみたいで、両手の爪も破壊されていた。

 「なんか凄まじい罪悪感……」

 「危ない! 【スワローテイル】!」

 「いやあああっ!」

 しょんぼりと耳を回収する西波をラグーラパンが狙う。スワローテイルで顔面をボコったらもう片方の耳が切り飛ばされた。

 「耳を切るとウォークライみたいな音を出す技が効き難くなるから気をつけろよ」

 「……はい」

 ラグーラパンの耳破壊は始めて見ると衝撃的だろうな。だって英会話教室のキャラクターのNOVAウサギみたいに耳が取れるんだぜ? 耳が破壊されるモンスターの先輩である『モンスターハンター』のイャンクックやウルクススだってもうちょっとマシなもんさ。こいつらの場合、無惨にも切れた耳が地面に落ちるなんてことは無い。

 「と、トドメはせめて私が!」

 西波は必死にラグーラパンを攻撃する。遂にラパンは事切れ、地面に倒れた。これが西波の初陣になる。初陣が勝利でよかったな。

 「素材は?」

 『ラパンの毛皮×2、ラパンの牙×2を手に入れました。部位破壊報酬! ラパンの爪×3、ラパンの牙×1を手に入れました』

 「討伐報告を忘れるなよ。クエストを受注するカウンターで、クエスト外で討伐したボスエネミーを報告すると素材が貰える」

 ラグーラパンの素材から作れる防具なら、あと1回狩れば一式作れるな。耳の破壊は、『ラパンダッフル』に2本使うだけだからもう不要だ。両耳飛ばしたからな。

 『撃退しました。部位破壊報酬! 鉄海老の爪×2、鉄海老の角を手に入れました』

 「あっちは撃退か」

 イセイエビは理架と真夏にボコボコに負けて逃げ出す。両方の爪が傷付き、角は根本から折れていた。時間以内に倒さないと逃げ出すんだよな。ただ、追撃クエストを受けると破壊した部位や与えたダメージを引き継いで戦える。

 「どうでした? ブレイドクロニクル」

 「なんか身体動かせて楽しい! これなら私も出来そう!」

 真夏に感想を聞かれ、西波は笑顔を見せる。何気に、こいつの笑顔を見たのは始めてだな。癒野の目的がだいたいわかってきた。両親との和解も済ませて無いし、あんたは全部一気に解決するつもりなんだろ?


   @


 俺達は現実世界に戻ってきた。あれだけの激闘を繰り広げたのに、10分しか立っていない。ブレイドクロニクルではドラゴンプラネット同様に時間倍加システムを採用している。倍加の倍率も同じ5倍だから俺達がゲーム内で過ごしたのは50分ということになるな。

 このシステムは意識を引き延ばして体感時間を長くするもので、詳しい仕組みなど知らん。とにもかくにも、現実の5倍速でゲーム内の時間が流れてるというわけだ。ゲームで5時間過ごしても現実では1時間しか経っていないって感じだ。

 つまりゲーム内で待ち合わせするとなると、相手を現実時間に換算して5分待たせたら、相手はゲーム内で25分待っていたことになる。ただその分、ゲーム内で出版された雑誌とか暇潰しアイテムは死ぬほどあるがな。

 家のチャイムが鳴る。フルダイブ中は全員が無防備なので鍵をかけたのだ。リビングにモニターがあるので確認すると、見知らぬおじさんおばさんだ。誰かに似てると思ったからインフィニティ能力の『観察眼アナライズ』で確認すると、顔立ちが西波に似ていた。彼女の両親か。

 俺が率先して扉を開ける。スーツを着た梅面ほどじゃないが濃い化粧のおばさんだ。

 「お母さん?」

 いきなり現れた両親に西波は戸惑いながら玄関まで歩いてくる。癒野は警察署かどこかで、俺が生中継したゲーム画面を母親に見せていたのだろう。そして、ここを教えた。

 西波とおばさんが対峙した。辺りに気まずい空気が流れる。苦手なんだよこういう空気。もう夏休み以前の事件でお腹いっぱい味わいました。

 「お母さん、私……」

 「わかっています。あなたの好きになさい。私達は帰りますよ」

 おばさんはそれだけ行って、そそくさと立ち去った。『観察眼』を発動しっぱなしだったから俺は全てを悟った。その上で俺は帰ったおばさんを追い掛けた。

 「待てよ!」

 「何か用ですか?」

 「もうちょっと言いたいことがあるんじゃないのか?」

 追い付いたのはエレベーター前。おばさんが特に語らなかった理由はわかっている。

 「私にその資格はありませんよ。見てわかったでしょうが、私は夫と離婚しています。片親だけれど、しっかり涙を育てなければならなかった。それがあの子を苦しめてしまった」

 「『しっかり』って、なによ。俺は親ですらない、姉に育てられたて、どうしようもないゲーマーになったけど、自分ではハイセンスなまでにしっかり育ったつもりだ」

 おばさんは涙が自殺未遂したことに罪悪感を感じていたのだ。

 「元気に育って、人様に迷惑掛けずに天寿を真っ当出来ればそれが『しっかり』育つってことになるんじゃねーか?」

 「……あなたは達観し過ぎています。本当に娘と同じ高校生ですか?」

 「いろいろ見たんだよ。それが出来なかった奴をな」

 俺はおばさんのいう様に達観し過ぎかもしれない。けど、俺は人の死を見過ぎたんだ。元カノのエディは理不尽にも幼い頃から死を運命付けられていた。サイバーガールズの奴らは人間に成りたいプログラムの悲痛な叫びに倒れた。愛した者を過ち故に殺した奴もいた。

 そんな奴らに囲まれれば、大儀が無くても、ダラダラ一日を過ごすだけでも立派だと思えるさ。

 「今日を生き残るのが、人間の使命だ。十年後とか二十年後とかは、後で考える」

 「変わった人ですよ、あなたは。刹那的に見えて将来に希望も持っている。娘をよろしくお願いしますね」

 おばさんはエレベーターに乗り込んだ。呆れた様な口調だったが、中に感心も混じってるのが『観察眼』でわかった。そして、運がいいのか悪いのか、エレベーターの扉が閉まる寸前におばさんが呟いたことを、音としては聞こえなくとも唇の動きで読めてしまった。

 「出来れば婿として」

 「断る! 俺はエディを引きずって生きるんだ!」

 本人に聞こえないタイミングで俺は叫んだ。西波親子の和解は、婿以外で近い。

 モンスター図鑑

 イセイエビ

 まるで伊勢海老。しかし殻は鋼鉄で非常に強固。主食の鉄を狙って町をよく襲う。破壊可能部位は鋏、角、仮面。

 全身が錆びた個体もおり、この錆びは破壊された部位の再生を担う。

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