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5.サキュバスナイトメア

 本日のレシピ

 和風カレーライス

 材料

 基本的に普通のカレーと同じ。ただし具材は人参、こんにゃく、蓮根、鶏肉で固定。

 作り方

 カレーと同じ。途中でルーに和風出汁を溶かしためんつゆを入れること。

 これにソーセージやベーコンを乗せると黒澤カスタムになる。ナンとの相性は保障しかねるが、うどんとは合うはず。

 自宅 遊人の部屋


 昨日は長い一日だった。体験入学で発生した自殺未遂事件、そして黒澤教授の研究室訪問。そこで再び現れた前回の敵。

 どうやら平は梅面名誉教授に加担してるらしい。前回の事件で大臣職を辞めさせられた平がなぜ、同じフェミニストから『無能な味方』とされる名誉教授に協力するのか。その理由は単純だ。

 『男が持つ競争精神が戦争を産むのです!』

 相変わらずブレない奴だ。平和主義、戦争反対は結構なことだが、それを叫ぶだけじゃ何も変わらないとクインから教わらなかったのか。某ロボットアニメの議長やイオリアさんみたいに間違ったとしても何か考えて実行しなければならない。

 俺は机に開いたノートパソコンで動画サイトを見る。クインが『こいつらスゲェ』と教えてくれた平和団体の動画だ。代表らしき女性がイカを頭に乗せて何か言ってる。

 『皆がこのイカをアクセサリーにして頭に付ける。すると物凄く生臭い。こうすると生臭さに人類は戦争どころではなくなる!』

 アホみたいな提案だが、本人は大真面目だ。こんなんでもいいから戦争を止める方法を具体的に考えてほしいものだ。むしろ、戦争なんてこれくらい荒唐無稽な案でないと止まらないかもしれない。

 平の奴が帰った後、黒澤教授はこんなことを言っていた。

 『別に生物学的な性別で男女の性質が決まるわけではありませんよ。与えられた役割が性質を決めるのです。男女の役割が先進国とは真逆の部族では、男女の性質もまた真逆なのですよ』

 つまり、男が戦争を作るとした平の発想は大きな間違いということだ。女が男の役割を担ったら、女が戦争を起こすことも有り得る。ジャンヌダルクだらけ。

 「いかん、胃もたれが……」

 黒澤教授を思い出すと、昨日の胃もたれが蘇る。メニューは和風カレーライスだが、その上に黒澤教授特製、燻製のベーコンやらソーセージを乗せたため、破壊力がヤバい。脂っこいのなんの。ベースが和風カレーライスじゃなかったら即死だった。和風カレーライス黒澤カスタム、恐るべし。烏龍茶欲しい。

 黒澤教授のデスクには娘か孫らしき女の子と写ってる写真があったな。彼女は教授の食生活をどう思っているのか。いや、気掛かりなのは写真の彼女が教授のまんざらでもない表情に反比例して固い顔をしていたことだ。少なくとも女の子が黒澤教授に複雑な感情を抱いてるのは間違いない。

 黒澤教授はこんなことも言っていた。

 『これを見てごらんなさい。ゲームのフィギュアです。この女の子を見てわかる通り、戦うにはあまりに細身でしょう? 戦うにも関わらず、女の子はこうあるべきというステレオタイプがこういうデザインを生むんでしょう』

 俺は手元にあるフィギュアを確認する。ドラゴンプラネットの伝説的プレイヤー、ラディリス。オレンジの髪を靡かせ、鎧を纏い、槍を祈るように構える少女の姿がフィギュアになっている。このアバターのプレイヤーが俺の元カノだ。

 こいつの死がプレイヤーをまとめ上げ、表五家壊滅を加速させた。それを記念したフィギュアだ。ドラゴンプラネットやブレイドクロニクルの開発、運営をするインフェルノ社はプレイヤーのアバターをグッズ化することがある。俺の墨炎もフィギュア化された。ラディリスに引っ張られて有名になったし。

 このラディリスの身体を見ると、確かに鎧を着て戦うには細身だとわかる。戦うにしてはあまりに頼りない。基本的に『戦う女の子』の身体と『戦わない女の子』の身体に差異が無いと黒澤教授が言っていた。結局、戦おうが戦いまいが女の子キャラは『萌え』の対象なのだとも。

 だが、男キャラも『萌え』の対象だからおあいこね、と黒澤教授は言った。梅面とかだったら女性を性的対象として見る男を糾弾するだけ糾弾して終わるところだ。ここに黒澤教授の公平性が見て取れる。異性を性的対象として見ない生き物はいないだろう。それを勿論、人間であるならおおっぴらにしてはマズイだろうが。

 しかし、どうも男が女を性的に見ることばかりが問題視されてると、遊人おとこ墨炎おんなという2つの視点から見て俺は感じる。男が性的欲求に対して、社会的なリスクはあるけど、妊娠とか生物的なリスクが無いのが原因で躊躇無いのが原因だと個人的には思うんだが……。妊娠と出産って命懸けじゃん。

 「うん、やめた」

 俺は難しいことを考えるのを辞めた。何が悲しくて月曜の夜から、机に向かってこんなことを考えねばならんのだ。黒澤教授は『男の側からも、いろいろ考えてみて』とは言ってたが、まあ答えまで出す必要はないだろう。疑問を持つのが大事だ。

 「さて、今日もやりますか」

 俺はウェーブリーダーを装置し、ベッドに寝てログインする。意識はあっという間に、ゲーム世界で眠る墨炎の肉体に宿る。

 「またか」

 昨日、もう一度捨てたはずのパフューム・アルマデューラがまだ身体に纏わり付く。これは明日、本格的にインフェルノに苦情だな。ドラゴンプラネットでも苦情入れた気がするんだが。

 「今日は新必殺技でも作るか」

 俺は新しい必殺技を作ることにした。そのため、練習に適した広い場所に向かう。向かったのは適当な体育館。現実世界のどこがモチーフなのか、文化部の俺には馴染みがなくてわからない。

 とにかく、館内で練習することにした。せっかくだから、パフューム・アルマデューラによって追加された技を改造しよう。

 「【宵闇装束】、【滅命撃】!」

 闇を纏い、それを右手の剣に集中させて、闇で剣を伸ばした一撃。攻撃範囲は広いが、攻撃力は低い技だ。闇を剣に纏うところで闇の動きをストップ出来れば、範囲拡張に使う闇を威力拡張に使えるのではないか?

 このゲームで必殺技を覚えるのに2つの方法がある。まずは秘伝書を手に入れること。次に、練習すること。練習とは、やはり口で説明するよりして見せた方が早いか。

 「ふん!」

 宵闇装束で纏える闇は必殺技2発分。今の俺は、あと1発分は纏っていることになる。その闇に意識を集中し、右手の剣に纏わせる。必殺技を練習するというのは、ひたすら技の完成型をイメージして素振りすることだ。故に、宵闇装束の様な振りの無い技の習得は困難だ。

 「奈落斬!」

 技名があると尚良し。とりあえず奈落斬と命名した技をひたすら振る。俺オリジナル技は「〇〇斬」にしとくか。既存の技は「〇〇撃」だし。

 「ぐっ……!」

 しかし技ではないので闇は消費されない。右手の剣に収まらなくなった闇が逆流して墨炎の身体を飲み込む。

 「ん、馴れない…」

 (情けないな。私は心地好いくらいなのに)

 闇が全身を這い回る感覚はまだ馴れない。むず痒くて気持ち悪いのだ。闇は熱くなければ冷たくもない、温い。いってみれば湿度の高い空気みたいなものだ。それが明確な形をもって現れる。

 「【苦悶撃】!」

 闇は消費しておく。これも闇の塊じゃなくて斬撃を飛ばせたらいいのにな。奈落斬が完成したら練習するか。

 「こんな夜に練習なんて、感心ね」

 俺の後ろから声をかける人物がいた。ピンク色の髪を伸ばし、レザーの衣服を着ている。具体的に言うと、レザーでノースリーブのジャケットに、右側にスリットが入った同じくレザーの膝上くらいに短いスカート。ブーツを履いて、脚は黒いタイツで包んでいる。

 イメージ的にはサキュバスなんだろうが、露出が少ない。しかしボディコンシャスな衣服の数々は彼女の抜群なスタイルを浮き彫りにし、本当の色香が『むやみに露出しないこと』そして『露出の希少性』にあるのをわかっていらっしゃるようだ。唯一の肌の露出はスカートとジャケットの間の臍と腕くらいなもんだ。

 このゲームはデザイナーの好みか、あかりのアバターが着てるものといい腹を出してる服はゴツいベルトが多い。柔らかい腹とゴツいベルトの対比が大好きなのはよくわかった。俺も大好きだ。

 「ねぇ、必殺技の練習ならいい場所知ってるわよ?」

 「へ?」

 「実戦が一番でしょ? オススメのクエストがあるから、いらっしゃい」

 そのサキュバスはそんな情報を俺にもたらした。そして、メニュー画面を開くと、パーティー加入の申請をしてくる。つまり、俺をパーティーのリーダーにしようとしているのだ。

 「お前、クエスト受けてる最中なのか」

 「そうよ」

 パーティー加入時にクエストを受けてると、それがリーダーにもわかる。加入するタイミングでクエストをキャンセルするかしないかは選べるが、こいつはキャンセルしなかった。そうすると、俺にもクエスト参加権が与えられる。

 「クエストは『サキュバスの討伐』か。ボス系クエストは固定ドロップの都合上、ソロの方がいいんじゃないか」

 ボス系クエストというのは、決まった強力な敵を倒すクエスト。逆に雑魚を何体か倒せってのは掃討クエストに当たる。掃討クエストでボスが出ても、倒す必要無いんだよな。逆もまたしかりで、ボス系クエストはボスさえ倒せば雑魚はいくら討ち漏らしても構わない。

 クエスト参加権があるとどうなるか。つまり、報酬やボスの落とす素材が俺にも割り振られる。タイタンバイソンみたいに『固定ドロップ』が無いならなんてことない話だが、これがあると一気に話が変わる。

 固定ドロップというのは、ボスを倒すと必ず一個手に入るアイテムのことだ。それが素材なのか装備なのか、はたまた別の何かなのかはボス次第。ただ、強力で一人じゃ倒せん奴ほどいいもん落とすのは決まってる。

 サキュバスの固定ドロップは『夢魔の色情』という素材。サキュバス装備に必須な素材だ。

 特定の敵から出る素材で作る装備を、敵の名前から取って『〇〇装備』という。サキュバスから出る素材で作るからサキュバス装備。

 「俺も行くってことは、夢魔の色情が俺にドロップするかもしれないんだぞ?」

 固定ドロップは一人一個ではなく、一体討伐につき一個手に入る。つまり、パーティーを組んで倒すと、パーティーの誰にドロップするかわからないのだ。確実に手に入れたいならソロでの討伐が一番早い。

 「うっ……」

 サキュバスはその事実を知ると、先程までの妖艶な媚態を崩し、冷や汗を垂らす。多分、彼女はこちらが素なのだ。アバターでいる間は成り切ってるに過ぎない。

 「あなたに出たら、私の素材全部と交換して下さい!」

 男を弄ぶのが生業のはずのサキュバスが、遂に下手。しかしレア素材がいらなくて普通の素材が欲しいって奴はなかなかいないぞ。要らないからこそサキュバスの素材で武器を強化することは出来るが、サキュバスの素材は強化に使うとチャーム属性を付与してしまう。人型かつ異性にしか効果のない状態異常属性など使えない。

 武器の強化についても復習するか。武器は適当な素材で強化することが出来る。強化すると素材毎に定められた補正値と経験値が武器に入る。

 例えば、俺のボーンスプラッシュを強化するとしよう。こいつを『獣の骨』で強化する。武器には与えるダメージに関わる『攻撃力』、より硬い敵を切れる『切れ味』、弾かれにくさや地味に攻撃力を増やす『重さ』、技を放つ時のコントロールに補正が付く『正確さ』、武器の壊れ難さ刃のこぼれ難さを示す『丈夫さ』のパラメーターがある。ただ、それぞれのパラメーターは完全に独立してるわけじゃない。例えば重さを増やすと攻撃力や切れ味が増して正確さが下がるみたいな。

 獣の骨を強化に使うと『攻撃力+1』の補正と少しばかりの経験値がボーンスプラッシュに入る。こうして強化を進めると経験値が貯まって武器がレベルアップする。

 レベルアップすると武器によって微妙に異なるがパラメーターが底上げされる。そして、武器にあるレベルアップ上限まで上がり切ると強化出来なくなる。つまり、得られる経験値が少なく、補正が大きい素材が強化素材として優秀だ。経験値が100でレベルMAXになる武器があるとして、それを強化するのに経験値10、補正5を得られる素材と経験値5、補正5を得られる素材、どちらを使えばよりたくさんの補正が得られるかは明白だ。経験値5、補正10が得られる素材なら尚更。

 強化に使う素材が持つ補正値を偏らせたりすれば、攻撃力に特化した剣や切れ味が鋭い剣など、プレイヤーの好みで武器の性能が変わったりする。つまり、同じ武器でもプレイヤーの強化一つで別物になるのだ。

 属性についてだが、属性の無い武器を属性強化が可能な素材で強化すると属性が付与される。付与した属性は『無色鉱石』を使って大量の経験値と引き返えに打ち消すことが出来る。要はいらん属性など付けんなって話。既に属性が付いた武器なら心配いらんのだがな。

 「まあいいや、俺も行くよ。固定出たらやるよ」

 「え? 本当ですか?」

 かといって、素材が不要だからあの敵と戦わないなんてプレイスタイルなど俺はしない。無意味に全てを倒してこそゲームをやり込むということだ。

 「じゃ、じゃあ行きましょう」

 サキュバスもいつもの調子を取り戻した。しかし倒す相手もサキュバスでパーティーメンバーもサキュバスじゃややこしいな。メニュー画面のパーティーメンバー欄でサキュバスの名前を確認すると、『エレノア』と表示されていた。

 「どっかで見たことあるんだよなあ……」

 素のエレノアを見て、俺の『観察眼アナライズ』が反応を示す。こいつはリアルで知り合いなんじゃないか? 刑事の姉ちゃん仕込みの観察能力故にインフィニティ能力なんてもんはオマケに過ぎないが、ゲームでも使えるんだよな。


 夢魔の魔城


 「ここか」

 俺がエレノアに連れて来られたのは西洋風な城の前。今、フィールドが真夜中なせいで荒城に見えるが、窓から光が漏れていて人が住んでいることを伝えている。その漏れる光がピンクやら紫やらで退廃的な官能を呼び起こしそうなものだ。ラブホかよ。

 「ここよ」

 「これはまた……悪魔城みたいだな」

 俺は昔から大ファンの『悪魔城ドラキュラ』シリーズというゲームに出てくる悪魔城を思い出した。動画サイトではタイムアタックで変態一族ベルモンドによって数分のうちに破壊されるのが通例となっている。シリーズ通して主人公を勤めるベルモンド一族が変態になるかならないかはプレイヤー次第。

 「うわああ!」

 「どうなってるんだ!」

 城の中から他のプレイヤー達が慌てて飛び出して来た。何やら混乱しているらしい。

 「何があった?」

 「サキュバスが強化されてんだ! 衣装も変わった!」

 プレイヤー曰く、サキュバスが強くなったとか。衣装も変更されたんだとさ。強化版の敵が新たに実装されることはよくあることなのだが、通常版の敵が出る場所にいきなり現れたりはしないはずだ。予告アナウンスがあり、その上で強化版用クエストが出現する。

 「面白そうだな。行くぞ」

 俺はエレノアと共に城へ突入した。城の中は明るく、ピンクや紫の照明で甘美に照らされる。城には雑魚敵と見られる甲冑がたくさん歩いていた。

 「せいっ!」

 それを切り倒して前に進む。あんまり甲冑を切ると武器の切れ味を消耗する。切れ味は砥石で回復可能だけど、時間がかかる。エレノアも片手剣で甲冑を倒していく。甲冑は空の鎧に亡霊が乗り移ったものである。

 「次だ次!」

 雑魚敵バージョンのサキュバスが湧いてくる。とにかく倒して先に進もう。このゲームは人型の敵が多い傾向にある。なにせ対戦を全面に押し出したゲームだ、その練習台に違いない。

 階段を上り、とにかく城の上部へ向かう。そして、ボスが待つ部屋の前に来た。キッチリとボス部屋が存在するのは珍しい。だいたい、雑魚の中にボスが混じってたりするもんだがな。

 「行くぜい!」

 扉を蹴り開けて突入。その部屋はこれまた淫靡なものだったという。広いものの薄暗い寝室で、真ん中には天蓋付きのベッドがある。俺達が入ると部屋が明るくなり、カーテンにシルエットが映ってベッドの中にサキュバスがいるとわかる。彼女は服を着込み、ベッドのカーテンを開く。

 「来た……な?」

 「あれ?」

 俺とエレノアはサキュバスの姿を見て首を傾げる。いつもならサキュバスはレザー製の衣服を纏っているのだが、今日は漆黒のドレスだ。ロングスカートの左側にスリットが入っていたり、ナイトドレスに近いデザインの都合上、肩や鎖骨のラインから腕を大胆に露出してるなど、肌見せが多いのはいつも通り。背中も開いて、蝙蝠の様な翼が生えている。

 「【宵闇装束】」

 「なんだと?」

 なんと、サキュバスが俺と同じ技を使ってきた。あのドレスが何か関係あるのか? パフューム・アルマデューラと同系の呪われた装備を敵が?

 「【チャーム・アップ】!」

 「避けろ!」

 俺はエレノアに指示して、サキュバスが身体から出すピンクの霧を避けさせる。あれを吸い込むと発情チャーム状態にされてしまう。この状態になると体温が上がり、集中力も途切れて人によっては肌の感覚が過敏になるとか。

 このゲームはデータ的なマイナスだけではなく、プレイヤーの精神を乱す状態異常が多い。例えば俺が使う宵闇装束派生技のスリップダメージは不快感を相手に与える。しかし、これら状態異常は俺達プレイヤーが敵に使うとしても大した効果が期待できない。

 なぜなら相手は感情を持たないデータだ。不快感や性的興奮を与えてもデータに入力された通りの反応しか返さない。つまり、使うだけ期待出来ないってわけだ。

 「【ラストソーン】!」

 「しまった!」

 考え事をしていたから、サキュバスが見知らぬ技を使ってきておもいっきし喰らってしまった。墨炎の手首と足首に茨が絡まり、空中に張り付けにされた。

 「はあっ、はあっ、マズイ……チャームか」

 この茨の刺が肌に食い込み、チャーム状態に。身体が熱くなり、呼吸が乱れる。チャーム状態の影響は人それぞれだが、俺はどうやらこうした状態異常の影響を受け易いらしい。こういうのはアバターとプレイヤーのシンクロ率で決まるとか。

 アバターとプレイヤーのシンクロ率。それはいかにアバターが現実の身体に近いかで決まると一般的に言われている。身長、体格、外見などが現実と乖離しているとシンクロ率が落ち、アバターが発揮する身体能力や五感の鋭さに影響する。夏恋が現実に近い外見のアバターを使うのはこのためだ。

 性別まで真逆で高いシンクロ率を発揮するのは稀有な例なのだとか。しかしシンクロ率が高いとこういう精神攻撃の影響を受けやすくなる。一長一短だな。

 「墨炎!」

 「奴を攻撃すれば解除される! いけ!」

 俺はエレノアを先に行かせた。チャーム状態だと神経が過敏になり、少し触れられるだけでもかなりくすぐったい。それされるのが嫌だから行かせたのだ。そう、神経過敏(意味深)の状態で触られたら俺とてどうなるかわからん。正気を保てんかもしれない。

 「えい!」

 「よし!」

 エレノアがサキュバスを攻撃して茨を解除。俺は自由になる。必殺技はまだ使わないか。

 「仕返しだ! 【宵闇装束】!」

 (待て、やめろ!)

 仕返しとばかりに俺が宵闇装束を発動すると、頭で慌てた声が響く。しかしもう技名叫んじゃった。そして、神経過敏(意味深)の身体にいつも通りのネットリした湿度みたいな闇が纏わり付く。

 「ぐっ、ひぃああっ!」

 「墨炎?」

 「あ、ああっ……気にするな、早くやれ!」

 思わず変な声が出てしまった。実は宵闇装束の闇って衣服貫通して素肌に纏わり付いてるんだよね。まあつまり俺が今どんな状態かはお察しってことで。墨炎がシンクロ率故にものすごく敏感なのは今に始まったことじゃないし、おかげで視力や聴力も高いからいいんだが……。

 足が震え、立つことが出来ない。そのまま床に倒れ込んでしまう。

 (早く技を!)

 「ダメ…呂律まわんにゃい……」

 (いいから!)

 「く、【苦も、ひぅ……!」

 苦悶撃一つ言えず。チャームには必殺技の発生を狂わせる効果も期待できるとかなんとか。おもっくそスタッフの思う壷な俺。闇が肌を撫でる感覚は、くすぐったい以外形容出来ない気もするがそうではない気も。リアルの身体が男だからその辺よくわからん。

 (だから言ったのに!)

 「はやくいえ……」

 まだ神経過敏が残りながらも虚脱状態に。頭の中が掻き乱されて、何も考えられない。涎が口から零れたけど、拭く余裕さえない。そういえば宵闇装束ってほかっとくと闇の纏わり付きが酷く……。

 「は、早く技を!」

 (手遅れだ)

 「んああっ……!」

 手遅れでした。闇の纏わり付きがより粘着質になり、先程より余裕のない状態になる。エレノアはサキュバスと戦闘中だろうか。

 「【ギルティナイトメア】!」

 「ぎゃああっ!」

 そうこうしてる間にサキュバスをエレノアが倒した。俺がしたのは道中の敵を倒すことだけ。チャーム状態は引き起こした奴がいなくなると自然に解除されるんだよな。

 「し、死ぬかと……」

 「倒したわ」

 「お、おう」

 もうこいつ1人でいいんじゃないかな? 俺を誘った意味は?

 「いつもは雑魚で消耗しちゃって、今回は助かった」

 「なるほどね」

 雑魚狩りで消耗しないだけ有利に戦えたのか。このゲームは雑魚戦でもかなり集中力使うからね。

 「で、素材は?」

 「出たわ」

 どうやら肝心な素材はエレノアに出た模様。彼女が手にするピンクの宝石がそれ『夢魔の色情』だ。

 「しかしなんでサキュバスがいきなり……」

 「わからないね。バグかな?」

 「いや、バグだとしても衣装変えしたサキュバスのグラフィックはどうなる?」

 ただ、サキュバスが強化された理由がわからん。バグならここまでしっかりしたグラフィックが使えるか? もっとテクスチャが崩れてないか? ほら、『ぼくのなつやすみ』ってゲームでよく噂される『8月32日』のバグみたいにさ。知らない人は、ネットじゃ有名な話だから探せばいいよ。

 「あ、消えた」

 「なんだと?」

 その時、倒れたままだったサキュバスの死体が消えた。しかしドレスだけが放置されている。そのドレスが黒い霧になって俺に近づく。

 「なんだ?」

 その霧が着てる鎧に張り付くと、鎧の布地に金糸の飾りが浮かび上がる。メニュー画面で鎧のステータスを確認すると、いろいろ変わっていた。まず名前が『パフューム・アルマデューラ』から『深淵パフューム・アルマデューラ』に変更されてステータスが上がっている。

 さらに、俺の必殺技リストに【虜の茨(ラストソーン)】が追加されていた。サキュバスから必殺技が引き継がれたらしい。

 「さあ、帰りましょう。まだ夜は長いわ」

 「第二回戦ですねわかります」

 俺はエレノアと城を出る。そこからひたすらサキュバスを倒し続けたが、2回目以降のサキュバスは普通の奴だった。不満を抱えたまま、俺は明日インフェルノに苦情を入れると決めた。

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