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◆NEVER SAY NEVER AGAIN

ふぐ料理屋に入った私達。

入店語、場違いな場所であることに気がついた。


若干、法律用語が用いられています。

 エレベータに乗った。そして、2階で降りようとすると、先ほどまで鍋を食べていたのであろう客が乗り込んできた。どうも、我々はただ、ただこの店を通過するだけの者だと思われたらしい。我々が降りる前に、乗り込もうとしているが、違う、我々は客だ。ふぐ鍋を食べる客だ。「降ります」と声をかけてエレベータから降りた。


 エレベータから降りると、すぐそこにレジがあり、通路の端には、和服を着た女性が並んでいた。


 「おこしやす」

 と京都弁で言われた。


 入口の左側を、ふと見ると、竹などで作られたオブジェと、椅子が並んでいた。我々は席に案内された。席は全て個室になっていて、さらに個室には名が与えられていた。我々は靴を脱いで個室に上がった。そして、座った。


 ここまで、誰一人として、一言も、発することができなかった。


 個室で、メニューを渡された。パラパラとメニューを確認し、少し悩んだ振りをして、予め決めておいた、ふぐ鍋を注文した。


 「こちら、単品になりはりますけど、よろしいですかァ*10」

と京都弁で言われた。


 みんなの気持ちは一つになれた。以心伝心とはこのことだった。誰もが驚愕し、混乱した。


 このときの我々の精神状態を、擬態語で表すとすれば、「ざわ……ざわざわ……ざわざわざわ……*11」が、限りなく適切な表現である。


 誰もが、既に確信していたことを、ICUHIは、念のため、確認した。乾いた声で、確認した。

「これ……、雑炊は……、つきますか……」


 女中は言った。

 「はい、追加で注文してくれはれば、おつけできますゥ」


 メニューを確認した。単品は確かに2480円であり、しゃぶしゃぶと同様の値段である。しかし、セットの「招ふくコース」は、3500円、「福ふくコース」は、4300円、「満ふぐコース」は、5300円である。


 2800円は予算オーバーであり、高すぎると抵抗した者達の心には、絶望しかなかった。


 しばらく、無慈悲な無言が続いた。


 その沈黙を破り、KICHOMは尋ねた。

 「お勧めってどれですか」


 (愚かもの!愚かものぉ!なんてことを尋ねたのだっ!)

 私は心の中でつぶやいた。


 「お値段も1000円しか変わりませんし、福ふくコースなんかが、いいと思いますゥ」

 と京都弁で言われた。福ふくコースは、4300円のコースである。


 私は、「福ふくコース一択ですよ、お客さん、ヘヘヘ」とでも聞こえてきそうな、いや、店中から、そのように言われているのだろうという状況の中で、皆の利益を考え、「ふぐ以外にも(もっと安いコース料理を)選べるよ」と、指摘したのだが、誰の耳にも届かなかった。


 それ程、誰もが錯乱状態に陥っていたということだろう。この期に及んでは、もはや招ふくコース(3500円)しか、選択の余地はなかった。


 改めて、私は「別に、招ふくコースでいいよね。招ふくコースをお願いします」と言った。それも、高くてビビっているという感じを出さないために、気だるそうしながら言うという、演出を加えながら言ったのだ。


 しかし、女中さんの攻撃は続く。

 「お飲み物は、どうしはりますかァ」


 私の瞳に、慌てて、メニューを見だす愚か者たちの姿が映る。

 (駄目だ!彼らは動転していて、思考能力が欠如している!意思無能力者*12だ!さっきまで、300円の差額に文句を言っていた彼らはそこにはもういない!私が彼らを保護しなければ!)

 と、私は正義感に燃え、誰よりも早く、「水でいいです」と、私は言った。


 皆は、生ビール、梅酒、レモンサワーなどと、本当に考えて選んだのか、本当にふぐ鍋との相性を考えたのか、様々な飲み物を選んだ。


 私の言葉は、全く届いていなかった。完全に、場の空気に圧倒されていた。私は横やりを入れて、契約の無効を主張してもよかったのだが、既に成人している彼らの判断を尊重することにし、黙っていた。


 ふぐ鍋パーティが始まった。当然、作り方は誰も知らない。みな、野菜と、野菜の上に積まれたふぐの肉を黙って眺め、香りをかいだりしながら、ふぐを堪能する。おかしい、ふぐ鍋は見て楽しむのではなく、食べて楽しむものではないのか、誰もが漠然と思ったことだろう。仕方がないので、作り方を聞くことにした。作り方は、ふぐを入れて、「ぷっくり」としたら、野菜を入れるのだという。「ぷっくり」の定義が、重大な問題となるが、尋ねる勇気はなかった。


 様子を見ながら、鍋を作っていく。おそらく、これでいいはずだ。みな、恐る恐る鍋に箸を伸ばし、ふぐをつかんでいく。つかんだ熱々のふぐを、ポン酢を付け、そして、そっと口へ運ぶ。


「うまっ」


 そんなため息が、周りから聞こえる。私は、「なんだ、鶏肉みたいな味じゃないか、みんな悔しくて、うまい、うまいと言っているのではないか」と思ったのだが、皆から、「馬鹿舌*13!馬鹿舌!」と罵られそうなので黙っていた。


 ふぐの刺身*14も食べたくなった。


 再び彼らに、「せっかくだから」という言葉が首をもたげた。


 我々は五人であるが、ふぐの刺身を二人前頼んだ。


 なぜなら、一人前頼んだ時に、一人分が数切れになってしまいますよと言われ、恥ずかしくなったからだ。


 ふぐの刺身はうまかった。噛めば噛むほど、味が沁み出る。


 最後は、お待ちかねの雑炊だ。「雑炊」の文言に釣られて、我々はここにいるのだ。これはしっかり食べなければなるまい。


 雑炊は、女中さんが作ってくれた。


 ふとTOSHIを見たら、どこか様子がおかしい。顔が赤いし、目が虚ろだ。どうも、極度の緊張と梅酒で酔ってしまったらしい。雑炊を、IGUCHIが、うまい、うまいと何度もお代わりしているのに、彼は、梅酒を残し、そして雑炊も残した。食べ終わったときには、寝ていた。


 「もう二度と食べられないのではないか」、「そんなこと言うな。出世したらまた食べに来られるさ!」など涙なしには語れない話をしながら、ふぐ鍋屋を後にする。


 突然、胃にこのような高級な食べ物が入ってきて、ショックのあまり、痙攣を起こさないか心配である。


 予想外の出費に、我々は財布を大きくえぐられることになったが、今晩泊る、KICHOM15の見つけた「国際旅館」は、一泊1600円程度と破格であったので、うまくバランスをとれたのかもしれない。

*10 ぜひ京都弁のアクセントをイメージしてほしい。


*11 福本伸行作の賭博漫画、『カイジ』シリーズに登場する擬態語。主人公等が、自分の思いもしなかった窮地に陥った時に、周りが見えなくなり、混乱または錯乱に近い状態をあらわすときに用いられる。背筊が凍るのを表現しているものと解した。


*12 自己の行為の結果を認識し判断できるだけの精神的な能力を有していない者。その者の結ぶ契約は、私的自治の原則により、無効となる。例:幼児・泥酔者・重い精神病や認知症にある者


*13 ふぐと鶏肉の味の違いも分からない、馬鹿な味覚を持つ舌という意味である。そんな人には、コンビニのチキンで十分であろう。


*14 一人前1200円


*15 彼は、始終、「こんな贅沢をしたら親に怒られる、絶対に黙っていなきゃ」と呟いていた。それほど、我々には高級な一食であった。

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