保険金殺人
「大久保、もういい加減吐いたらどうだ。保険金目当てで殺したんだろう?
世の中みんなそういう目でお前を見てるんだよ。このままシャバに出てもまともにお前なんか誰も相手にしてくれねえからさ。死ぬまで肩身の狭い思いをして暮らすよりゲロしてスッキリしたらどうだい」
そう言いながら取調官の田中警部補は、背広の内ポケットからハイライトを取り出した。箱の底を指で二、三回はじき出し、一本を口にくわえた。
箱から顔を出したもう一本のタバコを目の前の大久保に見せ、「どうだ」という顔つきで勧めた。
大久保は、顎をしゃくる様な横柄な相槌で、その一本を抜き出した。
田中はライターで大久保のタバコに火を点けてやり、自分のタバコにも点け
思いっきりその紫煙を肺に送り込んだ。
三時間弱の尋問に田中自身、疲労困憊していた。
ニコチンの薬理作用なのか一瞬眩暈のような感覚が田中の頭を襲った。
大久保は、うまそうにタバコを吸い続けながら言った。
「殺しちゃいませんよ、刑事さん。マスコミが面白おかしく取り上げてるんです。別件逮捕して、ありもしない事件をでっちあげるんですか。第一、俺が殺したって言う決定的証拠なんかないでしょう?勘弁してくださいよ」
確かに、状況証拠だけで、動かぬ証拠というものがない。
被害者が保険金に入ったのも、女性自ら進んで契約したという事だ。
保険勧誘員の話では、亡くなった女性の一人は大久保が止めるのを振り切るように契約書類に署名捺印したと証言している。
大久保が強制的に女性を生命保険に入らせたという事でもないようだ。
また死因にしても二人が自殺、他の四人が事故死。
六人のそれぞれの死亡時刻には大久保は別の場所にいてしっかりとしたアリバイがある。
ただ、大久保のアリバイに多少の不審点があった。
それは大久保のいた位置と、その状態だ。
つまり、死んだ女性の近距離に大久保がいたということだ。
正確に言えば一キロ圏内にいたということだ。
しかも、意識を喪失した状態で。
だがこれも調べ上げていく内に納得させられる羽目になる。
女性達は大久保とデートし、別れてまもなく自殺や事故死を起こしていた。
だから近くにいた。
それと、大久保が気絶していたのはこの男が癲癇持ちだということだ。
ただ不思議なのは、大久保が癲癇を起こした時に女性達は死亡したという事実だった。つまり、六人の女性達が死んだ時この大久保は一キロ圏内いて、気を失っていた。
単なる偶然だろうと警察は片づけた。
一番肝心なことは気を失った人間が事件を起こせるわけがないという事だ。
そうこうしている内、田中の部下の橋本刑事が取調室に入ってきた。
橋本は田中に耳打ちした。
大久保は、腕を組み首を回しながら大きな欠伸をした。
田中は橋本刑事からの情報を聞いて改めて、大久保に質問した。
「大久保、お前、催眠術に興味があるらしいな」
「はあ?催眠術」
「お前の部屋から催眠術に関する雑誌や本が出てきたそうだ」
「ああ、確かに、二、三年前に熱中したことがあるかな。それがどうした?」
「催眠術を使ってお前は保険金目当ての殺人計画を立てたんだ。どうだ図星だろう」
大久保は首を傾げ、暫くして、大声で笑った。半泣き状態で笑い続けながら大久保は言った。
「刑事さん、三文小説の読みすぎだよ。催眠術を使って殺人計画?笑わせるんじゃないよ。催眠術がどれほどのものか分っちゃいないね。よくテレビで催眠術師が出て催眠効果を見せるショーがあるけどあれってヤラセだよ。催眠術はね、文字通り眠らせるだけの効果だけなんだよ。しかも、それも不確かなもんなんだ。専門家に聞いてみりゃいい。そんなもんで殺人計画?ふざけるんじゃねえよ」
大久保は逆切れした。
田中は反論できなかった。
確かに、催眠術を使って殺人計画なんかどう見ても無理がある。過去の事件を見ても催眠術を使った事件はまずない。三文推理小説でも書かないネタだ。
もうこれ以上大久保を追求できるモノがない。
大久保はズボンに落ちた煙草の灰を払いながら笑みを浮かべた。
どう考えても逮捕できるわけねえよなあ。
完全無欠の犯罪さ。お前らの頭で解決できねえよ。
田中は思った。
こいつには完璧なアリバイがあるんだ。
どう考えても立件は無理だ。
ということで、大久保は拘留期間を過ぎ無事解放された。




