死神ジャック
ジャックは何事もなかった様にキッチンへ行き、コーヒーを沸かす準備をした。
「君の行きつけの喫茶店『マドンナ』。あそこのコーヒーを一回飲んだが、あれはおいしいね。どこの豆を使ってるのかな。今度聞いてみようと思うんだ」
ジャックはそう言いながら、コーヒーミルで豆を挽いた。
「ジャック、あんた、この仕事から手を引くと言ってたけど何で戻ってきた?」
「ああ、あれはホンの冗談さ」
「冗談?ジャック、意味が分からん。冗談ってどういうことだ」
俺はジャックの言い方に抵抗を覚えた。
「全ては、大久保を殺るための芝居だったのさ」
「芝居?始めから順序だてて説明してくれないか。大久保を殺すための芝居ってどういうことだ」
俺は次第に腹が立ってきた。
「そんなに怒ることはないだろう。全てうまくいったのだから」
「向いのホテルから狙っていたのはあんただったのか」
「ああそうだよ」
「でもどうしてあんたはコントロールされなかったんだ」
「その話はコーヒーができてからにしよう」
しばらくしてコーヒーの香りが部屋中に漂い始めた。
ジャックはコーヒーを入れたカップを二つテーブルに置いた。
「さあ、飲もう」
ジャックはうまそうにコーヒーを一口飲んだ。
コーヒーカップに手をつけないエースにジャックは言った。
「なんだ?飲まないのか」
「コーヒーは飲み飽きた」
「なるほど、ほとんど毎日マドンナ通いだったからな」
「それより、ジャック、あんたなぜコントロールされなかったんだ」
「分かった、教えよう、大久保は人の心を支配できる」
「そんなことは知っている」
「そうだな。今までの大久保の行動を綿密に俺なりに調べた。そしてある結論が出たんだ。奴が支配できるのは二つのタイプの人間だということだ」
「二つのタイプ?」
「一つは、大久保が良く知った人物、そしてもう一つは大久保に殺意を持った人物。俺達がコントロールされるのは大久保への殺意を持っているからだ。
俺はその逆を言ったのさ。それが俺がコントロールされなかった答えだ」
「ジャック、俺はあんたのように賢くない。俺に分かるように説明してくれないか」
「俺がライフルで狙ったのは高田さ。俺の頭には大久保のことなど念頭にはなかった。あくまでも狙って撃ったのは高田なんだ。ただし、俺のライフルの威力は強力だ。百メートル先の鉄板を簡単に撃ち抜く事ができる。
高田を撃った弾が高田の体を貫きその向うの人間に当たったとしてもそれは俺の考えの及ばないことさ。逆に言えば少しでも俺の頭に、高田の向うにいる大久保への殺意が浮かべばコントロールされてしまうということなんだ」
「俺に言ったこのミッションから抜けるという事は、大久保への殺意を消すことだったのか」
「そのとおりだ」
「だったら、俺にそれを前もって話してくれたっていいじゃないか」
「君は既に大久保にコントロールされた人間だ。俺の計画を知れば大久保に筒抜けになる恐れがある。だから君を騙すしかなかったんだ。悪く思うな」
「あのレストランで空砲を撃たせたのもあんたの計画か?」
「そうだ、ただ、一人で大久保に向かった髭の若者が口の中に大火傷したけどね。あれは、想定外だった」
「高田は大久保の能力を事前に知っていたようだが、…」
「いいや、俺が説明したのさ。確かに複数で大久保に立ち向かったヒットマンがいたがすべてコントロールされて仲間同士撃ち合いして死んだ。その時でさえ、奴が超能力の殺人鬼だという事は高田自身も分からなかったようだ」
ジャックはコーヒーを飲み終え言った。
「多くの人間で大久保を殺そうと提案した高田の意見を君はどう思った?」
「絶望を味わったよ」
「そうだよな、実はそれが狙いだったのさ。大久保は君の心を読み、油断したのさ。俺の存在など頭に浮かばなかったはずだ。当日、皆はハンドガンを持ち席を立ちあがった。銃口を大久保に向けながら移動した。おかげで、俺のライフルスコープには高田の背中を遮るものは何もなくなった」
「分かった、でも良くそんな危険な役目を高田が承知したな」
「俺がその提案をしたとき、高田は喜んで引き受けてくれた。積極的だったのは高田の方なんだ。
高田は大久保が座る位置を確かめ、そして自分の立ち位置を決めてた。俺が大久保を狙いやすいようにね。俺は俺で、狙うのは極力高田にダメージを与えない場所、そしてそこから大久保の急所を撃ち抜くことに専念した。
だが、いざとなると、どうしてもためらいが出てきた。
へたをすると依頼人高田の急所を撃ち抜いて大久保を外す恐れもあるからな。
だが助かったのはジョセフインの目、視線だった。
周りのヒットマンが倒れないのを見てジョセフインはおかしいと感づいたのだろう。席を立ち大声で大久保に訴えた。
失神していた大久保も何か変だと感づいたはずだ。しかし、周りのヒットマンをコントロールしている大久保は、すぐに正気を取り戻せない。なにせ、正気を取り戻せば、奴の武器、人をコントロールする能力が消えるからだ。
今まで周りをキョロキョロしていたジョセフインの目が大久保を見つめた。
それが俺の視界に入った。ジョセフインの視線が高田の背中に隠れた大久保の位置を割り出してくれたわけさ」
「おかしいじゃないか。ジャック、あんたその時点で高田の背中に隠れた大久保の位置を割り出したんだろう。殺意を意識したんじゃないのか?」
「俺の大久保に対する殺意は、最初から消えている」
「ジャック、意味が分からん。俺だったら大久保の位置を確かめた時点で殺意を持つ」
「エース、その時点で俺は大久保の事など、コレッポチも浮かばなかったぜ」
「どうして?」
「俺が思い浮かべたのはカボチャさ」
「カボチャ?」
「俺がいつも射撃の練習をするとき、時折カボチャを的にするって言ってたろう」
「ああ」
「つまり高田の背に隠れたカボチャを狙ったのさ。カボチャに殺意は湧かないだろう」
「かぼちゃか…そうだな。…確かに」
「大久保をカボチャに見立てるためには、どうしても高田が遮蔽物代わりになってもらわなければならなかった。いくら俺でも、大久保を直に見てカボチャと想像することはできないからな」
俺は神を信じない、無神論者だ。
だが、今、目の前に神を見た気がした。
ジャックこそ死神だ。
その後高田は傷も癒え病院も退院した。が
警察にこの事件の重要参考人として取調べを受ける事になった。
その数ヵ月後
俺達の事は他言せず墓場まで持っていくと、メモを残し
死んでいった。
死因は癌であった。高田はこの事件を起こす前、主治医からあと数ヶ月の命と宣告されていたのだった。




