大久保の最期
銃を構える顎鬚の男の手が徐々に震え始めた。
次第に銃口を自分の方に向け始めた。
顎鬚の男は顔を小刻みに震わし必死に抵抗している。
銃口が口の中に入った。
男の眼から涙が流れた。
顔は青ざめ絶望の表情が現れていた。
それを見かねた高田は席を立った。
それが合図かのように周りの客を装った高田の部下達も一斉に席を立ち、懐に隠し持った銃を取り出し大久保に向けた。
ゆっくり大久保に近寄り狙いを定めていった。
店内にいたウェイターやウェイトレスは何事が起きたかと呆然と立ち尽くした。
ウェイトレスの一人がトレーに乗った食べ物を床に落とした。
皿やガラスのコップが勢いよく割れ店内に響いた。
その音で従業員達は我に返り、その場から一目散に退避した。
小倉も慌ててカウンターの中に入りその場にしゃがみ込んだ。
「何が起きたんだ」小倉はそう呟きながら、この場合の対処法を考えた。
今まで覚えたマニュアルの項目をつぶさに思い浮かべたが、このような時の項目が見当たらない。
客が銃を構えた時の対処法など、マニュアルにあるはずもない。
それほど、小倉は動転していた。
エースは大久保の後を追いレストランに入った。
突然、銃声が鳴った。
エースは思わず腰を屈めベルトに挟んだ銃をとり出した。
顎髭の男が口から血を流し仰向けに倒れている。
「始まったか」と、エースは舌打ちした。
見れば、客を装った高田の部下達が一斉に銃口を大久保に向けていた。
その大久保は椅子の上で失神している。
同じ席に座っているジョセフィンは両手で耳をふさぎ楽しそうに周りを見ていた。
エースも銃を大久保に向けたが手の自由が思うように利かない。
五十人程の高田の部下達は大久保に銃を向けているが誰も銃弾を発射していない。
エースは思った。
「俺を含めて全員がコントロールされている」
一方、高田は大久保のテーブルの前で仁王立ちして銃を構えている。
だが、弾を発射しなければ意味がない。
エースは焦った。
銃を持つエースの手が、大久保から徐々に高田の方に照準を合わせ始めた。
抗うことができない。
それほど、大久保のパワーは強い。
周りもそれぞれ銃の狙いを大久保から、仲間に向け始めた。
大久保は周りのヒットマンたちに同士撃ちを仕向けるつもりだ。
ついに銃声が鳴った。
仲間同士撃ち合いが始まったのだ。
エースも、大久保のコントロールに抗いきれずトリガーを引いた。
銃声が鳴り響く。
銃からはじき飛ばされた空の薬莢が絶え間なく床に落ち、銃声が鳴り響く。
薬莢は飛び出し床に舞い落ちていく。
高田の部下たちは、仲間に向けて休みなく撃ち続けた。
ジョセフィンは嬌声を上げ周りを眺めていた。
ホテルの一室から三ツ星レストランの窓に銃口を向けるをライフルがあった。
ライフルは高田の背中に照準を合わせている。
立ち尽くしている高田の背に照準器の十字が少しづれた。
何かを迷っている風に十字が僅かに動いている。
ライフルのトリガーに右手の人差し指が微かに触れる。
だが、まだトリガーは引かれない。
レストランは火薬の臭いで充満していた。
銃声は鳴り響いている。
ジョセフインは指で耳栓をしながら、辺りを見回しキョトンとした顔で首を傾げた。
誰も倒れていない。
「チガデテナイ!ダレモシンデナイ!」ジョセフィンは、席を立ち大声で叫んだ。
エースすでに高田に向けて銃弾を三発発射していた。しかし、高田は倒れていない。
高田もエースに向けて銃を発射しているがエースの体には何の衝撃もない。
銃を発射しながら高田は一人呟いた。
「早く引き金を引け」
その時、失神している大久保の体に痙攣が起きた。
右腕を激しく震わせながらジョセフインへ指をさしている。
何かを訴えるかのようだ。
ホテルから高田を狙うライフルはまだ照準を合わせかねているようだった。
突然、スナイパーの左目にジョセフインが見えた。
ジョセフインはバッグの中から何かを取り出そうとしていた。
スナイパーは女の目の動きを読み取った。
スナイパーはトリガーを引いた。
銃口から出たライフル弾は回転しながら一直線に飛んだ。まっすぐ高田の背中に向かって飛び続ける。
弾丸はまずレストランの窓を打ち砕いた。弾の勢いは衰えず回転を繰り返しながら高田の右脇腹を貫いた。
弾はそのまま、痙攣を繰り返している大久保の頭、左こめかみに命中した。
大久保の眼はカッと開き、口を歪めたのは弾が大久保の右のこめかみを突き抜けた時だった。
頭を破壊し脳漿を撒き散らしながら弾は一つ向こうの椅子の側面にめり込んだ。