魔物
この部屋の鍵を持っているもう一人の男を忘れていた。
ジャックの身に何かが起きた時のために合鍵を作った男だ。
ジャックは目の前の男に怒鳴った。
「何をしているのか分っているのか!」
「分ってる。分ってるけど俺がやってるんじゃない」
「エース、落ち着け。君は俺に銃を向けているんだ。銃口を俺に向けてるんだ。さっさと銃をおろせ!」
「おろしたいのは山々だが、できないんだ」
「できないはずはないだろう。銃を持っている手を下ろせばいいんだ。それだけの事だ。それもできないくらい君はボケたのか?」
「これでも必死に抵抗してるんだ。君を撃とうとしているのを俺は必死に止めているんだ」
「言っている意味が分からん。三つ数える。銃をおろさなければ、エース、君の頭を打ち抜く」
「待ってくれ、ホントに俺の意思ではないんだ。君を撃とうとしているのは別の意思なんだ。俺はそれを必死に止めている」
「一つ」
「ジャック、お願いだ。俺があんたを撃つわけがない。信じてくれ。誰かが俺の中に入っているんだ」
「ほざくな。二つ」
エースの指がわずかにトリガーに触れたのを、ジャックは見逃さなかった。
「三…」
数え終える前にジャックは躊躇なくトリガーを引いた。
45口径の火薬が爆裂するけたたましい音はしなかった。銃口の先に取り付けてある消音器が音を吸収したのだ。
しかし、弾の威力は変わらない。
銃口から発射された弾はエースが握るベレッタの銃口に向かって正確に飛んだ。
ベレッタの銃身を打ち砕きながらエースの体を一メートル後方に吹き飛ばした。
壁に後頭部をしたたかに打ち付けたエースは脳震盪を起こし数秒間気を失った。
気がついたエースの第一声は罵声だった。
「ジャック!何てことするんだ」
「それはこっちの台詞だ。俺に銃を向けるなんて一体何のまねだ」
「すまない。でも、本当なんだ。俺じゃない誰かが俺の中に入り込みあんたを撃とうとしていたんだ」
「誰が入り込んだ?」
「分からない。俺の体を支配しようとした魔物のようなものとしか言いようがない」
「魔物?」
ジャックは暫く考え込んだ。
「その魔物が入ったのはいつだ?」
「確か、大久保達の後をつけ百貨店のエレーベーターに乗り込んだ時だった」
ジャックは眉間に縦皺を寄せ右の眉を吊り上げた。
「もし、大久保が癲癇発作を起こした時と同時としたら…」
「癲癇発作?大久保が発作を起こしたのか」
ジャックは部屋の中を暫くの間、嘗めるように眺めそしてある一点を見つめ自分で納得するように頷いた。
ジャックはエースの顔を穴のあくほど見つめながら呟くように言った。
「大久保を狙った三人のヒットマンの内の一人が、ここで命を落としたらしい」
ジャックはこの部屋でヒットマンが自分と同じように大久保を狙い撃ちしようとした痕跡を説明した。
「そして死んだ理由が今分かったよ」
「なんで死んだんだ?」
エースはせかす様に畳み掛けた。
「たぶん、自分で自分の命を絶ったんだ。要するに自殺したんだ」
「なぜ?」エースはジャックに尋ねた。
「君と同じようにそいつの体に魔物が入り込んだんだ。自分が持ち込んだライフルで自分を撃った」
「何故そんなことが分かる?」
ジャックはドア近くの壁に立ち天井を指さした。
「見ろよ、あの部分の天井を。天井の一部が張り替えられている。そしてこの壁のボードも張りなおされている」
「どういう事?」
「自殺した時に弾があの天井にめり込んだ。そして同時に血と肉片が壁と天井に飛び散ったのさ。だから張り替えてある。調べればわかるだろう。俺の感に間違いはない」
エースは不思議そうな顔でその天井と壁を眺めた。
「魔物の正体は大久保だ」
「どういう事?」
「大久保は人の心に入り込み人を動かす能力を持っているんだ。サイコキネシス?って言うのかよく分からんがその能力で今まで人を殺してきたんだ」
ジャックはライフルスコープを覗き込んだ。
すでに大久保達は窓際の座席から消えていた。
「大久保は君の体に入り込み、俺と君を相撃ちさせようとした。だが、君の意思の強さのおかげで大久保は君を思うようにコントロールできなかった」
「ジャック、俺達の相手は化け物なのか」
「ああ、エース、俺達はどうやら最悪の相手を選んでしまったようだ」