拉致されてみました
何の能力もない俺が、逃げ切れるわけがない。
王女が隠し持っていたと思われる小さなベルがチリンと3度鳴らされると
マキトの背後の扉が大きく音を立てて開き、
騎士が8人程部屋に雪崩れ込んできた。
バンハトさんは騎士達に拘束されていて
俺は槍を目の前に突き付けられた。
「無駄な抵抗は、怪我の元よ」
王女は、勝ち誇ってドヤ顔を見せる。
その姿に怒気を発したものの、ここは拉致られて様子を見た方がいいのか
悩んだ。
何しろ、幼少から大学進学前まで習ってきた合気道が役に立つかどうかも分からない。
剣道は高校の体育の授業で少し習ったくらい
空手に至っては、小学5,6年の期間だけ。
騎士という職業の方々にとても勝つとも思えない。
「さあ、夫人。どうぞ我々と」
騎士の中の上司らしき人物が騎士達を従え、一歩前に出てマキトの前に手を差し出す。
この手を取って、言うことを聞けということだろう。
「どこへ連れて行かれるのかな」
「そなたが知らない場所よ」
「どうしてと伺っても?」
マキトの挑発に、王女は乗った。
「そなたが邪魔だからよ」
「邪魔・・ね。婚姻していても邪魔だと言われる理由が知りたいな」
マキトの言葉に、王女は眉間にしわを寄せた。
「そもそも。貴女が横から攫うような事をしなければ問題なかったのよ。
貴女は、ユーシィお兄様がお父様の弟と知っているの?」
爆弾発言だ。
「王弟ということか?」
「そうよ。歳が随分離れているのは、お父様が22歳の王太子時代に、
お爺様の2番目の若い側室に子供が生まれたの。それがユーシィお兄様。
その3年後にお父様の妻である王太子妃に一番上のお兄様が生まれたから。
私達からは叔父にあたるわ。」
大きくため息を吐きながら、マキトを見つめる。
マキトの頭の中には、叔父さんに恋する姪の図が浮かぶ。
「そうなんだ」
妹の恋を応援する姉は恐ろしかった。
「そう、それでユーシィ・ラゼスは、妻を誘拐した犯人を捜し出すとは考えないの?」
マキトが応戦しても、彼女はクスクスと笑う。
「傷心のユーシィお兄様をリーシェがお慰め出来るわ」
ハッピーエンドの結末を思い浮かべてうっとりとする王女に、
マキトは頭を掻きながらため息を吐いた。
「あのさ、そういう展開は稀なことだと思うよ。
普通恋愛で婚姻した場合、誘拐されたのなら見つけるまで探すことに没頭するだろうし
犯人があんただと分かれば、縁を切られるとか思わないか?」
「え?」
キョトンとする王女が人形のようで、マキトは苦笑した。
「本当に箱入り娘なんだな。世間をよく知らないって感じだ。世の中、物語のようには
いかないって分からないのかなあ」
マキトの前で手を差し出している騎士に向き合うと
「あんたは大丈夫なのか?いくら主の任務とはいえ王子の幼馴染の騎士の妻の誘拐の共犯で。
あ、王弟のになるのかな?騎士としては、どうよ?
王に反逆の意志ありと思わせないか?
王子が犯人捜しをしたとして、あんたやそこにいるあんたの部下が犯罪を犯したとして
裁かれないのか?」
マキトの話に、手を差し出した騎士は手を引き明らかな戸惑いを見せる。
周囲で控えている騎士達は、同じく動揺を見せている。
「ちょっと、私達の覇気を失くすような話しないでくれないかしら」
せっかく妹姫の為の誘拐する計画が無くなってしまうと、あからさまに王女が怒りだす。
「そうか?お・・れじゃない。私は事実を述べただけ。王女、あんたのせいで
こいつらは職を失う・・、いや裁かれることになった場合、どう責任をとるつもりだ。
臣下を破滅させるのが主である王女のやることか?」
マキトのお小言は止まらない。
「うう・・」
怯む王女に体ごと向き直り、片手は腰に、もう片方は人差し指を立て
お説教モードに入る。
「そもそも。当人同士の恋に何故外野である貴女が入って来るのか理解出来ないよ」
「何故?妹の幸せを願う姉がいて、何が悪いというのよ」
「ああ、そうなんだ。それなら相手については?相手があんたの妹を選ばなかったら?」
「・・・、そ、そんなことは」
「ユーシィは、断わったはずだ。だから、ここにいるのじゃなかったか?」
止めの一言に、ついに王女は黙ってしまった。
「・・・・」
「反対に聞くが、もしもあんたの婚約者に、他の国の王女が略奪婚を狙ったら、どうするんだ?
しかもその王女の姉があんたが邪魔だから誘拐したら?」
「え・・」
自分に置き換えてと話を始めると、王女は今までの女王ぶりはどこに行ったのか
蒼白になっていく。
控えていた騎士達も覇気がない。
「なあ、そんなに誘拐したいのなら、ユーシィ・ラゼスがどうするか見てみる気はあるか?」
「どういうことかしら」
「あんたが実際、私を誘拐した場合、あいつがどうするかをその目で見てみたらどうだ?」
「目で?」
「お・れ・いや・・、私はどこぞの部屋で休むことにするから。
夕食に来なかった妻の為に、夫がどうするのか、貴女の目で確かめて欲しい。
貴女がすることで、どういうことになるのかを」
踵を返すと、先ほどの騎士と目が合い、こちらから手を差し出すと、彼は躊躇する。
「姫様」
彼は自分の主に、指示を求める。
王女自身も戸惑い、目を彷徨わせている。
「そなたは凄いな。理論的でありながら、正論。相手を戸惑わせる眼力と言動。
私の負けよ。私が婚約者に、妹のような存在と私のような姉がいたら恐ろしいと思う。
そなたの言葉で、私は目が覚めた。
そなたの言うように、ユーシィお兄様がどのような行動に出るか見てみたいと思うわ。
私に協力をしてくれるというの?ラゼス夫人」
この時、名を呼んだことで、王女は初めて、マキトをラゼスの妻と認めた。
マキトは、微笑んだ。
「ああ。誰も咎められることのないように私が計画を立てよう」
そうすると、マキトは王女と騎士達に先ほど浮かんだ計画を説明すると
突拍子もない話に皆が顔を見合わせた。
「本当にやるのか?」
「ああ、ちょっと本心を試したいからな。私にはいろいろと隠し事をされているからね」
「ラゼス夫人。そなた凄すぎる。私はそなたを相談役にしたい」
「ははは、相談役ではなく、友人なら大歓迎」
何気ないマキトの言葉に、王女は目を見張る。
癒し系美人な顔のマキトに、すっかり絆されて頬を染めた。
「そう、友人。いい響きだわ」
「そうだろ?」
そうしてマキトは、初めて拉致されてみました。