王族が集合
俺がこの村にやって来て、早一か月。
早朝からパン作りにスープ作りに、騎士達の洗濯、宿舎の掃除に少しづつ慣れてきた。
余裕が出てきたら、宿舎の裏手に家庭菜園ぽいのを作ってみた。
食べられそうな葉があれば、根ごと掘り出してきて植えている状態。
生活は忙しい毎日で、元の姿に戻ることと元の世界へ戻る事を忘れそうになるくらい
今は充実している。
前の世界では、こんなに自分を必要としてくれる仲間はいなかったなあとか
充実し過ぎて、幸せに感じるのは何故なんだろう。
青空に向かって、洗い立てのシーツをパンパン伸ばしている自分。
行ってらっしゃいと騎士達に声を掛ける自分。
「この気持ちはなんだろうなあ」
そんなある日。
物凄い早馬が村長宅へ到着した。
俺は、いつものように宿舎で掃除をしていたので気付かなかった。
その後、村長と共に伝達騎士は詰所へやって来て、話し合いを始めた。
丁度、キッチンでお昼の準備を始めていて、20代の二番目に若い警備隊隊員のロッサが
村長と伝言で訪れている騎士の分も昼食を含めて欲しいとやって来た。
「王族の、恒例の女神の森への儀式の日程が早まったそうなんだ」
「へえ、そうなんですか。俺は今年初めて見ますが、どんな感じの儀式なんですか」
「森の中の湖の真ん中の陸地にある洞穴で、祈りを奉げるというものなんだ。
王族の何人かが集合して、侍女や護衛を含めて50人位が来て、大変だよ。
宿泊施設は、なんとか泊まれる人数なんだ。
そういえば、村長の右の施設にマキト住んでいたな。
その期間だけ、こっちの宿舎へ移ってくれないか?
男ばっかりとお付の侍女軍団と揉めるの嫌だろ?」
侍女同士で揉めることもあったので、村人はなるべく関わらないそうだ。
「いつごろか、はっきりしている?」
「来るのは、来週。2,3日の内にこっちの空き室に来た方がいい。
男所帯だけど、我慢して欲しい。
今週、担当の家族や手伝いの者達が施設の一斉清掃をすると思う」
「分かった」
食後にでも荷物を整理した方がいいな。
今日のお昼には、シチューと柔らかいロールパンを出す予定だ。
大鍋からは、いい匂いがし始めていて、ロッサが嬉しそうに嗅いでいる。
「うわ、いい匂い。俺このシチュー好きなんだよな」
この村は、基本シチュー系とパンが基本。
日本でいうところのご飯とみそ汁。
シチューを作って分かったが、小麦粉とバターと牛乳で作るクリーム系のシチューは
知らなかったようで、警備隊の中では好評の献立だ。
「こら、ロッサ。中々戻ってこないと思ったら」
宿舎のキッチンに不機嫌なラゼスが現れた。
警備隊全員で、出迎えやら付き添いの警備配置で会議をしていたはずだから
途中で抜けてきたロッサの長居という休憩に、なんのかんのと言いながら便乗しているのではと
俺は思う。
「あ、ラゼスさん。不機嫌だなあ。もしかして、王女からの手紙が原因か?」
ロッサは、伝言通達係りの騎士から分厚い手紙をラゼスに渡されていたのを見ていた。
その手紙の内容が、ラゼスを不機嫌にさせていると思っている。
「・・・・」
ロッサが空気を読まずに、マキトの前で王女の手紙の話し始めた為、
ラゼスはますます眉間にしわを寄せた。
「王女?何かあったんですか?」
俺はラゼスさんの事情は何も知らない。
だから、個人的問題なのかもしれないが、ふと口にしてしまった。
この話に俺が参加すると思っていなかったのか
俺がじっと見つめると、彼は戸惑いつつ
「ああ、まあな」
間が空いて、一言。
重い口からは直ぐに次の会話が来ないので、話が続かず、気まずい雰囲気が漂う。
「ラゼスさん。ここは、マキトに誤解を招かないように話はした方がいいと思いますよ」
退散を決め込んだのか
「じゃっ」 と、手をバイバイのジェスチャーをさせてロッサは退場していく。
「誤解?」
マキトが大鍋の火を小さくさせて、沈黙中のラゼスの顔を伺うと、彼は大きく溜息を吐いた。
「誤解か。そうだな。マキトに変な誤解されるのは困る。今の内に話しておくよ。
ちょっと過去の話を掻い摘んで説明する。実は、俺は元々は王都の第一王子の
第3騎兵隊にいた。ある時、王子の狩りに2番目の妹王女が着いて来た。その時、
王女の護衛したのが俺が所属していた隊。
たまたま王子の命を狙っていた貴族の暗殺隊に襲われ、戦闘になった。
その後、俺が王女に着いていたことで何故か気に入られて」
モサモサの頭を手で掻きだす。
「つまり、好かれてしまって困ることになった?」
「その通りだ。仕事に支障が出るほど付きまとわれて。俺は半年前にこの辺境に転属させてもらった」
苦虫をつぶしたような顔。
「もしかして、そのモサモサの髪形も髭を伸ばし放題なのは」
「そ。王女が俺と分からないように。これくらい不精していれば、諦めてくれると思ってな」
彼は、ふうと大きくため息を吐いた。
「その王女が来るんだ」
「ああ、手紙が来た。まだ諦めていないような内容だった」
つまりストーカーか。
2人で考え込んでしまう。
「だから、ラゼスさん。マキトに協力して頂けばと提案しているでしょう」
村長と見慣れない騎士が、こちらの話を聞いていたのか話しに加わりながら
キッチンへ入ってきた。
そろそろ食事の時間だよとロッサともう1人の20代の騎士ベルダ、30代のターラント
40代のバンハトがその後に続いた。
「俺に?王女に諦めてもらういい方法でもあるのか?」
食堂へ移動し、スープ皿にシチューを移し、燻製にしたソーセージ、
ロールパンを籠に入れてテーブルに置くと男たちは喜んだ。
旨いと食事を始めながら、一緒にテーブルについたマキトへ回避作戦を説明し始めた。
「美人なマキトが、森でラゼスさんに助けられて意気投合し恋人になった」
「いや、婚約者にした方がいい」
「それでは、王女が一言言えば取り消しになるから。王女でも解消出来ない婚姻がいい」
「ちょっと待って下さい。もしかして俺がラゼスさんの」
「奥さんになって欲しいということだ。幸い、ラゼスさんはマキトには好意を抱いているからな」
「そうそう。マキトがこの村に初めて来た時、甲斐甲斐しく世話を焼いていて驚いた」
いつもはそこまで面倒をみないと、彼らは口々に言い始めた。
「俺も賛成」
全員であれこれ言いだす始末。ラゼスさんは、耳を真っ赤にさせて俯いてしまった。
「騎士と王女は婚姻出来ない?ラゼスさんは、王女が好きとかは?」
「悪いが、守る対象であって、恋愛対象ではない」
自分が王女の夫になる気もなく、愛人になる気もないとキッパリとこの時だけは
ラゼスは自分の言葉で皆に伝えた。
「だよね。王女と婚姻は玉の輿にはならない。今までの生活をそのまま維持するには
余程の高位貴族でないと叶えられないし、愛人はきついよな」
マキトがまるで知っているような口ぶりで話すものだから、男達は聞いているうちに
大笑いだ。
そうしてその当日がやって来た。
辺境の場所に、王家の馬車が3両と50人近い侍女と護衛、騎兵隊が到着した。
村長宅の敷地内に降り立ったたのは、王と第一王子、第二王子、第一王女、第二王女の五人。
王妃や側室、まだ幼い第三王子は王都で留守番となった。
その数時間前。
マキトから協力を得たラゼスは、半年ぶりに髪を整え、髭を剃った。