バーシャランの危機、エリクシアルの内乱
救出劇が終わった次の日の朝。
バーシャラン国から伝書鳥が国境を越えて、ラシャ王子の下へ飛んできた。
朝食の最中で、自国からよく間違えずに主の下へ飛んでくるものだなあと感心していたら
伝書鳥は、主センサーというものが脳内にあり
必ず探し出すのだという、まさしく主従関係の鏡のような鳥だ。
伝書鳥として使えると分かった時は、乱獲が各国で起こり、かなり数を減らしている。
それでも機械の発達していない世界には、大切なので
各国で飼育を始めてまだ10年という浅さだ。
「凄いなあ」
俺は、ラシャ王子の肩に留まる鳥を眺めていたら
彼は俺と目が合うと狼狽えた。
「う・・、流石に貴女のような美女に見つめられると、こちらはどうして
いいものか戸惑いますね」
明らかに、そこまで美人な妻は要らないなあ、もう少し気楽な相手がいいなあと
言われているようだ。
「そうですか?それは失礼。それで、国から?」
「そうですね。国から帰還命令です。父上本人からの要請です」
淡々と内容を話している為、一瞬話しが流れそうになったが
帰還命令・国王直々にという点に
ラゼスは、いきなりむせている。
口の中にパンを詰め込み過ぎだ。
「コホッコホッ。んん・・。失礼。で、それは一体?」
どういう内容なんだと目が訴える。
ラシャ王子は、肩を竦めた。
一緒にエリクシアルの王城へ行くつもりが
この手紙で断念することになってしまったのだ。
王勅命。聞かないわけにはいかない。
だからこそ、不機嫌な顔になっていく。
「ああ、どうやら、またしてもやられたというところだ。本来、ラゼスの軍に付いて
援軍として参加したかったのだが、魔獣が凄い数で我が国を襲っているという話だ」
「ええ?」
俺が驚くと、少し離れたところでバイキング形式で、同じように朝食を採っていた騎士達が
こちらを一斉に見た。
「この魔獣というのが、我が国では見たことがない種類でね。
こちらの北でしか見られないタイプで、どうやら昨夜の内に運び込まれたらしいな」
「というと?」
「早朝、起きたばかりの時間帯に、国の者達が畑作業に出て次々に襲われた」
バーシャランの騎馬隊の面々が、席から立ち上がった。
「騎馬隊のメイン部隊はこちらに来ている。
我々は、帰還し、魔獣討伐に向かわねばならない」
ラシャ王子は苦々しげに、鳥が運んできた手紙をくしゃりと右手で握りつぶした。
「分かった。一刻も早く帰還してくれ」
ラゼスも将軍も他のエリクシアルの騎士達も同様に頷く。
騎士達で何やら励まし合いが起こっていた。
お互い自国が大変な局面。
お互い、生き延びようと握手を交わす者もいた。
「有難う」
ラシャ王子は席を立つと、隣りの席にいるラゼスと向かい合い堅く握手を交わし、
直ぐに側近を始め隊長や他の騎士達に出立準備を急がせた。
あちらが帰還の出立準備を始めたところで、こちらも王城へ攻め入る作戦会議に入る。
スパイとしての役割を持っている者達が
城の中の警備や外や王都内の市民について調査してきたことを報告があり
王城周辺の地図を広げて、念入りな計画を話し合っている。
こちらは百人。
あちらは5千。
どう戦うのか。
「ああ、俺の部隊は徐々にこちらに着くことになっている。
1度に城を離れるわけにはいかないからな」
5千の内、千は動かないそうだ。
3将軍も実際は、動くかどうか。
「王女が王子達3人を離宮へ移らせたということですが、侍女達からは、
貴族専用の牢である東の塔へ幽閉したと聞いています」
なんとか脱出させなければならない。
「陛下は?」
報告を受けているラゼスは、兄が生きているのか心配だった。
「はい。医師は、毒を抜く薬を投与しているとのことで、回復に向かっています。
ただ、飲まされていた花の成分が麻薬なので、完全に抜けるまでに1年は掛かるとのことです」
幻覚が見えるとかで、まだ意識はある時と眠り続けている時とあり
人前に出るのは難しいようだ。
「くそ。兄が実の娘にやられるとは、信じられない」
ラゼスは、悔しそうにテーブルを叩く。
姪である王女リーシェは、もはや狂っているとしか思えない。
そこまで追い詰めたのは自分だと思うと、さらに落ち込むようだ。
「ラゼス公」
「なあ、将軍。人を好きになったとして、相手は別の者を好きな場合
諦めきれないものだろうか?俺は、リーシェの立場になったことがないから
あいつの気持ちが全く理解出来ない。
俺は、好きな人が俺に振り向くことが出来ないなら、
好きな人が幸せになってくれたら、それでいいと思うのだが、おかしいか?」
チラリとマキトを見る。直ぐに視線は、将軍へ移るがマキトはその視線に気付いた。
「ユーシィ」
「俺は、リーシェを兄の子としか見ていない。姪だとしか思えないのに
恋愛対象で意識して欲しいと言われても、無理だ。
兄の子なんだ。小さい時から、小さな可愛い姪としか考えられなかった。
女性として意識していない。どうして、あいつは理解してくれないのだろう」
「ラゼス公」
あまりにも必死に訴える為、将軍もマキトも驚いた。
「もしも、もしもマキトが俺を選ばなかったら、その時は
俺は身を引き、マキトの幸せを願う」
その言葉は、他の者達には意味が分からないだろう。
俺への言葉。
俺が異世界から来たことを、自分の事を洗いざらい話した日を思い出す。
だからその言葉は、俺に向けて言っているのだ。
元の世界へ戻る場合、彼は身を引くと。
王女のようにしつこく足掻かないと。
迷っている俺に、この言葉は有り難いのか寂しいのか。
元の世界へ戻ることになって、引き止められるよりは、その身を案じてくれるなら
いいことなのかもしれない。
でも、この世界に一緒にと願ってくれないことは、贅沢な願いなんだが寂しい気がする。
ふと顔を上げると、今度こそラゼスさんと目が合う。
そこで笑みを見ると、複雑だ。
俺は、貴方のようにまだ決断出来ない。
まだ迷っている。
あくる日、ラシャ王子一行は自国バーシャランへ向けて出立。
それをラゼス、将軍、俺や将軍の騎士達が見送る。
馬車に乗る前に、再会の約束と握手を何度もして。
そして、その日の昼過ぎ。
王城とその王都周辺に騎士達が戦闘配備についた知らせが届いた。
青将軍の騎士部隊千人が王都のあちこちへ移り、青将軍側へ付くという
吉報も届く。
この日から、王女リーシェの王族側と、王弟ラゼス公爵と青将軍側との内乱となる。