女神の力
ふと顔を上げると、ラゼスさんとラシャ王子に、エリクシアル国の騎士団がいる。
どうやら嵌められたという言葉が聞こえる。
それも信頼していた警備隊の仲間の裏切りで、窮地に陥っていると。
この場面は、天使に会う前の・・。
こちらの世界へ、天使は戻してくれたんだ。
これから8か月、俺はユーシィを助けなくては。
絶対に死なせない。
それにしても本当にロッサさんが、ラゼスさんの事を逐一報告していたのだろうか?
俺はどうしても知りたくて、天使が与えてくれた女神の力を使い
ラゼスさんの窮地を救いたいと思った。
裏切り者だという事が、子爵から将軍へ渡された手紙で分かってしまっている。
わざわざ報告された手紙を将軍へ渡すということが、おかしい。
でも、ここで勝手な行動を取れば、皆に迷惑を掛けるし。
長い時間、彼らはラシャ王子のテント内で話し合いがもたれた。
作戦としては、手紙の通りに事を進め
王弟の人質役をそのまま続けて
王都へ入り、なんとか第1王子に会う。
宰相の事も気がかりで、屋敷へ潜入班と、盗賊を嵌めた男の存在も同時に探す事も
将軍は指示する。
再度、ラシエ村にもロッサを確保する必要があるが、この時点で逃げている可能性もある。
何故ロッサが裏切る行為をしたのか気になるし、
手紙の内容からは、俺に気が向くようにした内容だとラゼスさんは言っている。
王弟とその腹心に近い仲の将軍の軍隊を反逆者として
祀り上げて、市民を巻き込むことも考えられる。
そんなことをして、喜ぶのが宰相代理のバッフェル子爵?
否、子爵の上をいく人物がいるような気がしてならない。
ロッサは、その上の人物から指示を受けているように感じる。
ロッサをラゼスさんの前に連れて来たい。
どうすれば。
ああ、天使は最後に言っていたな。
『祈れば、大抵はその力は発揮される』
「マキト。気分でも悪いのか?」
ふいに頭の上から声が掛かった。
現在、俺はテント前で簡易椅子に座り込んでいる状態。
今夜は野宿になる。
周囲は軍隊の野営地かとし、あちこちにテントが並んでいる。
その中、バーシャランのテントで、侍女達と過していたが、どうしても気になるので
沈黙していたのを心配されたようだ。
「侍女長が夫人の様子がおかしいと呼びに来たぞ」
「ごめん、ユーシィ」
「大丈夫か?済まないな。どうやら国の内乱になりそうだ」
ラゼスは、頬を緩めマキトの頭を撫でる。
マキトには、その存在で癒す力があるのだと天使が教えてくれたこともあり
不機嫌そうな男の顔に、笑みが戻ったことで気分が少し上昇だ。
「ユーシィ。俺は、まだ言っていないことがあるんだ」
今天使から得た期限付きの力なんだけども。
「ん?」
「俺は、祈りの力を持ってる。ロッサをここへ呼び込もうと思う」
「祈り?」
コクンと肯定の意味で頭を上下させた。
「祈りの力とは?」
「今まで俺には何もなかったんだ。でも、今天使が俺に一時的に力を与えてくれた」
「天使?」
「ああ。俺は、ユーシィの力になりたい」
「マキト」
「だから、祈る。ロッサに聞きたいんだ。半年一緒にいた仲間だけど、どうして
こんなことになったのか。何か弱みでも握られているのか、聞きたいんだ」
警備隊で裏切りがあったとは、信じたくない。
だから俺は、説明を聞きたい。ここへ彼を導いてくれ。俺とユーシィの下へ。
それから、夕食を取り、各自テントで休息。
すっかり夜の闇が訪れ、真っ暗で見張りのたき火の灯りしかない中
見張りの騎士が旅人だと言い張る男を確保してきた。
「離せ」
喚いて暴れているが、聞き覚えのある声だ。
将軍、ラゼス、ラシャ王子、両国の騎士隊長の前に、その男は騎士に両腕を掴まれて
やって来た。
本当に、祈りは届いた。
その周囲は、明るくなるように火が灯される。
マキトは、テントから少し離れて聞き耳を立てた。
「ロッサ、どうして旅人になっているんだ?警備隊の仕事はどうした?」
ラゼスは、彼に質問を投げかけた。
しばらく沈黙を続けたが、目の前に伝書鳥で飛ばしたはずの手紙を出され
ヒュッと息を呑んだ。
「どうして、それが」
「ロッサ、お前の字だな」
「ああ」
「これはバッフェル子爵が将軍へ渡したものだ」
「何だって?あのキツネめ」
チッと舌を鳴らし、観念したように静かになった。
「俺を煮るなり焼くなり、どうぞ」
その言葉で、裏切って開き直った人間としてラゼスは認識して
肩を落とした。
本当に裏切ったんだなとか、仲間だと信じていたのにという言葉を飲みこんで。
ラゼスさんは、俺がいない時でもロッサや他の警備隊も仲間だった。
この半年という短い期間だったけど、俺も楽しかった。
5人の中のムードメーカーだった。
それなのに、全て嘘で、スパイだったかと思うと、悔しい。
俺は、テント前に来るとテント前の騎士の反対を押し切って入口の幕を翻した。
中に居た全員が驚いている。
なにしろ、癒し系美人でメロンの女性が怒って入って来たのだ。
天使の言うところの女神が怒っている。
「ロッサ。それは本当なの?」
俺は怒って、いつの間にか縛られているロッサの襟首を掴んで
左右に揺する。
「う、え・・ぐ」
「全て吐きなさい。誰の指図」
吐け~、吐け~と念じながら、揺すったことで、ロッサが白目を向きそうになり
ラゼスに慌てて襟首を持ち上げる手を止められた。
「ぐふっ・・う」
「ロッサ、誰に頼まれた?リーシェ姫?」
俺が頭の中に浮かんだ名前を叫ぶと、体を竦めた。
おいおい、いきなり確信かよ。
「リーシェ王女から頼まれたというのか?ロッサ?どこで会った?
身分からして、お前と王女が出会う機会はなかったはず」
将軍が睨むと、ロッサは尻もちをついた形で項垂れる。
「半年前、村で」
ポツリと零した言葉に、ラゼスは顔を真っ青にさせた。
様子のおかしいことに気付いた俺は、俺を掴んでいた腕を外して
近くの椅子へ座らせ、控えていた騎士に水を頼んだ。
「村で滞在していた間に、お前が会う機会があったというのか?」
将軍は、そのまま問質を続ける。
「ああ、呼び出された。俺は、どうしても来年婚約者と結婚したかった。
俺の家の事情を出されて、要求を飲んだ。飲まなければ、婚約者が他の貴族へ
王女が・・うう」
「お前の実家は、男爵だったな。この辺境の地へ行かされたということは」
「ああ、資産も少ない危ない家だ。婚約者は、同じ男爵家だが条件が良ければ
父親が相手を替えるだろう。それを逃れる為に、多少割のいい仕事として
引き受けた。王女は、婚約者の彼女の父親に条件の良い侯爵との縁談をさせると
言ってきた。だから、俺は王女のスパイを引き受けた」
村でのラゼスとマキトの生活状況。誰が訪ねてきたとか、弱みを調べたり。
王女がマキトを侍女にという話しを条件に出した場合、
隣国の王子がどう動くのかも計算づくだった。
王城内がおかしいのは、もう1人隣国へスパイしている騎士が
王の庭から盗んだ花の成分で、操っていること。
子爵が宰相の代理をしているのは、宰相を毎日少量の毒入り茶を飲ませて
体調を悪くさせたことによること。
飲ませたのは、宰相の2番目の側室。子爵の姉。毒だとは知らないで、飲ませている。
王の体調が悪いのは、王女自ら介護をしながら、毒を飲ませているから。
他の王子も王女もこの事実は知らない。
全て暴露されて、聞いた全員が絶句した。
その先がどうなるのか予想していないのか。
女の考える事だから、爪が甘いというか、ロッサが自供するとは思わなかったのだろうか?
「予定では、ラゼス公もラシャ王子も今の時点で亡くなっているはずだった」
魔獣は、王女の味方をしている魔術師が捉えて、王女に味方する者達が
この地へ放した。
ラシャ王子が、村へ到着した頃の話しだ。
負傷しながらのところを盗賊団に襲わせて。
そして、そこへ到着した自国の騎士団の軍勢で、王弟を救出、隣国の軍隊と王子を捉える
手筈だった。
「今、俺が捕まったことで、いろいろ計画を練り直すだろうな。
俺は、子爵にしてやられたわけだし、王女も子爵に反撃されていると思う」
「つまり、ここまでの計画は王女だが、計画が失敗した場合は、
子爵はこの国を乗っ取るつもりということか?」
「そうだろうね。俺がその手紙を出したことをバラしたんだ。
もしもラゼス公が生きていたら、調べられるから直ぐに自分が捕まると考える。
それを反逆者として、直ぐに広め、丁度王女が王の体調を崩させているし
宰相もいない。やりたい放題だろ」
それにと付け加え、ロッサは後ろへ顔を向け
「今、伝書鳥を飛ばした奴が、子爵のスパイかな」
バサバサと、鳥が羽ばたく音がかすかに聞こえる。
伝書鳥は、夜目が効くので、夜の闇でも放すことが出来る。
将軍がすぐさま入口の幕を開け、伝書鳥を飛ばした騎士に向かって走り出した。
俺は、伝書鳥が城へ向かわず、このテントへ戻ってくるように祈った。
俺の下へ、来い。
間もなく伝書鳥が戻ってきたけど、こちらは手紙は既になかった。
城へ向けて飛ばした騎士は、
将軍とその部下達が凄い勢いで追いかけて、死にもの狂いで逃げたものの
結局捕まった。
尋問するとかの話になっていたが、将軍達のみで行うとか。
俺は祈ったことで力を使い果たし、疲れて動けなくなった。
願い事が大きくなっていくとか、その祈りの範囲が広がると
それだけ消耗するらしくて、ぐったりしてしまった。
「マキト、休んだ方がいい」
ラゼスさんに言われたけど、もう自分でテントへ戻る力もなく
眠気もあり、ぼんやりしていた。
誰かが何かを言っているようなのに、その内容が頭に入って来ない。
体が浮いて、誰かに運ばれている感覚がした。
もしかしたら、ラゼスさんかなと思いつつ、俺はそのまま意識を手放した。