拾われました
そんな無茶苦茶な話があるか。
これはきっと夢の中の話。
チチチチ。
実に不自然に静かな中、耳をすませば鳥の鳴き声が聞こえる。
水音もチャプチャプと。
バサバサと空を飛ぶ鳥か何かの羽根の音。
いやいやあのマンションの俺の部屋ではありえない。
目を開けたいが、開けるのが怖い。
手や顔には草の匂いや感触がしている。
動かないというのも拙いかもしれない。
ゆっくりと目を開けて、うつぶせになっている自分の体を起こして
周囲をゆっくりと見渡してみる。
自分がいる場所。
そこが部屋の中ではなく、外。しかも・・・。
「なんだ、ここ」
見渡す限りの自然。自然がある。自然だ。
どう見ても鬱蒼とした木々が生い茂る森の中。視線の先の方には湖があるのみ。
今にも森の中から熊さんが出てきそう。
頭の中で、ある日の森の熊とお嬢さんの出会いの歌が浮かんでくる。
そういえば山で迷子の時は、なるべくその場を動かないとか、救助を待つとか
いろいろ言われたことあるけど、どう連絡すればいい?
天使は行先は異世界だと言っていたはず。
と、なると
今の俺には山で迷子になった場合の対策は、役に立たない~。
ガックリと頭が垂れる。
どうするんだよ。
大体、天使の問題児が婚約解消して、俺と結婚する気だとかどういう話なんだよ。
そんな女知らないし、
俺、全然関係ないし。
しかも、男の俺が俺の理想としている女の子にされて
異世界へ放り出すってどんなお仕置きだ。
イケメンになるべく努力した俺はなんなんだよ。
確かにモテて、調子良い奴に見えたかもしれないけどさ。
暴挙吐いた天使に説教してやりたい。
「はあ・・」
深い溜息が出る。
どこだか分からない異世界の森の中で、ひとり。
「俺、これからどうすんだよ」
今の状況で、何の足しにもならない華奢で癒し系カワイ子ちゃん姿で、
着ている服は、森には不向きなピンク系のワンピース。
はだしで靴すら履いてない。
靴くらい用意してくれてもいいのに。
靴なしじゃ、歩くの困るじゃないか。
古代人のように、裸足の世界か?
文句ばかりしか浮かばない。
元の男の体だったら。もっとマシな体力があったはずなのに。
なんて弱弱しい手だ。
俺の体~。
へたりこんだ状態で、ふと視線が胸のふくらみへ。
俺の理想とした見ただけでも柔らかそうな白い肌の・・・。
「胸。しかもマスクメロンサイズ」
両手で出来たばかりの胸を触ってみると、もちもち感があって柔らかい、その重みも感じる。
「へえ、凄いなあ」
マスクメロンサイズの胸をにやけ顔でモミモミしていると、
背後から草を踏みながら歩いてくる、何かの気配を感じて硬直する。
(うわ。自分で自分の胸揉む変態と思われる・・)
慌てて手を離して、音のする方向へ顔を向けてどうするかを頭の中でシミュレーション。
(熊なら、静かに逃げるかな。死んだふりは通用しないか。何か大きな音を立てるだったかな)
しゃがみこんだ姿勢から、匍匐前進する体制に入る。
ここはなんと言っても異世界。
悪魔とか魔族とか人外的な物に当たれば、どうなるやら。
人間でありますように。
あ、出来れば言葉が通じますように。
小説だとかマンガとかの見過ぎかもしれないけど。
異世界で言葉が通じないと、心細過ぎ。
ガサガサガサ。
大きく茂った草をかき分ける音が聞こえたと思うと、熊かと思うような男が顔を出した。
「うわ」
「わ」
お互い驚いて、お互いが双方を見て凝視する。
「え?女の子?」
「人間?」
これが神の加護なのだろうか。
相手からの質問を律儀に答えてみる。
相手の言葉が分かり、返事が返せる。
(異世界だから、もしかしたら通じないかもと思ったが、良かった~)
初めての異世界で出会った人間との交流で、会話がスムーズに出来ることに感動。
だが、相手の男の服装が近代的ではないことに気が付いた。
(まさか。電気とか科学が発展していない時代?)
嫌な予感がする。
「どうしてこんな山の中に?しかも靴履いてない?ドレス?」
熊のようなボサボサの頭に、髭がモサモサと生えている大柄な山男は、
じろじろと奇妙な女の子として観察している。
「ああ・・、実は迷子で」
「迷子?」
「よく分からないけど、気付いたらここにいるわけで。俺も分からないんだ」
どうにか納得しそうな理由を話してみる。
異世界の話は、頭がおかしいとか言われそうなので、そこだけは控えた。
言ってもいいなら、言いたいけど。
「え?俺?女の子じゃないのか?どう見ても女の子に見えるが」
説明を聞いて、俺が俺と言ったところに注目したので、
もしかしてこいつ今までの説明よりもそこが気になった?
「あ・・、今は女です。」
「?」
納得しない顔をされて、元男だとは言いたくもなく、敢えて現状を強調することした。
「女です」
男はようやく納得し、裸足では歩けないだろうと、おんぶしてくれることになった。
背を向けてしゃがみこむ男に少し抵抗はあったものの、今の状況ではどうにもならないと判断し
信用することにして、男の背に体を預けた。
男の背は大きく、流石だと思うような鍛えてある筋肉質の体だ。
異世界の男はこんな感じだろうなあ。
鉈のような大きな物を腰に差しているので
狩りか木こりだろうかと想像しながら、ゆっくりと歩く男の背から周囲を観察。
「ここがどこかは分からないわけだな」
「ああ」
「ここは、エリクシアル国の北にあるラシエ村。この森は、ルトワナ女神の森と言われている」
「へえ、そうなんだ」
(世界の地理にもない国で、女神の森か。あの天使が言っていた通り、ここは異世界だってことか。)
彼は、猟のついでに薪を集める為に森へ入って来たところで、俺に出くわした。
「名前、まだ言ってなかったな。俺は、この国の騎士で村の警備隊をしているユーシィ・ラゼス。
ユーシィと呼んでくれ」
「明らかに年上の方を名前呼びは。しかも呼び捨て・・失礼な気がします」
(騎士。こんなナリで騎士なのか。熊が狩りをしているみたいだ)
「それなら、好きなように呼んでくれ」
「普段は何と呼ばれているのですか?」
「大抵はラゼス」
「それなら、同じように」
「分かった」
それから彼は歩くことに専念していた為沈黙していたが、
自分の名を名乗っていなかったことに気付き
改めて名乗ることにした。
「俺は、マキト・ナナオカ。マキトで。」
「分かった」
俺を背負っていたこともあり、彼1人なら30分掛かるところを
1時間かけて山を降りると、小さな村に到着した。
人口200人前後という小さな村だそうだ。
ファンタジー・ゲームを思い浮かべる世界観だなというのが感想だ。
生きて行くには、この世界の常識を知る必要もあるし
この山男に協力を求めるしか道がないかな。
俺はこの先のことを冷静に考えた。
レンガ作りの家や木で作られた家。囲いは木や竹のような物が使われている。
地面は土のみ。
アスファルトなどは、ない。
それぞれの敷地には、TVで紹介されたことがあるような
ヨーロッパの片田舎を思わせる家々と庭、そして周囲の囲い。
家畜は豚のような生き物、牛のような生き物に。鶏?。
馬?馬のような馬?頭に一本角があって、ユニコーンのような気もするけど
色が茶色系だから馬?
背中におぶわれながら、村の様子を伺うと、あちこちから村民の視線。
「ラゼスさん、その女の子は?」
山男と親しそうな中年の男1人、モタモタした感じでやってきた。
「ああ、森で迷子を拾った」
「へえ、それは大変だったね」
俺と目が合うと、おやっという顔をさせて耳を赤くさせた。
「うわあ、これは綺麗な子だな。どこかの貴族の子かな?」
中年の男がラゼスの顔を見ると、ラゼスはマキトへ顔を向けようとした。
「いや、俺は貴族じゃない。一般の普通のただの人間。」
言い切った俺に、ラゼスは苦笑している。
「だ、そうだ。いろいろ複雑な家庭環境でここに置いて行かれたみたいだ」
「それは、可哀相に」
上手いこと言い逃れ説明をしてくれたラゼスは、自分が詰めている場所。
村の警備詰所、裏手に警備隊員の宿舎で住居へ連れて来た。
警備隊は5人。田舎貴族出身や田舎出身ののんびりした性格の者ばかり。
「へえ、またラゼスさん可愛い子を連れてきたねえ」
「名前は?」
20代2人、30代、40代と田舎騎士という風情の男性に
いつのまにか一緒に着いてきた村人の何人かに囲まれ
躊躇したものの、マキトはラゼスの背から降りるとお辞儀をした。
「初めまして。俺は、気が付いたら森にいて、迷子のところをラゼスさんに拾われた
マキト・ナナオカと言います。行く宛てもないので、仕事が見つかるか
どうするべきかはっきり出来るまでよろしくお願いします」
しっかりと先回り挨拶をした。
男性陣は、驚いた様子だが笑っている。
「はは、まあ、ラゼスさんがみるしかないぞ」
「そうそう」
「ラゼスさんが、面倒みるなら」
わははと、周囲が笑うとラゼスは焦っていた。
「ちょっと待て。男所帯に女の子はまずい。誰か預かる家はないのか?」
村人たちは顔を見合わせ
「そうだな。それはまずいか」
呼ばれた村長や女性何人かがラゼスと話し合い、村長の家の離れで宿泊し
警備隊詰所の清掃や食事を作る仕事を任されることになった。
丁度1週間前に隣り村(馬で30分)から通い家政婦をしていた女性が、家庭の事情で
辞めたばかり。その後釜に納まることになったのだった。