陰謀
王都へ3両の馬車と50人程の屈強な騎馬隊の一行が道を急いでいた。
辺境の地、ラシエ村から5日掛かると聞いていたものの
山を越えるということが、いかに大変かを身に染みた。
1日目の夕刻は、山頂付近で魔獣が5匹の群れで襲い、騎士達が上手い具合に退治。
5匹が狩りをするように馬を追いかけて行くので、それを計算して
10人の騎士が、弓で一斉に射るとか。
掛け声がまた格好良い。
「打て」
「・・、左。・・右へ」
「走れ」
2人左右に回り込んだところで。
「今だ」
飛びかかったところを横へ移動していた者が、2人で左右から横突き。
最後に背後から飛び乗って突く。
神業だ。
木の上からの襲撃に備えて、降りてきた所を上から剣を一突きとか。
その無駄のない動きに、鍛えられた力に驚くばかりだ。
馬車からその戦いを見ることになったが、
映画の一場面を見ているようだった。
危機感がないと言われそうだが、本当に人間てこんなに柔軟に剣さばきが出来るのだと
確信した。
魔獣退治にいくつかの方法があり、騎馬隊には5つまで作戦があるそうで
今見た光景は、その作戦を2つ目まで使ったそうだ。
夕刻なので、日が完全に沈む前までが勝負。
全部見たかったが、5つ目までを使う時は、最終作戦に入ることを示し
これを外すと後がないと聞くと
ちょっとどころか背筋が寒かった。
「しかし、珍しいな。この魔獣は久しぶりに見た」
「そうですね。この辺りでは見ないと聞いていましたね」
隣国の騎士達がタオルで血しぶきを拭き取りながら、不思議そうに零した。
その2日後には、盗賊と遭遇。
いかにも前からこの道を王子一行が通ることを知っていたような襲い方だ。
流石はと思うような騎士達の活躍。
山の中、崖上からバラバラと剣を振り回したり、飛んで降りてきたりの盗賊団。
大柄な男や顔に傷があるもの、いかつい顔の者、とにかく柄が悪い者の集団だ。
魔術師はいないようで、煙玉やら、2本の剣の使い手とか
いろいろなパフォーマーぶりだ。
計画的に馬車を狙っているのだが、騎馬隊の方が一枚上手。
剣が振られると、直ぐに打ち返し、マントが翻り
留めの一撃。
「うわあ」
「でやああ」
いろいろな奇声や掛け声が聞こえるが、力の差は歴然。
騎士の中には2人ほど怪我をした者がいたが、他の騎士達がなんなく打倒してしまった。
盗賊一派は、総勢20人。
指示を出していた頭的存在を除いて、全て倒した。
強い騎士達に、俺は心の中で拍手喝采している。
ひと段落したところで、辺りに襲撃の気配も何もないことを調べ
一行も休息をとることになった。
騎馬隊の隊長は頭的存在の男を縄で縛り、首に短刀を突きつけて相手を牽制。
急遽大怪我ではないが、切り傷、かすり傷等の化膿を防ぐ為にも
全員の健康診断することにし
簡易テントが張られた。
尋問は、その端で行われた。
「ここへ我らが通ること誰から聞いた」
「さあな」
隊長が異変を訴える。この辺りには山賊はいないはず。
あまりに辺境に近い山で、人が滅多に通ることがなく
山賊業するには不向きな場所だからだ。
様子を見ると、盗賊団で、山賊でない。
そこが問題なのだと。
「誰かに王族が通ると教えられていない限りは、我々の事は分からないはずだ」
「あ?何。王族だと。俺は、貴族がここを5日後に来るからという情報を・・」
明らかに動揺し始めた男は、自分が騙されたことを知ったようだ。
「なんてことだ。俺は王都に住む盗賊団の頭だ。酒場で金になる話だと、聞いた。
情報料も結構支払った。なにしろ、かなりの貴族だからと聞いている。
まさか隣国の王族とは。しかも有名な強豪騎馬隊と一戦交えるなんて
正気の沙汰じゃねえ。知っていたら、仲間を危険な目に遭わせなかった。
なんてことだ・・・」
50代近い男が男泣きしている。
何十年と連れ添った仲間達全員を失ったのだ。
その悲しみは、計り知れないのだろう。
「誰から聞いたのかは分かるか?」
「ああ、王都内の酒場の情報屋。賭場のザンゴというケチな男だ。
だが、あの男の情報はいつも確かだ。
まさか嵌められるとは・・くそっ」
頭と名乗る男の集団は、王都を拠点とした有名な盗賊団として名を知れ渡らせていた。
それほど金に困っていない盗賊団だったが、
一世一代の大儲けが出来たらと話を盗賊仲間達にしていたこともあり
情報屋に儲け話があれば言ってくれとも前から言っていた。
そこへそのひとり、ザンゴという男から
この道を通る貴族の情報を聞き、その情報を買ったということだ。
単なる金持ちの貴族と聞いていたが、実際は隣国の王子の一行。
有名な強豪騎馬隊も引き連れている。
勝てるわけがない。
「何故嵌められたと思う?そいつに何かしたのか?」
情報屋が嵌めるなんてことあるのか、客なのに。
信用問題もあるはず。
他の騎士が質問すると、男は笑う。
「あいつが誰かを嵌めることは初耳だ。あいつも騙されたのかもしれんな」
「その男を捕まえる。もう少し詳しい情報をくれないか。
そうすれば、多少は恩赦があると思うが」
男は首を振る。
「恩赦はいい。仲間は皆死んで俺だけ助かるのは無様過ぎる。
だが、あいつを捕まえてくれるなら
情報を渡そう。必ず、捕まえてくれ」
盗賊の頭は、皆と逝きたいという事で、他の盗賊と同じように
山道の脇に石の墓が建てられた。
「偶然だとは思えない。我々を狙っている者がいるようだな」
「隊長」
「王子と公に相談だ」
マントを翻し、騎馬隊は人数確認、怪我人の治療を行い、その場から一行は出立した。
馬車の2両目にラシャ王子とラゼスは乗り込んでいた。
その馬車へ極秘会議ということで、隊長、副隊長が乗り込み、王子へ報告している。
「何。先ほどの盗賊は王都からだと」
「どうやら、この一行を狙う奴がいるものと思われます」
「俺達夫婦がいることも知っているのだろうか?それともラシャを狙ったのか?」
今回2回の襲撃で、確実に狙われている気がする。
ラゼスが王都にいる貴族や王族で、隣国の王子の命を狙って、誰が特になるというのか
犯人の検討をすると、ラシャは俯いた。
「エリクシアル王が私の国を属国にすることを考えるとは思えないのだが」
「ああ、兄上は戦争がお嫌いだ。現状維持を考えているはずだ」
「ユーシィ。俺の国を狙って、得する貴族は?それかこの国の貴族間で誰かを陥れるという可能性は?」
「ああ、半年前に会った時に、兄上が心配していたのは、宰相の義弟だ。
今年35歳で独身。小さな問題をいくつか起こしているようだから、危惧していた」
「宰相の妻の弟か」
「ん~、宰相の2番目の妻だな。正妻は恋愛だったはずだから。2番目は確か、政略結婚だ。
妻の弟は、宰相の義弟ということで、幅を利かせて困りごとを作り、王がよく宰相を窘めていると」
宰相の2番目の妻の弟の爵位は、子爵。姉が宰相の妻だということで、
発言力を強めて来ていることで悩んでいたことを話すと、ラシャは怒った。
「もしかしなくとも、私達の国を侮辱しているな。その子爵」
「なあ、もしかして王女へ手紙も贈り物も渡っていない可能性もあるぞ。
今回の婚姻の条件にしても、誰も止めなかったというのが、おかしい。
おかしな文章を書いていないか、侍女長も確認するはず。もちろん外交をしている臣下も
存在している。リーシェとはどんな方法で連絡を取っていたんだ?」
リーシェに直接隣国へ手紙を渡せる内密の家臣なんてものは、いなかったはずだ。
「そういえば、こちらは使者をだし、手紙と贈り物を月に1度届けている。
あちらの手紙は、その時に使者が受け取っているが気にしたことがなかった」
通常通りで、問題なく。
計画的に何かをしようと企んでいる気がしてならないと言うラゼスに
一同は頷いた。
「ラゼス公の意見に賛同致します。1日目の魔獣に関しても、
この山頂付近では見られないものでしたから。
誰かが故意にこちらへなんらかの手段で運び込んだかしなければ、考えられない」
隊長が言葉を選びながら話し、それ副隊長の女性も頷いた。
「そうです。あの魔獣がいたことは驚きました。あれは、
この国の北の国との国境近くの山にいるもの。
この付近では、聞いたことがありません」
リーシェ王女の計画なのか、宰相の義弟か。
「ユーシィ。魔獣を捉える程、こちらは技術か何かを持っているのか?」
「いや、まさか。魔獣を捉えるなんて、余程の・・・」
「心当たりでも?」
「この国に3人いる魔術師か宮廷薬師なら、出来そうかなと思う」
魔術か薬で。
ガコン。
何か馬車の車輪に引っかかるものがあり、大きく傾ぐ。
馬車が止まると、周囲にいる騎馬隊も止まる。
「なんだ?」
「見て参ります」
隊長が、馬車を降りると目の前には槍を持った騎士。その背後には軍隊。
「え?」
その騎士の特長は、この国の物。
バーシャランの隊長は、次に続けるはずの言葉を飲んだ。
「どうした?」
ラゼスが馬車から顔を出すと、自国の騎士が目を見張り、
ラゼスを確認してホッとした顔になる。
「ラゼス公、ご無事ですか?」
槍を持ち、武装している面々に出会い、ラゼスは驚いて馬車から出た。
100騎は超える軍勢だ。
「は?なんのことだ?どうして、ここに軍隊が。俺は、王都には俺が行くことを
伝えてないが」
慌てて自国の騎士達の戦闘準備を解く。
「これはどういうことだ。お前たちの隊長か将軍は誰だ」
「私です、公。お久しぶりです。無事保護出来たこと安心いたしました」
王都でラゼスとは仲が良く、信頼出来る一人。青の将軍ザルタス。
大柄でユーモアのある40前半の男だ。ちなみに妻子(3人)あり。
馬から降り、騎士の礼をする。
「どうして、お前が?」
「はて。俺は、貴方が人質として連れ去られたとバッフェル子爵から話を伺いました」
違うのですか?と返答が返ってきた。
「それに、この話しは、警備隊からの通達です」
「通達?伝書鳥が使われたのか。それも警備隊からだと?」
ラゼスが大声を上げると、いつの間にか隣りに立っていたラシャ王子も驚く。
「そんなバカな。誰からだ?」
「こちらをご覧下さい」
将軍が懐から小さな手紙を取り出し、ラゼスに渡した。
そこには子爵宛てに、ロッサの名が記されていた。
しかも、王弟ラゼス公が女神のような容姿である奥方と人質として
隣国バーシャランの王子に捉えられたことになっている。
「ロッサが・・子爵と通じていたのか。王都は、王都は今どうなっている」
ラゼスが慌てると、将軍は肩を落としながら
宰相が倒れて、何故か代理でバッフェル子爵が就いていること。
王も体調が悪くひと月前から朝議にも出られない状態で、王の代理で第1王子が
立ち会っていることが告げられた。
ラゼスは振り向くと、ラシャと目を合わせた。
「ユーシィ。どうやら我々は謀られたようだな。子爵は、君の仲間であるロッサを
裏切り者として認識させる為に、その手紙で証拠を渡している。
裏切りをこちらがこのような形で知らされたことで、ロッサも嵌められたと思う。
王都は、その子爵の手に堕ちていると思われる」
その言葉に頷き
「将軍は、どう思う」
と、問う。
「突然のことで驚いております。
今の話をなんとか解釈するなら、俺はここへ来てしまったことで公を拙い立場に
追い込んだ気がします。
本来は、王弟殿の奪還作戦をしているはずですが
100騎連れて来てしまっています。
今まで公達が何らかの仕掛けをされて大変な目に遭っているということで
本来は、無事では済まないところ。
ほとんど無事という話になるなら
王弟殿と王位奪回の戦を仕掛けるとか作り話が出来ている可能性があります。
こちらへ来たのは、内密にとのことで、他の将軍達にも知らされていないはずなので」
子爵が王位を狙っているとしたら、、ひとりでも王族は減らしたい。
反逆者に仕立て上げれば、民を動かしやすいし
軍隊も動かしやすい。
将軍は、大きく肩を揺らし
「まさか。こんな手に俺が踊らされたとは。子爵が宰相の代理という事が
そもそもおかしいと何故思わなかったのか、城にいた頃は、
俺自身おかしかった」
「そうだな。義弟が宰相職に就くことがまずおかしい。誰も異議は?」
子爵でたかだか宰相の2番目の妻の弟だ。何故宰相の職を代理で出来るのかが問題だ。
宰相職は、それなりの者がなる。宰相は、本当に義弟を推薦したのだろうか?
「ただ、何故か了承してしまったような」
「何か変わったこととか、おかしな現象とかなかったか?」
「・・ああ。そういえば。あの香りは・・。今気付きました。
思考をおかしくする麻薬の花レリイシーだ」
隣国バーシャランにしか咲かない花だ。
どこに株や種を撒こうが、よその土地では根付かない。
バーシャランにしか咲かない花で、国外には持ちだせない規則がある。
ラシャ王子は、青ざめた。
「私の国の花がどういうルートで?持ちだせないように王の庭でしか咲いていないはずだ。
誰がそれを盗んで国境を越えたというのだ?小国ゆえ国境は厳しくしているはずなのに」
ラシャ王子は自分の臣下たちに訴えると、騎馬隊の騎士達も頷いている。
ラゼスの方は、再度手紙を読み直し、ロッサの名を確認して溜息を吐いた。
長年一緒に仕事をしていた仲間の一人だっただけに、裏切り行為に落胆が大きい。
「ロッサが裏切るとは思わなかった」
「だが、その者も嵌められたということです。字は本物ですか?」
将軍が問質するが、見慣れた文字。
手紙の内容は、自分の事や事細かに村の話が書いてある。
ラゼス夫人を独身である子爵にも興味を持つようにもされている。
もしかしたら、ロッサは子爵も陥れるつもりなのか?
王弟の妻に興味を持たせて、彼が妻にしようと画策させるように。
別の者の配下ではないかと示唆する。
「共犯であるものの、目的は違うという話かもしれないな」
「子爵は王位、王女は貴方を?」
「ラシャ王子は、駒に使われたことになる」
3両目の馬車に乗っていたマキトは、馬車が止まり、外が騒がしいことで
こっそりと降りていた。
近くにいた騎士には、大丈夫だからと促し、2両目の馬車の後方で
ラゼス達の話しを伺っていた。
ロッサが裏切っていた?本当に?
子爵の下剋上?
なんだか雰囲気がシリアス過ぎて、俺には何が何だか。
ただ言えることは、この旅がピンチなんだ。