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願いごと

「はあ?」


隣国の王子と小規模の軍隊が、この村へ滞在するという話と

自分が第2王女の侍女になる話が出ていると聞き、俺は持っていたおたまを落とした。


「なんでやねん」



しーん。




大阪弁で手を翻してみたが、ラゼスには通じなかった。


くそ。一応ボケつっこみをしてみたかったが、相手が堅物では通じないんだな。

ははは、乾いた笑いをしながら、方向転換。


緊張感が全くなくならないので、俺はサッサと夕食の準備を整え

いつでも食べられる状態にしてから、食卓テーブルの前で項垂れて

突っ立っている男の前に立った。


「それで?隣国の王子と話し合いをしたのか?」

そこが気になるところだ。俺が隣国へ行くことになってしまう。

ラゼスは先ほどから仏頂面。


「これからだ。今は着いたばかりで、宿泊準備で忙しいことと、休息時間を入れるらしい」

溜息交じりでようやく口にした言葉には、本人も不安な事が知れる。

俺はなんとも言えず。

「そうなんだ」



目が合うと、腕が伸びて来て、いきなり抱きこまれて、その主は大きく深呼吸音。

なんだ?愛情不足か?安心不足か?

と、考えていたら、その腕が振るえていることに気付いた。

「ユーシィ、どうした?何か不安が?」


少し顔がずれて、顔を上げたラゼスさんと顔が触れ合ったかどうかの瞬間

水がポタリと頬を伝わったので、俺は慌てて彼の両頬を両手で挟み

顔を無理矢理合わせる。

「なんで、泣いてるんだ?」

「悪い。俺は自分が情けなくて」

「どうして?十分やってくれている。あんたが情けないなんて、誰が」

俺はラゼスさんに言葉で応戦してしまう。


「はは、そう怒るなよ。俺は、マキトがどこかへ行ってしまうことを恐れている。

異世界から来ているだけに、いつか天使が迎えに来るのじゃないかと思ってる。

今こうして半年一緒にいて、いってらっしゃいとかおかえりとか

毎日の食事を味わって、幸せを感じている。

今、いなくなったら、俺はきっと自分が生きて行く意味を失いそうなんだ」


「どうして、そんな突飛な話しになってるんだよ」

涙を甲で拭きつつ、くぐもった声で彼は語る。

「今日、リーシェの思いつきで隣国の王子にまでマキトの話しが出た瞬間に

その存在を失うという事を考えてしまった。この話しについては、相手の王子と話し合う。

決して、お前を行かせないし、この話を決着させる為にもマキトを連れて、

俺も王都へ一緒に行くことを考えている」


「ああ」


「それと同時に、いつか消えてしまうかもしれない不安の方が大きい。

消えてしまう前に、この世界にいた証を欲しいと思った。俺に残していって欲しいと思ってる。

それがマキトには酷い事を言っていると思ってるが、願ってしまう」


一生懸命訴える男が言わんとしている想い。

それは・・。


「ユーシィ」


「考えて欲しい。俺は・・」


彼はその次に出る言葉は言わない。

でも、俺には何が言いたいのか、なんとなく分かった。




それから、村長宅から言伝を預かってきた手伝い人が王子が食事へ招待してきたことで

この話はそこで終わった。




「久しぶりだな。王都中央大学卒業以来だな」

隣国バーシャランの王子は、ユーシィ・ラゼスと同じ歳で、同じ学生時代を過ごした友人同士

性格も穏やかで気さくな男性だった。

「君の隣の女性は?まるで先ほど村長から見せて頂けた女神を思い出させるな。

美人で、その・・コホン・・、理想だな」

その視線は、やはりメロンだ。

俺は苦笑しながら、第1王女が贈ってくれたドレス着ていて、ドレスの端をつまみお辞儀をした。


「私はこの国の隣の友好国バーシャランの第1王子 ラシャ・ナサラ・バーシャランだ。

紹介してくれるかな」

王子なのに、丁寧に自己紹介してくれる。


物凄い褒め言葉に、俺は背筋がゾクゾクした。

普通の女性なら、頬を赤くして照れたりする場面だと思うのだが

俺は頭の中男なので、男性から自分の姿を女性として褒めてもらっても

寒くなるのだ。


「彼女は、俺の妻。マキト・ラゼス」

夫役のラゼスが紹介したことで、俺は慌ててお辞儀をする。

「え?マキト?」

「そうだ。ラシャは、リーシェに難題を言われたことになる」


言われた王子は腕を組み、考えるしぐさをとった後に、結論をまとめたようで

「なるほど。彼女は昔から君に傾倒していたからな。まさか君から妻を奪ってやろうとは

かなり小悪魔だね」

「それでも妻に臨んでいるラシャは凄いと思うね」

ラゼスに皮肉で返された王子は、ううむと言いながら、全員を席へ促し

食事をしながらにしようと執事役にワインらしき物を頼んだ。


「まあ、その話しも兼ねて食事を始めようか」



辺境の地で、王子はまともな食事を期待していなくて、持参してきた自国の食べ物を

料理人に作らせたとかで、逆に持て成されて、マキトの探究心を煽った。


「う、旨い。こ、これはどういう調理方法ですか?」

給仕している男性を呼び止めては、マキトは持参してきたメモに書き込みしている。


「ははは、随分熱心な奥方だな」

「はは。ここでの食事は彼女が作っているからな」

警備隊の宿舎で生活していること、洗濯から三食の食事や弁当を作っていることを話すと

王子は驚く。

「へえ、王弟の妻が?それは凄いな」

「旨いぞ」

「それは羨ましい。明日にでも招待してもらえるかな」


「はい、いいですよ。お昼にされます?夕食?」

俺は、普通に話していた。

それを周囲の給仕係や背後の騎士は驚いている。


うわ、しまったと思った時は、王子は笑っていた。

「このような場所だ。お前たちは大目に見てくれ。私の友人の妻だ」

騎士達も了承し、その場は元の雰囲気へと戻った。

俺も安堵した。


「ところで、リーシェ姫は、ユーシィの妻を侍女になどと条件を言うということは

私とは婚姻を望んでないということかな」


王子の言葉に、ラゼスは木のコップの酒を飲みながら、「分からない」と零した。

「どうして?」

「俺を苦しめたいとか、マキトを俺から離そうとか、ラシャにどうとかではなく

俺達を憎く思っているのじゃないかと考えている」


不思議そうな顔をさせたので、半年前の話しをすると、王子はなるほどと頷いた。

「叔父のお前に相当入れ込んでいたわけか。この辺境の地にいるのもそういう理由か。

リーシェ姫は、もしかして恋が破れても納得出来ず、

相手を追い詰めようとの魂胆かもしれないね。まだまだ子供だ」


「早く、バーシャランへ連れて行ってくれ」

酔った勢いなのか、ラゼスが本音を吐き出したことで、王子は爆笑。

「ははは。叔父上は、お困りのようだ。だが、私も手を焼く彼女に

ちょっと呆れているところなんだよ。

そうだな。まだ大学にいた頃は、可愛らしい姫君だと思っていた。

妻にと考えていたが、こちらからの手紙や贈り物にも素っ気ない。

そろそろ婚姻の話の打診をすれば、このような結末」


王子が疲れ気味だと身振り手振りで話し、両隣りの腹心の騎士達も頷いている。

「王子、飲み過ぎでは?」

控えていた女性騎士が、後方から声を掛けると、王子はそうだなと頷いた。


「お前もそう思うだろ?たかだか女性1人。このような辺境の地へ私を行かせることに」

一国の王子であり、皇太子殿下を顎で使っているのじゃないか?

それを言いたいのだろう。

女性騎士もそれを理解しているだろうし、主を振り回している王女に何か思うところも

あるはず。

「殿下が私の意見をお伝えしてもいいという許可を頂けましたら」

「許可する」

「私も今回の条件は、殿下は振り回されていると感じております」


王子に賛同する意見を述べると

頭を下げ、木のコップを王子から受け取り、彼女は給仕へ渡す。

代わりのコップへ水が注がれると、王子の前に薦める。

「どうぞ」

「済まないね」


王子は礼を告げると、ラゼスへ向き直り。

「お前が羨ましいよ。国問題から外れ、隣には女神のような美人の妻がいて。

俺には一緒に国を見ようとしてくれる正妃が見つからない」


たぶん、リーシェ姫には無理な話で、今回の婚姻も両国の繋ぎの為の政略婚なんだろう。

隣国バーシャランは、小さな国だ。

このエリクシアル国の方が大国になる。


「ラシャ。君が嫌なら俺が助言する。妻も同行になるが、王都へ行こうと考えている」

「一緒に行ってくれるのか?」

「ああ」


「助かる」


そうして、ラシャ王子は表面上の顔ではなく、本来の青年らしい顔を

友人であるラゼスに促した。





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