これは恋愛になるのか、ならないのか
その日の夜。
どうしても心配だから、部屋の中でソファで寝るからと
ラゼスは俺の部屋に入ってきた。
「護衛だから、家具の1つとでも思ってくれ」
「・・・毛布1枚は寒くないですか?」
ラゼスの部屋は、隣だ。
だからもう1枚羽織ったらどうかと提案するが、引かない。
熟睡したくないからと拘る。
「仕事している時は、毛布すらない時もある」
「そうですが」
宿舎内の一室で揉めていたが、王族の団体が帰る明日1日までの話だからと俺は折れた。
「分かりました。風邪を引かないで下さい」
そうして、3日前から使用している宿舎でも一般的なベッドに潜り込んで、横になった。
だが、眠れない。
ここ2日ばかりは、いろいろな事があり過ぎて
体が、心が興奮している証拠かも。
俺は何度も寝返りを打つ。
その度に、彼もこちらが気になっている気配を感じる。
この時点で、このままでは絶対に2人とも睡眠不足になるのは決定していた。
ムクリと起き上がると、彼もソファから体を起こす。
「どうした」
「・・・、ラゼスさんは、眠れますか?」
「俺は仮眠程度でいい。」
「・・・」
そういえば、TVでもドラマに出てくる護衛とかは仮眠だったな。
そんなことを思い出していると、ラゼスはベッド近くまで来てくれた。
「眠れないのか?」
ベッド脇に腰を降ろしたことで、彼が物凄く身近に感じる。
月の明かりしかない薄暗い部屋で見る男は、いつもボサボサ頭の髭モサモサの山男ではない。
落ち着いているから、面白い男でもない。どちらかといえば、寡黙タイプ。
顔は、髪形を変え、髭を全て剃ったことで、渋い感じがするが爽やかなイケメンの部類だ。
騎士かと思えば、王弟という位の高い身分。
女性なら玉の輿だ。
自分が元男だったことを忘れてしまうくらい羨ましい男。
見れば見るほど、自分の頭の中の思考が女性寄りに傾いていることが分かる。
自分の両親の顔やどんなところに住んでいたのか、最近は直ぐに思い出せないくらいだ。
このまま全て忘れていくのだろうか?
彼の事を考えると、過去がどんどん分からなくなる。
この目の前の男に好意を寄せている自分は、本当におかしいのかもしれない。
「不安なのか?」
今までの過去や出自を聞かれたこともない。
俺が自分から話すまでは、待っていてくれているのかもしれないな。
そんな事を考えていると、男の親指が頬を触れて離れて行く。
思わずその手首を反射的に掴むと
その指に水滴が伺えて、いつの間にか涙が出て指で拭ってくれたことを知る。
「すみません」
ふと浮かぶ謝罪を口にすると、掴んでいた手が俺から離れ、逆に手を握られる。
「いや。まだこの村へ来て、1か月程しか経っていない。
マキトの事も自然に受け入れているものの、マキトの家の事情も聞かずに済まないと思っている。
急に俺の個人的都合で嫌な事も引き受けてくれて」
女性に甘く囁くくさいセリフだなと苦笑してしまう。
そんな事を言う若者は、現代に何人いるだろうか。
「あ、ああ。それは別に。気にしないで下さい」
謙虚な可愛い女性に見えたのかもしれない。
俺は、自分の理想を実体化した癒し系のフワフワ髪の女性だ。
引き寄せられ抱き込まれたかと思ったら、
そのまま仰向けに態勢が移り、体が後方に倒れて行く間彼の顔を見ながら、
ベッドへ押し倒されていた。
俺の中で何かが終わってしまったような気がした。
コッコー。
鶏のような鳥の朝を知らせる鳴き声で、いつものように目が覚めた。
いつもと違うのは、隣りで熟睡している存在。
仮眠程度と言っていた割には、疲れていた様子だ。
「こんなところ襲撃されたら、終わりかな」
上半身を起こすと、隣りで寝ていた男はククッと笑った。
「本当にな。俺としたことが、よく眠れた」
頭を掻きながら起き上がる彼は、鍛えられた筋肉といくつかの傷が見え隠れしている。
「そろそろ皆さんも起きてくる頃かな。支度しないと。」
まだ全てが女性でないので、俺は裸体を惜しげもなく見せつつベッドから降りるので
ラゼスは「慎みを持ってくれ」と直ぐ近くに落ちていたタオルを
俺に手渡してくれる。
「え、ああ。そうか、服着てなかった。」
俺も最近は羞恥心が芽生えてきているので、クローゼットからいつもの服を取り出すと
頭から被る。途中、メロンでつっかえるが、潰すように押し上げてなんとか。
その様子をラゼスは茫然と見ていた。
「確かに大きくて柔らかいと思うが、そんなにつかえるものなんだな」
何気にセクハラ発言。
「ははは」
乾いた笑いが出る。
「そういえば、贈ったドレスも胸辺りには何もなかったシンプルなものを選んだはずが、
何かつけていたな」
「あ、そういえば。すみません。昨日、せっかく頂いたドレスの胸部分が破れてしまって、
侍女さんが補正してくれて・・。それを隠す為に装飾を付けてました。
大きくてすみません」
頭を下げる。
「・・・・・」
セクハラ発言をされたこともあり、逆セクハラ発言をすると
彼の視線が胸に行きつき、昨夜の事を思いだして顔や耳を赤らめた。
彼の言った、ドレスの胸元の事も大きくて柔らかい感触の話も全て実体験済だからこその感想で
言った言葉を俺に返されて、恥ずかしくなったようだ。
まるで恋人のようだな。
くすくすとお互い笑い合って、お互い直ぐに我に返る。
「朝食の支度」
「見送り」
起きたのが早かったこともあり、どちらも時間になんとか間に合うことが出来た。
ただ、朝食時の食堂はいつもよりも遥かに静かな雰囲気で
ラゼスが言うところでは、皆の視線が痛かったそうだ。
これが恋愛といえるのか、まだマキトは自分の事情を考えると素直に受け入れられない。