黄昏を集める街
旅人だった俺はずっと使っていた精巧な地図にも載っていない深い森を抜けてその街へたどり着いた。
沈む太陽が街全体を赤く染める。石畳の道、風に揺れる金属の看板、どこからか漂ってくる香ばしいパンの匂い。始めてきた街なのにどこか懐かしい、不思議な雰囲気を持つ街だった。喉の渇きを感じた俺は小さな喫茶店に入りそこで眼鏡を掛けた老店主と出会った。彼はカウンター越しに一杯のコーヒーを入れてこちらに話しかけた。
「珍しいね。こんな、行き先を失った者が迷い込む街に、旅人がやって来るなんて」
「行き先を失った者...........?」
俺が首を傾げると老店主は優しい表情で言った。
「この街はね、『旅の途中で何かを諦めてしまった者』が辿り着く場所なんだよ。夢だったのか、愛する人だったのか、あるいは自分自身だったのか......何かを置いてきてしまった者が、一休みするためだけの街さ」
俺はその言葉を無性に受け入れたくなった。
俺も幻の古都を探してたびに出たものの資金は底をつき、自分の限界を感じて旅をやめようと思っていたのだ。
「あんたも.............なにかを諦めてここに?」
俺の問いに老店主は嬉しそうに微笑んだ。
「いいや、私はただの案内人さ。......覚えているかい? 君がまだほんの駆け出しの旅人だった頃。雨の日の破れテントの中で、泥まみれになりながら手帳に描いていた、あの無格好な『理想の街』のスケッチを」
俺はハッとして外へ飛び出した。赤い夕焼けに染まる街を見渡して違和感に気づく。
傾いた屋根の角度、路地の曲がり角にある真鍮の街灯。路地裏に咲く蒼い花.............
全部、俺が昔夢中で書き殴った『いつか辿り着きたい理想の街』そのものだった。
「......まさか、あんた」
追いかけて店から出てきた老店主は、夕日を背にして穏やかに立っていた。その姿が、まるで陽炎のように少しだけ透けて見えた。
「私は、君が途中で諦めてしまって捨ててしまった『情熱』そのものなんだよ」
「君が描くのをやめたからこの街は未完成のままここで夕暮れに止まっていた」
老店主は、いや老人は、俺の手に小さな何かを握らせた。
使い古された、一本の鉛筆だった。
「君が旅を辞めるなら私はこの街とともに消えるだけだ。........だけどね、私は君が描く旅の続きが、まだ見たくてたまらないんだよ」
老人の姿が、夕暮れの光に溶けるように薄くなっていく。同時に、あんなに鮮やかだった街の風景が、少しずつ霧の中に解けていくのが見えた。
「まってくれ.......!」
俺は握っていた鉛筆を握り直しバッグからスケッチブックを取り出した。
そしてそこに消えゆく街の景色と目の前の老店主の笑顔を無我夢中で書き留める。
「俺は......まだ、諦めない!!この街の先にある景色を、絶対に俺の足で見に行ってみせる!」
叫んだ瞬間、強い風が吹き俺は目を覚ました。
深い森の中、古い道標の前で倒れていた。
夕日はすでに沈み、森には静寂が訪れている。
さっきの街も、あの喫茶店も、どこにもなかった。夢だったのかもしれない。
そう思って手元を見ると、俺の手には確かに、一本のちびた鉛筆と、ページいっぱいに新しく描き足された『見たこともない素晴らしい世界の地図』が握られていた。
「...........さて、旅を続けるか」
俺はリュックを担ぎ直し満天の星空の下、新しい一歩を踏み出した。




