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第1話 窓際の九等官、魔境をピカピカに磨き上げる

王都中央区、魔導省第三庁舎。

 古びた石造りの廊下には、今日も羊皮紙の擦れる音と、誰かの鬱屈としたため息が重く澱んでいた。


「……メルヴィ、まだその報告書をやっていたのか」


 顔も上げずに声をかけてきたのは、五等官のバルトロメイだ。淡い金の飾緒がついた官服は皺ひとつなく整っているくせに、机の上だけは驚くほど散らかっている。

 無造作に積まれた書類束、封蝋の欠片、乾きかけのインク壺、菓子屑。どうしてこの男の机の周りだけ、いつも細かな埃が陽光に乱舞しているのだろう。


メルヴィは羽ペンを置き、姿勢を正した。


「はい。南街区の簡易結界の再設計案です。昨日ご指示いただいた、術式の継ぎ目が弱くなる箇所を――」


「もういい」

 ぴしゃりと、冷たい声に遮られる。


「その程度の説明は会議で私がする。お前は清書だけしていろ」


「ですが、実地で魔力溜まりを確認したのは私で……」


「だから何だ?」


 ようやくこちらに視線を向けたバルトロメイは、薄く笑っていた。

 その笑みは決して冷酷ではない。むしろ外向けには社交的ですらあるからこそ、厄介だった。人前では温厚で有能な上司を演じながら、メルヴィの地道な手柄だけを綺麗にすくい上げ、自分の名前で提出することに何の痛痒も覚えない男。


「九等官は、指示どおりに手を動かしていればいい。考えるのは上の役目だ」


いつもの言葉だった。

 魔導省における官位は、一等を頂点として九等が末端。

 メルヴィ・アシュベリーは九等文官。正式な役職名は『九等書記官補佐』。入省から三年、昇進はただの一度もない。

 要領が悪く、空気が読めず、華がない。

 報告より先に現場へ走り――そして、度を越した綺麗好き。

 会議室へ資料を運んだ際、「床がべたついていますね」と雑巾を取り出して掃除を始めた日のことは、今でも庁内の語り草だ。「九等の分際で」「文官の仕事は床磨きではない」と大いに笑われた。

 だが、メルヴィにとっては逆なのだ。

 薄汚れた床の上で、いかに高尚な議論を交わそうとも、どうにも落ち着かないではないか。


「清書が終わったら、会議資料を私の机に置いておけ」


「……承知いたしました」


 小さく返事をし、メルヴィは再びペンを取る。

 自分の案が、またこの上司の手柄になることはわかっている。それでも文字は丁寧に綴った。乱れた字面は気持ちが悪いし、紙の端が揃っていないのも落ち着かない。綺麗に整えられた紙束は、それだけでこの理不尽な世界を少しだけまともに見せてくれる気がした。


昼を過ぎ、会議が終わる頃には、第三庁舎の空気がざわついていた。


「聞いたか? 南街区の結界補修、バルトロメイ様の案が採用だって」


「さすが五等官だな。上は見る目がある」


「でも、下調べをして徹夜で図面を引いていたのは――」


「しっ、本人が来るぞ」


 扉の陰で慌てて途切れる囁き。

 メルヴィは書類を抱えたまま一瞬だけ立ち止まり、何事もなかったように歩き出した。

 慣れている。慣れているはずなのに、胸の奥を小さな針がちくりと刺す。


そのとき、伝令役の若い文官が血相を変えて廊下を走ってきた。


「九等官、メルヴィ・アシュベリー!」


「は、はい」

「人事局より召喚です。至急、局長室へ!」

 周囲の空気が凍りついた。


 召喚。人事局。しかも至急。

 嫌な予感しかしない組み合わせだった。


人事局長室は、磨き込まれた黒檀の机と、息苦しいほど整然とした空気で満ちていた。

 書類棚は寸分違わず揃い、窓辺の鉢植えにすら埃ひとつない。この空間の清潔さだけを見れば、メルヴィは局長を尊敬できたかもしれない。

 だが、投げかけられた第一声は酷薄だった。


「メルヴィ・アシュベリー。お前に辞令が下りた」


 差し出された羊皮紙には、禍々しいほど赤い封蝋が押されている。嫌に重たいそれを受け取り、メルヴィは文面を目で追った。


「え……」

 読み終えた瞬間、息が詰まる。


「九等……古城管理員……?」


「そうだ」


 人事局長は事務的に告げた。

「北方辺境ラズ=ヴェルド旧離宮跡。通称“灰冠の古城”の管理職だ」


「管理、というのは……保守点検の、ですか?」


「清掃も含む」


同席していた役人たちが、気まずそうに視線を逸らした。

 ラズ=ヴェルド。王都の人間なら誰もが知る、忌まわしき地名。

 数十年前の災厄で濃密な瘴気に沈み、今や“死の地”と呼ばれる絶対禁足地。調査隊が何度派遣されてもろくな成果はなく、近づくだけで精神を病む者すらいる。

 そして“古城管理員”という役職が、魔導省において事実上の「死刑宣告を伴う追放処分」であることは、公然の秘密だった。


「……私に、ですか」


「不満か?」


「いえ」


 反射的に首を振る。ここで不満を述べても何も変わらない。

 局長は一つ頷いた。


「お前は真面目だが、中央では扱いづらい。だが現場向きとも言える。せいぜい辺境で、その得意の掃除とやらを役立てるんだな」


 建前は適材適所の配置転換。実態は、目障りな駒の廃棄。


退出した廊下には、バルトロメイが待ち構えていた。彼はいかにも残念そうな顔を作ってみせた。


「これは驚いた。だが、辺境勤務も官吏としては名誉だ。お前のような勤勉な者なら、きっとやれるさ」


 白々しい。その目の奥に揺れる安堵の色を、メルヴィは見逃さなかった。


 おそらく彼が人事に手を回したのだ。これまでメルヴィから搾取してきた数々の成果。都合よく使い潰してきた事実が明るみに出る前に、遠くへ追いやってしまおうと。


それでもメルヴィは、いつものように深く頭を下げた。


「お世話になりました、五等官」


「ああ。向こうでは身の程をわきまえることだ」


 それが、上司からの最後の言葉だった。


寮の自室に戻ったメルヴィは、荷造りより先に部屋の掃除を始めた。

 落ち込むと、無性に手を動かしたくなるのだ。


「まずは机の引き出しから……あ、インク染み」


 布にぬるま湯を含ませ、角まできっちり拭き上げる。棚の裏の埃を払い、床板の目地まで磨き、最後に窓を開けて風を通す。

 すると不思議なことに、胸のつかえが少しだけ軽くなった。


「……死の地、かあ」


 荷物は少ない。替えの服、筆記具、茶器一式、古びた魔法雑貨の手引書。そして――使い慣れた箒とブラシ、大量の雑巾、洗剤代わりに使う薬草粉末。

 およそ左遷先へ向かう令嬢の荷物ではなく、住み込みの掃除婦の出立ちだ。

 でも、メルヴィにとって箒は杖より頼もしい。目の前の理不尽な混沌を、確実に整えてくれるのだから。


翌朝、王都を発つ馬車の窓から見た空は、いやに高く青かった。

 石畳の通り、尖塔、煙突の煙。慣れ親しんだ景色に未練がないと言えば嘘になる。

 けれど、胸の奥で密かに膨らむ別の感情があった。

 何十年も放置され、瘴気にまみれた辺境の古城。

 ――それって、すごく掃除のしがいがあるのでは?

 そんな考えが浮かんでしまった自分に、メルヴィは小さく苦笑した。


「私、本当に変なんでしょうね」


北へ向かうほど、景色は荒れ果てていった。

 緑は痩せ、風は冷たさを増す。最後の宿場町に着くころには、旅人たちすらラズ=ヴェルドの名を口にするだけで顔をしかめた。


「嬢ちゃん、本当に行くのかい?」


 宿の主人が、夕食のシチューを置きながら言った。脅かそうとしているのではなく、本気で案じてくれている声音だ。


「はい。辞令ですので」


「……戻って来られりゃいいがな」


 メルヴィは、ふっと頬を緩める。


「ありがとうございます。でも、掃除してくるだけですから」


「……は?」


「古城管理員なので」


 主人は、ひどく同情的な、何とも言えない顔になった。


翌日、馬車は街道の途中で引き返した。ここから先は歴戦の御者ですら進みたがらない。残りの道程は、自らの足で歩くしかなかった。

 灰色の大地に、枯れ木がねじれた腕のように突き出している。空気は粘り気を帯びて重く、土はどす黒く変色し、風に乗って肺を焼くような臭気が漂ってくる。


「これが……瘴気」


 喉の奥がひりつく感覚に、メルヴィは眉を寄せる。

 たしかにこれは酷い。放っておいていいものではない。

 だが、丘を越え、視界の先に『灰冠の古城』の全貌が見えた瞬間、彼女の感想は恐怖を通り越して別方向へ振り切れた。


「わあ……っ、すっごく汚れていますねえ!」


巨大な城郭。ひび割れた外壁。枯れた蔦に締め付けられた尖塔。割れたステンドグラス。門扉には黒いヘドロのような澱がべったりとこびりつき、庭は原型をとどめないほど荒れ果てている。

 絶望するのが正常な反応だろう。

 だが、メルヴィの瞳には、それが圧倒的な“やりがい”として映っていた。


「これは大変です。順番を決めないと」


 さっそく手帳を取り出し、古城を眺めながら猛然と書きつける。


 一、生活空間の確保。

 二、水場の確認。

 三、玄関ホールの除瘴と清掃。

 四、食堂か使用可能な一室の再生。

 五、寝具の天日干し、または代用品の作成。


「よし」

 

死の地のド真ん中で、九等官は満足げに頷いた。

 手始めに城門に触れた瞬間、指先にびりっとした痛みが走った。黒い靄のような瘴気が、まるで意志を持つ生き物のようにメルヴィの手首へ這い上がろうとする。


「ひゃっ」


 メルヴィは反射的に、日頃から使い慣れた生活魔法を紡いだ。


「浄水、洗浄、乾燥――まとめて、えいっ!」


ぽんっ、と間の抜けた音がした。


 次の瞬間、城門を分厚く覆っていた黒い澱が、朝日を浴びた霜のように音もなく消滅した。


「……あれ?」

 重厚な鉄門が、本来の鈍い銀色の輝きを取り戻している。こびりついていた赤錆すら綺麗さっぱり落ちていた。


「少し強めに魔力を込めすぎましたね。汚れが酷いと、術式の効きも良くなるんでしょうか」


 メルヴィはあっさりとそう結論づけた。便利な生活魔法は、時々やけに効くことがある。きっとその類だろうと。


ぎいぃぃ……と重い音を立てて門を押し開く。

 中庭の空気はさらに淀んでいた。干上がった大噴水、黒く煤けた天使の石像、地面に広がる禍々しい染み。


「まずは水場ですね。汚れは上から順に。澱みは流して、こびりつきは浮かせて、最後に仕上げ――」


 独り言をこぼしながら袖をまくり、干上がった噴水へ手をかざす。


「洗浄」


 淡い光がふわりと広がった。

 本来なら、洗い桶の油汚れを落とす程度の、ささやかな下級魔法。

 ――しかし、メルヴィの掌から溢れた光は、噴水はおろか中庭一帯をすっぽりと包み込み、地面にこびりついた黒い瘴気を根こそぎ引き剥がし始めた。


じゅうぅぅぅっ!

 何かが焼け焦げるような音が響く。瘴気が断末魔の悲鳴を上げるように震え、浄化され、真っ白な霧となって散っていく。


「えっ、えっ?」


 石畳の隙間から、透明な水がこんこんと湧き出した。干上がっていたはずの噴水に、清らかな水流が一気に満ちていく。枯死していたはずの蔦の根元に、淡い緑の芽が顔を出した。


「……なるほど、地下水脈が詰まっていたんですね!」


 メルヴィはぱっと顔を輝かせた。長年の泥汚れで詰まっていた水路が通ったのだ。


「水の確保、完了です!」


 手帳に勢いよく丸をつける。


そのまま玄関ホールへ足を踏み入れると、びゅうう、と冷たい風が吹き抜けた。

 床一面に積もった砂埃。天井から垂れ下がる蜘蛛の巣と煤。壁にこびりついた黒い筋。そして、奥の大階段には、見るからに質の悪い瘴気の塊がうごめいている。


「……これは、かなりの強敵ですね」


 メルヴィはごくりと唾をのんだ。

 怖い。さすがに怖い。

 でも同時に、ここを磨き上げたらどれほど気持ちいいだろうか、とも思った。大理石の床はもともと純白だったはずだ。天井のフレスコ画だって、煤を落とせば色彩が戻るかもしれない。

 恐怖と清掃欲がせめぎ合い――あっさりと後者が勝利した。


「よし。やります」


 おもむろに箒を構える。それはか弱い文官のものではなく、完全に歴戦の戦士の構えだった。


「まずは乾いた汚れを払って……!」


ざっ、ざっ!

 掃くたびに、黒い靄がざわざわと悲鳴を上げて逃げ惑う。まるで瘴気そのものが、彼女の振るう箒に根源的な恐怖を抱いているように。


「散らすと二度手間ですからね、集めますよー」

 九等官とは思えぬ気迫で埃(という名の高濃度瘴気)を部屋の中央へ追い込み、両手を力強く合わせる。


「浮塵封じ、洗浄、浄拭!」


 カッ、と目も眩むような光が弾けた。


次に目を開けたとき、玄関ホールはまったく別の空間に生まれ変わっていた。

 鏡のように磨き上げられた白銀の大理石。ふかふかの深紅の絨毯。大階段の手すりには精緻な彫刻が蘇り、割れていたはずの巨大な魔石シャンデリアにまで、温かな灯りがともっている。

 窓から差し込む西日が、チリひとつない床に反射してきらきらと揺れた。


「……わあ」


 感嘆のため息が漏れる。

 綺麗だ。それだけで、胸がいっぱいになる。


そのとき、城のどこか深くで、かちり、と小さな音がした。

 玄関脇の壁に埋もれていた古い魔導板が、淡く点灯している。埃を払うと、そこに文字が浮かび上がった。


『管理権限確認――現任者適格。清浄度閾値到達。九等・古城管理員に付随権限を一部解放します』


「付随権限?」


 ぱちぱちと瞬く表示が、次の文を紡ぐ。


『居住区一室、食料庫一部、使用人階段、旧帳簿閲覧権限を解放。階位評価:九等下位より【九等上席】へ更新』


メルヴィは目を丸くした。


「えっ。昇格?」

 思わず周囲を見回す。もちろん祝福してくれる同僚などいない。死の地の古城に、自分一人なのだから。


 王都からの正式な辞令ではない。おそらく、この古城のシステムによる内部評価だ。だが、それでも“上がった”ことには違いない。


「……お掃除を頑張れば、評価が上がる仕組みなんですね」


 なんて素晴らしい職場だろう!

 やればやっただけ綺麗になって、しかも正当に評価までしてくれるなんて。メルヴィの心は、王都にいた頃よりずっとずっと軽くなっていた。


「よし、次は食堂です!」


 誰にともなく宣言し、彼女はずんずんと進む。


途中、廊下の角から犬ほどの大きさの黒い獣が飛び出してきた。目が赤く光り、背には棘のような毛が逆立っている。魔獣だ。


「きゃあっ」


 反射的に箒でフルスイングする。

 べしんっ! という情けない打撃音とともに、魔獣は壁へ激突し、そこに残っていた瘴気ごと真っ白に浄化されて霧散した。


「……大きな害獣ネズミでしたね。後で壁も拭いておきましょう」


 メルヴィは真顔でそう決意した。


日が傾くころには、食堂の半分が人の住める空間になっていた。

 朽ちていた長卓は木目を取り戻し、窓ガラスは夕日を透過させている。湧いたばかりの噴水の水を小鍋で沸かし、持参した茶葉で簡単な茶を淹れる。

 窓辺の椅子に腰掛け、ふう、と息をついた。


「……生き返ります」


 辺境の夜は静かだ。

 窓の外では、噴水の清らかな水音が響き、その周りを淡い光の粒が蛍のようにふわふわと漂っていた。


「虫……ではないですよね」


 よく見れば、小さな人影のようにも見える。羽の生えた光の粒たちが、くるくると踊りながら水面を回っている。精霊の姿など見たこともないメルヴィは、首を傾げた。


「疲れているのかもしれません」


 そう結論づけ、温かいお茶をひと口飲む。ほっとする味だった。


その頃、王都の魔導省ではちょっとしたパニックが起きていた。


「北方瘴気濃度が急落しただと!?」


 夜番の観測官が血相を変えて水晶盤を覗き込む。ラズ=ヴェルド一帯を示す針が、信じられない数値を叩き出している。


「観測器の故障では!」


「三台とも同じ値です! しかも、刻一刻と浄化領域が拡大しています!」


「そんな馬鹿な。あそこは不治の死の地だぞ!?」


 報告は夜のうちに上層部へ駆け巡った。

 だが、その原因が“本日付で左遷されたばかりの窓際九等官による大掃除”だと推測できた者は、この時点ではまだ誰一人としていない。


一方その本人は、使用人部屋の寝台に清潔なシーツを敷き終え、大満足で手帳を眺めていた。


「壁の染み抜きは明日ですね。あと廊下東側と、二階の客間。庭の西半分も手を入れたいですし……」


 予定はびっしりだ。とても左遷初日とは思えない充実ぶりである。

 寝る前に、玄関ホールの魔導板を確認すると、新しい一文が追加されていた。


『明朝まで清浄度維持の場合、管理補助手当を付与予定』


「手当まで出るんですか!?」


 メルヴィの目がきらりと輝く。ささやかな額だが、王都での薄給よりずっと良い。


「頑張れば、ちゃんと報われる……!」


 それは彼女にとって、何よりの救いだった。誰にも見向きもされず、成果を横取りされ続けた日々。それに比べれば、この古城はなんと誠実なのだろう。


窓の外で、水音がやさしく響く。荒れ地を渡る風からは、すでにあの嫌な臭気が薄れ始めていた。

 その奇跡のような変化に気づくことなく、メルヴィはすうっと心地よい眠りに落ちた。


夜半。

 古城の最上階、長く閉ざされていた尖塔の間で、巨大な古代観測鏡がひとりでに起動した。

 淡い光が王都の方角を向き、機械的な音声が誰もいない部屋に淡々と告げる。


『聖域再起動。管理者適性極大。浄化進行率第一段階突破』


『古城内部評価更新。現任者メルヴィ・アシュベリー。九等上席管理員より、【八等待遇】への昇格申請を自動起案』


かつて王族の離宮を守護していた古代システムは、失われた時代の規則に従い、ただ正しく稼働していた。

 相応の功績には、相応の階位を。

 その申請文が明日どこへ届き、王都にどれほどの波紋を呼ぶのか。

 まだ、眠るメルヴィは知らない。

 彼女はただ、明日の掃除の段取りを夢に見ている。磨く順番を間違えないこと。水場の近くから片づけること。

 窓際九等官のささやかな清掃手順は、誰にも知られぬまま、国を救う奇跡のプロセスとなっていた。


「さて。今日は二階の大掃除からですね!」


 翌朝、死の地に響き渡った晴れやかな声に応えるように。

 古城の窓辺で、白い花がひとつ、そっと咲いた。


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