夜道で
その女性を見たのは、洋介が恋人の三咲に居酒屋で別れを告げられ、やけ酒をはしごした夜の帰り道だった。自宅の近くの駐車場と建物の建築現場の間の狭い場所に人の気配を感じて、見ると、女性がかがんでいた。駐車場の常夜灯の光で顔の輪郭が照らされていた。若い女性だった。何かを落としたらしい。
洋介は立ち止まると、携帯のライトで路上を照らし、女性の装飾品を見つけた。
「ありがとう」
女性は表情をなごませた。
「助かったわ」
洋介は言った。
「変わった装飾品だね」
「通信機よ。わたしの名はイオ。これが遠隔地でも使えるか実験してたの。わたしの故郷はここからは250万光年離れたアンドロメダ銀河の惑星なの」
女が通信機だと言ったその品物は彼女の手のなかでぼんやりと表示部が発光していた。
「ねえ、」
女は微笑した。
「あなた、わたしと一緒にくる気持ちがある?」
「アンドロメダへ?」
洋介はからかわれているのかと思って笑った。すると女は、
「あなた、人生を変化させてみたくはない?」
「君は、その方法を知ってるのかい?」
「わたしと一緒に来る意志があなたにあれば」
瞬間、洋介はその言葉に同意しそうな気持ちに揺れた。
そのとき、携帯が鳴った。
女が言った。
「でないで、でたら、ありきたりの日常に戻るだけよ」
洋介は携帯のディスプレイを確認した。
三咲だった。少しの間、洋介はディスプレイを凝視していた。
「あなたはいい人だけれど、決断ができないのね。この星に対する未練が捨てられないの?」
すると、建築現場のクレーンのアームの上に夜空を背景に光が見えた。光点は大きくなり、やがて、丸いかたちをした物体が認められた。宇宙船だった。船の底部から青い光が地面に射したと思うと、女の身体が光に包まれて宇宙船に吸い込まれていく。
女は宙に浮かびながら言った。
「さようなら」
「イオ!」
洋介は、彼女の名をよんだ。声はむなしく闇に吸い込まれた。チャンスは過ぎたのだった。洋介の携帯の着信音は消え、上空の宇宙船も消えていた。
あとには虫の音が聞こえるだけの、いつもの夜の闇が横たわっているばかりだった。
結局は何も選ぶことはできなかった。自分の人生におそらくは二度と訪れることはない転機はこうして過ぎ去っていったのだ。夜の空気のなかで冷酷な虚無感にとらわれた洋介は、アパートへの道をとぼとぼと歩きだした。




