夫のフォロー
朝、目を覚ますと、昨夜の泥のような不安がまだ胸の底に沈んでいた。
義母の視線、義姉の言葉、あの空気…すべてがまとわりつくように、体の中に残っている。息を吸うたびに、胸の奥が重く沈み、涙が出そうになる。
そんな中、ふと聞こえてきた夫の声。
「おはよう」
ただその一言だけで、ぐちゃぐちゃに絡まっていた不安が一瞬だけ溶けた。
彼の声は、まるで私の心に灯る聖なる火。長男教の“神”の声。
私は条件反射のように彼の方を見て、縋るように微笑んでいた。
夫は何も言わず、ただ私の髪をなでた。
その仕草一つで、胸の奥から甘えたい気持ちがあふれ出す。
「ねえ、昨日、義母さん…」
そう言いかけた瞬間、夫は「大丈夫」と言うように、静かに抱き寄せた。
その腕の中は、まるで全世界から私を隔てる結界のようで――私にとって、いちばん安全な場所だった。
「母さんも姉ちゃんも、君のこと悪く言ってないよ」
夫の声が胸の奥にしみる。だけど私は、その言葉の奥にある“長男としての義務”をうっすら感じ取ってしまう。
彼は家族の中心。みんなが彼を軸に回っている。
私にとっても、義母にとっても、義姉にとっても――彼は“太陽”なのだ。
だからこそ、私は怖い。
私の愛も甘えも、この家では“分け合わなければならない”のかと。
私の中の泥が、じわじわと渦を巻く。
「私は、あなただけを見てるのに」
「私は、あなただけに甘えてるのに」
「あなたの“世界の中心”になりたいのに」
その想いは喉元までこみ上げてくるのに、口には出せない。
なぜなら、彼は長男だから。
みんなの神であって、私だけの神じゃない。
それがこの家の“空気”に染みついている。
「君が無理してるの、わかってるよ」
夫がそう囁いた瞬間、全身が震えた。
――ちゃんと、見てくれている。
――ちゃんと、私のこと、わかってくれている。
その一言で、心の奥のどろどろが一気にとろけていくような感覚に包まれた。
私は夫の胸に顔を埋め、抑えていた感情を全部吐き出した。
「ねえ…お願い…ずっとそばにいて…」
甘えた声が震える。
「みんながあなたを奪いに来るみたいで…怖いの」
夫のシャツをぎゅっと掴む。
彼は私の背中をさすりながら、小さく「大丈夫」と繰り返した。
「俺は…君の味方だよ」
たったそれだけの言葉で、全てが許される気がした。
どろどろとした嫉妬も、苦い不安も、全部、彼の胸の中で溶かされていく。
この瞬間だけは、誰にも邪魔させたくない。
彼の心も、体も、視線も、全部私だけのものにしたい。
――私は、彼なしでは生きていけない。
――私は、長男教の信者であり、同時に彼の唯一の巫女でいたい。
夜の静寂とは違う、朝の光の中で、私はまた一歩、夫への依存を深めた。
そして心の底で、そっと誓った。
「たとえこの家が敵になっても、私はあなたに縋る」
「あなたがいれば、他には何もいらない」と。




