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嫁いびりはナンセンス  作者: 櫻木サヱ
結婚と新しい家族
6/20

夫のフォロー

朝、目を覚ますと、昨夜の泥のような不安がまだ胸の底に沈んでいた。

義母の視線、義姉の言葉、あの空気…すべてがまとわりつくように、体の中に残っている。息を吸うたびに、胸の奥が重く沈み、涙が出そうになる。


そんな中、ふと聞こえてきた夫の声。

「おはよう」

ただその一言だけで、ぐちゃぐちゃに絡まっていた不安が一瞬だけ溶けた。

彼の声は、まるで私の心に灯る聖なる火。長男教の“神”の声。

私は条件反射のように彼の方を見て、縋るように微笑んでいた。


夫は何も言わず、ただ私の髪をなでた。

その仕草一つで、胸の奥から甘えたい気持ちがあふれ出す。

「ねえ、昨日、義母さん…」

そう言いかけた瞬間、夫は「大丈夫」と言うように、静かに抱き寄せた。

その腕の中は、まるで全世界から私を隔てる結界のようで――私にとって、いちばん安全な場所だった。


「母さんも姉ちゃんも、君のこと悪く言ってないよ」

夫の声が胸の奥にしみる。だけど私は、その言葉の奥にある“長男としての義務”をうっすら感じ取ってしまう。

彼は家族の中心。みんなが彼を軸に回っている。

私にとっても、義母にとっても、義姉にとっても――彼は“太陽”なのだ。


だからこそ、私は怖い。

私の愛も甘えも、この家では“分け合わなければならない”のかと。

私の中の泥が、じわじわと渦を巻く。

「私は、あなただけを見てるのに」

「私は、あなただけに甘えてるのに」

「あなたの“世界の中心”になりたいのに」


その想いは喉元までこみ上げてくるのに、口には出せない。

なぜなら、彼は長男だから。

みんなの神であって、私だけの神じゃない。

それがこの家の“空気”に染みついている。


「君が無理してるの、わかってるよ」

夫がそう囁いた瞬間、全身が震えた。

――ちゃんと、見てくれている。

――ちゃんと、私のこと、わかってくれている。

その一言で、心の奥のどろどろが一気にとろけていくような感覚に包まれた。


私は夫の胸に顔を埋め、抑えていた感情を全部吐き出した。

「ねえ…お願い…ずっとそばにいて…」

甘えた声が震える。

「みんながあなたを奪いに来るみたいで…怖いの」

夫のシャツをぎゅっと掴む。

彼は私の背中をさすりながら、小さく「大丈夫」と繰り返した。


「俺は…君の味方だよ」


たったそれだけの言葉で、全てが許される気がした。

どろどろとした嫉妬も、苦い不安も、全部、彼の胸の中で溶かされていく。

この瞬間だけは、誰にも邪魔させたくない。

彼の心も、体も、視線も、全部私だけのものにしたい。


――私は、彼なしでは生きていけない。

――私は、長男教の信者であり、同時に彼の唯一の巫女でいたい。


夜の静寂とは違う、朝の光の中で、私はまた一歩、夫への依存を深めた。

そして心の底で、そっと誓った。

「たとえこの家が敵になっても、私はあなたに縋る」

「あなたがいれば、他には何もいらない」と。


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