静寂の夜、嘘の和解
夜のリビング。
食卓の上には、義母が淹れた紅茶と、ヒロインが焼いた小さなクッキー。
まるで何事もなかったかのように、二人は向かい合って座っていた。
「……今日はごめんなさいね」
義母の声は穏やかだった。昼間の激情が嘘のように。
ヒロインは微笑む。
「いいんです。お義母さんの気持ち、ちゃんとわかりましたから」
義母は頷きながら、紅茶を一口。
だが、その手はわずかに震えている。
ヒロインの笑顔は柔らかく、しかしどこか“深く冷たい”。
「明日、実家に戻ろうかと思うの」
「そうですか……少し、寂しくなりますね」
ヒロインの声には一切の感情がない。
義母はふっと苦笑した。
「あなたって、本当に強い人ね」
「いいえ。私はただ、壊さないようにしてるだけです」
静寂が落ちる。
時計の針が秒を刻む音だけが、やけに大きく響く。
義母は小さくため息をつき、紅茶のカップを置いた。
「……あの子をお願いね」
「もちろんです」
ヒロインは優しく答える。
「でもお義母さん――」
義母が顔を上げる。
ヒロインの瞳は、闇を湛えたまま静かに微笑んでいた。
「“もう二度と戻らなくていいですよ”」
――カップが、静かに揺れた。
その一言に、義母の心臓がひやりと凍りつく。
しかしヒロインは変わらず、穏やかに続けた。
「この家のことは、私が全部守りますから」
「……そう、お願いね」
義母はかろうじて笑い返す。
だがその瞳の奥には、“恐れ”と“悟り”が同居していた。
その夜、義母は一睡もできなかった。
ヒロインの微笑みが、何度も夢に現れたから。
翌朝、家を出るとき、ヒロインは玄関で深々と頭を下げた。
「今までありがとうございました」
まるで、葬式の別れのような礼儀正しさで。
ドアが閉まる音がした瞬間、
ヒロインは微笑を消し、鏡越しに自分を見つめた。
「これでいい。これでやっと――静かになる」
その目には、涙ではなく、黒い静寂が宿っていた。




