義母、崩壊前夜 ― 微笑みの下の地獄 ―
朝。
リビングの空気が、どこか重かった。
義母の笑顔はぎこちなく、声も少し震えていた。
「あなた、昨日の料理……ほんとに上手だったわね」
その言葉は褒め言葉に聞こえるが、瞳の奥はまるで血がにじんでいるよう。
ヒロインはにっこり微笑み、いつもより丁寧にカップを差し出す。
「お義母さんにも飲んでほしくて、特別に淹れました」
香り高いコーヒーが、ゆっくりと湯気を立てる。
義母の手が震えるのを、ヒロインは見逃さない。
「……ありがとう」
その声の裏には、限界に近い嫉妬が隠れている。
“息子が、あの子の手の中にいる”
“もう、私には何も残っていないのかもしれない”
昼、義母は義姉に電話をする。
「どうしたらいいの……あの子、怖いのよ」
けれど義姉はため息をつき、「お母さん、もうやめなよ」とだけ言った。
その瞬間、義母の中で何かが“ぷつん”と切れた。
夕方、義母はわざとらしくヒロインの前で皿を落とす。
ガシャン。
破片が床に散らばる音に、夫が驚いて駆け寄る。
「大丈夫?!」
義母は泣き笑いのような顔でつぶやく。
「いいのよ。私なんて、どうせ邪魔者なんだから」
その声を聞いても、ヒロインは静かに微笑む。
拾い上げた破片をテーブルに置き、穏やかに言った。
「お義母さん、手、切れちゃいますよ。大事にしてくださいね。」
――優しすぎる声。
その“優しさ”こそが、義母を追い詰めていることを、ヒロインはよく知っていた。
夜、義母はひとり、薄暗い部屋でつぶやく。
「どうして……どうしてあの子は、あんなに笑っていられるの……」
鏡に映る自分の顔が、知らない女のように見えた。
ヒロインは隣の部屋で夫に寄り添いながら、心の中でそっと笑う。
“お義母さん、まだ気づかないのね。
私があなたの居場所も、愛も、ぜんぶ手のひらで転がしてるって。”
胸の奥の黒い沼は、穏やかに波打っていた。
それはもはや闇ではない。
――絶対的な支配の静寂。




