第90話 思い出の中の理想
突如として現れた堅牢な光の盾。
ソネイラルの攻撃の一切を防ぎきる。
そこに白く長い髪をなびかせながら現れた一人の女性がいた。
光が強くて誰なのかよくわからない。
「遅くなりました!」
その声はとても聴きなれたものだった。
「リィナ……?」
「はい!」
足を止めたリィナは錫杖を地面に突き立てる。
同時に小さかった光の盾がより強固なものへと姿を変えた。
「これでもギリギリなんて……ソラさん無茶しすぎですよ」
「あ、ああ。リィナそれ……」
何があったんだ。
動揺している俺を他所にリィナは左手で錫杖を持ちながら俺に右手をかざして唱えた。
「お話は後にしましょ! 癒しの奇跡をします。遍く光の主神よ。奇跡を私の手にもたらし、かの者に治癒の恩恵を与え給え。サンテイル!」
奇跡の片手間に奇跡を唱える。
その芸当がすごいのかはわからないが初めて見るやり方だった。
心地の良い暖かな緑色の光が俺を包む。
「ありがとう。助かった」
するとリィナはどこか嬉しそうに答える。
「はい。お役に立ててうれしいです!」
次第に俺の傷が癒えていくのと同時にソネイラルの放つ光が消えていった。
「ふふ。はっはっはっはっは!」
ソネイラルは何故か笑う。
リィナは毅然と錫杖を構えていた。
「失敬。互いに守りあい信じあう。それが故に女神の寵愛を受けたのでしょうかね。まったく……気まぐれな女神です」
「ソネイラル様はとてもやさしい方だと私はかねてより思ってました。どうかこの戦いを止めてもらえないですか?」
ソネイラルは俯いてから空を見上げた。
そして、どこか哀愁漂う表情で答える。
「私は祈り、願った。ですが終ぞ。あなたに微笑んだその女神が私に微笑むことはありませんでした」
「ルクサーラ様の御意思は私もわかりません。この状況に私だけこのような────」
「そうではありませんよ。あなたが特別だからと妬んだところで私の成すべきことに変わりはありません」
「ソネイラル様……ですがこの戦いは誰も望んでいません。ただ悲しみを生むだけです! ここで退いていただくことはできませんか?」
「ふふ。本当にその通りですね」
これ以上話すことなどないと言わんばかりに四方より剣が迫る。
一つ、二つと叩き落とすも2本取りこぼしてしまった。
「リィナ!」
「大丈夫です! ソラさんは集中を!」
「わかった!」
その二本の剣に向かってリィナは右手をかざして唱える。
「ルクロル!」
光の球が現れ一本の剣を弾く。
そして迫るもう一本の剣に対して錫杖を巧みに操り振り払った。
それを見届けてから俺は駆ける。
正直、力という力もほぼ出し尽くしている。
リィナの回復の奇跡は傷こそ治れはする。
けれど、このよくわからない疲労までは治せない。
宙に浮いた剣が俺を捉えようとする。
これだけの数を何度も振り払うのは難しい。
いったいどうすれば……。
そうだ。
一本一本をしっかり対処するから次の行動に遅れが出る。
ならば一切合切を関係なくまとめて斬り倒すことができたらどうだ。
幸いそれができそうな技がある。
いちかばちかではあるが試してみよう。
足に力を入れる。
右手に握った刀を左肩へとつけるように大きく構え体を捻る。
「烈風!!」
プロペラのように回る体。
そこに突き刺さろうとする剣を全て弾き飛ばしソネイラルのところへと突き進む。
しかし勢いののった刀はすぐに止められてしまう。
「く!!!」
「ここからですよ!! 勇者!!!」
ソネイラルに止められるが両者共に怯む。
一呼吸置いたのちに再び斬り合った。
なんども斬り結ぶ。
さっきと同じ一進一退の攻防が続く。
けれどその時とは状況が違った。
斬り合う合間に飛び交う剣がリィナの奇跡で落とされる。
避けた先で俺に止めをさすような衝撃が走った。
「破轟」
その瞬間に張られた光の壁。
戦闘の支援のレベルが格段に上がっている。
というより瞬時に扱える奇跡の強さや幅が広がっているのだ。
まるで吸った空気を吐く。
そんな当たり前の行動であるかのように支援をしてくれている。
その支援の甲斐もありとうとうソネイラルに一本入れることができた。
しかし、すごい速度で回復をしていってしまう。
いくらなんでも反則すぎる。
なんでも見通す目。
飛べる体。
とてつもない威力の魔術。
宙に浮く剣を操り超速再生までついてるなんてチートにもほどがあるだろう。
けれど血は出る。
その度に痛みをこらえる顔が見える。
だがやつの剣は止まらない。
その姿に俺は熱くなっていた。
刀の速度が増す。
何がこの男をここまでさせるのか。
俺は純粋に疑問に思った。
そういえばソネイラルから俺は問われていた。
どうしてこうまでして戦うのかと。
俺も問いたい。
どうしてここまで戦うのかを。
俺は一心に斬る。
その一撃が首筋に入った。
勢いよく血が噴き出す。
しかし、それがなかったかのようにまたふさがる。
俺も斬られる。
けれど俺の傷もふさがっていく。
リィナがあの距離で回復の奇跡を俺に届けているのだ。
これでフェアになっただろうか。
ここからはどっちが先に倒れるか。
意志の強さがこの戦いの勝敗を決するだろう。
ソネイラルは叫ぶ。
これは痛みからくるものなどではない。
必死に戦って未来を切り開かんとする雄叫びか。
次第に互いの残る力もわずかとなるのが伝わる。
ソネイラルもそれを悟ったのか斬り合った後に大きく力を溜め必死に剣を振り上げる。
俺もその姿に呼応するように叫んだ。
『この国を守る』
なんてヒーローじみたことを言うつもりはない。
リィナや町の人達や教会の人達、ルチアやレイーネさんや酒場の店主。
もとよりある幸せを、あるはずの日々を奪わせない。
そんな暖かな人達のいる場所を守りたい。
まるで刀と剣で語り合うっているような感覚だ。
────私は勇者と斬り結ぶ。
カタナシ ソラ。
葉っぱ一枚で戦場を闊歩し戦う狂人の勇者。
そんな他所から見れば狂人であるような人間なのにどうしてでしょうか。
彼の中にあるのは一片の曇りもない意志でした。
そんな勇者と善戦できたのはとても誇らしいことなのでしょう。
一時だけ勝ち目すら見えました。
しかし斬られるたびに痛みが走る。
身も震えるような強烈な痛みが視界を曇らせる。
重ねてきた無限の罰が私に降り注ぐかのように痛みが心を抉る。
その度に私は昔を思い出した。
記憶の中のエリゼが私に語りかけてくるのだった。
「ラルはさ」
「ん。なんだいエリゼ?」
「今のアーグレンってどう思う?」
「そんなことを考えるなんてエリゼらしくないな」
「らしくないって失礼しちゃうわ! 私だって僧侶となり行く行くは聖母になるのよ? ちょっとは考えるわ」
「あはは。いやそういうことを言いたかったんじゃないよ」
「じゃあどういうことを言いたかったのよ?」
「ああ。えっと、そうだね……隣国が魔国に飲まれて緊張が高まってる。そうすると戦の準備が寛容かな。みんなの意識改革も必要だと思うよ。私もそろそろ神父になる身としては」
そう言うと何故かエリゼは頬を膨らませていた。
「誤魔化したわね?」
「ええっと……いやぁ」
「もう……でもラルは若くして神父になれるんだからそういうことを考えるのは大事だと思う。でもね。もっと深い話!」
「深い話?」
「そう! 今って私のようなビースティアは差別されてるじゃない?」
「……そうだね」
彼女はビースティアでありながら僧侶の道を進んでいる。
そもそもアーグレンでその道を選べるはずはない。
けれど親もなく兄妹もなく孤児として私の家の庇護下で一緒に成長したエリゼ。
しかし、類稀なる奇跡の才能と力を買われ特別に僧侶としての道を許された。
若かりし頃の私は、そんなエリゼでも迫害されているのを直視できないでいた。
エリゼが差別されるたびに世の中を恨んだ。
けれど結局何もできないでいる私は彼女にかける言葉もない。
そう考え言い淀んでいるとエリゼは一点の曇りのない言葉で話した。
「だからさ。私ね。頑張ってみんなが幸せになれる国にしたい! もっと力をつけて聖母様になってみんなが笑顔で暮らせる国にしたい! みんなが等しくルクサーラ様の寵愛を受けられるそんな国に!」
そんな理想が叶えばいいなと思う。
他人が聞いたらばかばかしいって笑うだろう。
それほどまでに長年植え続けられた意識など早々に変わることなどない。
差別意識の強い北側の貴族や王都貴族の連中の意識を変えることは容易ではない。
けれど私はそんな彼女の夢を聞くのが好きだった。
ルクサーラ神は守りの女神であると同時に愛の女神でもある。
愛し合う信者の祈りは増幅し偉大なる奇跡を顕現させる。
無垢な聖女や無垢な聖人が騎士をつけ愛を育んだ時。
ルクサーラ様の偉大なる力が発揮されると。
それはどんな者であれ無条件に育まれるものなのだと。
いつしか私も愛というのが人種のみに当てられている歪な政治や思想を何とかしたいと思うようになっていた。
それから時は流れ彼女と臨天の指輪を交わした。
互いの薬指にはめられた指輪。
それは強い絆の証。
この証を確かめるように私達は愛し合った。
そして、とうとうエリゼは力を認められ聖母ヘと昇礼するひがやってきた。
聖母に昇礼した時の習わしとして王都各地にあるルクサーラ神の聖堂や教会で祈りを捧げたのちに各地を巡礼する儀式がある。
私は鼻が高かった。
愛する人の成功はとても喜ばしい。
そんな気持ちとは裏腹に、この国の現実がひっそりと陰で刃を研がれていることに私は気づかなかった。
あくる日の教会の執務室。
「エリゼがヴァルダン領から無事に出たって?!」
給仕をしてくれている僧侶がやれやれと言った顔をしながら答える。
「落ち着いてくださいソネイラル様。エリゼさんは順調に巡礼されてるみたいですよ」
「これが落ち着いていられますか! 北側は特に差別がひどい。こうしている間にエリゼの身に何かがあったらどうしますか?!」
「大丈夫ですよ。四天の守護騎士であられるジーニス様が一緒なのですから。ソネイラル様が無理言って護衛をつけさせたではありませんか?」
「不測の事態と言うのはいつでも起こりうるものなのです!」
「もう心配性ですね。エリゼさんとは臨天の指輪を介して存在を感じ合うことができるんですよね? それで我慢してください」
「くぅ……」
私は彼女の帰りを心待ちにしていた。
それから数日後私の嫌な予感と共に今まで続いていた晴天が嵐へと変わった。
エリゼがヴァルダン領から出てルーデン領を抜けた後のことだった。
彼女の消息が途絶えたのだ。




