第89話 誓い
とてつもない光が私達に向けられている。
私はそれが破滅をもたらすものだと直感で理解した。
覚悟をした。
ここで終わってしまうかもしれないって。
私は必死に魔力を込めて祈る。
けれどソラさんの前に張った光の壁ではとても脆かった。
もっと私に力があれば……。
悔いても悔いきれない。
けれど信じられないことにソラさんがその光を散らしてくれる。
私はやっぱり足手まといだ。
ソラさんが散らした光が散らばり周囲を破壊していく。
それから地面が崩れ私は下層に落ちてしまった。
深くは落ちていない。
どうやらすぐ下の階に落ちたようだ。
私はすぐにソラさんに安否を伝えるべく叫んだ。
「ソラさん!! 私は大丈夫です! すぐに戻ります!」
何か力になれるって思ってた。
けれど現実は後ろでずっと見ているだけだった。
ソラさんとソネイラル様の常人離れをしたとてつもない攻防。
このどこに私が役に立つ隙があるというのだろう。
ステファン様やノルン様をかばうだけで精一杯だった。
そして今、地面が崩れてその役目すら果たせないでいる。
あの不吉な仮面をソラさんにまた使わせてしまっている。
あれが何なのかはよくわからない。
けど、それを付けた途端にソラさんは嫌な雰囲気に包まれた。
ソラさんがどこか遠くへ行ってしまうような感じがしていても立ってもいられない。
あれはきっとよくないものなんだ。
こんな切迫してる状況でくよくよしている場合じゃないのに本当になんのために私は……私は。
その時だった。
仄かな光の球がゆっくりと私の目の前に現れた。
それを見て思い出す。
そう言えばルクサーラ様の生誕祭も近かったと。
生誕祭ではルクサーラ様のお導きの証として皆が祈り光の球を顕現させ町中をたくさんの光で彩って祝う。
そんな素敵な行事だ。
そこで町中の皆が祈る光の奇跡がどうして今ここに……。
『愛しき──子よ。────らへ』
かすかに女性の声が聞こえた。
「誰かいるのですか?!」
けれど返事はない。
私は聖天の杖を構える。
すると光の球はふわふわと進んでいった。
まるで私についてきてと言うように。
上でまたとてつもない音が響く。
もはや剣と剣の戦いなんてシンプルな事をしていないのが轟音で伝わる。
早く戻らなきゃ。
そう考えた時にまた女の人の声が聞こえた。
『──子よ。こちらへ』
もしかしたら誰かが助けを求めているのかもしれない。
私は迷った。
けれど目の前で誰かが助けを求めているのなら……。
ソラさん……。
本当にどうしよもない性分だと自分でも思う。
そして私は光の球を追いかけた。
『ありがとう』
まだ何もしてないのにお礼の言葉が聞こえる。
そのまま付いて行くと白い光が薄っすらとこぼれ出る場所を見つけた。。
「ここは……」
美しい彫刻が崩れ頑丈な壁はボロボロになり屈強な扉がひしゃげている。
変わり果ててしまってはいるものの私はこの場所を覚えている。
ルクサーラ様の御神体のある場所だ。
私は瓦礫を避け恐る恐る光の元へと向かう。
すると瓦礫の底から光が漏れているのが見えた。
私はそっと瓦礫を除けた。
そしてルクサーラ様の御神体を見つけた。
神々しくも美しい白い羽が一枚あった。
8翼の翼を持ち全ての事象を遮断し守る女神様。
私はそれに触れうことを躊躇した。
とても恐れ多いことだ。
けれど放っておくのはもっと許されない事。
私は意を決して触った。
とても暖かくて優しくて……不思議な感触だった。
拾い上げて少しした所だった。
突然女性の声がはっきりと聞こえてくる。
『愛しき敬虔なる信徒よ。私の名はルクシア』
その言葉を聞いた途端に私は即座に跪いた。
直感が告げてくる。
神の御業にも似たこの感覚。
私は恐る恐る呟いた。
「ルクサーラ様……ですか?」
『其方らはそう呼んでいることは存じております。ですが彼の前では私は私でありたいのです』
「彼……?」
『はい。あなたにどうかお願いがあります』
「わ、私にできることがございましたら」
『ありがとう。時間がありません。単刀直入に話しますね』
「はい」
『私の力の一端をあなたに授けます』
「そ、そそんなことを私めに任せて良いのですか?!」
『はい。彼が近くにいたことで私は目覚めました。この力を今度こそ私は彼のために使いたいのです』
「彼……とはソラさんのことでしょうか?」
『いえ、あの刀の中の……と言うべきでしょうね』
「刀の中……」
どういうことなんだろう。
あの刀に何かあるというのでしょうか。
そんな疑問を避けるように続けるルクシア様。
『リィナ・ルナレ・アメリア。今ここに私の一端を受け継ぎ彼の者を支えると誓えますか?』
ソラさんを支える。
思えばここまでソラさんを巻き込んでばかりだと思う。
ルロダンでの反乱の件もそうだしアーグレンでの今の騒動も。
本来であればソラさんには全くと言って良いほどに関係のない事。
でも彼は命を賭してでも守ってくれた。
未来を切り開いてくれた。
なぜかはわからないけど私を支えてくれている。
妹のヒナのことについてもとても協力的だ。
なんでなんだろう。
どうして彼は……。
でも、それ以前に私は彼の隣に相応しいのか。
わからない。
でも、それでも。
答えは出ている。
いつのまにか私は彼を……好きになっていたのだから。
あきらめられない。
「……誓います。今の私では力不足です。私はソラさんに守られるだけじゃなくて力にもなりたいんです!!」
この誓いがどういう結果を生むのかはわからない。
でも、それでも。
私はソラさんと一緒にこの先を歩いていきたい。
『いいでしょう。では私の翼を胸に』
「はい」
その瞬間、翼は私の中に溶けるように入る。
「っうぅ!」
頭が痛い。
体が熱い。
『耐えてください』
それらが何なのかはわからない。
知らない人、知らない場所、知らない言葉、知らない物が頭の中に入ってくる。
全てが通り過ぎ最後に残ったのはダンという名前の男の人だった。
そんな不思議なことが起きた後に頭の中で片言の言葉が響く。
『種族名、人。個体識別。名、リィナ・ルナレ・アメリア。素体同期開始。神機ルクシアの意志。移送完了。エラー。本体がありません。再度施行します。エラー。本体がありません……』
何度も聞きなれない言葉で不快な音と一緒に頭の中を駆け巡る。
『一部移送完了。これよりモードエルへ移行します』
その言葉の後に頭痛は収まった。
私は荒くなった呼吸を整えてルクシア様を呼んだ。
「ルクシア様?」
けれどしばらくしても返事がない。
何が起きたのかよくわからない。
よくわからないけれどどうしてか魔力が溢れてくるような感じがする。
その時だった。
とてつもない音が上から響く。
こうしてはいられない。
ソラさん。
待っててくださいね。
私は聖天の杖を握りしめて走った。
────目で追うのも難しい光の剣が迫る。
ここまで避けることができているのはもう奇跡だ。
体が重い。
舞い上がる無数の剣が降り注ぐ。
足に力を入れる。
右に左にブラフを入れるもほぼ意味を成さない。
切っ先が肌に触れる。
この瞬間だ。
俺に攻撃があたるという確信。
それがゆらゆらと宙に浮く剣の読みずらい軌道を決める。
寸でのところでずらす。
そしてかすらせる程度に留め避ける。
あいつの目にはどう映っているのだろうか。
「ふふふ。本当に楽しませてくれますね?!」
どうやら感触は良いらしい。
「どうしましたか? 妙な面をつけてから動きがおかしいですよ?」
奴の言う通り息がもう荒い。
まともにしゃべる事すら難しくなってきた。
「うるせぇ」
必死につぶやいた言葉もサンレリアス大聖堂の崩れ行く瓦礫の音でかき消されてしまう。
それから瞬時に間合いを詰めるソネイラル。
刀と剣の攻防が続く。
紙一重で繋ぎとめるので精一杯だ。
そんな時だった。
ソネイラルは剣を振り下ろし大きな隙を見せる。
ここだ。
直感でそう感じた。
だが俺はいつでも避けられる体勢で刀を振り下ろす。
「破轟!!」
瞬間、とてつもない衝撃が突き抜けた。
咄嗟に体を逸らし間一髪避けることができた。
喰らってたらもうまともに動けないだろう。
この時、俺は避けるのに夢中になり宙を舞う剣の存在を一瞬だけ忘れていた。
「しまった」
奴はその隙を逃さなかった。
腕、足、脇、胸と次々と剣が俺の体に傷をつける。
思わず叫ぶ。
斬られた勢いもやむことなく光の剣の横薙ぎが迫る。
もう重心をずらすなんてことはできない。
刀でそのまま受け止め吹き飛ばされた。
体中が熱い。
四肢はまだついている。
「まだ……まだ!」
刀を杖になんとか立ち上がろうとする。
けれどうまく立てない。
震える手が限界を告げていたのだ。
力がうまく入らない。
ソネイラルはどこか悲し気な表情で俺を見る。
「かの勇者でも私を止めるに至りませんでしたか……」
ふらつく頭を必死に起こす。
ソネイラルが左手を前にかざした。
だめだもう走って避けるような体力はない。
みじめに足掻こうとするそんな俺に情けをかけるようにソネイラル。
「止めを刺す前にお伺いしたことがあります」
「な……なんだ?」
「どうしてあなたはそうも必死に戦うのでしょうか?」
荒い呼吸を整えながら俺は答える。
正直自分でも本当のところはわからない。
「どうしてだろうな」
「召喚された勇者。言うなればこの地と無関係の人間です。あなたがここまで身を削る理由などないではありませんか」
「確かにな……俺は何の取り柄もない人間だよ」
「ふむ。私から見ればあなたは十分に脅威ではありますが……そうなのですね」
「はは……ここへきてずっと好きな酒ばかり飲んでたよ。そんな毎日を送ってた。これからここで生きていくことに疲れてたんだと思う」
「ほぉ」
「だがな。あの戦火の中でも必死に頑張って生き抜こうとしてる人を見て……リィナと出会っていろいろあって……少しは勇者として生きてみようかなってさ」
守るって決めた。
俺がだめな奴でも葉っぱ一枚でも不器用でも何でも。
その役割があるのなら果たそう。
そんな俺を信用してくれるリィナを、その場所を守ろうと。
ヒナの約束を果たそうと。
誓えた。
震える足で立ち上がる。
覚悟が決まってると最期ってこうも怖くないんだな。
「だから……俺は最期まであきらめねえ」
リィナのいる国を。
居場所を。
大切な人達を。
「そうですか。あなたの意志。しかと心に刻みました」
ソネイラルは地面に光の剣を突き立てる。
そして祈る様に呟いた。
「光の導きがあらんことを」
再び左手を俺の前に向ける。
「葬光」
目を焼くほどの光が一面に広がる。
リィナすまない。
敗けちまったよ。
光は徐々に増していき熱線が放たれる。
こういう最期を迎えるのか。
そう考えた時だった。
「ルミナ・イージス!!」
突如として堅牢な光の盾が俺の前に現れた。




