第87話 差し込んだ希望
崩れ行くサンレリアス大聖堂。
幼き頃より見上げていたものが今や私の手で崩れ落ちようとしている。
はたしてこのようなものに意味はあったのか。
形だけの象徴。
形だけの信仰。
時代を重ねていく毎に歪曲されていった思想が全てを形だけにして残す。
先人たちが命を賭して守り抜いた今がこのありさまでは正に滑稽であろう。
私はそんなことなどどうでもいい。
もはや過ぎたことだ。
しかし、彼女の愛した理想はそれを許さない。
形だけに塗り固められたものなど私が壊そう。
もう失うものなどないのだから。
それでも崩れゆくものに新たなものが生まれゆくことを期待せずにはいられない。
さて、かの破壊の神の怒りを体現せし天使を倒してしまわれるとは思わなかった。
勇者というのは予想をはるかに上回るものなのですね。
そして今、私は旧友を殺そうとしていた。
私の左手より放たれるは上位奇跡。
「ルクス・レイ」
守護の神が与えたもうた敵を滅する奇跡。
皮肉にも先ほど破壊の神の先兵たる天使が放ったライト・レイと似た奇跡だ。
守護と破壊は表裏一体なのでしょうね。
「ルミニ・マルス!!!」
それに呼応するようにステファンの光の壁がそれを拒む。
もはや時間の問題ではあるが必死に抵抗しようとする。
「どうやら防ぐので精いっぱいのようですね?」
息を切らすステファン。
魔力も底をつきかけているのでしょう。
「はぁはぁはぁ……っく!! なんのこれしき!!!」
この男は昔はとても気のいい奴だった。
けれどある日を境に変わってしまった。
人種覇権国家であることに絶対の規律を重んじる。
根っからの人種以外を拒む排他的主義者へと変貌してしまった。
まあ、彼がそう考えるのも必然でしょう。
なぜなら彼の家族は逆恨みしたビースティアの冒険者に殺されてしまったのですから。
穏やかだった彼が変わってしまったのはとても悲しむべきことでした。
故に他種族は排斥されるべき存在であり助ける価値のない存在である。
彼は、そういわんばかりの政策を提案し打ち出していった。
気持ちは痛いほどよくわかります。
そう思うと不思議なものですね。
私も似たような軌跡でここにいるのですから。
「天剣」
息を切らしているステファンに間合いを詰める。
「させません!!!」
ノルンが割って入ってきた。
サムエラも相当、腕のたつ聖騎士のはず。
にもかかわらずその追撃をかいくぐりステファンの援護をする。
さすがはアスラ家の長女とでも言うべきでしょうか。
19歳にして聖騎士を務め、23歳で四天の守護騎士へと任命される程の剣の天才。
ゆくゆくは神使いの聖騎士にもなれたことでしょう。
その躍進劇に陶酔した騎士も数知れず。
「ルミニ・マルス」
小規模の光の壁を展開し防いでいく。
剣がはじかれる音を響かせるも、その目から光は消えず。
これは驚きました。
弾かれる勢いを利用し壁の内へと体をくぐらせ距離を縮めてきたのだ。
信念のぶれることのない剣が迫る。
「ガル・ミュリーム!!」
間近で放出された雷は私を痺れさせる。
たてなおす間も与えず追撃してくる剣。
私は斬り飛ばされるのを覚悟し左腕を前に出した。
「破轟」
「な?!」
一切合切を押しのけノルンは吹っ飛んでいく。
無理をしてしまうのがいけない。
これでは命がいくつあっても────
「っく……くそ……」
どうやらまだ息はあるようだ。
この奇跡で倒せぬ者などそうそういるはずもないだろうに。
「さて、サムエラさん」
「はい」
「残りはお願いしますね」
「承知しました」
やはり今の私を止めるには足りなかったか。
このまま、すべてが終わりゆくのも一興か。
遠目にサムエラとステファンが戦っているのを見守る。
私の術から身を守るのに精いっぱいではどうしよもない。
サムエラの斬り上げがステファンへと直撃し倒れ行く。
その刹那。
私は過去に浸っていた。
霞んだ私の記憶の中の彼女は笑ってはくれなかった。
失ってしまった時間はもう取り戻せない。
けれど。
もしも叶うなら。
私はどんな神にだって祈るだろう。
国民を虐殺する大悪になり果てた私の。
慈しみの心が消えてしまう前にもう一度……。
もう一度。
あなたの笑顔が見たかった。
エリゼ。
「サムエラさん。そろそろあなたも去りなさい。お役目、ご苦労様でした」
「……」
「私の悲願は叶いました」
「わかりました。ですが私は……最期まであなたの騎士として戦います」
「そうですか。相変わらず真面目なのですね」
「あなたほどではありませんよ」
「さて……」
地上を見渡す。
一面、阿鼻叫喚の渦に飲み込まれていることだろう。
破壊の神による終焉の奇跡。
聖者の行進。
歴史的に見てもこれが行使された事例は数少ない。
魔王を滅ぼし大国をも消し去る奇跡のはずなのにまだこの国は終わらない。
きっと本物は違うのでしょうね。
私の力ではこれが精いっぱいと言ったところでしょうか。
落ちてゆく魂が空へと登っていくような気がする。
まるで虐げられた者達の無念をはらさんかのように。
けれど、こんな絶望的な状況の中でも輝く者達がいる。
無慈悲に奪われてもなお果敢に抗い続ける強き者達。
そして今。
それを代弁するかのように、その者は現れた。
待ちわびていた。
「ステファン様! ノルン様!」
その者は抱えていた少女をゆっくりと下ろす。
その少女が今にも助けに行かんとする様を見てそれを制した。
勇者。
一枚の葉を恥部に身に着け、異国の着物を羽織り異国の剣を握る。
とても奇異な人物。
しかし腕は確かなのでしょう。
一目で間合いがわかっているのだ。
彼らに近づき治癒の術でもしようものならアメリア嬢を先に殺すべく私は動いていた。
「驚きました。生きていたのですね?」
「さっき会っただろう? おかげで大変な目に合ったけどな」
「ふふ。違いますよ。あの天使を前にして生きていられる者などそうはいませんからね」
「ああ。確かに強かったな……あんた。まだ何か企んでいるだろ?」
「そうですね。これから仕上げをするところでしょうか」
押し黙っていたアメリア嬢は声をあげる。
「どうして……どうしてこんなことをされたのですか?!」
「こんなこと。そうですね。一つ質問で返してしまって申し訳ありませんが……」
強き者。
この世界は一強一国の主としてのし上がり支配し合う文化が根強い。
そんな歴史が長々とある中で強き者はどういう責務があるかをこの立場となり考えることが多かった。
アーグレンは代々女王がルクサーラの巫女であり大いなる力を得ていた。
故に讃えられ文化を育み人々に恩恵を与えてきた。
強き者が必ずしも頂点に立つというわけではない。
この国は良い異例でしょう。
「アメリアさんは強き者の責務とはなんだと思いますか?」
「責務……? たくさんの人を守る事でしょうか?」
「そうですね。それもその一つです。しかし強き者、頂点に坐する者に真に求められるのは理想なのです」
「理想……ですか?」
「強さとは、その傲慢さで己の理想を叶えるのです」
「だからといって誰彼構わず無慈悲に皆の……皆の命を。幸せを奪っていいはずがありません!!!」
そう思うよ。
この行いは誰も救われない。
誰も幸せにならない。
ただの天使達による大虐殺だ。
けれど、そうでもしないと。
私の激情がおさまらない。
「だからここで示しなさい」
主の眼、解放。
「あなた方が正しいことを」
「リィナ。一旦下がって」
参翼展開。
「他がために悲壮のない世界。そんな理想を叶えてください」
螺旋の千眼、構築。
「それを成しえるのが勇者だと信じさせてください」
天剣の葬列。
「さあ、私の悲願が叶う時です」




