第78話 願わくばもう一度
たくさん水がふってくる。
これなら体についた汚れや匂いも全部洗ってくれそうだ。
こんな滝行は初めてだ。
さすがにまるかぶりは服がもたないだろう。
なら全力で受け止めなきゃな。
ケンジョウ流拳術。
「流麗」
例えどんなに強い衝撃や魔術が来ようとこの流れを変える力には逆らえない。
手と腕で受け全身を使って力の流れを分散させる。
そういえば親父は「これで彼我の力を試すもよし」なんて言ってたな。
しばらく降り注ぐ大量の水をさばき切るとなにやら無数の影が見えた。
その影たちは次々と降りてくる。
そして俺の眼前に迫ってくるのだった。
俺は丁寧に影達を倒していく。
1人。
2人。
3人。
4人。
5人……。
もうそれ以上は数えられない。
そういえば案内してくれた女は大丈夫だったかな。
後ろを見るとちゃんと俺から距離をとってくれている。
無事みたいでよかった。
外に案内してくれるいい奴だからな。
でも、そのいい奴は腰を抜かしていた。
なぜか俺を見てひどく怯えているように見える。
まるで化け物でも見てるみたいに。
どうでもいいか。
一通り倒し終わると水の流れる音だけが響いていた。
俺はまだ構えはとかない。
やっぱり、それだけで終わるまいと巨大な石の棘が頭上に現れた。
とてもでかい。
そんな派手な魔術に圧倒されることが多いけど普通に避ければいいんだと思う。
だけど、その魔術に俺の技がどこまで通用するのか確かめたくなった。
受けて分散じゃだめだ。
それじゃ簡単すぎる。
全てを受け止めて打ち砕くんだ。
ただまっすぐにこちらに落ちてくる石の棘に向かって放つのは平手。
ケンジョウ流拳術。
「蕾掌!」
曲げた関節を一瞬でまっすぐ伸ばすことにより爆発的な一撃を生みだす。
響く轟音がとても気持ちが良い。
この魔術に勝った。
落ちてくる無数の瓦礫を払いのけると同時に嫌な予感がした。
咄嗟にしゃがみ込むととんでもない速さで小さい石の棘が頭上を通り過ぎていくのが見えた。
大きいのはどうやら陽動だったようだ。
避けられたと見るや敵は音もなく距離を詰めてくる。
握られた剣と逆手に持った短剣。
二つの剣を駆使して攻めてくる。
驚いた。
なかなか強い。
けれど戦いはここで終わってしまうだろう。
魔術はびっくりした。
でも剣の腕はいまいちだ。
両手で剣と短剣の防御を払いのけて黒い男の胸にめがけ拳を一突き。
しっかりと男の胸を貫いた。
はずだった。
はっきりと、しっかりと貫いているはずなのに手ごたえがない。
よく見ると土くれのように体が変化しているのが見えた。
「なんだこれ?!」
それから男は一旦距離をとるとようやく口を開いた。
「お前は……何者だ?」
「人に名を訪ねる時は自分から言うのが礼儀だって聞いたぞ?」
「っち。俺の名はザント・エーメル。黒では死信。この界隈では不死身のザントなんて二つ名もある。おまえは?」
「不死身ねぇ……俺はケンジョウ流拳術のケンジョウ ザンカだ」
「ケンジョウ……なるほど。にわかには信じがたい噂だったが見せられれば、むべなるかなと言った所か」
「ん? あんた俺のこと知ってるのか?」
「風の噂だ。拳のみで魔王を降した最強の男」
「ああ、ケンジョウ カミツナは俺の親父だ」
「ほう……ここでお前をやれば魔王に届くやもしれんな?」
「それはどうだろうな」
「謙遜を……グランスピア!!」
さっきの鋭い岩の棘が地面より突き抜けてくる。
頬の皮一枚かすめた。
「すごい威力だ」
頬から血が流れる。
久しぶりに戦いで血を流した。
さすがに中遠距離攻撃を繰り出されていては何もできないので距離を詰める。
再び剣と短剣の攻撃が俺を待っていた。
それらを全て払いのけ拳を繰り出す。
しかし俺が一撃を加えたところでザントの体は土くれのようにぽろぽろと崩れるだけで元に戻る。
とても不思議だ。
厄介な感じもするが、それ以上に感触が気持ち悪い。
さっきから守りは固いくせに攻め手に欠いている。
少し退屈だ。
俺は戦いながらどうなっているのか聞いた。
「なあ、あんたのその身体どうなってんだ?」
「答えず……俺に攻撃は無意味だ。おとなしくここで殺されろ」
だめか。
それから膠着した状態は続き大分時間は経ったように思う。
後ろにいた女はもういない。
何度もうちあって、何度も撃たれ壊し、受け止め単調な戦いがひたすらに続いた。
すると次第に相手の息が上がっているのがわかった。
「はぁ、はぁ……お前どこまで……続けるつもりだ」
「ん? やってもやっても倒せないんだからやり続けるしかないだろ?」
「……まる一日────」
ケンジョウ流拳術。
「神流狩!!」
「っく!!!」
手刀の一撃は奴の剣を砕き折る。
度々逃げようとする素振りを見せるけど逃がさない。
「レイングランスピア!!」
無数の岩の棘が地面より射出される。
しかし、どれもあの一撃と比べればとても弱い。
すべてをへし折りどんどん近づく。
「くそおお!! テラ・マルス!」
地面より石の壁が飛び出してくる。
「蕾掌!!」
それらすべてを吹き飛ばすと同時に奴の体の半分以上が土くれとなり吹き飛ぶ。
「化け物が!! だが攻撃など私には無意味」
確かに無意味も無意味。
半分以上吹っ飛ばした体がもう元に戻ってしまっている。
「無意味ねぇ。だけどあんたも俺を倒すのに決め手に欠いているだろ」
「それがどうした」
「ならさ。どっちかが倒れるまで殺し合うしかないだろ?」
「そうだな……ここまで狂った戦いができるとはついぞ思わぬもの」
「さて、ここまで楽しいのは久しぶりだ」
奴は抵抗する。
その度に土くれとなる体に風穴をあけていった。
顔をつぶした。
腕を落とした。
足を落とした。
心臓も貫いた。
それでも死なない。
殺しても殺しても死なないなんて……とても嬉しい。
全てを忘れて俺は俺をぶつけた。
けれど、そんな楽しい時は一瞬で過ぎていく。
とうとう終わりが来てしまった。
土くれとなるはずの体から血が噴き出て横たわってしまったのだ。
「あ……」
その瞬間、俺はなんだか悲しくなった。
ザントは震える口を精一杯動かして何かを言っている。
「た、たえ……たえ……したが。リース様。あ、あなた……の、……にこたえられ……ず」
ゆっくりと動かなくなる。
「も、もう、しわけ……ござ……」
「もうしわけございません……か」
俺は久しぶりにこんなに体を動かせて大満足だけど、そういえばこいつらはいったい何だったんだろう。
自分の体を土くれにできるなんて魔術と言うのはやはり不思議なものだ。
どうだ。
いいことを思いついた。
それをソラができたらずっと戦っていられるんじゃないか?
やれるかどうか聞いてみよう。
それから俺は動かない奴らの前で手を合わせた。
「あんた。強かったよ」
剣も短剣も砕いてそれでも戦い続けられる胆力はすごい。
ほとんどの奴は武器を失った途端もやる気がなくなってしまうのに。
すごい戦士だ。
今までのやつも。
願わくばもう一度立ち上がってほしい。
案内役はどこかへと行ってしまったので俺はまたひたすら歩くことにした。




