第77話 確実な勝利への一手
一瞬だった。
どんな攻撃も弾いてきたオルタガの体からあいつの腕が突き抜ける。
無惨にもその腕を引き抜いてこぼれ出る血が地面を染めた。
うそだ。
黒は、アーグレンでも選りすぐりの精鋭で構成されている。
兵士や騎士と違うのは彼らと違って裏の仕事を遂行することにある。
それは絶対で失敗は許されない。
時には仲間を見捨てる判断もしなくちゃいけない。
これは仕方のないことだと思ってる。
それがうちらの仕事だから。
早く詠唱を終わらせなきゃ。
けれどあの半裸はそれを許すはずがなかった。
信じられない速度で私の目の前へと来る。
瞬間、世界が暗転した。
本当についていない。
どうしてこんな目に合わないといけないんだろう。
そんなことを考える前に私もたくさん殺してきたか。
やってきたことは自然と自分に返ってくるもんだね。
ああ、死に際って本当に昔のことを思い出すんだ。
黒に仲間意識なんて不要だと頭目のリース様が言っていた。
でも捨てきれないよ。
だってそれを捨ててしまったら人としての何かを失ってしまいそうになる。
死信の四人って呼ばれる強い人たちは平気でそれをやってのけてるんだけれどね。
そんな強い人達がいるのもあって陰で黒がアーグレンの切り札とまで言われてる程。
メールヴァレイが侵攻した時に私達は戦いを命じられるのではなく王都貴族を守るよう言われた。
その時は結局何もないまま終わった。
そんなことをしているうちにたくさんの人が亡くなったのも聞いた。
こういうのは本当にやるせない。
全体を守るなら城塞周りや教会を守った方がいいだろうに……。
私は結局、黒に染まりきれずにいるんだ。
黒はまるで主人に従い命じるがままに動く人形だ。
人形になり切れなかった私は除隊して冒険者にでもなろうかと思っていたのに……。
でも、いいところと言えばお金を多くもらっていたことかな。
故郷のみんなのためにがんばったんだけどな。
私……頑張れたかな。
そして唐突に淡い夢は終わる。
気が付くと私は首を掴まれていた。
右腕が痛い。
どうやら折られてしまったようだ。
どうしてなのかはわからない。
オルタガを殺したように私も殺せばいいのに。
「あ、起きた」
「な……なんで? なんで殺さないの?!」
「一人で歩いててもさ出口がわかんないんだよ」
「だから……なんなの?」
「だからさ案内頼むよ。終わったらちゃんと殺すから」
ちゃんと殺すって何?
出口……?
この男は、ただ迷い込んできただけだとでもいうの?
でも天使召喚の贄を見られたからには厄介だ。
かといって、この男に手も足も出ないような私じゃ何もできない。
それに……私達をいとも容易く屠るような男を地上に出してしまっては計画が崩れてしまう。
「殺されるとわかっててやるわけないじゃない」
「そうなのか?……じゃあどうしたら案内してくれるんだ?」
この半裸のまるで人を殺したことがない純粋な瞳をしているのがとても怖い。
私はここまで来るのに血のにじむような努力と嫌なものを見たというのに。
どうしてこんなに綺麗な瞳をしていられるのか。
「敵であるお前に手を貸す道理なんてないわ!!」
本当は死にたくない。
でも黒に命乞いは許されない。
そんなことをしたとあっては粛清ものよ。
まだ仕事の報酬を故郷に送ってない。
村のみんな……食料に苦しんでるだろうな。
「そうか」
半裸の右腕が構えに入ろうとするのが見えた。
私は覚悟した。
「んー。困ったなぁ」
なぜか攻撃はなかった。
ただ右手で顎をさすり何かを考える素振りを見せている。
その時、奴は私の首から手を放すのだった。
「ごほ……ごほ……」
立てない。
腰が抜けてしまっている。
黒に入ったのに、この体たらくだ。
とても情けない。
「あ! もしかして死にたくない?」
こいつは、はっと思いつくように言う。
私は思わず言ってしまった。
「あ、あなた……ふざけてるの?!」
それは誰しもがそう思うことじゃないの?
望んで死にたがるような奴なんてそうはいない。
「真面目だよ」
半裸の言う通り真面目な声のトーンで続けた。
「戦いで死ぬってのは戦士にとって誇りなんだろ? しっかり相手を殺さないのは馬鹿にしたことと同じだって教わったけど……違うのか?」
正に戦士というのか。
生粋の武術家の精神と言うべきか。
これはチャンスなのではないか。
「ええ、違うわ……殺さないでいてくれるなら出口を教えるわよ?」
「お? 本当か?!」
「うん……ただ迷ってきただけなのが本当なら、あなたには悪いことをしたわね……」
「いやいや、久しぶりに殺しあえて満足したよ。おまえいい奴だな?」
「ころ……あはは、いい奴……か。じゃあこっちよ。案内するわ」
「ありがとう!」
本当に何こいつ。
あっさりと誘導に引っかかってくれる。
この間に仲間に知らせを出さなければ。
気取られないように……。
魔術で小さな空気の波を起こして決められた信号を使う。
そして周囲の仲間に伝達する魔術。
隠伝。
昔、勇者が編み出したって魔術だ。
使用者から遠くの人に送れるけど不特定多数の人にも届いてしまうのが欠点だ。
けれどこんな高度な魔術を難なく使えるのは黒にまで上がれた奴くらいなもの。
それに暗号化してるし黒以外に情報が洩れる事なんてまずない。
例え聖騎士長ですら。
でも、この半裸野郎は気づくだろうか。
ためしに……。
『テステス』
どうだ。
振り向くと半裸はアホ面さらけ出しながらついてきている。
よし、大丈夫そうだ。
このまま城下水道から大貯水道に入りアーグレン噴水口の真下に向かおう。
大広間の上から一気に強襲してこいつを叩く。
『キンキュウデンレイ タスウ シシャアリ ケイカク ジッコウ チュウダン ヨウチュウイジンブツ ユウドウチュウ』
「なあ、さっきからなんかピリピリするんだけどなんだかわかるか?」
まずい気取られたか?
「ピリピリ……?」
完全に魔術で出した波を感じてる。
あんな微細な波を感じられるなんてどんな繊細な感覚をしていの?
「そうそう、すごい不思議な感覚だ。あんたは大丈夫か?」
「え?……ええ、大丈夫……」
「そうか。ならいいんだけどさ」
この期に及んでさっきまで殺そうとしてた人間を気遣うなんてどんな神経をしているの。
どうやら穏伝はばれてないみたいだ。
続行する。
『ゲンザイ レラデランゲスイドウ コレヨリ アーグレンフンスイコウ ヘト ムカウ ソコデムカイウタレタシ テキ ヒキツヅキ ジョウホウ ノ オトコ ヒトリ』
これでいいでしょう。
ちゃんと『了解した』って波がところどころから返ってきている。
きっと事の重大さに気づいて不意を突いた強力な魔術で仕留めるはずだ。
これでこの半裸もここで終わりだ。
「なあ、腹減らね?」
なんて呑気なやつなんだ。
「うん? 私は特にお腹は減ってないよ」
「そうかぁ……なんか持ってたりする?」
「ごめんね。あいにく持ち合わせはないの」
こんな臭いところでよく食事をしようなんて思えるわね。
それにさっきも思ったけど殺し合いをしていたのにとんでもない無神経野郎だ。
「そりゃそうか。まあでもここ臭うから食う気は失せるな?」
「あはは……そうだね。出口までは結構歩くけど、あとちょっとの我慢だよ」
「お、そうか! 出れたらなんか食べようよ?」
「え……私も?」
「案内してくれたお礼だよ。リィナからお金をちょっともらってるんだ」
「リィナ……?」
「そうそうリィナ。優しくていい奴だよ」
リィナ……。
もしかしてアメリア家の令嬢の?
辺境領のアメリア家とつながりでもあるのか、この半裸。
でも、こいつにそんなつながりがあった所で始末することに変わりはない。
それにアメリア守護隊が強かったのも昔の話。
どんなに屈強な兵士や騎士でも度重なる出兵と老いにはさすがに勝てないか。
今はただの弱小領にすぎない。
それが本当にこの国のためになってるのかは別として……
仮にこいつがアメリア家の従者だとして、こいつに何かあってもアメリア家はどうすることもできないでしょう。
それからしばらく歩いた。
とうとうアーグレン噴水口までたどり着く。
大きな噴水で地下に流れる水の量をはかる装置にもなっている立派な設備。
縦に伸びた広い空間。
中央の巨大な円筒状の柱に王都中の水道が交わっている。
そこで強い圧力を生み出して水が地上で噴き続けている仕組みらしい。
地上はそうでもないけれど地下は結構な轟音だ。
これなら近場でもそうだけど遠くに誰がいても気づくまい。
そろそろ大きな空間の真下に入る。
そんな中でも半裸は呑気に「すげー」だの「こりゃたまげた」だの言っている。
「初めて見たら大分、驚くよね」
「ああ、これはたまげた。大きな声出さないと聞こえないや!」
そろそろか。
すると魔術の青い光が上に見える。
私は咄嗟に後方に飛んで離れた。
瞬間、とてつもない大きな水の槍が半裸へ直撃した。
氷魔術と火魔術の混合魔術っぽい。
生み出された氷を火魔術で溶かして爆発的な力を生んで放つ水の巨大な槍。
何でも抉り取り切れる程の滝のような圧力が生まれる脅威の魔術だ。
ちゃんと離れているのに衝撃で飛ばされそうになる。
奴は成すすべなくそれにのまれていった。
勝ったんだ。




