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第75話 小さき背中は語る

 目にも止まらない速さでその者は現れた。


 天使の鎧にぶつかり甲高い音をたてとてつもない衝撃が伝わる。


 双剣の天使は瞬く間に遠くに吹っ飛ばされたのだ。


「ふぅ……あぶなかったのにゃ」


 赤いつばの広い羽根付き帽子に赤いマントと赤いブーツ。


 背丈は私の半分にも満たない。


 ふさふさの尻尾をくるりと可愛らし気にゆらゆらさせていた。


 語尾に「にゃ」をつける変わったビースティアが目の前にいた。


 敵を一点に見つめるその目はどこか誇りを持った騎士と同じように見える。


 そこで私は気づいた。


 そのビースティアが持つレイピアに見たことのある家紋が彫られていることを。


 なぜ私はあの時に気づかなかったのか。


 アスラの剣だ。


「あなたは……確か」


「ロイ・ア……ニャーだにゃ。確か……リィニャの友達のニャロルって言ったかにゃ?」


「え? ええ……キャロルよ」


 一瞬すぎて剣線すら見えなかった。


 けれどわかる。


 あの天使を吹き飛ばしたのは騎士の刺突技、ナイツ・スタッピンだ。 


 これほどの使い手がいるなんて……。


 私はまだまだ未熟だな。


 そんな反省を他所にどうしても「にゃ」をつけたいらしいニャーさん。


「ごめんにゃ。キャロニャ」


「言いにくく……ないですか?」


「ん~……そうでもないのにゃ。ニャーは何故か言葉がぎこちないのにゃ」


 正直なところ、そんな事よりこれだけの騎士の業をあれだけの練度で放てているのかを知りたかった。


 けれど助けてもらったことにまず礼を述べなくては……。


「そう……でしたか。助けてくれてありがとうございます」


「気にしなくていいにゃ。リィニャの友達を助けられてよかったのにゃ……」


 リィナの友達……。


 あなたは私をまた助けてくれたようだ。


 ギチギチと不穏な音が鳴り響く。


 地に落ちた天使の鎧はひどくひしゃげている。


 しかし双剣の天使はまだ動こうとしている。


 それから後ろに控える目をつぶった天使が空に向かって何かを唱えるのだった。


「あれはなんなのにゃ?」


 緑色の光。


 間違いない。


 回復の術か何かだ。


「まずい……回復されてしまう!」


「わかったにゃ!」


 そう言った途端目にもとまらない速さで駆けだすニャー。


 そんな小さい影を通させまいと双剣の天使が再び立ちあがる。


 天使以上に素早く動く影に追い付くはずがない。


 その素早い影は宙を飛んでくるくると回転し一撃を叩き込む。


 「ナイツ・ベレスカ!!」


 不思議なことに何もないはずの空を蹴り無茶苦茶な軌道を作り出したのだ。


「どういうことだ……?」


 光線のごとき速さで目をつぶる天使の胸元を貫いたのだった。


 一瞬だった。


 私達が手も足も出なかった天使たちを即座に片付けてしまったのだ。


 それからギシギシと音をたてる双剣の天使にもとどめをさす。


 小さくて守ってあげたくなるような背中。


 それなのに私にはとても大きく見えるような気がした。


「私はまだまだ未熟だな……」


 私はその姿を見てそう純粋に思った。


「さて……怪我した人達は教会で治療を受けるにゃ! もうすぐ僧侶さん達が来てくれるのにゃ!」


 そうだ。


 圧倒されてばかりはいられない。


 騎士としての務めを果たさなくてはならない。


「ありがとうございます。これよりセスラン隊はセスランの治療と教会での安全確保。私の隊は……」


 よく見れば立っている者はいなかった。


「あの一瞬でみんな負傷か……」


「無理することはないのにゃ。いずれまた戦う時がくるかもしれないのにゃ。ここは────」


「いえ、私はまだ動けます! レイーネ聖母様はルクサリア教会に?」


「いるにゃ」


「そうですか……では騎士達の指揮を移譲しても大丈夫そうですね」


 私は剣を拾う。


 今度は手放さないようしっかりと固く握りしめた。


「ニャー様……共に戦ってくださいますか?」


「言われなくても……みんなの危機にゃ」


「ご協力感謝します……」


「よろしくにゃ」


 騎士の名家であるアスラ家と何かしらの関係があるビースティア。


 けれどあの家は人種覇権派の絶対的な立ち場にある。


 かつて起こった晴天様の事件の時に聖騎士として人種の解放に力をふるったと言われる歴史ある家だ。


 そこからビースティアの騎士が出たとなれば……話はややこしくなるだろう。


 ここで聞いても良いのかはわからない。


 けれど私が焦がれた剣をあの小さい背の騎士は振るっている。


「……あなたはアスラの騎士であることと何か関係が?」


「わからないのにゃ。ニャーは師匠の名を継いだだけなのにゃ」


「そうでしたか……」


「アスラのことをキャロニャは知っているのかにゃ?」


 もうその呼び方に突っ込むまい。


「騎士のあこがれの名家ですからね。太刀筋や立ち居振る舞い、騎士としての在り方まで……数々の騎士が手本にしてますよ」


「やっぱり……すごいのにゃ」


「……さて、無駄話をしてしまいすみません。私は天使の侵攻を食い止めに行きます。ニャーさんはここで教会の防衛をお願いします」


「いんにゃ! レイーニャ聖母様から行ってきなさいって言われてるにゃ」


「レイーネ様から?」


「そうにゃ。おっかないくらい強いからきっと教会は大丈夫にゃ! ニャーも加勢するにゃ」


「……わかりました。ご助力感謝します!」


「もう……ニャーのような思いをする人は出させないのにゃ」


 そんな台詞を残して我先にと走るニャーさん。


 それから私は小さな騎士と戦場となってしまった町へと駆けだした。


 そして英雄が誕生する瞬間を目の当たりにする。


 防壁より出現する無数の天使達に成すすべなく殺されていく逃げ遅れた民。


 兵士や騎士ですらなんとかして倒すのに苦労を強いられている。


 そんな絶望的な状況において赤い流星がごとく颯爽と現れて天使ども斬り捨てていく。


 地上に降りて民を刺し殺そうとしていた天使。


 しかし、赤い流星はそれをさせはしない。


 野に放たれた獣と呼ぶにはとても礼のある戦いをしてるようでいる。


 しかし、間に合わないと知るや握るレイピアを投げやりのように扱い天使の行く手を阻む。


 小さき背は語る。


 全てを守るのだと。


 そんな信念に突き動かされているようにニャーの瞳は熱く燃え滾っているように見えた。

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