第73話 聖者の行進
ゆっくりとソラさんに近づいたソネイラル神父様。
私は妙な胸騒ぎがした。
しかし敵意のようなものは感じられない。
それがなんなのかわからなかった。
そんな言いえない違和感を持った人物がソラさんの胸に手を当てている。
その時私は自然と体が動くが遅かった。
「だめ!!」
「破轟」
とてつもない衝撃が一瞬でソラさんごと建物をえぐり取ってしまったのだ。
残っているものは何もない。
彼が消滅したのと同時に王城の一角ごと消し飛んでしまっている。
見えるのは暗い底とひっそりと青空が照らすのみだった。
「ソラ……さん……」
私の思考は一瞬で真っ白になった。
「ソネイラル貴様!!」
ステファンが片手をあげるも天井が崩れ落ち円卓の中央に奇怪な何かが現れる。
4枚の翼に機械のような見た目の人形のように見えた。
光沢のある肌。
見たこともないような何かが現れて一瞬にしてこの場にいる全員を無数の光の輪の中に閉じ込めた。
「いやはや、うまくいきましたが……ちょっと動いてしまわれた方はお亡くなりになってしまったようですね?」
王都貴族の何人かが空間ごと切り取られたような光の輪の中に半分になっていたり体の一部を残しているのが見えてしまった。
国王陛下はそんな状況に臆することなく言う。
「ソネイラル。なぜこのようなことを?!」
「そうですね……こんな状況に私は呆れてしまったのですよ。さて……あなた方にはこのまま、この国の行く末を見守っていただきましょう」
その時、光の輪に捕らえられたサーヴェリス聖騎士長の方よりとんでもない衝撃が走る。
「ふふふ……無駄ですよ? あなた方は今その輪の中にある別世界にいると思っておいてください」
「くそ……」
そう呟いてソネイラルをにらみつけるサーヴェリス聖騎士長。
「種明かしをしますと……これはアルχ(カイ)と呼ばれる天使です。主神の御力を一部この世に写せるとても高位の天使なのです」
それを聞いてステファン神父。
「まさか……貴様!! 信者達を?!」
「ふふ……そんなわけないでしょう? 使ったのは汚らわしい考えを持った人達でした」
「わかっているのか?! 他の神を信仰する……それも破壊の神を!! これはとんでもない背教行為であるぞ!!」
ソネイラルは歩きその天使をさすりながら言う。
「背教……ルクサーラは守護と愛の女神様です」
穏やかだったソネイラルの顔は段々と怒りの表情へと変わっていった。
「すべての者を平等に守るという彼女の願いを長らく踏みにじってきた我々が!! 言えたことでしょうか?」
こんな切羽詰まった状況で私は心は上の空だった。
とてもつらい。
あんなとんでもない衝撃を目の前でやられてしまってはソラさんであっても……。
だめ、考えたくない。
考えてしまえば動けなくなっちゃう。
いつから私はこんなにも弱くなってしまったの。
「さて、皆さまはアルχに特等席へと運んでいただくこととして……リィナさん。あなたはこちらへと来てもらいましょうか?」
「え?」
マリィ王女は光の輪を叩く。
「ソネイラル! リィナをどうするつもりですか!!」
「そういえば昔からお二人の仲はよろしかったですね? 友を思う心はとても素敵ですよマリィ王女。安心してください。少し貰うだけです」
「貰うですって……まさか!!」
「ふふ……有能であっても支える周りがどうしよもなければ悲惨なものですね?」
ソネイラルが光の輪に手をかざすと私は解放された。
「サムエラさん!」
呼ばれてからすぐに現れたのは四天の守護騎士の一人だった。
「はい」
「合図を……」
「わかりました」
「では行きましょうか」
私はサンレリアス大聖堂へと連れ行かれるのだった。
この国の中心でありルクサーラ神様の御神体が安置されている場所だ。
その最上にある光の大聖堂。
見渡せば一面にアーグレンの町々が広がっている。
高位の神官しか入れないそんな幻想的な場所に感動を覚えることはなかった。
ぽっかりと空いてしまった私の心。
涙すら出てこない。
すると後ろより女性の声。
「ソネイラル。女の子連れてる」
黒い装束と鎧に黒いベールを纏っている女性がいた。
綺麗な長い黒髪をなびかせ右目の眼帯がちらつく。
ゴシックな衣装に両方の腰に直剣を差して音もなく歩いてくる。
「ふふ……この娘は供物ですよ」
「殺すの?」
「いえ……それは勿体ないでしょう?」
「物好き……勇者は?」
「そのことについてですが……この娘が一番安否を知りたいでしょうね……さてさてどうでしょうか」
「もったいぶる……もしかして、その娘は勇者の恋人?」
「んー……どうでしょうね?」
ソネイラルと謎の女のやり取りが引っかかる。
あんな攻撃をされてしまっては助かっているはずもないのにこの男はまるでソラさんが生きているかのような希望を持たせようとしてくる。
悲しんでる場合じゃないのはわかってる。
国王陛下や四天の守護柱様や聖騎士長様。
この国の主力であり象徴である方々が捕らえられてしまった今、仮にもまだ動ける私が悲しみに浸ってる場合じゃない。
ソラさん……見ていてください。
葉っぱ一枚で戦場を駆けた勇気を私に貸してください。
「先ほど捉えた方々を解放してください!」
「おや……死んだような悲しい目から異様な勇気を感じますね? すばらしい」
「なぜ私を縛るなり拘束せずにいたのですか?」
「ふむ……あなたはわかっているでしょう? 私達の前に抵抗は無意味だと」
「そうですね……一瞬だとは思います」
どうあがいても聖女である私と最高位の神父であるソネイラルとの差は大きい。
それに隣の黒い女。
アーグレン国裏の戦闘部隊。
黒の一員だと思う。
私も末端の方を見たことがあるくらいで実態はよくわからない。
そんな人達を相手に私なんて手も足も出ないだろう。
「なぜこんなことをされたのですか?」
「なぜ……そうですねぇ。届けられる声、無慈悲に嘆く声。何も変わらない現実が反復する。耐えられないのですよ」
「差別……の件ですか? そのことについては私も思う所があります」
「アメリアの方々はお優しい方達が多い。そんな方がたくさんいらしたらこんな事はせずに済んだのかもしれないですね」
「それなら……話し合いをして対話を重ねて……」
「ええ、あなたの気持ちは痛いほどわかります。ですが話し合いなんて端からできなかったのですよ。であれば殺し合いで決着をつけるしかありません」
「でも! その殺し合いで死んだ人達や家族は……幸せになる未来もあったのに……笑顔になれたかもしれないのに……」
「お優しいですね……優しさだけで、どうにかなれるほど世の中は甘くはないのです」
「ですが……」
「こんな事、あなたに話したところで何にもならないのですが不思議ですね。さて……時間です。リースさん黒の配置はどうですか?」
「問題ないよ」
「では……始めましょう。聖者の行進を」
聖者の行進が一体何かはわからない。
ソネイラルは突然、私の腕を取る。
「すみませんね」
小さい声でつぶやくとナイフで私の腕を突き刺したのだった。
私は痛みのあまり叫んだ。
右腕がとても熱い。
流れ出た血が滴ると同時に床一面に張り巡らされた魔法陣が光り出す。
ジンジンと流れていく血が魔法陣に触れる度、目も空けられない程の光が空へと舞い上がる。
その光は遥か上空で収束してから周囲に四散するのだった。
それに呼応する様に四方の空から強い光が現れて飛び散る。
すると国の外壁一面に無数の天使達が現れた。
「これが破壊の神の御業ですか……残酷な光景ですね」
刺された右腕の痛みに耐えながら私は聞く。
「これは……? なにをしたのですか?!」
「この国の滅びの刻を進めたまでです」
「滅び……?」
「ええ、今遠目に見える天使達はデュナメイスと呼ばれてまして……神に背く異端者すべてを殺しながら進んでいく殺戮の天使なのです」
「神って……あなたの言う異端の者って!!」
「そうですね。ルクサーラ神を崇める者すべてが対象でしょう」
「そんな……」
「デュナメイスがこちらへと来た時が終わりの時です。この地の浄化が終わり最高位の天使であるセラフィムが顕現し神にこの地を渡すでしょう」
「そんなことさせません!!」
これ以上失いたくない。
私は左手をソネイラルへと向ける。
「させないとは……あなたが?」
ソラさんはもういない。
でも国が……大切な人達が、また危機に陥ろうとしている。
悲しんでなんかいられない。
私のこの祈りは皆を守るためでもある。
このために毎日気絶するような修行をしてきたんだ。
「私はルクサーラ神様の聖女です。皆を守るために私は聖女になったんです!! ここで私は全力を賭してでもあなた方を止めます」
「ほら……やっぱりちゃんと拘束しないから……聖女様やる気満々だよ?」
「ふふふ……大丈夫ですよ。あなたのような方が……たくさんいたら私もこんなことをせずに済んだのかもしれませんね」
「なら! 今すぐこれをとめなさい!!」
「もう動き出してしまいましたので後には戻れません」
私は光の力を弾き出す奇跡放とうとした。
「ルクロ────」
「フェスラン……」
「な?!」
瞬間私の体が光る縄みたいなもので縛られてしまうのだった。
いくら力を入れてもびくともしない。
黒い服の女は口元に手を抑えながら言う。
「わぁ……エッチ」
「不可抗力……ですよ」
「じゃ……下で待ってる。多分来ると思うから」
「あれではだめでしたか……御武運を」
「今更……あ、そうだ……さっき地下から緊急の伝令が入ったよ?」
「緊急?……準備がととのいましたか?」
「違う……」
「ほほう?」
「上半身裸の赤髪の男が12人……黒を殺しちゃって断罪の天使ちゃんを召喚できなくなっちゃったって」
上半身裸……。
もしかしてザンカさんのこと?
「まさか出鼻を挫かれる事態になるとは……やはり計画というのはままならないものですね。して、その男は今どこに?」
「わからない……でも周辺地域に配置した黒は全滅したと思う。強さが災害を通り越しているわ」
「ははは。それは怖いですね」
「もしかしたら……この真下にいるかもね?」
「計画は狂いましたがそれもいいでしょう」
ソネイラルは開けているのかどうかわからない目で悲しい表情を浮かべながらそれでも微笑んでいる。
「勇者が来るか。よくわからない狂人が来るか……楽しみです」
「ええ……ほんと」
一通り話し終えた黒い女はそのまま聖堂をゆっくりと歩き出て行った。
「さて……リィナさん。この国が終わる光景を見ながら祈りましょう。どちらに天秤が傾くのか……」
「絶対に……あなたの思うようにはなりません……」
「素直に強気なのはいいことですが……私でなかったら命はないものと思いなさい。立場をわきまえ生にしがみつくのは悪いことではありませんよ?」
「ここでじっとしてなどいられません!!」
「お若いですね……ですが忍耐と言うのは大切です。いずれあなたの力が輝く時が来ます。それを待ちなさい」
こんな状況であるにも関わらずソネイラル神父は……なぜ私に教えるような真似をするのか理解できなかった。




