第70話 リィナとルチア
重厚感のある扉の隣に数名の使用人達が並んでいた。
「こちらがアメリア様のお部屋でございます。中は以前と変わりはございませんがご不明なことがあればいつでもお申し付けください」
「ありがとうございます。案内ご苦労様です」
「とんでもございません。さて従者のお二人はこちらに」
外見からして立派そうな部屋であることから従者は別の部屋なのはなんとなくわかってはいた。
まさかルチアと相部屋になろうとは思いもよらなかった。
けれどちゃんと部屋を用意している時点でかなり好待遇なのだとは思う。
そこでリィナは何故か焦りだす。
「え?! あの……リードルフさん?」
「はい。いかがなさいましたかアメリア様?」
「あの……二人は一緒のお部屋に……?」
「そうですが何か不都合でもございますか?」
「えと、その……不都合というわけではないのですが……ソラさ……いえ! ルチアは私と一緒に泊まることはできませんか?」
リィナと俺の顔を見てからリードルフ。
「ふふ。そうでしたか……時とは早いものですね? リィナ様」
するとはっと我に返ったようにリィナは恥ずかしそうに弁解する。
「い、いえ!! そういうわけでは!」
「いえいえ申し訳ございません。こちらのご配慮が至らぬばかりに……改めて別のお部屋をご用意いたしますのでこちらへどうぞ」
リィナの進言により部屋を変えることとなり、二人と別れて別の部屋へと案内されるのだった。
従者の部屋も無駄に重厚感のある扉。
そこを開けると広がる高級ホテルも顔負けの内装が広がっていた。
ふかふかのベッドに机と椅子。
両扉の窓を開ければ外の景色まで見れる。
とても綺麗な薄いガラスは、この国の建築技術の高さが感じられるほどに繊細に作られていた。
こういう所は日本と遜色ないかもしれない。
外観で言えば中世の街並みかと思いきや夜はそれなりに明るいし戦争中であるにもかかわらず食に困っていないように感じる。
その技術力に比例するように上下水道もちゃんとあるところがとても素晴らしい。
おかげでお手洗いは水洗式だし火山が隣にあるのもあって街中には大浴場もあるのだとか。
川まで行って体を洗っていた俺はいったい何だったのだろうか。
酒場に入り浸っておいて誰かと話すでもなく聞くでもなくただただ飲んだくれていた俺の無能さを呪いたい。
とりあえずは発展した文明を感謝しながらベッドの上で思う存分大の字で寝っ転がる。
そんなゆったりとした時間を過ごして俺はじっと刀を見つめるのだった。
リードルフさんに案内された部屋に通された私とルチア。
小さいころにお父様の付き添いで何度か王城へは来た事がある。
貴族同士の顔合わせや領主会議で貴族としての立ち居振る舞いなんかを学ぶためだ。
そこでシルベスやキャロルとも出会ってマリィ王女とも仲良くなった。
そんな懐かしさと安心感のある居館に、ここまで緊張しながら来る日が来ようなんて思いもよらなかった。
それにルチアとソラさんが一緒の部屋に泊まるだなんて……あまり考えたくはない。
ルチアと一緒になんて言ってしまったけれど本音を言ってしまえば……。
彼の隣にいたい。
アメリア家として出席し勇者であることを伝えていないため本来は勇者としての待遇であるはずなのに今は私の従者だ。
明日の議会がとても怖い。
マリィ王女様の頼みであるのだから断ることはできない。
国としては勇者様の存在がとても大きいのはわかっている。
以前にカールさんが言ってたように今は小さな力でも勇者様は大きく成長するらしい。
弱小国家ですら強国と渡り合えてしまうほどの脅威にもなりえる程に。
そんな存在であるから国は何としてもそれを確保したがるところも多いんだって……。
本当なら辺境領の従者なんて分不相応にも程があるはずなんだ。
ソラさんは全くといって良いほど気にしてなさそうけど。
いや、違う……これは私がちゃんと教えなくちゃいけなかったんだ。
でも勇者としての正しい地位に気づいた時に……彼はどうなるのだろう。
どうなってしまうのか……。
いっそのこと……彼が勇者じゃなかったらよかったのに。
私の騎士になってくれるって言ってくれたのはすごいうれしい。
けど、この胸の不安はどうしてなのか。
私は彼を信用しきっていないのかな。
なんでこんなに胸の奥が……きゅって不安になるのかな。
ソファに座って使用人が出してくれたお茶を飲みながら考えているとルチア。
「ねぇ? 私とソラさんが一緒の部屋で泊まるって聞いてやきもち焼いたでしょ?」
ルチアはいつもそう。
人がいろいろ考えている時にこんなことを言って私を困らせる。
「やきもちじゃないもん」
「あんなにもじもじしながらリィナが言うの見てたらこっちも恥ずかしくなっちゃったわよ」
「うぅ……」
何とも言えない。
あの時はかなり不安になっちゃった。
「ソラさんは騎士になってくれるって約束してくれたんでしょ?」
「うん……」
「それだけの仲なら大丈夫じゃない?」
「でも……」
「……何か不安なの?」
「うん……」
「もう、なんだかいつものリィナらしくないなぁ……」
ルチアはティーカップを手に取りゆっくりと落ち着いた様子で味わった後に続けた。
「私ね。ソラさんがリィナの騎士になるって聞いてよかったなって思ったんだよ?」
「え……なんで?」
「だって制度とは言えね。貴族が絡めば政略結婚だの王都貴族の後継争いだのなんだのって話が出てくるじゃない?」
「うん」
「これは、その……うーん……リィナが変に悲しむような結果じゃなくて安心したの」
「ルチア……」
「あぁ、ほら! 騎士と聖女が結ばれて大きな力を授かるなんて、みんなのあこがれの的みたいなものだしさ! それをお家のために使われたりしたらロマンのかけらもあったものじゃないじゃないでしょう?」
「本当に……そうよね」
「あー。私も素敵な騎士様を従えたいなぁ」
「ふふ、ルチアらしい。まずはちゃんとルミニ・マルスを顕現させられるようにならなくっちゃね!」
「そうだよねぇ……リィナすごいよ。あんな難しい奇跡を軽くこなしちゃったんだもん」
「私だって苦労したよ?」
「うん……そうだね。隣で見てたもん。ずっと……一緒だったからね……リィナなら大丈夫だよ」
「え?」
「何で悩んでるのか私にはわからないけどね?」
「ありがとう……」
「でもさ。リィナに言うのはちょっと悪いけど……なんであんな変な人を?」
「変な人?」
「だって葉っぱ一枚で牢に入れられてたじゃない?」
「あー」
「教会の庭園で剣振り回してるし日頃なにしてるかわからないし朝帰ってくることもあったし完全にやばい人だったもん」
「う、うん。そうだったね」
「そんな人のどこに魅かれたの?」
「う~ん…………」
「…………」
私は言葉に詰まった。
変なのは弁明する余地があまりないのだけれど。
この胸の気持ちを明確に言葉にできないでいる。
「なんでだろ?」
「わからないかぁ」
「だって……あ、でもね。アメリア領で反乱が起きた話は知ってるでしょ?」
「うん……」
「それでね。もうどうしよもない時に彼が助けてくれたの」
「へぇ、やっぱりあの人ってリィナが言ってた通り強かったんだ?」
「うん……でもね。私を助けてくれた理由も聞いちゃったんだ」
「どんな?」
「私がヒナのために頑張ろうとしてる事とか領のみんなにしている事とか優しいってところとか……こんないい奴を死なせてなるものか! ってあのダンテさんに言ってたの……」
「へぇ……ここ数日の印象だけど……ソラさんって何も考えてなさそうなのにね。意外」
「あはは……ほんとね。それにヒナにも優しく接してくれてね? ヒナすごい喜んでたなぁ」
「実は変質者に見えて優しい人だったんだね」
「そうなの……葉っぱ一枚しか身に着けてないくせに誰かのために一生懸命ボロボロになりながら戦って……自分の命なんてどうでもいいみたいにね……」
「ふーん」
「いつか……そんな優しい彼を隣で支えたいなって思ったからかも……よくわからないや」
「なんだか意外だなぁって見てたけどそんな経緯があったのね。うーん……それなら猶更大丈夫だよ」
「どうして?」
「リィナモテるし、それだけ想ってるなら彼も気づいてると思うし……考えてたってしょうがないよ。なるようになるしかない!」
「気づいてるのかな……でも、そうだね。考えてたってしょうがないよね。りがとうルチア」
「も、もう調子狂うなぁ!」
「あなたが私の友達でよかった」
「ああ!! 恥ずかしいことを惜しげもなく……終わり終わり! で実際のところソラさんとはどこまで進んでいるの?」
「え、ええ?! 進んでる?」
「え? だってあんなに意識してるのに? それで『私の騎士になってほしい』って言ったんじゃないの?」
「そ、そうだけど……」
「だとしたら騎士になるってソラさんが言ったのならもう……え?」
「えと……ええっと……進んでるって具体的には……?」
「恋人ならキスだったり? 手を繋いだり? 抱きしめ合ったりとか……あとは互いの愛を確かめるような……ってリィナ?」
その言葉を聞いた途端にソラさんとのありもしない情景が思い浮かんでしまう。
「キキ、キ、キス?!……手を……だきしめ……え?! あ……えっと……」
葉っぱが……ああ。
息が苦しい。
胸もぎゅっとなってフラフラしてくる。
「え?! ちょちょちょリィナ?! 待って! 待って……ほら落ち着いて!! 深呼吸して?! 吸ってー! はいて―……吸ってー! はいてー……」
それをしばらくやって私は段々と正気に戻る。
「あ、ありがとうルチア……」
すると頭を抱えてルチア。
「これはなんとかしなきゃだわ……」
「え?」
そんなルチアとの時間を過ごしてからソラさんと一緒に3人だけしかいない食堂で夕食をごちそうになる。
私はボロが出ないように必死だったけれどソラさんはいたって普通にしているのでなんだか悔しい。
それから何事もなく就寝して朝になり朝食を摂り終えると使用人が部屋へと来てマリィ王女がお呼びであると告げられた。




