第65話 がんばれた理由
リィナとのランチタイム。
そんな状況で俺はまた、この世界のお菓子に感動していたのだった。
「このフワフワは悪魔的だ……」
「ですよね……」
リィナも満足げの様子。
もぐもぐとしている姿も可愛らしい。
こんな感情、今まであっただろうか。
こんな美女がパーティにいながら俺は彼女を一人の仲間としてしか見ていなかった。
異世界で右も左もわかっていない俺にいろいろと教えてくれて、なぜ酒を控えるように言ったり心配してくれている。
そんな彼女は今やなくてはならない存在のように思う。
こんな美人が彼女なんて俺には勿体ないだろう。
大して努力もしていない。
ただ運が良くてここまで生き残れているにすぎない。
たまたま授かった神とやらの恩恵である天性のおかげか刀の歪な記憶のおかげなのか。
そんな俺が……今のリィナを受け入れて良いものなのか。
今の俺には騙しているようで後ろめたさしかない。
こんなことを考えながらクロラックを頬張りリィナと感想を言い合うのだった。
「それにこのトロッとした甘さが溢れ出る感覚……ミルクのシロップが中に包まれているのは反則だよ」
「そうなんですよね! この甘さはほっぺが落ちちゃいそうになります」
「それでさ。クノ茶がこの甘さをより際立たせてくる。まさかこんなに美味しいものがあるなんて思いもよらなかったよ……本当に戦争をしてるなんて思えないよな」
そんな言葉をこぼしてしまう。
こんな楽しいひと時にそんな話をするものではない。
だが気になってしまう。
ここまで攻められて皆命からがら町も復興をしている中で物資は潤っているように思えるのだ。
そんな事を漏らしてもリィナはしっかり答えてくれるのだった。
「そう……ですね。物資や食物はなんとか流通させるように領主同士で工夫してますが、戦火がここまでひどかったのって、ここ最近の話なんですよ?」
「え? というかこの戦争ってどのくらい続いているんだ?」
「もう十数年続いていますね……私が物心ついた時からは戦争をしてました」
「え?! そんな長かったの?」
「はい。最近こちらの情勢が悪化してしまって……王都まで攻め込まれる事態に陥っていたのです……」
「へぇ……悪化って何があったんだ?」
「そうですね……1から教えた方が早そうですね」
「はい。リィナ先生」
「ソラさんはしょうがないですね」
そうまんざらでもないように言って咳払いしてから教えてくれるリィナ。
「アーグレンの中心は女王様です。ですが権力はいくつか分散してはいます」
「分権みたいな感じか」
「はい。中でも司法権力、騎士団を統括する四天の守護柱様と呼ばれている3人の神父様と1人の聖母様が国防を担っています。そして……兵士庁を統括していた4人の神使いの聖騎士様と呼ばれる方がいらっしゃいました」
「なんだかすごそうな人達だな」
「そうですね。とても尊敬するべき方々です。ルクサーラ神の守護と慈愛の加護をとても強く受けていらっしゃる方々ですし、ほぼ全ての奇跡を起こすことができます」
「あれ? だけどサーヴェリス聖騎士長が一番強いって聞いたような……」
「そうなのですがサーヴェリス様はそのお一人で……3名の神使いの聖騎士様は殉教されてしまったのです……」
「つまり屈強な戦士が3人もやられたと……」
「はい。一時はメールヴァレイとの戦争も終わるかもしれない所まで追い詰めていたのですけど……3名の神使いの聖騎士様は魔国メールヴァレイのアバラティエス魔王との戦いで殉教されサーヴェリス様が残りました……それも去年のお話です」
「へぇ、すっごい最近なんだな。守りの四天と力の聖騎士ってところか……攻める力が落ちちゃどうしよもないか……」
「そうですね。今はその聖騎士様を四天につかえる方から選抜されようとしていますね」
「そんな中でメールヴァレイの侵攻にあったってこと?」
「そうなります……多分なのですがマリィ王女様から呼ばれてる議会も議題がそれを中心に進むとは思うんですけれど……」
「俺達って出席する必要あるのかな?」
「そうなんですよねぇ……あぁ、考えただけで胸のところがキリキリします」
「悪い悪い。頭痛の種についてはまた今度考えることにしてさ」
「はい……」
それから俺達はお会計を済ませお店を出て気を取り直して買い出しの続きをするのだった。
あんな大きな戦いがあったレラデランの街並みは忘れてしまったかのように活気に満ちている。
大きな道路に分岐する道の数々に立ち並ぶお店は想像でしかないがこの国随一の名所ではないだろうか。
それから俺たちは頼まれた品を買いにお店に入る。
小さな雑貨屋だった。
騒がしくも狭いお店の中でリィナとぶつかる肩と肩。
その度にびくっと互いに驚いてしまう。
高い場所にある品をとれないでいるリィナにひょいと取って渡すとなんだか照れた表情で「ありがとうございます」と言ってくれる。
本当にデートしているみたいだった。
それから俺とリィナは、お使いに関係ないけれど面白い品を見ては笑い合い、よくわからないものを見ればリィナが教えてくれる。
そんな楽しい時間を過ごしてあっという間に過ぎていった。
小高い坂を上がっていく。
太陽も傾きつつある中で宿屋なんかが並んでいる通りの最後に寄った小さなお店。
いろいろな薬草や薬、ポーションのようなものまで売っているお店だった。
不思議とずっと見ていられるような感覚になるがもう時間はない。
必要な物だけをさっさと買って俺が荷物を持つ。
それからお店を出ると町を一望できる景色が待ち受けていたのだった。
朱色に輝く王都の町々。
奥にアーグレンの城やほかの城塞、教会も見える。
そんな綺麗な景色を背景に後ろからリィナ。
「ソラさん……」
「ん? どうした」
「お話が……」
「そういえば話があるって言ってからずっとそのままだったな……話す気にはなったのか?」
「はい……でも言いにくいことではないんです。ただ……」
「ただ?」
「私の決心がつかなかっただけなんです」
「そうか……」
正直どうしてリィナがここまで言い淀んでいるのかはわからない。
それだけ大事なことなんだと思う。
けれど、そんな大事なことならちゃんと言ってほしい気もする。
なぜならもう俺はきっと────
「リィナは前にさ」
「……?」
その間にリィナは首を傾げる。
「俺に言ったよね?」
一呼吸置いた間は永遠にも感じられる程。
「何を……ですか?」
「勇者のステータスで悩んでた時に頼りにしてくださいってさ。足りないものがあったら私が埋めてみせるって言ってくれたの……すごいうれしかったよ」
「それは、その……」
「それとさ。俺もリィナに会えて本当に良かったって思ってるよ? 俺はさ……俺の勇者とかわけわからない事情で、もしかしたらこの先大変なことだらけなのかもしれない。それでも今までいろいろあったけどさ……なんかこう……リィナがいたから頑張れたんじゃないかなって思うんだよ」
「ソラさん……」
「だからさ。何を怖がっているのかは俺にはよくわからないんだけどさ。何かあったら俺は絶対にリィナの力になるよ。だって仲間だろ?」
リィナの両頬に伝う雫。
傾きかけた日に照らされたそれはとても輝いて落ちるのだった。
「仲間……そうですね……ありがとうございます……ソラさん」
それからゆっくりとリィナは続ける。
「私の騎士に……なっていただけませんか?」
どういう覚悟でそれを言ったのかはわからない。
リィナの真意を測るには俺の経験は浅すぎる。
一回り違う年齢。
ただそれだけだ。
無駄に歳を重ねてしまった俺に今の状況をはかる物差しなんてなかった。
ふとレイーネが言っていたことを思い出す。
文化や慣習で聖女、聖人は一人の騎士を従える。
最愛を成しえる者がルクサーラ神様の恩恵を強く受ける。
どうやらとても重い思いのあるものだってことは俺でもわかる。
俺はリィナが笑顔でいてくれるのであれば、それを守る騎士にでもなんでもなろう。
これを恋と呼ぶのか慈愛と呼ぶのかただのやさしさや献身、哀れみからくるものなのであるのかわからない。
こんな経験は今までにないことだ。
それ故にこんな時に俺はどう返事を返していいのかもわからない。
記憶もおぼろげであるが昔見た西洋の時代劇風に膝間づいて片手にでもキスをすればいいのだろうか。
無いと思うけれどそんなことをしてひっぱたかれては最悪だ。
とりあえずよくわからないが形になる様に……。
まず俺はリィナの前で片膝をついて右手をとって言った。
とても柔らかく従順だった。
まるでこれから起こることを全て受け入れているかのように。
そんな彼女に俺は真摯に向き合う。
「謹んでお受けいたします」
「……はい。よろしくお願いします」
肩の荷を下ろすように万遍の笑みを浮かべるリィナ。
立ち上がって頬を伝う涙を拭ってあげる。
これは始まりなのかもしれない。
なんとしてでもリィナを守り抜くと言う物語の。
俺は今日、勇者から酒屑、そして冒険者からリィナの騎士になった。




