第63話 聖女の騎士
議会まで残り5日。
さて久しぶりの教会宿舎のベッドでの寝心地は思いのほかよかった。
アメリア邸にあるベッドとは全く違っていて質はあまり良くないものの清潔でちゃんと手入れも行き届いている。
教会内を掃除するのは僧侶達の仕事らしく俺が酒に溺れてた日々も綺麗にしてくれていたのを思い出す。
宿舎は相部屋でベッドが病床のようにいくつか並べられている。
俺がいた当時は何人か横たわってる人や避難している人がいたけれど今は誰もいない。
そしていつも通りニャーは俺の股の間で寝ている。
しかし横を見るとザンカはいなかった。
だが俺の気配察知をなめてはいけない。
耳をすませば寝息が聞こえるのがわかる。
床よし、天井よし、ほかのベッドよし。
残るは……。
あまり考えたくなかった。
だが予想はちゃんと裏切らないでいる。
俺のベッドの下でザンカはなぜか寝ているのだった。
「ストーカーかよ……」
「うーん。にくぅ……」
「おいしいにゃぁ」
こいつら……。
いつものようにニャーをくるんで起き上がり二人を起こす。
そして支度を済ませて朝食を摂りに食堂へと向かうのだった。
廊下ですれ違う僧侶達と時折挨拶をかわしながら進むのだがニャーを見る目はやはり良いものではない。
人によっては慈しみを持った目で見ていたりするものの一部軽蔑の眼差しを向けられていた。
こう汚物をみるような目というのはなんとなくだがよくわかってしまうものなのだなと思い知る。
ふと疑問に思うのだが。
この上裸の男はルクサーラ教の宗教観でニャーより許される存在なのだろうか。
けれどニャーはそんな目にも負けず、ただただ帽子を抱えてお辞儀を繰り返すのみだった。
昨日はリィナのせいであまり味わえなかった食事だが、パン(クロカ)に細かくミンチにした味のついたお肉がのせられたものと野菜の煮込みスープが出されたのだった。
塩味もきいてて旨味もあり美味しい。
今まで食べてたものが美味しかったせいか、こういう所で味わうものって感じがする。
ザンカとニャーも美味しくいただいているところで朝食の配膳を持ってリィナ。
「おはようございます!」
「よう!」
「おはようにゃ」
「おはよう。ちゃんと歩けるな」
「まだちょっとフラフラしますがソラさん……昨日は、すみませんでした」
「いや別にいいよ」
いつものリィナに戻っているようで一安心する。
そこへルチア。
「ほんと大変だったんだからね?」
「ルチアもごめんね」
それから二人も席に着き食事前に祈りを捧げて朝食を摂り始めるのだった。
考えるようにルチア。
「どうしてかしらね……レイーネ様があそこまでリィナを追い込むとは思わなかったわ」
しょんぼりしながらリィナ。
「私の聖天の杖の扱いがいまいちだから……?」
「そんなことはないと思うけどね。普通よりはリィナはなかなか扱いはすごいはずよ?」
「そうかなぁ……」
「なあレイーネ聖母様っていつもあんなに厳しいのか?」
俺の問にルチアが答えてくれる。
「そんなことはないですよ? いつもは穏やかで厳しいけど優しい人なの。でもここまで厳しいのはリィナにだけよ?」
「あはは……なんででしょうね」
「神像破壊の聖母様の弟子だからかもね?」
「ありそうですよね。もうあの方は鬼ですよ。鬼! 修羅人も逃げ出しちゃいます」
そう言ったところで俺はリィナの後ろにいる人物の気配に気づきたまらずリィナに教えようとするが遅かった。
「リィナ……あの……」
「え? なんですかソラさん……」
俺の視線を察してリィナ。
「え、怖いこと言わないでください!」
現実を受け入れられずにいるような面持ちで顔が青くなる。
「いや、怖いと言うか……」
「鬼とはいったい誰のことでしょうかね?」
振り向いて咄嗟に立ち上がるリィナ。
「レイーネ聖母様!! いやぁ、その……お肉が美味しいなぁ? なんて……おはようございます!」
続いてルチアも挨拶をする。
「おはようございますレイーネ様」
「はぁ……おはようございますルチア……そうですねぇ。あなたは神像破壊のレーナ聖母様のひ孫ですからねぇ……ちゃんと育ててあげないとラウナさんにも顔向けができませんからね。まだしごきが足りないようで? リィナ聖女」
「い、いえ!! そんなことはございません! 申し訳ございましぇん!」
そこに茶々を入れるようにザンカとニャー。
「噛んだな」
「噛んだにゃ」
「あなたのそういう所はだいぶ直したつもりでしたが……後でソラさんを連れて私の部屋へいらっしゃい」
「は……はい……」
そう告げてレイーネは立ち去るのだった。
「なんで俺まで?」
「わかりません……おわりました……」
食事を終えてザンカとニャーには悪いがまた自由時間をすごしてもらうことになることを伝え俺とリィナはレイーネ聖母のいる部屋へと向かうのだった。
聖堂と思われる大きな空間の脇に廊下があり、その奥にレイーネ聖母の部屋があった。
リィナがノックする。
「失礼します」
「どうぞ」
レイーネの応答に部屋へと入る。
中は簡素で書類や装飾品の類、本、調合された薬草や瓶なんかでいっぱいの部屋だった。
まるで物置小屋か実験室のような部屋の中で大きな机に深々と座るレイーネ。
「来たわね」
「あ、あのぉ……レイーネ様。先ほどのはぁ……」
「ん? はぁ……この勇者に、この聖女ありとは……」
「えへへ……」
「褒めてないですよ?」
「はい!」
「返事はよろしい……肩の力を抜きなさいリィナ。あなたを呼んだのは騎士の任命式の話です」
「騎士の任命式……」
「もうソラさんには伝えたのでしょう?」
「……」
「……」
「……」
沈黙が続く。
俺は何のことだかわからない。
レイーネとリィナが見つめ合いリィナが引きつった表情で言うのだった。
「ま……まだです」
「は? まだ? ちゃんと伝えられるだけの時間はあったのでは?」
「で、ですがタイミング……が」
「はぁ……いいでしょう。リィナ。それとソラさんには悪いのですが2週間後にルクサーラ神様の生誕祭があります。教会ではその段取りや準備で忙しいので備品を買ってきてほしいのですが頼めますか?」
レイーネは立ち上がりリィナにメモを渡すのだった。
「え、レイーネ様?」
「返事は?」
「はい! 謹んでお受けします!」
「俺は大丈夫ですが」
「ささ、話は一旦終わりです。メモの通りに買ってきてくださいね」
そそくさと俺とリィナを扉の所へと誘導しようとした所で何か思い出すようにレイーネは俺を呼び止めるのだった。
「あ、ソラさんは少し……」
そしてリィナだけ外に出る。
木でできた重い扉の外には中の声は聞こえないだろう。
「はぁ……まったくあの子は」
「で、話というのはなんでしょう?」
「ソラさんはルクサーラ神の信徒がどういうものか、ご存じかどうか昨日、私が聞いたかと思いますが覚えてますか?」
「ああ、それとその……騎士とは何か関係があるのか?」
「ふむ……これは聖人や聖女、聖母や神父と呼ばれる所以などから話した方がよさそうですね」
それからレイーネ聖母はルクサーラ教のことを話してくれた。
僧侶として修行を積んで守護の奇跡を扱えるようになって聖女となるのはリィナも話してくれていた。
そのうえで聖女や聖人は国を守る存在として重要な人材であることから彼ら、彼女らを守るための騎士を任命するのが古い習わしなのだそうだ。
加えて穢れを知らない男女に関しては信仰の中でも高位の存在となるためルクサーラ神からの奇跡をより大きく顕現できることができるのだとか。
聖母などと役職はついているものの女神さまの前では全てが守られる等しい存在。
本来であれば階位については背教も甚だしい考えのはずなのだそうだ。
けれど聖母や神父は祈りの修行を修了し愛と守護の女神の下で最愛をなしえ最高位の奇跡を授かる者のみがなれるものであるのだそうだ。
そして騎士と聖人、聖女は互いの想いにより祈りはとても強い奇跡の加護を宿すのだと。
「つまりは……俺がリィナの騎士になってリィナを守れと……?」
「……つまるところそうなりますでしょうか。穢れを知らない男女というのは大きな召喚の触媒にも使われます。リィナは……その面では十分に価値がありすぎる子なのです。狙われることもありましょう」
「なるほど……」
なるほどなどと言ってみたはいいもののこんなことを教えてくれる意図があまりよくわからない。
つまり今まで通りリィナを守ればそれでいいということなのだろうか。
「あの子は事の重大さを、どの程度理解しているのかはわかりません……けれどあの子を欲しがる貴族や騎士も多いのです」
「へぇ。リィナって大人気なのか……」
「……そうですね。もし他の貴族が騎士として任命されてしまえば……あの子に自由はないでしょう。妹のヒナを助けるためにラウナさんの道を選んだ結果、自身の首を絞めるだなんて……」
どうやらレイーネ聖母はリィナの事情も知って気遣っているらしい。
とても良い師匠じゃないか。
「それは避けたいですね……」
「なので私がどうこう言える問題ではないのですが……ソラさん。私はあなたに期待してますよ?」
「え?」
「あとは任せました」
「へ? あ、はい」
はっきりしない中で俺とレイーネとの話は終わり部屋から出る。
そして外で待つリィナと会うが何を話していいのかわからない様子でいる。
俺達はまたぎこちない雰囲気でレイーネに頼まれたお使いへと行くのだった。




