第60話 始まりの鐘の音
王都アーグレンにあるルクサーラ大聖堂本殿。
絢爛豪華ではなくとも静かで威厳のある空間だ。
光の神を崇め称えるための彫刻の掘られた柱が立ち並び天井から降り注ぐ光を反射せんと磨かれた床はまさに芸術といって良いほどに美しい。
そんな大聖堂本殿の大きな空間にぽつんと白と紺色の修道服を着た男が跪き祈りを捧げていた。
この男は思う。
我ら主神に捧ぐべく授かり受け賜わったロザリオ。
そこに込められた私の信仰などもはや無いに等しいというのに光は降り注ぐ。
こんな音の絶たれた無機質な空間に我らが主神ルクサーラ様を模した象徴たる石像を置いたところで何にも変わらない。
そんな幻想に祈りを捧げ、今日も今日とて……変わらず変えられない日常が始まってしまうのだ。
この神の教える愛というのは一体なんだったのだろうか。
私は────
祈りを捧げ信仰する者の内に神への信仰に相反する心あり。
そんな男の周囲から巻き上がる無数の光の球が周囲を照らし始めた。
その無数の光の球はまるで無垢であるかのように。
ひらり。
ゆらり。
飛び回る。
男がしばらく祈りを捧げていると鎧のこすれ合う音が響く。
その大聖堂の大きな入口より騎士と思われる男が一人、来ようとしていたのだった。
この威厳ある大聖堂へと立ち入れる者は特別な資格を持つ者のみである。
来る者の身にまとう鎧はその資格を示すかのように煌びやか。
腰に差したまっすぐな直剣は本人の心もまっすぐであるかのように物語る。
静かな空間を壊す者に対して祈りを捧げる男は話しかけた。
「守護の祈りの途中です。ですが……どうかされましたか?」
それから騎士の男は跪き申す。
「申し訳ございません。取り急ぎお伝えしたいことがございました。王国守護の祈りであればだれの耳にも入らないかと思い……私の愚行をお許しください」
「許します。それで用件を────」
「勇者が現れました」
それを聞いた途端に光が強く天より射し込むのだった。
神が落とす福音ともいうべき燦燦とした神々しい光。
朝日の訪れがすべての人に祝福をもたらさんとばかりに大聖堂の鐘の音が鳴り響く。
修道服の男は小さくつぶやいた。
「神はおられたのかもしれませんね……」
「そう……ですね」
「勇者は今どこに?」
「マリィ王女より招請されたとのことで現在、アーグレン城へと向かってきているそうです」
「おやおや。なんと……わかりました。さてサムエラ」
「はい」
「早熟ではありますが……予定を早めましょう」
「良いのですか?」
「ええ、これはきっとすべてを守りたいと願った麗しくも美しき女神。ルクサーラ神が課した障害なのでしょう。ですが……私はそんなくだらない障害を踏みにじることで願いを叶えられるのです」
サムエラは周囲を見渡し自身と祈る男、以外この空間に誰もいないことを確認する。
「人は……いません」
「そうですね……信じる事としましょうか。すみませんが……付き合ってくださいますね?」
「仰せのままに……」
────私の慈しむ心が消えてしまう前に、あなたの笑顔が見たかった。
それが叶わない今。
あなたが信じ愛した女神の天秤はこの国と私のどちらに傾きましょうか。
裁かれる時がきました。
────第四章 女神傾城傾国編
愛と護りの女神が願い人々が祈る幸せの先に立つ国の傾国譚が始まる。
ゴロゴロと音を立てて揺らり揺られて3日間。
マリィ王女との約束の日まで残り6日となった日。
リィナの要望によりあの後、馬もちゃんと借りて準備を整えてから出発することになった。
やはり馬は偉大だ。
便利以前に馬車を引いていて違和感がない。
何より俺の心が救われる。
そんな至極当然で考えるに至るはずのない思考をしていると見た覚えのある場所へとたどり着く。
遠目に見える浮島へはいつ行ってみようか。
高原の澄んだ空気から緑色が躍る原っぱへと景色が変わり、王都の方をよく見るとここからでは小さいが立派な王城も見えてくる。
距離はなかなかありそうであるためかなり大きいことがわかる
ザンカは物珍しそうに言う。
「おいおい、奥のやつすっげえでっけえ建物だな。ここがリィナの言ってた王都か?」
「はい! 王都アーグレンです。ここから見えるのが南のレラデラン大門です」
大きな道には交易で来たと思われる荷馬車が通り、歩いて向かっている人もいる。
「こんな景色だったか……」
「そういえばソラさんも入るのは初めてなんですよね?」
「召喚された身だからね」
「南門から見えるアーグレン城はすごいでしょう? 近くに見える気はするのですがアーグレン城までの距離はなかなかありますのでここからもしばらく馬車は続きますよ」
「すごいのにゃ……これが王都なのにゃ? 建物、建物、人、人、人にゃ……目が回りそうだにゃ」
とんだ田舎者のセリフが出てくるニャー。
「ダメそうでしたら馬車の運転変わりますよ?」
「いんにゃ。だいじょうぶにゃ。伊達にミダスの商人じゃないのにゃ……一応習ったことはなんとなくだけどおぼえてるのにゃ……」
「事故るなよ?」
「まかせるにゃ!」
壮大な南門を潜り抜けてかつて活気のなかった街並みは血が通ったかのようににぎわっていた。。
仕事か買い物か、といった具合に町行く人々は目的をもって進んでいく。
壊れてしまった建物の修繕も進んでいて広場はなかなか綺麗になっており噴水もしっかり動いている。
それから俺たちはリィナがニャーに方向を示しながらルクスリア教会へと向かうのだった。
壊滅的だった商業区は屋台が所狭しと並んでいる。
並んでいる物すべてがとても新鮮に見えた。
見たことのない小物や料理の類、武器や武具。薬や日常品まで様々なものが置いてあった。
一通り区画ごとに担当があるらしく売られてる物はだいたい決まっているのだとか。
そんな商業区を通り過ぎて民家が立ち並ぶ通りを行き見たことのある道へと出る。
「あ! あの酒場だ」
「本当にソラさんはお酒が大好きですよね? あの時は探すのにすっごい苦労したのですよ?」
「酒が生きがいだからね。とりあえずルクスリア教会で寝泊まりはしていたぞ?」
「本当ですか? 僧侶の間では噂になってましたよ?」
「え、本当? 俺そんな変なことしてないぞ?」
「ちゃんと変なことしてましたよ。朝帰ってきて平然と外へ行ってまた気が付いたら朝に帰ってきてを繰り返してる不思議な人だって言われてましたし……」
「う……」
「最初の頃なんかどこかへ出かけたと思ったら教会の周囲を四六時中走り回っていたりしてたなんてすごい不審者扱いされてましたよ?」
「あぁ……あの時は暇だったしなぁ」
「夜に行って帰ってくるなんていかがわしいお店に行ってるに違いないって僧侶の間では有名でした」
「なんてひどい……え? いかがわしいお店ってあるの?」
「もう、知りません!!」
「え、何で怒るの?」
なぜかニャーが指摘する。
「ソラがわるいにゃ」
「なんで?」
「ソラおもしろいな。お前相当変なやつじゃないか。何もないのに走り回ってるって」
「うるせい。上半身裸の男に言われたくねえよ」
「葉っぱ一枚でうろついてる人に言われたくありませんよね?」
笑いながらザンカ。
「葉っぱ1枚は傑作だ。ああ、そうだな言われたくないな」
「っう……痛いところ突いてくるな」
「さて、そろそろですね」
いつ見てもルクスリア教会は大きい。
敷地面積もそうだが近くにそびえたつレラデラン城塞って砦もしっかりと見える。
舗装された石畳が馬車をがたがたと言わせルクスリア教会へと到着する。
「この先に停留所があります」
「わかったにゃ」
馬車を一旦停留所へと止め、その先には馬小屋があった。
馬車も数台だけ止められている。
「こんなところあったっけ?」
「用がないと来ませんからね。さて……」
気が付くとリィナの手は震えていた。
「大丈夫か?」
「心の準備が……」
すると遠くより女性の声がするのだった。
「え、リィナ……?」
停留所を覗きに来たと思われる青い髪をしたリィナと同じ服装の女性。
背はリィナより大きいが胸はやや小さめ。
この修道服はなんて罪深いのだろうかと思う。
加えて髪型がリィナとお揃いであった。
まるで胸が小さく少し背の高い青髪のリィナを見ているようだった。
その声に瞬時に反応するリィナ。
「ルチア?」
「リィナじゃない!!」
駆け寄る二人は少しの間抱きしめ合う。
「なんで急にどっかいっちゃうのよ!! 心配したんだからね?!」
「ごめんね。いてもたってもいられなくってね。ルチアこそ元気そうだね!」
「うん。元気! でさでさ。お師匠様がリィナが出てってからすっごいカンカンで……」
そこで止めてルチアはこちらを見るのだった。
「カンカン……」
リィナはそこで止められ震えはじめるのだった。
「あの方たちは?」
「ねぇカンカンって?……え? あ!」
俺たちのことを思い出すようにリィナ。
「紹介するね。私とパーティを組んでくださってる方達よ」
「俺はカタナシ ソラ」
「お初にお目にかかりますにゃ。ロイ……ニャーはニャーだにゃ」
「俺はケンジョウ ザンカだ。よろしくな!」
「ご、ご丁寧に! 私はルチア・ロッドです。ルクサーラ神の信徒で僧侶をしてます。リィナとは同門で同期です。みなさまは冒険者ですか? それに……」
ルチアの視線の先にはニャー。
「何かきになりますかにゃ?」
「い、いえ……ビースティアの方ということはリィナの奴隷……ですか?」
俺とニャーは目を合わせて俺が答える。
「いや、仲間だよ」
するとルチアはホッとしたようにしていた。
けれどリィナは気が気でないようでルチアに問うのだった。
「ねぇルチアァ! レイーネ様がカンカンってどういうこと?」
「あぁ……私に断りもなく職務を放棄するなど言語道断。帰ってくるようなことがあれば……」
「帰ってくるようなことがあれば……?」
「その先はわからないわよ。自分で確かめる事ね。もうリィナがピンピンしてて心配して損しちゃった」
「ルチアァお願い一緒に謝りに行かない?」
「えぇ、何で私が……」
「ルチアがレイーネ様のお花を燃やしちゃったときも一緒に謝りに行ったよね?」
「な?! そんな昔の話を持ってくるなんて卑怯よ」
なんだかいつものリィナでないように見えるけれどこれが友達と接する時のリィナの顔というやつなのだろうか。
「あぁ……どうしたらいいの?」
「知らないわよ。ちゃんと怒られてきなさい!」
「えぇ……」
しょんぼりしているリィナ。
そこに張と威厳のある声が静かに響くのだった。




